その一・若けえのに惨え事しやがる 前編
すう、と大きく息を吸い、空気を全身に巡らせるようイメージ。半身になってゆっくり腰を落す。
眼前には大木。それを撃ち貫くように回し蹴りを一発。どがむと音を立てて、大木がびりびりと震えた。
申し分ない一撃。しかし本番はコレからだ。震える木から舞い落ちる木の葉、それらに向かってアタシは無数の蹴りを放つ。
爆竹が鳴るような音を立てて次から次に粉々になる木の葉。蹴り足の衝撃を余すことなく足先の木の葉一枚分の厚みに集中させる。口にすれば簡単な話だが、実際に行うとなれば絶大な集中力と細心の身体制御が必要とされる。アタシは大分慣れたから上手くいくようにはなったけれど、それでも全体の五割から六割がいいところ。目指す高みには、まだ遠い。
ぶばん、と最後の木の葉を蹴り抜く。ざあ、と夜風が流れ、木々の鳴る音だけが辺りを支配していた。
今日はここまで、か。心地よい疲労感を感じながらアタシは一息吐き、天を仰ぐ。住宅街から少し離れた山林の一角が、アタシの自主鍛錬の場だった。物心付いた頃から周囲の影響もあって、アタシは様々な武術を囓った。どこに行っても才能があるとは言われ続けていたのだが、アタシとしてはどの武術も何か“噛み合わない。”そんな感じを常々受け続けていた。
結局どの武術もある程度――段クラスまでは収めて止めるという事を繰り返し、終いには学ぶものが無くなってしまう。欲求不満というか、もやもやしたものを胸に抱え、それを解消するために街の不良や暴走族などを伸したりしている内にはたと気付いた。
既存の武術が噛み合わないのであれば、“噛み合うものを生み出したら良いじゃないか”と。
それを思い付いてから試行錯誤した後に生まれたのが、現在の足技主体のスタイルだ。しかしこれもまだ完成にはほど遠い。まあ完成したとしても多分アタシ一代の、しかも若い内でしか使えないものだろうが、なに構いはしない。意味はなくとも納得がしたいだけなんだから。
ペットボトルのスポーツドリンクを一気に干し、タオルで汗を拭ってさて帰ろうと荷物の入ったウエストポーチを腰に巻く。そしてランニングがてら林道を下り始める。
暫し走ればちらほらと住宅が並ぶ地域に出る。昔はこの辺にも痴漢とか変質者とかが出たらしいが、アタシが鍛錬を始めるようになってからはお目にかかったことがない。まあ治安が良くなったんだろう。その事を人に話したら野生動物は危機を察したらさっさと逃げ出すからなあと意味不明な言葉が返ってきた。どういう事だい。
それはさておきしばらく住宅の合間を縫って走る続けると、小さな公園に突き当たる。夕方なんかだと親子連れがよくたむろしているが、流石にこの時間になると……。
おや?
きい、きい、と微かな音が響く。多分ブランコからだろうけど……こんな夜中(って時間でもないが)に誰だろう。なんか妙にもの悲しいその音に引かれるように、アタシは公園の中を覗き込んだ。
そこにいたのは、完全に予想外の知り合いだった。
「え? 林檎?」
そう、アタシの(一応)友人である秋沼 林檎その人。制服のまま所在なげにブランコを占拠している。あまりの想像外の遭遇に、アタシはぽかんとあほみたいな面を下げて立ちつくす。
どのくらいそうしていたろうか。ややあって、林檎がぼんやりと顔を上げる。あ、またあの表情だ。今にも泣き出しそうな、彼女らしからぬ悲壮なまでの表情。その目を向けられたアタシは心臓をわしづかみにされたような感覚を覚える。
そのまましばらく空気が凍り付いていたのだけれど、林檎の瞳に感情の色が戻った瞬間、世界が動き出した。
「か、かりん!? こんな時間になんでこんなところに! ……はっ! まさかボクの事を探して!? こ、これは正しく愛! 愛の奇跡! よーしおっけーその愛全てを受け止めましょう! さああこの胸の中にカモンばっちこい!」
「最後までシリアス貫けんのかこのどあほう!」
思わず顔面にドロップキック食らわせてやったけど、アタシ悪くないよな?
自販機で購入した缶コーヒー二つ。一つをベンチに座った林檎に放って、残った一つの口を開けながら彼女の隣に座る。
林檎は躊躇いながら、アタシは躊躇なく、ほぼ同時にコーヒーをあおった。
そして同時に吹いた。
「ぶ、ぶほっ! っげはっ! 何コレ!?」
「あ、甘っ! 歯に染みるくらい甘っ!」
適当に見繕って買ってきたんだけどなんじゃこりゃあ!? コーヒーぢゃねえ、コーヒーテイストの練乳蜂蜜ブレンドぢゃねえか!
ジャージ屋マキシマムDX……誰が好き好んで飲むんだこんなの!?
「くっ……油断した。缶のデザインが変わっていたから気付かなかったけど、これ以前南田のヤツに奢ってもらったメーカーの新製品か。悪い意味でパワーアップしてやがる」
吐き捨てるように言って缶をベンチに叩き付けるがごとく置く。あーもう、雰囲気ぶち壊しだよ。憤るアタシの隣でしばらくのたうち回っていた林檎はというと、立ち直ると同時に拳を握りしめ猛然と言葉を吐き出し始めた。
「こ、この甘さ! 常人からすればただの苦痛にしか過ぎぬであろうがこのボクには伝わったよかりんの本心! すなわち常識を越えた甘さを体感したいというメッセージなのだね!? よーし分かった及ばずながらこの秋沼 林檎全身全霊死力を尽くしてだだ甘のスイーツなめくるめく体験を貴女に! さあとっとと場所を変えてくんずほぐれつ濃厚な一時を味あわせていただきたい今日この頃! それともこのまま野外でプレイ……」
「……林檎」
一人で勝手に盛り上がっている林檎の言葉を遮って、アタシは醒めた声で呼びかけた。
彼女の様子はいつもと変わらない。変わったようには見えない。だけどあの目を、あの表情を見てしまったら、こう考えてしまうのは仕方ないじゃないか。
「アンタ、何か無理してない?」
びしりと、林檎の動きが凍る。それも一瞬の事で彼女は再びぶっとんだテンションで言い放つ。
「それは気のせいというものだよかりん! 確かにボクにだって落ち込んだりしたけれど私は元気ですと言いたくなってしまうちょっとセンチで優しさに包まれてしまいたい時がなきにしもあらずだが、そんな時だからこそ! そんな時ゆえに! テンションをフルドライブさせておくのが美容と健康の秘訣……」
「落ち込んだってのは否定しないんだね」
アタシの言葉に再び硬直する林檎。そうして急に脱力し、しおしおとベンチに腰を落す。
やっぱり何かありそうだ。そう確信したアタシは林檎に問うてみた。
「アタシに話せる事かい?」
その言葉に一瞬ぴくりと身を震わせた林檎だが、ふるふると首を横に振って彼女らしからぬ小さな声で返事を返した。
「……ごめん」
やっぱり、ね。欠片も期待していないつもりだったが、少しだけ落胆してしまう。思えばこの子は多分思いっきり本能で喋っているように見せかけて、その実“本音”で喋った事は一度たりともない。今さらだがそんな気がする。
さてどうしたものかね。無理矢理口を割らせるわけにもいかないし、かといって放っておくのも後味が悪い。なにせこんな時間に一人でふらふら出歩くくらいだ、真っ当な精神状態にあるとはとても言い難いのではないか。むむ、考えると手がない……わけでもないな。
アタシは傍らに置いたコーヒーもどきを一気にあおる。甘さが喉を灼くがそれを堪え缶を開け、立ち上がりざま空き缶をゴミ入れに向かって放った。
狙い違わず吸い込まれるようにゴミ入れへと缶が吸い込まれたのを確認して、よしと一つ頷き、林檎の方へ向き直ってにっと笑いかけ言う。
「今日はうちに泊まっていきな」
「……え?」
目を丸くしてアタシを見上げる林檎。きょとんとした表情はなんだかとても幼く見える。
放って置けなきゃ拾い上げればいい。それだけのこった。何をしてあげられるわけじゃないけど、側にいてやる事くらいはできる。まがりなりにも友達だし、ね。
「い、いいの?」
まるで別人のように恐縮した感じで林檎が尋ねた。なんかこう、背中がこそばゆいような不思議な感じだが、それだけこの子が参ってるという事なんだろうと気を取り直してなんでもないようにふるまってみる。
「かまやしないよ。どうせ家にいるのが気まずいとかでこんなところに居たんだろ? だったら屋根付き布団ありの場所の方がマシだと思わない?」
いくら治安が良くなったとは言え一応女の子が一人でうろちょろしていていいってモンじゃない。目に届くところにいてくれた方がこっちとしても安心ができるし。
果たして林檎は暫し戸惑った後、力のない、けど確かに笑顔を見せて言う。
「ありがとう。お世話になるね」
なんとなく照れくさくなって「う、うん」とかもごもご言いながら視線を逸らすアタシ。
こうやってみるとやっぱりこの子も可愛いんだわやっぱ。いやその、ちょっとドキってした。
その後、平静を取り戻すまでアタシが林檎と視線を合わせられなかったのは言うまでもない。
うう、一生の不覚だ。
翌朝。
暗い雰囲気を吹き飛ばさんとするかのような良い天気。
そして昨日の遭遇が嘘だったかのようにこの女は元気だった。
「おはよう良い天気だね雲一つなくまばゆいばかりのサンシャイン! コレこそ正に日本晴れいやさワールド晴れと言っても過言ではない! 心晴れやかに今日も一日頑張りたいと思う今日この頃皆様どうお過ごしでしょうか!」
通学の最中に出会った仲間たち――主に檸檬と小梅に向かって開口一番コレだ。
「…………朝から異様なまでに元気だねこの人」
周囲が呆気に取られる中、端的に皆の心境を口にしたのは 南田 香月。見ればハイテンションな林檎と反比例するかのように、朝からげんなりとした空気を漂わせている。
や、確かについていけないテンションだけどさ、そこまでげんなりするようなモンかい? いつもと大して変わらないし。
そう問うたら、乾いた力無い笑顔で南田は答えた。
「…………最近、ちょっと貞操のピンチでね…………」
は? なんのこっちゃ? 問い質したいところであったけど、彼からは「聞くな、聞いてくれるな」というオーラが放たれていて躊躇ってしまう。そ、そっとしてやった方が良いんだろうなあ。アタシは壊れたような笑い声を上げる南田から必死で視線を逸らした。
まあ、それはそれとしてだと思考を切り替えて、視線を向けた先で檸檬や小梅にじゃれつく林檎の姿を見る。
ああしていると普段と変わりないように見えるが、昨夜の様子を知っている人間から見れば痛々しく思える。アタシはこう、頭を使うのが得意な人間じゃないからこういうややこしそうな時には対処に困るのだ。夕べだって結局肝心な事は何一つ聞き出せなかったし。
何とか出来ないものかなあ。事情が分かれば動きようもあるんだけど……思わず考え込んでしまっていたら、ふと周囲が静まりかえっている事に気付く。
原因は一つ。今の今まで騒いでいた林檎が無言で動きを止めているのだ。
「あ、あれ? りんちゃん?」
「どうしたんですか?」
突然の事に戸惑った顔で林檎の方に顔を向ける檸檬と小梅。その目が驚愕に見開かれた。
まさか。嫌な予感を覚えて林檎の元に駆け寄れば……彼女は氷のような無表情で、通学路の先を凝視している。何事だと彼女が見詰めている方向に目をやれば。
一人の男が立っていた。
背広姿でこちらに背を向けた、結構体格のいい男だ。何をするでもなく道ばたに立って誰かを待っている様子のその背中に、凍てつくような視線を向けている林檎。
一体何者なのか。ただの通りすがりというわけではなさそうだ。林檎の態度がそれを証明しているし……それに何より、あの男、“強い。”
何の気なしに立っているようにも見えるが、殺気でも闘志でもないびりびりと響くような覇気が感じられる。あの男の周囲だけが、異空間にでも変化したかのような異質さに満たされている。
「うわあ……何かまた厄介事の予感がひしひしと」
いつの間にかアタシの隣――“アタシをサポートできる位置に”陣取った夕樹が砂でも吐きそうな表情で言った。まったくもって同感、今年は厄年かあ? 溜息を吐きながらも、アタシは林檎に対して問い掛けようと口を開きかける。
しかしその前に、男が佇む交差点の角から現れた意外な人物によって、状況は急展開を迎える。
「……! あ、貴方は」
「久しいな、星十郎」
ドスの効いた重々しい声で語り掛けられた男――北畑 星十郎に向かって、男は一歩踏み出す。顕わになったその横顔は、巌のような無骨さを持った仏頂面。鋭い目が北畑を射抜くように見詰めていた。
ざわ、と風が二人の間を吹き抜ける。そして――
「!!」
――何が起こったのか、それを理解したのは多分本人たちを含めた数人だっただろう。刹那の一瞬で、二人の男は手刀をぶつけ合っていた。そのまま鍔迫り合い(?)の体勢でぎりぎりと押し合っているように見える。
だが。
「……くっ!」
どうやら力比べは背広の男の方に分があったようだ。押し切られた北畑は瞬時に後退、居合の構えを取って速度の乗った連撃を放つ。
悠然と構えた男はマシンガンのごとく襲い掛かる手刀を余裕で捌き、その隙を縫って電光のような突きをカウンターでぶち込む。
ごがんという大砲がぶち当たったような轟音。それを何とか受け止めた北畑は地面を削りながら下がる。衝撃に顔を顰めた彼が視線をあげれば、その眼前には電光の速度で踏み込んできた男の手刀が迫ってきていた。
殺られた。誰もがそう信じて疑わなかった一撃。しかしそれは、ばしんという音と共に阻まれる。
真剣白刃取り。話には聞いていても実際お目にかかった事はないであろう技術のトップランクに位置する技。まあ北畑なら使ってもおかしくはないだろうけど……それより“剣技”でアイツを圧倒する人間が存在するとは思わなかった。北畑は異様なまでの自信家ではあるが、それはまったく根拠のない事ではない。剣だけに限定するのであれば、間違いなく天才と言っていい男なのだアイツは。
まあ夕樹にボコられたり天野先生にボコられたりしてるけど、それはあの二人が常識から斜め方向に吹っ飛んだ反則的な人間だからだ。実際この学校であの男と互角以上に渡り合える人間は、アタシを含めて十人ちょっとくらい……って結構いるじゃん。
ともかくアイツは決して口先だけの男ではない強者だ。それを圧倒しまだ余裕を見せる背広の男。ただ者ではない。
張りつめた緊張の中、白刃取りの体勢のまま彫像のように動きを止めていた二人。その唇が、ニヤリと歪む。
「鍛錬は欠かしておらんようだな」
「無論。ですがまだまだです」
す、とどちらからともなく構えを解き、姿勢を正す。そして北畑は男に向かって深々と頭を下げた。
「お久しぶりです、師匠」
「うむ、息災で何よりだ」
ああ、なるほど、そゆコトね。やっと納得した。あの天災(誤字にあらず)の師匠だったらそりゃ強いわ。もしかしたら校長並かも知れないね。
それにしても違和感ある光景だねえ、あの天上天下俺様万歳の北畑が殊勝な態度を取り、ましてや敬語使って喋ってるなんて。そんなアタシと似たようなことを考えていたらしく、隣の夕樹がぽかんとした顔でこう言った。
「あの北畑が人に頭下げるなんて……夢でも見てんのかな僕」
「そいつぁ言い過ぎじゃねえか? 旦那だって尊敬する人間の一人や二人はいるだろうさ」
夕樹の言葉を南田が軽く窘める。確かにね。アイツだって生まれたときからああだったわけじゃあるまい、成長過程で色々あったんだろうさ。ただ育ち方がちょっと螺旋構造描いていただけで。
後ろの方でゴニョゴニョやってるアタシらを尻目に、師匠と弟子らしき関係の二人は穏やかに話を続けている。
「こちらの方には、いつ?」
「つい先日、仕事の関係でな。結局出戻りよ」
「そうでしたか。でしたら道場の方には……」
「ああ、今夜にでも顔を出す」
「分かりました。楽しみにしております」
「うむ、それではまたな。勉学に励むがいい」
比較的短い会話。だけど彼らにはそれで十分だったのだろう、軽く挨拶を交わし二人は別れる。僅かな時間だったけどキモが冷えたね。アタシは額の汗を拭った。やれやれ、何で朝っぱらからこう緊迫した空気にさらされなきゃならないんだい? 背中に感じた冷や汗が引くのを感じる間に、夕樹と南田が北畑に向かって歩み寄る。
「アレが北畑のお師匠さんってわけか。……何しに来たの?」
「顔見せ、だろうな。……しかし」
「? どしたい、旦那?」
何か納得の行かないような表情を見せる北畑。彼は南田の問いに躊躇うような感じを見せながらも答えた。
「何か……そうだな、俺様とは別のところを気にしていた。そんな感じがあったな」
その言葉を受けて、アタシはこっそりと視線を林檎の方へ向ける。彼女は無表情を保ったまま、まるで何事もなかったかのようにさっさと学校の方へと向かいだした。それに気付いた檸檬と小梅が「あ、アレ? りんちゃん?」などと言いながら後を追っていく。とりあえずそっちは任せておくとして……アタシは北畑に向かい問いかける。
「一体誰なんだいあの人。ただ者じゃない、手練れのように見えたけど」
その問いに対し、北畑はいともあっさり答えた。
「青森 富士雄。現役の刑事……だったんだが、数年前に栄転だか左遷だかでここを離れた。どうやら戻ってきたらしい」
栄転と左遷じゃ天と地ほどの開きがあるぞ。と、そんな事はどうだっていい。
……ふむ、名字が違う、か。だが林檎とは無関係ではなさそうだ。でなければ林檎のあの態度は説明できないし、それにどこか別のところに意識が向いていたというのが林檎の事であったとするならば、つじつまも合う。
動くか、動かざるか。アタシはまだ判断を付けていなかったんだけど情報は多い方が良い。そう考え続けて北畑に問うた。
「なあ、その青森さんの話、もう少し詳しく聞かせて貰って良いかい?」
南田姉せんせの授業を半ば聞き流しながら、アタシは得た情報を整理してみる。
まず檸檬だが――
1・家に帰りたくないほどの家庭的事情を現在抱えている。
2・その事情により現在精神が不安定。
3・その事情には南田の師匠、青森さんが関わっている?
――ってな感じか。
そして彼女の異変に関わっているであろう青森さんは。
1・どうやら刑事さん。数年前仕事の関係でこの地を離れ、最近戻ってきた。
2・プライベートは全くの不明。
3・剣の腕は一流どころではない。もしかしたら日本でも1、2を争う。
4・檸檬の事を気にしている?
と、こうなる。
でだ、これらの情報からアタシ的に推測してみると。
1・檸檬と青森さんは血縁関係――もしかしたら親子なのではなかろうか。
2・だとすれば離婚しているなどの事情がある?
3・そのあたりに関して、あるいは仕事上の事などについて、檸檬は複雑な感情がある?
こんなところ、かな? 本人に問い質したわけじゃあないので正確なところは分からないけど、けっして有り得ない話じゃないと思う。
ふむむ、これらを踏まえてアタシはどうするべきか。
……どうしよう。
檸檬の時みたく恋愛関係でなおかつ事情がはっきり分かっていれば動きようもあるんだけどさあ、コレ完璧に余所様の家庭の事情に踏み込もうとしてるわけじゃん? 相談されてるんだったらともかく、勝手にどうこうするのはいかんのじゃあなかろうか。
家庭内暴力とかいうんだったら事は簡単……でもないか。北畑をして日本最強に等しいとまで言わせるほどの人間相手にどうこうする自信はない。まああの様子ならその心配はなさそうだけど、だったら余計に手出ししにくい。
これは、やっぱ一人じゃ解決できそうにないかな。うん、他の連中も巻き込もう。それがいい。
アタシ一人が苦労するハメになってたまるかい。
けっけっけっけと暗い笑い声を上げるアタシは気付かなかった。
すぐ傍らに、お怒りマークを貼り付けた南田姉せんせが立っていた事に。
……せんせ、今時廊下にバケツ持って立ってろってのは正直どうよというアタシの意見は聞き入れて貰えなかった。