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その二・こいつはきな臭えな 前編


 




襲撃……らしき物を受けた翌日。

 

アタシと檸檬は途方に暮れていた。いや、アタシたちだけじゃない。

 

朝の教室。少しきつくなってきた日差しが降り注ぐその端で。

 

ブラックホールみたいなどんよりとした空気が漂っていた。

 

発生源は言うまでもなく林檎。最早空元気を装う余裕もないのか、暗い表情でぼんやりと窓の外を眺めている。

し、しまったなあ。昨日は青森さんの事を優先しちゃったんで、この子の事ほったらかしにしちゃったよ。ちゃんと家に帰るって言ってたから帰るには帰ったんだろうけど……どうもそれが徒になったようだ。

これはちょっとフォローが辛い。多少なりとも事情を知っているアタシらがこれなのだ、わけの分かっていないクラスメイトの驚愕ぶりはいかほどのものか。

 

つーか取って食われるわけじゃないんだから廊下で固まってぶるぶる震えないでとっとと教室に入んなさい。いやがるクラスメイトの襟首をひっつかんで片っ端から教室内に放り込んでやる。ええいどいつもこいつも世話の焼けるこった。

泣きそうなクラスメイトの合間を縫って林檎の元へ向かう。フォローできるかどうか分からないけれどやらないよりはマシだ。女は度胸、当たって砕けるさ!

内心勢い込んで林檎の前に立ってみるが。


「あ……かりん」

 

顔をこちらに向けてたった一言名を呼んだ林檎の様子に、思わず全力で数メートルほど後ずさる。

 

びっくりしたびっくりしたびっくりした!!! 何ナニなんなのこの別人っぷりは!? 今までの何食ってりゃここまで無意味にはっちゃけるんだというあほさ加減は完全になりを顰め、弱々しい、儚げな態度で元気なく微かに笑っている。どこの深窓のご令嬢ですかこの人は? いや待て落ち着けコイツは林檎だ素数を数えるんだ。1、2、3……。


「ダーーーー!!」

「ど、どうしたんだい、いきなり叫んで拳を掲げたりして?」

 

…………OK落ち着いた。けど落ち着かない。どっちだよ。

 

いかん、どーにも動揺が収まらない。回転数を上げた心臓を押さえ込むように胸に手を当てて深呼吸するがどうにも無理っぽかった。

いやその、コイツが大人しくしている分には良いんだ。それは問題ない。ただ普段とのあまりのギャップに心が対応し切れていないだけだ。それは単にアタシが未熟と言うことだろう。

 

ただその、アレだ。コイツこうやって儚げな様子を見せると……………………ものすげえ可愛いぢゃねえか。

 

いつもは言動が言動なので目立たないが、コイツ見てくれは良いのだ。この間ウチに泊めた時に気付いたけれど、大人しくしてたらそれがはっきりと分かる。ましてや健気(にも見える)様子なんか窺わせていたら……。


「? どうか、した?」

「イヤナンデモナイデスヨ? エエナンデモアリマセントモ」

 

上ずった声で何とか返事を返した。うう、頭に熱が溜まっていくのが分かる。多分今アタシ顔真っ赤だ。

視線を逸らしてみればそれはアタシだけじゃない。さっきまで教室に踏み込むのを躊躇していた連中も、その様相に魂を抜かれたかのように唖然とし、次いで林檎の可憐さにやられ顔が赤く染まっていく。(男女問わず)いわゆるギャップ萌えというヤツであろう、普段がアレなのでその効果は恐ろしく覿面であった。

 

ともかく、と・も・か・く、だ。このままだと色々な意味で話が進まない、だから流れをぶった切るがごとく強引にこっちのペースに持っていく!

 

この時アタシはやはり動揺しまくっていたのだろう。でなきゃもう少し口に出す言葉を考えていたはずだ。恐らく。

 

気付いたのは、こう口にしたあとだった。


「林檎、(あとでちょっと)付き合え」

 

あれっと首を傾げる間もなく教室を揺るがす怒号と歓声と口笛。

いや違うよ? 違うんですよ!? 反論しようとしたけど、ちょっとやそっとじゃ収まらない騒ぎへと発展しつつある。

ええい林檎林檎! アンタも何か言いなさいと手助けを求めようとしたが、事もあろうにこの女――


「あの……うん。………………嬉しい」

 

――真に受けやがった。

 

とりあえず近くにいたクラスメイトをしばき倒したアタシは悪くないと思う。や、だって流石にこの状態の林檎しばき倒せないし。

このあと騒動を収めて誤解を解くのに半日かかったよまったく。


 













み〜とか可愛げを装って身を縮める林檎の襟首を掴んで真っ直ぐ前に突きだし、アタシはこう言い放った。


「さあ、好きにしな」

『持って帰ってください』

 

全員が揃って消極的な答えを返しやがった。ちっ、チキンどもめ。


「いやどうしろと」

「多分もう色々と面倒くさくなってこっちに丸投げしようっていう魂胆なんでしょ」

「あと照れ隠しですね。恥ずかしい言動があったりしたもんで逆ギレて誤魔化そうとしてるんですよ」

「なるほど、良く分かった」

「冷静に反応されると腹立つな!?」

 

落ち着け、落ち着くんだアタシ。びーくーるびーくる。

で、落ち着いてみてよく考えてみると…………どうしよう。林檎の襟首を掴んだまま、アタシは途方に暮れた。

半ばキレたまま勢いで林檎を北畑を除く仲間の元――家庭科室に連れてきたんだけど、どうしたらいいものか。このまま勢いで林檎に事情聴取して良いものだろうか? 今になって躊躇してしまう。冷静さを取り戻したがゆえだろう。


「そういうわけですのできりきりと事情を説明して下さい林檎さん」

「隠し立てすると酷いことになるよ? えーっと、その、凄い感じで」

「人が躊躇っているのに容赦ねえな貴様ら!?」

 

今までのアレとかソレとか一切合切をすっ飛ばして核心をつきやがりましたよこの二人! アタシがツッコむと、檸檬と小梅の二人はじと目で冷たい眼差しを向けてくる。


「そもそも一番心配してたのはかりんさんじゃないですか。いつまでも躊躇している場合じゃないと思いますよ?」

「下手の考え休むに似たり、でしょ? このままだとりんちゃん潰れちゃうよ多分」

 

い、言われるまでもなくのっぴきならない状況だってのは分かるけどね今朝の林檎見てたら。だからっつって無理矢理聞き出すとかどうよ。問題吐き出しゃ良いってモンじゃないだろう?

迷いの残るアタシだったけど、意外というか救いの手は予想外の方向から差し伸べられた。

他ならぬ林檎によって。


「ごめん。気を使わせたみたいだね。……つまらない話だけど聞いてくれないかい?」

 

力のない笑みを浮かべた林檎が語り出そうとする。あっと、ちょっと待ってくれい。その前に……。


「とりあえず野郎は全員出て行きな!」

『わーってるって』

 

がたがたと席を立ちながら、夕樹以下の野郎どもが一斉に返事を返す。最初から想定してやがったなこの様子だと。なんとなく見透かされたようでちょっとかんに障ったけど、それより林檎だ。無理はさせないようにしないとな。

さり気なく気遣うつもりだったのが功を奏したのかどうなのか、林檎はぽつりぽつりと語り出す。


「ボクの家、片親しかいないんだ」

 

いきなりの告白だったが、まあ想定範囲内だ。家庭に事情の一つもなければこんな歪んだ性格にはならないだろう。そう思いはしたけど黙っておく。


「昔、父と母が離婚したからなんだけどね。……酷い男だったさ」

 

……青森さんの事だろうか。DVでもあったのか? そんな事をする人間とは感じられなかったんだけど。そう考えていたら林檎は僅かに忌々しそうな表情を浮かべる。


「いつもいつも、ボクと母を…………鬱陶しいくらい溺愛するヤツだったよ!」

 

…………え〜?

 

何か話がおかしいぞ? アタシたちが浮かべた疑問など知らぬ様子で、林檎は段々とヒートアップしながら愚痴をこぼす。


「いつもいつも事ある毎にべたべたべたべたひっつきやがって、磁石かってんだよ! な〜にがマイスイートラブだ、似合わないんだよ厳つい顔しやがってるくせに! あと人が嫌がってるのに無精髭が生えた顔ですりすりすんな! おっさんがやっても可愛くないんだ口臭とか加齢臭とか気を付けるな余計に鬱陶しいわ! じょりじょりとか止めれじょりじょりとか! それに女の子だからってしょっちゅう甘いものを買ってくるんじゃない! つーか人が食ってるのを嬉しそうに見るな! そしてじょりじょりとか止めろ! ついでにでっかいぬいぐるみばかり買ってくるんじゃない部屋が狭くなる! あとじょりじょり!」

 

え〜〜〜〜っと…………?

 

なんというかこう、アタシらが想定していたのとは、ベクトルが違っている家庭事情のような…………。

 

つまりアレか? あの無骨一辺倒に見える青森さんが、実はもの凄いベタ甘なパパさん馬鹿であったと?

 

……………………………………………………。

 

ダメだあ! 想像力が追い付かねえええええ!?

 

そ、想像はつかないけど多分とんでもないよ恐ろしい光景だよ! 一種の殺人兵器だぞそんな光景。考えただけでも鳥肌立つわ。

いやうん林檎悪かった。それは確かにトラウマものだわ。林檎が激しく男嫌いになった事情の鱗片を見たと感じたアタシは、彼女に慰めの言葉をかけようとする。

 

しかし、林檎の話にはまだ続きがあった。


「そんなに…………そこまで…………家族に愛を注いでいるフリをして! あの男はボクと母さんを裏切ったんだ!」

「裏切った…………どういう事だい?」

「知らん!!」

 

あっさりばっさりと切り捨てた林檎の答えに、どっとずっこけるアタシたち。

コラ待て。何で事情知らないのに裏切ったとか言い切れるか貴様。そう問うたらこの女、根拠なく自信満々な態度でこう言い切りやがった。


「確かに事情は知らんが逆に言えばボクに言えないくらい後ろめたい事があったと言う事! 第一何もないのであれば離婚などと言う手段に訴え出るはずもない! あの男と母さんが別れてからどれだけの苦労をしたと……苦労を……特にしていないような気がするけど! それでも母さんがどれだけ寂しがっていたか! それが今になってのこのこと! のこのことっ…………!」

 

ぎしりと歯を噛み鳴らして俯く。身を震わせているのは涙を堪えているからだろうか。

それほど複雑ってわけじゃあないが……根が深いなこれは。確かにこの子にとっては裏切ったとも見えるだろう。何も事情を説明されず両親が離婚すればそう感じても致し方がない。その憤りが全て父親に――ひいては男性全般に向けられていたというわけか。そう考えると今までの行動に納得がいかないでもない。多少はっちゃけすぎのきらいはあるけど。

となると…………まずは確認しておかないとね。


「なあ林檎。もしかしてアンタの父親って……昨日北畑と一悶着やった人かい?」

 

アタシの問いに俯いたままこくりと頷く林檎。流石に思い違いって言うオチはなかったようだ。内心胸をなで下ろしてこれからどうするべきか考える。

 

はっきり言って、たとえ林檎の家族が元に形に戻ってもわだかまりが解消するとは思えない。元々林檎は父親である青森さんを毛嫌いしていたんだし、そうでなくとも突然の離婚劇からの復帰というのは難しい話だ。それは仕方がないだろう。上手いこといって元の鞘に収まった時に家庭内で存分に話し合ってくれればいい。そこは完璧にアタシらが介入できるレベルの話じゃないのだし。

 

問題は、“なぜ青森さんは離婚という手段に訴えたか”だ。

 

話を聞くだに最低でも以前の青森さんは仮定を異様なまでに愛する人間だったはずだ。そんな人間が大した理由もなく離婚なんて手段を選ぶだろうか。逆に言うならば、“よほどの事があったから離婚した”という事なのかも知れない。

人それぞれ何に重きを置くか、個人個人で全くベクトルが違うだろう。それこそ目玉焼きに何をかけるかで殺し合いが起こってもおかしくない世の中だ。今回の事だってアタシらから見れば何のことはない事情なのかも知れない。(ちなみにアタシは味塩コショウ以外は認めないからね)しかしそれでも、当人たちにとっては大問題だったんだ。ただそのレベルがどれほどのものだったのかで話はがらりと変わってくる。

仮の話だが、それこそ青森さんの仕事――警察関係に深く関わる事情であったならアタシたちが手出しして良い話じゃない。皆それぞれ腕が立ったり妙な人脈を持っていたりするが所詮は素人、生半可な介入は足を引っ張って事態をややこしくするのが関の山だろう。

 

情報がいるな。どこまで手をかせるか、その見極めができるくらいの。アタシは意を決して林檎に問い掛ける。


「そんで、親御さんが離婚した理由に心当たりは? 些細な事で良い、何かないか?」

 

答えは頭を振られる事で返される。ふむ、子供には気配すら悟らせなかったか。だったら限りなくしょうもない理由かかなりヤバめの理由かどちらかだろう。しょうもない方であって欲しいが、楽観視は危険だ。最悪の事態は考えておかないとね。


「あの、いいですか?」

 

もう少し突っ込んだ質問をしようとしたら、小梅がひょこりと挙手して問い掛けてきた。


「林檎さん、その、ご両親が別れる時、お母様は何かおっしゃってましたか? その後でも良いですけれど」

 

む、先に尋ねられた。まあいい、答えが聞ければ構わないのだし。

小梅の問い掛けに林檎は少し考える様子を見せ、そして思い起こしながら切れ切れに答える。


「ええっと確か…………パパとはしばらくバイバイね…………とか言っていたような、気が…………」

「なるほど、“しばらく”ですか」

 

呟いた小梅がアタシの方を向き頷く。言いたい事は分かった。しばらく別れる、つまり青森さんは戻ってくるつもりがあったという事だ。どうにも仕事の関係っぽいなこれは。ならばアタシたちは手出しを控えた方がいいんじゃなかろうか。

消極的な考えが頭に浮かんだその時、黙って考え込んでいた檸檬が口を開いた。


「……ねえりんちゃん。りんちゃんはどうしたい?」

『え?』

 

林檎だけでなく、アタシと小梅も疑問の声を上げた。構わず檸檬は続けて問い掛ける。


「わたしにできる事があるならりんちゃんの力になって上げたい。友達だから。でもりんちゃんが何を望むのか分からなかったらどうしようもないよ。どうするのが一番良いのか、わたしには何とも言えない。言えないけど…………さっきみたいにりんちゃんが悲しそうな顔をするのは見たくないし、それを隠されるのはもっとイヤだよ……」

 

あー、なんて良い子なんだろうこの娘は。アタシってばそういう基本的な事なんざすぽーんと忘れていたよ。確かにこれからやろうとしてたのは林檎の意見を無視したアタシたちのエゴからくる行動だ。それは確かに彼女のためになる行動だと思うが……林檎の心を無視した行動というものは果たして正しいものなのだろうか。“前回”はそれで良かったのかも知れないけれど(←第二部での皆の暗躍に気付いてない)、今回は人様の家庭の事情に踏み込む事となる。しかも憎しみ合っていたとか家庭内暴力とかが原因じゃあない。無理矢理介入するには問題が繊細すぎる。

けど、放っておくには……林檎の様子はあまりにも悲しい。いや普段は普段でアレだが、今回みたいな顔をしているよりは数万倍はマシというもの。第一この状態だと遠慮なくしばき倒せないじゃないか。

 

果たして林檎は、しばらくの間迷っていた。考えに考えて…………それでも。


「ごめん…………もう少し、考えさせて…………」

 

答えは、出せなかった。

 

そっか。アタシはどこか納得して深く息を吐き出す。

アタシが林檎の立場でも、そう簡単には答えは出せないと思う。事実しばらく夕樹との事で悶々としていた時期があったのだ。家庭環境に複雑な事情があったならなおの事だろう。

 

檸檬や小梅も同じような考えだったらしく、しょうがないなあといった感じで顔を見合わせている。結局のところ、林檎が腹を決めるまでは直接的な手出しは控えておいた方が良さそうだね。そう結論を出したアタシは檸檬と小梅に目配せ。二人が頷くのを確認して林檎に向かい口を開く。


「まあアタシたちもお節介が過ぎたかもね。どうしたいかじっくり考えると良い。けど、みんな心配してるって肝に銘じておきな」

「……ごめんね」

「こういう場合はありがとう、だろ?」

「うん、ありがとう……」

 

うう、やっぱり大人しくて素直な反応を返す林檎ってのはある種の凶器だぞこれは。頬に熱さを覚えてアタシは思わずそっぽを向いた。

 

と、その時ポケットの携帯が震えた。

 

ん? メールか? こんな時に誰だと思いながらアタシは携帯を取りだし画面を覗き込む。

 

……あ、忘れてた。















「と、いうわけで、わたくしは今できれば関わり合いになりたくない場所上位にランクインしているここ生徒指導室に来ております」

「どこに向かって説明してるんだおまいは」

「気にしちゃ負けですよ先生。何にかは分からないけど」

 

暫しの時が過ぎ、アタシと夕樹の姿はここ生徒指導室にあった。対面に居座っているのは言うまでもない、我らが仮面教師(違)天野翔その人。

昨日青森さんから事情を聞き出すとかメールしていたが、首尾は上手くいったのだろうか。しかしせんせの表情を見ていると、どうにも浮かない様子である。


「簡単に言やあダメだった。あのおっさん酔っててもプライベートについてはがんとして口割ろうとしねえ」

 

左様ですか、まあ頑固そうだもんなあ。しかし先生には悪いけど骨折り損ってヤツだね。


「まあそっちについてはある程度林檎から聞き出しましたし、多少事態も把握してます」

「そうか。まあ当然と言えば当然だな」

 

別に悔しがるでもなく、せんせは軽く頷くだけだった。ある程度は予測していたのだろう。ならば浮かないのは別な理由か。興味がないではないけど……ま、そっちはおいておくとして。


「せんせにも察しはついてたと思いますが、やっぱあの二人親子みたいです。どんな事情でああなってるのかは分かりかねますけど」

「だろうな。事情についてはこっちで大体推測できる。お前らに話すつもりはないがな」

 

あ、やっぱ仕事関係の事だろうな。同じ事を考えたらしく隣の夕樹がうんうんと頷く。


「むしろ聞かされても困ります。僕らはただの学生なんですから、オトナのお仕事についてどうこうできないですし」

「一夜で近隣のゾク纏め上げといてただの学生たあ良く言うぜ。ともかくそっちの方に関しては手出し無用だ。“降りかかる火の粉を払う”以外の事はするな」

 

ん゛? ちょっと待て。今の先生の物言いだと……。


「何か、“手出ししなくても火の粉が降りかかりそうな”感じですね?」

「おおっと、口が滑ったか」

 

ニヤリと笑うせんせの顔を見てアタシは悟った。確信犯だ。この人アタシらに累が及ぶと見越してやがる。嫌らしい笑みを浮かべたせんせはそのままそらっとぼけた態度を装って明後日に向かって語る。


「独り言だが“何も知らない学生がたまたま何らかの事件の現場に居合わせたところで、単なる偶然でしかない”よなあ。たとえ“その中の一人が担当捜査官の身内だったりしても”な」

 

関わらせる気満々かこの不良教師。アタシはせんせを睨み付けるが、この人にその程度の事は通用しない。にやにや笑いながら言葉を続けるだけだ。


「問題があったら避けるよりむしろ叩き潰すってのがお前らのスタンスだろうが。常識を持ち出して止めようとするだけ労力の無駄だ。それに答えってのは自分で導き出してこそ意味がある。この件に関わるも避けるも決めるのはお前らだ。……多少なんかやらかしてもできる範囲で尻ぬぐいくらいはしてやろう。それが俺たち(オトナ)の仕事だからな。ただ一つ条件があるとするならば――」

 

そこで不意に、せんせの顔が真剣なものとなった。


「――全力で、秋沼を助けてやれ。この件に関して他の事はどうだっていい。最終的にそれが全ての問題にケリを付ける事になる」

 

……っは。アタシは呼気を漏らすように微かに笑った。そんな事は――


「――言われるまでないさ。きっちりかっちり手抜かりなく、全身全霊であの子の憂いを叩き潰してやる」

 

友達、だからな。あの子は馬鹿でお調子者で百合でいいかげんだけど。

 

それなりに気に入ってるんだ。

 

アタシの宣言に、隣の夕樹はやれやれと肩を竦めて見せた。んだよ、何か言いたい事があるってのかい? 気恥ずかしさを誤魔化すのもかねてちょっと凄んで見せたが、夕樹は少し呆れた調子のままこう答えた。


「どのみちこうなるだろうって思ってたら案の定だったってだけさ。ったく、思いっきり巻き込まれてやる宣言なんかしちゃってどーすんの」

 

うっさいね二人してああ後先考えてなかったんだなこのお馬鹿さんって目を向けるのは止めろ! ここで退いたら女が廃るだろうが!


『そういうのは男前って言うんだけど……自覚してる?』

 

大きなお世話だっ!


 













かくしてアタシたちはあのおぞましい事件へと深い関わり合いを持つ羽目に陥ったのだ。 


後悔はない。せんせも言ったが選んだのはアタシたちだ。その判断は間違っていなかったと胸を張って言える。

 

……………………ただ、もうちょっと考えるべきだったかなあとは思ったけど。








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