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その一・若けえのに惨え事しやがる 後編






「つーわけで協力しな。拒否は許さん」

『有無を言わさず!?』

 

放課後、料理研(家庭科室)に呼び出した林檎と北畑を除く仲間に向かって言い放てば、即座に答えが返ってきた。

うんうん、快く引き受けて貰ってお姉さんは嬉しいぞ?


「いや待てそれ以前に一体何の話か分からないんだけど夏川ちゃんよ」

「林檎がおかしい。治そう」

「簡潔すぎるよ!?」

 

がびびんと効果音を背負ってツッコミを入れてくる南田。男が細かい事気にするんじゃないよ。


「いやかりん、細かくないから。説明責任ちっとも果たしてないから」

 

ぱたぱたと手を振って夕樹が言った。むう、そうかねえ? ぶっちゃけ端的に説明するとそういう事になっちまうと思うんだが。

 

しょうがないので他言無用と前置きし、アタシが見た事、推測した事を説明してやる。話が進むごとにみんなの顔が訝しげな物へと変わっていく。


「気が付かなかった。……確かにりんちゃんのプライベートとか、わたしちっとも知らない……」

 

落ち込んだ様子で零す檸檬。まあ仕方がないね、あの子多分アンタたちにはそういう面を見せないように自分なりに気を使ってたんじゃないか? いや分かんないけど。

実はアタシも檸檬も、あの子とは高校に入学して以降の付き合い――まだ数ヶ月程度の付き合いでしかない。なんかこう、一年以上馬鹿やっているような気がしないでもないけれど、たかだかその程度なのだ。まだまだ分からない事があって当然だと思う。

とにかくあの子に気取られないよう、なんとか力になってやる事はできないものだろうか。そう問うと皆う〜むと一斉に考え込んだ。


「なんだかなあ……俺ちゃんいっつもこんな事ばっかやってるような気がするぞ?」

 

南田が渋い顔をしてそんな愚痴を漏らしているが、なんだいアンタ、そこの色ボケ三人衆の時以外にもなんかややこしい事に巻き込まれてたのかい?


「誰が色ボケ三人衆ですか。まったく西之谷君と揃って散々苦労をもがもが」

 

不服そうに小梅が何かを言いかけたが、その口をノブと檸檬が慌てて塞ぐ。


「あん? アタシと夕樹がどうしたって?」

「あははははなんでもないですにょ?」

 

檸檬が取り繕うけど台詞噛むほど動揺してるじゃないかアンタ。気になるねえ。問い質そうとしたアタシだけど、それは突然の乱入者によって邪魔される事になる。


「をーい北畑、いるかー? ……って、なんだよいねえじゃねえか」

 

家庭科室の扉を開けると同時に我が物顔で問うてきたのは夕樹たちの担任、天野せんせ。づかづかと部屋に入り込んで、あたしたちが屯っているカウンターの方へと歩み寄る。


「そこの愉快な仲間たちよ、北畑の姿が見えねえがどこいったか分かるか?」

 

その問いに、なぜか助かったという顔をした南田が答えを返した。


「部活じゃないんですか? こないだ大会で良い成績収めたからって調子づいてるって聞きましたよ剣道部」

 

ああ、そういやそんな話もあったか。アイツら夕樹にしこたまボコられて再起不能になったと思いきや、あっさり復活して大会優勝もぎ取ったらしい。一応特待生取るくらいだからおかしくはない……のかねえ?

って、それはそれとして、北畑のヤツ確か。


「……あの今朝の、青森さんだっけか。あの人と道場とかで会うとかなんとか言ってなかったっけ?」

「そういやそんな事話してたね」

 

夕樹と頷きあう。それを耳にした天野せんせは、そうかと呟いた。


「いきなり道場かよ。……まあいい、ついでに顔出しとくか。邪魔したな」

 

ひらひらと手を振りながら背を向け去ろうとするせんせ。あ、ぴんと来た。もしかしてと思ったアタシは、先生に向かって問い掛けてみる。


「せんせせんせ、ひょっとして北畑の師匠――青森さんの事知ってる?」

 

その問いに頭だけで振り返った天野せんせは眉を顰めつつ答えた。


「ああ、昔ちょっとな。……なんでお前らがそんな事気にする?」

 

情報源、ゲ〜ット。ほくそ笑んだアタシたちは、かくかくしかじかと状況を説明する。

 

間。


「はあ? 青森のおっさんと秋沼が?」

 

思いっきり訝しげな顔をしてせんせは問い返す。いやそんな顔しないで下さいよ、あくまで推測なんだから。そう言ったらせんせは顎に手を当てふうむと考え込んだ。


「確かにおっさんの家族の話なんざ聞いた事なかったし……秋沼ンところはアレだしなあ。つじつまが合うっちゃあ合うんだが……」

 

やっぱり心当たりがありそうだ。その辺の話、アタシら聞いて良い? そう聞いてみたら以外に真面目なこういう答えが。


「馬鹿言え、仮にも教師が生徒のプライベートをほいほい話せるか。お前らダチ相手だとしてもな」

 

そりゃそうだね。ちっとも期待してなかったアタシはあっさりと諦める。ま、この程度は想定済み。切り崩せそうなところを探し出して切り崩していくか。そのためにもまずは情報収集っと。


「OKそこらへんはもう聞かない。ところで北畑を捜していたのって、もしかして青森さん関係?」

「ああ、昔ちょいと世話になったんでな、挨拶でもと……おいまさか会わせろとか言い出すんじゃねえだろうな?」

「ご名答。周りの人間に分からない事でも、本人に聞いたら答えてくれるかもだし」

 

実際そう上手くはいかないだろうけどね、お近づきになっておけば話を聞く機会も増えるってもんさ。

アタシはそう算段していた。せんせはどうにも気が乗らない風であったけれど、結局は渋々ながらアタシらを引き連れて道場に向かう事を決めたようだ。

 

この時アタシらがせんせの「まあコイツらなら大丈夫か」っていう呟きを聞き、問い質していればまた違った展開になったのだろうけど。

 

また見事に泥沼の方へ足踏み入れちまったわけさこれが。


 














何なんだろうこの空気は。

 

道場とやらに一歩足を踏み入れたアタシたち全員が多分そう感じた。

 

ごごごごだとかどどどどだとかいう効果音がゴシック文字で浮かんでいる。以前檸檬と小梅が対立していた時もこんな空気が流れていたけど、アレに匹敵する何かが起こってるわけ!?

おののくアタシらだったが、それを尻目に天野せんせは気軽な調子で道場の中に入っていく。


「ちゃーっす」

 

どうして平気なのと尋ねたら、「あん? んなモン慣れだ慣れ」という素敵な答えが返ってきました。こんな空気に慣れるなんてどんな経験を……ああ、仮面のヒーローって結構苦労するのね。

納得したところでおっかなびっくり道場の中へと足へ踏み入れる。剣道というより実戦的な剣術を教えるらしいこの道場は、聞くところによれば道場主の趣味だけで経営されているというが……アットホームな雰囲気なんぞ今は欠片も見られない。そろ〜りと中を覗いてみると、丁度北畑と青森さんが対峙しているところであった。

 

異様な空気はどうやらこの二人から放たれているらしい。

 

対峙する二人は双方共に胴着に袴。その身から熱く、かつ凍てつくような闘気が放たれている。

 

青森さんは軽く右足を踏み出し半身の構えで右手に持った木刀をだらりと下段に放り出したような体勢。隙だらけに見えるけどその隙をどう突いたらいいのか、それが全く見えない不可思議な構え方だった。アタシが知るどんな構えとも一致しない。八方破れってヤツとは違うんじゃないかとは思うけど、確たる知識があるわけじゃあないから断言はできないね。そもそもあの人に構えなんてものが意味を成すのかどうなのか疑問だけど。

 

対する北畑は意外な事に綺麗な青眼の構え。考えてみればアイツがきちんと木刀持って構えを取るのを見るのは初めてじゃなかろうか。ただ北畑にしても、ここからどう動くのかが全く予想がつかない。今までのアイツだったらけっこう分かり易かったんだけどなあ、ひょっとしてこれが北畑の本気なのだろうか。だとしたらアタシは今の今まで、北畑 星十郎という人間を見誤っていたと言うしかない。それほどまでに今のアイツは別次元の存在としか見えなかった。

 

ちり、と空気が灼けて凍る。

 

動きはない。アタシらが道場に踏み込んだ瞬間、あの傍若無人な態度で上がり込んだ天野せんせですら鳴りを潜めている。ただ腕を組んで興味深げに目の前の対峙を見やっているだけだ。

 

どれだけの時が過ぎ去っただろう。無限に続くかと飲み込まれていたアタシらの眼前で。

 

雷が奔った。

 

がごんという音は随分後になって響き渡ったように思う。次いでどががががと削岩機とドラムの連打を一体にしたような音が道場内に鳴り響いてからやっと状況を把握できた。 

 

先手を打ったのは北畑。流れるような流麗さを見せながら速く、荒々しい打ち込み。まるで普段は穏やかだった河川が突如氾濫するような、そう思わせる勢いの乱打。

しかし常人であったら手も足も出ない(アタシでも手こずる)その打ち込みは、まるで子供の遊びのごとく青森さんにいなされていた。

踏み出した足を時折踏み換え、木刀を持った腕を突き出し軽く動かす。ただそれだけ。それだけで北畑の怒濤の打ち込みを全て逸らし、弾いている。ごつい体格からは想像もつかないが、無駄のない繊細な剣捌きだった。

 

僅か数秒。その攻防を制したのはやはり青森さん。

 

ふっ、と微かに呼気を漏らした次の瞬間には、大きく踏み込み、木刀を打ち込んでいた。その一撃だけで北畑は吹っ飛ぶ。


宙を舞った北畑は空中で体勢を整え何とか着地。しかし苦痛に顔を歪め胸元を押さえながらがくりと片膝を突く。


「それまで」

 

静かな、しかし良く響く声が響いて、道場内の緊迫した空気は霧散した。そこで初めて北畑と青森さん以外の人間が道場にいた事にアタシは気付く。

うあ、しかも結構多い。


「ほっほっほ、ギャラリーが増えて張り切ったか青森の。……いかがでしたかなそこの皆様」

 

ぽんぽん手を叩きながらいかにも好々爺然とした態度で語り掛けてくる胴衣姿のおじいちゃん。ひょこひょこ歩み寄ってくる姿はコミカルにも見えるがこの人も油断ならない。一見ふらふら歩いているようでその重心は全くぶれておらず迷いがない。気配は希薄で常人とさほど変わりがないが、どこか底の見えない不気味さのようなものが伺える。

 

強いと感じるのではなく、強さが読めない。こいつはひょっとしたらとんでもない狸なのかも。

 

ちょっと警戒したアタシたちを見てうむうむよしよしと頷くおじいちゃん。何となく手玉に取られているような気がするなあ。ちょっとむくれたアタシだったが、次に続く言葉を聞いて目を丸くする。


「もしかして皆さんは“ウチの孫”のお友達ですかな? ようこそいらして下された、何しろウチのは見ての通りのアレですからのお、真っ当な友人が訪ねてこられたのは皆様が初めてですわ」

 

かかかと笑うおじいちゃん。え? もしかして孫って……。


「あの〜、ひょっとして旦那……星十郎君の、お祖父さまでいらっしゃるのでしょうか……?」

 

恐る恐る尋ねた南田の問いに、おじいちゃんは「左様」と答えた。

至極まともなご家族ぢゃねえか!? この人から何を経たらああなるわけさ!?

アタシの驚愕は皆の驚愕だったようで、しかも顔に出ていたらしい。北畑のおじいちゃんはそうだろうそうだろうと言いたげな感じで何度か頷いてからこう言った。


「昔は引っ込み思案で何かにつれ母親の影に隠れていたような子だったのですがのう。……少しは自分に自信を持てと言い含めながら鍛えてみたら、なにゆえかあのように……」

 

一体どのような鍛え方をしたらああなるのか非常に気になるんだけどそれはさておき、さてどうやって青森さんと会話できるよう持っていくかな? やっぱここは北畑経由で紹介して貰うという形がいいか。

と、思っていたら、天野せんせが気楽な調子でおじいちゃんに語り掛けた。


「よう、久しぶりだじいさん。元気そうで何より」


その気安い口調に対して、おじいちゃんはにやりと笑みを浮かべて答えた。


「相変わらずフリーダムじゃのう小僧。調子は聞くまでもないかの」

 

この人とも知り合いですかそーですか。なに? もしかして門下生だったのせんせ? 聞いてみたらせんせは頭を振った。


「んなわきゃねー。昔ちょっと特訓しなきゃならんはめになってな、そん時に協力して貰ったのさ」

「あのような無茶を頼みに来る人間なんぞ後にも先にもうぬだけよ。日頃から鍛えておかねば、いざという時苦労するハメになるというに」

「だから門下生になれって話かい? 剣の道は向いてねっつの」

「そう考えているのはうぬだけだと言うに。……まあよいわ、今宵の用事は他にあるのだろう?」

「ああ、青森のおっさんが帰ってきてるって聞いたからよ、ちと顔見せに来た。まさか真っ先に道場に顔出すたあ思わなかったがよ」

「ふん、“迷いでも振り払いに来た”のだろうさ」

 

ん? 何か今、会話の中に気になるところがあったような? 何に引っ掛かったのか自分でも分からないまま首を傾げる。アタシのそんな態度を余所に自体は進んでいった。


「まあいいさ、ともかくおっさんに挨拶してくる」

「積もる話もあろう、ゆるりとしていくがいい」

 

せんせがその場を去り、おじいちゃんがこちらに向き直る。


「今丁度一息ついたところでしてな、孫を呼んでくるゆえ少々お待ちを」

『え、いや、おかまいなく……』

 

アタシらの返事を遠慮と見たのか、おじいちゃんは構わずに半ば引きずるようにして北畑を連れてきてしまった。あ〜その…………ま、いっか。とりあえず北畑を囲むように道場の端で車座となり、ひそひそと話し合う。


「で、どういう風の吹き回しだお前ら。わざわざこんなところに顔を出すなんて」

 

乱れた胴着を治しながら正座した北畑が問うてきた。さて、どうやって話を繰り出したモノかね。正直この後の展開なんざさっぱり考えてなかったよ。


「どうしましょう、正直に話します?」

「いや、そうするとコイツの事だから馬鹿正直に聞いちゃうんじゃないかと……」

「じゃあどうやって騙くらかそうか?」

「騙す事前提かよ」

「……落ち着け」

「お前ら何をこそこそと怪しい会話を繰り広げている」

 

額を付き合わせて話すアタシらを不審そうな目で見る北畑。いやその、何が起こってるか話してもいいんだけどさ、よく考えてみればコイツどういう行動に出るかいまいち分からないから躊躇してしまう。仲介にしようかとも思ったけれど、そもそもまず腹芸ができるタイプじゃないし。

どうしようか悩んでいたら、意外な事に北畑の方から話を切り出してきた。


「ふん、大方今朝の事――師匠の態度や何やらについてだろう? 聞いてやるからちゃっちゃと話せ」

 

ぽかんと全員が目を丸くした。あの北畑が、他人の事など一切気にもしていないような男が感付いていたなんて。意外すぎて思考が止まってしまう。

しばらく唖然としていたアタシたちだけど、ややあって我を取り戻し、揃って恐る恐る北畑に問うた。


『……偽物?』

「失礼な連中だな」

 

憮然と言い返す北畑だったけど、アンタ自分のキャラクターってモノを理解している? 察しのいいアンタなんて令嬢然としたアタシくらい有り得ないよ? 有り得……ないよ?


「はいそこ自分でネタ振っておいて落ち込まない。……で、旦那よ、どこまで分かってる?」

 

目つきを鋭い物に変えた南田が北畑に問い掛けると、こちらも仏頂面ながら真剣な様子で答えた。


「師匠が何かを気にしているという事と、それに様子のおかしい秋沼が関わっている、という事くらいか。詳細は知らん」

「ほぼ全部じゃないですか……」

 

がくりと肩を落してぼやく小梅。何というか凄く無駄な時間を過ごしたような気がするよアタシは。

ま、まあいい、分かっているなら話は早い。アタシらは他言無用かつ本人たちにも問い質すような真似をするなと言い含めて事情を打ち明けた。

 

話を聞いた北畑は顎に手を当てふうむと思案している。見てくれだけは絵になる姿だが、中身を知っているアタシたちにとっては無気味にも思える様相であった。しばらくそのまま考え込んでいた北畑だったけど、ややあって面を上げ、至極真面目な表情で口を開く。


「うむ…………どうすれば良いかさっぱり分からん!」

 

やっぱり北畑は北畑であった。アタシたちは安堵の表情を浮かべてほうっと息を吐く。


「返す返すも失礼な連中だな!?」

「日頃の行いだろ? ……ともあれ本当にどうすんのコレ。僕らもあんまり北畑の事を言えた義理じゃないと思うよ?」

 

夕樹の指摘に全員うむむと考え込む。恋愛問題みたく原因と打開策が分かれば何とでもしようがあるけれど、内容が分からずかつ家庭の事情っていうのはどこまで踏み込んだらいいのか分からない。下手をすれば話が余計にややこしい方向へと向かってしまう可能性もあるように思う。経験上。

まず欲しいのは情報だが……天野せんせさっさと離れちゃったからなあ、やはり多少の無理をおして北畑を仲介にするべきか。

雁首揃えて唸っていたその時、どこからか携帯の呼び出し音が響いた。それに反応したのは南田。


「ん? 誰だよこんな時に。……っと、これは!?」

 

画面を覗き込んだ南田の顔が驚愕に歪む。何事かと詰め寄る皆に向かって、南田は無言のまま画面をこちらに向けた。そこには。


 




from先生様


 


事情を聞き出せるかどうかは分からねえがこれから師匠を飲みに誘って話してみる。

期待はするな。


PS、話聞けたら明日にでも教えてやる。不審に思われる前に適当なところで引き上げとけ。


 




驚き皆で揃ってせんせの方を見てみれば、彼は青森さん他数名とにこやかに会話しながらも、後ろ手に持った携帯をこちらに向かってぴこぴこ振っていた。

意外な人間の意外な行動に、アタシたちはまた動きを止めていた。なんというサプライズの多い一日でしょう。アレか、イベントの集中日か。どこで誰がフラグを立てたんだ。色々と頭の中を駆けめぐる言葉があったけれど、結局のところ口から出たのはこの程度である。


『………………偽物?』

「……とことんまで失礼な連中だな」


 














で、結局良いアイディアが浮かぶわけでもなかったので、非常に不安ではあるが天野せんせを頼る事にし、アタシらは適当にだべってから北畑に別れを告げ、道場を後にした。

 

初夏の夜風が心地よく、煮詰まった脳味噌を優しく癒していくかのようだ。

 

……うん詩人の才能ないなアタシ。

 

しかしこの後どう転ぶかね。事情が分かれば少しは進展すると思いたいけれど、何か一つ物事が起こると倍々ゲームで話が大きくなる傾向にあるからなぁ最近。今回もおかしな事にならなきゃいいんだけど。

行く先に若干の不安を見出して少し鬱になるアタシたちだったが、ここで暗くなったところで状況は好転しない。すう、と大きく息を吸い込んでから背筋を伸ばし、アタシはわざとらしくもふてぶてしい笑顔を作り、皆に語り掛けた。


「さあさあ、暗くなってたってしょうがないよ。まだ事態は動き出したばかりなんだ、そんな調子じゃこれから――」

 

やっていけないよという言葉は続けられなかった。

 

ぞわりと総毛立つ感覚、それを自覚した途端に身体が勝手に構えを取って周囲を警戒する。 武術の心得がない南田以外の全員が円になって構えていた。息苦しい。背中の嫌な汗が止まらない。何だこの、まとわりつくような嫌な感じの“殺気”は?


周囲の闇全てから放たれているような、方向性の特定できない異様な気配。まるで、地獄の底に引きずりこまんとする死神の手。こんなのは初めてだった。生命の危機がどうこう言う以前に、“自分とは決して相容れないおぞましい何か”が舌なめずりして狙っているような感覚。

戦慄するアタシたちは怯える心を奮い立たせるかのように言葉を交わす。


「夕樹、コレもしかしてアタシらかな?」

「こんなコールタールみたいな粘っこいのに狙われる憶えはないけど?」

「どうだか、スナック感覚で適当にぶちのめしたんじゃないの?」

「その程度の小物だったら有り難いんですけどね」

 

会話を交わす間にも、おどろおどろしい気配は濃密になっていく。やがて会話が途切れ、緊張が頂点を迎える――


「……来るぞ」

 

ノブの言葉と同時に、暗闇から無数の銀光が飛来する。


それは、数多の刃物。包丁、ナイフ、ハサミ、カッターなど、日常で手に入るありとあらゆる刃物が弾幕のごとき勢いで放たれてきた。


「ふっ!」

 

蹴り足をしならせ自分に飛来してくる分を片っ端からたたき落とす。他の人間のカバーに入っている余裕はない。それほどに容赦のない投擲だった。

 

無限に続くのかとも思えた剣雨は、始まったときと同じように唐突に止む。

 

しん、と静まりかえる中、無気味な気配がいつの間にか消え去っていた事に気付いた。

 

しばらく警戒していたが、それが戻ってくる様子はない。アタシは溜息と共に緊張を解いた。すると。


「て、てる君(さん)!?」

 

泡を食ったような檸檬と小梅の声が響く。何事かとそちらの方を見て驚いた。

 

いつの間にか二人の前に立ち、腕を交差してガードの態勢を取っていたノブ。その身体には無数の刃物が突き刺さっている。


「ちょ、アンタ! きゅ、救急――」

「ああだいじょぶだいじょぶ、慌てないで」

 

パニックに落ちかけたアタシを夕樹が宥めようとする。いやだけどコレはヤバいどころじゃ済まないだろう!? そう食って掛かろうとしたアタシの目の前で。


「……ふん!」

 

ノブが鼻息と共に構えを解くと、刺さっていたはずの刃物があっさりと地面に落ちる。そしてノブの身体には傷一つついていない。


「をおい!?」

「そういう体質だからテルは」

 

体質か? 体質なのか!? 驚愕するしかしようのないアタシの目の前で、ノブは檸檬と小梅に問うた。


「……怪我はないか?」

「へ? あ、う、うん……」

「だ、大丈夫です……」

 

それを聞いて安心したのか、ノブは微かな笑みらしき物を浮かべる。


「そうか……良かった」

 

おお、きゅんとなってるきゅんとなってる。惚れた男に護られたという事実にときめきまくっている二人から視線を逸らし、アタシは傍らの夕樹を見やった。


「?」

 

きょとんと見上げる可愛い顔。いやいいけど、いいんだけど。

 

アタシって贅沢なのかなあ?

 

思わず頭を掻きながら夜空を見上げてしまいました。
















「あの〜、お手数ですけど助けてはいただけないでしょうか?」

 

何とも情けない声に振り向いてみれば、変な格好で無数の刃物によって壁に貼り付けにされた南田の姿が。

 

ごめん。ぶっちゃけ眼中になかった。







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