そのさいご・今日もお江戸(?)は日本晴れ
さてその後の話だけれども、なにかこう劇的に変わったものがあるわけじゃない。
「義父さん! 今日こそ結婚の許しをぉおおおおおおお!!」
「させん、させんぞおおおおおおおおお!!」
盛り上がってる馬鹿二人が朝から激突する光景が日常化した程度で。
「いやコレけっこう大事じゃね?」
「わりと今更だと思うよ?」
げんなりとして馬鹿二人を指すカヅの言葉に、これまたげんなりとした夕樹が肩を竦めて応えた。
どがどが木刀で殴り合う二人を止めようとするものはいない。まず普通の人間じゃ割り込むことなど不可能だし、割り込める人間もあんな痴話ゲンカなどに関わりたくない。放置しておくしかないのだ。至極迷惑ではあるが。
まあ最低でも通学路では止めて欲しいのだけれど、アイツらが聞く耳などもつはずないしなあ。名物が一つ増えたとでも思わなけりゃやってらんない。
まその、唯一止められそうな人間がいるにはいるが。
「………………」
なんかでろーんって脱力していた。
激突が始まってややあってから現れた林檎は、なんというか精根尽き果てたといった感じで口の端から魂を垂れ流している。
何があったんだろう、聞きたいような聞きたくないような。
「で、何があったのりんちゃん?」
「躊躇ありませんね檸檬さん」
林檎の様子に引くことなく踏み込んで問い掛ける檸檬。今の林檎に声を掛けるのはちょっと迷うんだが、だんだん肝が据わってきたねこの子。
檸檬の問いに、林檎はぎぎぎとホラーじみた動きで首を動かし、ハイライトの消えた視線を向ける。
「ふふふふふ……アレとの共同生活がこれ程堪えるものだとはね。……じょりじょりとすりするが、じょりじょりとすりすりが、地獄と天国が左右からヘルアンドヘヴン……」
「わかったよーな分からないよーな」
多分アレだ、やっと家に帰れて上機嫌な親父さんと親父さんが帰ってきて上機嫌な静香さんに猫可愛がりされているんだろう。普通だったら自重するところだろうがあの夫婦だからなあ、もはや精神的なリミッターなんど無いに等しかろう。
まあその、家庭内に平和が戻ってなによりじゃないか、なあ?
「ボクだけ平和でも平穏でもないような気がしますが気にして頂けませんかそーですか」
「そのうち収まるだろ、しばらく我慢しな」
この時はこんな風に言ったんだが……まさか延々とこのご家庭問題が長引くとは神ならぬあたしには知る余地もなかった。
まあ林檎んちの問題なんで関わる気もないし果てしなくどーでもよいことだったが。
とにもかくにも少しは静かになるし、それほど害はなかろうと鷹をくくる。こっちに飛び火さえしなけりゃ問題は何もない。
……そこはかとなくフラグとか立てちまったような気がするけど、それこそ気のせいだろう。きっと。
でまあそのほかは相も変わらず、だ。ノブの奴は小梅と檸檬を左右にぶら下げているし、カヅは微妙に憔悴してて薄っぺらい雰囲気がさらにぺらぺらになっている。まあお盛んなことでと笑うに笑えない、本人たちは割と本気で”幸せに困って”いるのだ。幸多かれと祈ってやりたいところだが、そもそもその幸が多いからこんなことになってるわけで、もはや処置のしようがない。まあその、せいぜい頑張っていただきたい。
そんで、アタシはと言えばだ。
「……でさあなっちゃん、さっきから気になってんだけど」
「何さ?」
「その……今歩きながら”読んでる本”、何?」
「ん? ”参考書”だけど?」
『…………はい?』
なぜか仲間のほぼ全員が――親父さんと斬り結んでたはずの北畑すらも(直後にしばきたおされた)動きを止める。
いやなんでさ。
「参考書って……その、格闘王への道とか、喧嘩上等で全国制覇するノウハウとか……?」
「いや、ふつーに高校数学Ⅱの参考書だけど」
『………………』
ヲイコラなんだその沈黙は。
とか思っていたら、なんかみんな心配そうな顔で恐る恐る声をかけてきた。
「あの……かりんさん、何かおかしなものでも食べましたか? 熱があったり体調に不都合があるとか? この指何本に見えます?」
「そんな、なっちゃんが勉学に興味を示すとかおかしすぎるわ。……はっ! もしかして新手の精神疾患!?」
「なんということかこれはやはり間違った愛の産物か!? いかんぞかりんこのままでは家は焼け畑はコ●ホーズ君はシ●リア送りだろう! 愛を取り戻さなければならん愛を取り戻せ! 今こそ歪んだ関係に介入し駆逐し終止符を打つ!」
「あ~そのなんだ、疲れてるんだったら今日は休んだ方がいいんじゃねえの?」
「…………救急車、呼ぶか?」
惚けてたはずの林檎までなにこの仕打ち。OK貴様ら普段アタシをどういう目で見てるんだ泣くぞ!? やめろそんな優しい目でアタシを見るんじゃねえ!
内心憤慨するアタシを見かねたか、隣で一緒に歩いていた夕樹がため息とともに口を挟んでくる。
「確かに急に勉強し出すのはおかしいかもしれないけどそこまで言うことないじゃない。かりん別に勉強苦手ってわけじゃないんだから」
『いやイメージってものが』
「……貴様らの中のアタシのイメージってどんなんだコラ」
あほのこ扱いかもしかして。こ、これでも一応成績はそれなりなんだぞ中の下だけど下から数えた方が早いけど赤点ぎりぎりの時もあるけど!
……くすん。
ちょっと離れたところで「ふはははは大人しく止めを刺されるがいい!」「ぬおおおお愛は死なぬ! 俺様は生きて林檎と添い遂げる!」なんてあほな声とごがどが殴り合う音が聞こえるが……もうなんかどうでもいいやこの際。
「はいはいやさぐれない。急に参考書なんか持ち歩き出したかりんにだって非はないとは言えないんだから。……で、なんで急に?」
「いやそのまあ……将来を考えて、とか」
夕樹の問いに少し真面目に応える。あの後天野せんせにちょっと聞いてみたんだけど、“正義の味方”やるにしてもちょっとは頭があったほうが良いらしい。
そう、実はアタシ例の下請けをやる話、かなり前向きに考えている。
あの後よくよく何回も考えてみたが、どう考えてもアタシ向きの仕事だ。図抜けた武の才――最近ちょっと自信がなくなってきてるけど――を持ち生まれ、しかしそれを持て余しつつあるアタシの天職だと思う。この武の技が役立つのなら本望であるし……なにより思いっきり人蹴り飛ばしても怒られないどころかお金もらえるってのは実に良い。
ふふふ……腕が鳴るねえ。
「うわー、なんかすっごい悪い顔になってますよこのお嬢さん」
「考えてる未来予想図ってなんかえらく血なまぐさいんじゃないかしら?」
「むむうおのれ男の悪影響で悪堕ちしたとでもいうのか! こうなれば我が全身全霊を持って悪の手から掬い上げなければ! ……いやまてよともに悪の道へと堕ちれば地獄姉妹の完成か!? 君が笑ってくれるならボクは悪にでもなる……っ!」
「……なあ、今更だけど本当にあんなんでいいのか?」
「あんなんでいいんじゃないの。あれがいいの」
「…………まあ、がんばれ」
うるさいよホント!? こほん、ともかくアタシはアタシなりに将来を見据えるつもりになってるわけだこれが。まあ成績がよくなるってのは悪いことじゃないし、例え望んだ進路にすすめなくてもきっと役に立つ。そういうわけでちょっくら頑張ってみるつもりになったんだってば。いやマジで。
大体アンタら人のことどうこう言ってる場合じゃないだろ?
「そももう少しで期末テストなんだけど、対策してんのみんな」
『……あ』
硬直する仲間たち。はっはっはやっぱりかい。……かくいうアタシもゆうべ気付いたんだけどなっ!
硬直してた仲間たちはだらだらと脂汗を流し出す。まあ最近あれやこれやあって忙しかったてのはある。そのことについては自分も噛んでるだけあって文句を言えるはずもない。
が。
『かりんちゃんたすけて~!』
「アタシが知るか自分でなんとかしろ!!」
ええいすがるなこびを売るな! アタシが言えた義理じゃないが普段の予習復習もしてなかったんかい! 大体アンタらアタシより成績いいだろ!?
「最近なんかものすごい勢いで頭が悪くなっていってるような気がしてるんですよう」
「ってか全然勉強してない~!」
すでに涙目になってる小梅と檸檬が訴えるけどどうしようもないってば! 正直自分のことだけで精一杯なんだから!
「とかなんとか言いながら、西之谷君が一緒に勉強しようって誘ったらほいほいついて行く気でしょう!?」
『……その手があったか!』
「うめちゃんそれやぶ蛇」
じと目で言う小梅の言葉にぽんと手を叩くアタシと夕樹。そして冷静にツッコミ入れる檸檬。
ちっ、よけいなこと口にしちまった。気付かないふりしてりゃ二人っきりで勉強会とかしゃれこめたのにさ。
「いかーん! いかんぞふたりっきりの勉強会なんぞ! それは成績を上げるものではなく精力を上げるものになる確率が非常に高い上手いことを言ったなボク! かりんの青いながらも張りのある肢体が魔の手によって蹂躙……ああ、ああ! そんなことが許せるだろうか許せるはずも無し! こうなれば二人で愛の逃避行を……」
「任せろ完璧だ」
「にゃっ!?」
またなんか戯れ言をぶちかましていた林檎の背後にぬっと現れる影。親父さんと死闘を繰り広げていたはずの北畑だ。
その姿は血まみれのぼろぼろ。しかしなぜか誇らしげな表情を浮かべている。
「喜ぶがいい、愛の勝利だ。これで誰はばかることなくお前と主に歩むことが出来る。さあ、洋式か和式か選ぶが……」
「待てい。まだ終わっておらぬわ」
高揚した表情で語る北畑の肩をがっしりと掴む手。その持ち主は無論満身創痍の親父さん。北畑と同レベルのずたぼろぶりだが、その目はまだ死んではいない。
ぬぬうと戦慄する北畑だが、ダメージが大きいのかその動きは緩慢。しかしそれでも親父さんの手を振り払い、間合いを取りながら――
「まだ息があったとはな! しかし一度掴んだ勝利手放すものかよ!」
「うにゃあ!?」
ちゃっかり林檎を胸元に抱き寄せる。
林檎はわたわた暴れるが北畑はがっしりとホールドしその動きを封じる。林檎はその名の通り真っ赤になって混乱していた。もちろんそんな状況を親父さんが許すはずもない。
「ならば勝利をもぎ取るのみ! 一度や二度の打倒で諦めると思うてか!」
「はにゃあ!?」
踏み込んで強引に林檎を奪還。ぐるぐる目の林檎はそのまま親父さんの腕の中に。
「それなら倒す! 例え何度立ち上がってこようが打ちのめすのみ!」
「うきゅう!」
「負けぬ! たとえこの身が砕かれようとも、最後に勝つのはこの俺だ!」
「みきゃあ!」
「我が愛! そう容易く砕けるかよ!」
「あひゃい!」
「砕き尽くしてくれるわ!」
「へにゃあ!」
「「ぬおおおおおおおお!」」
「止めろ二人で挟むなプレッシャーをかけるな暑苦しいわ! これはアレか新手の拷問か誰か助けてへるぷみー!」
いや無理だから。がきりと組み合う二人の男に挟まれて脱出不能になった林檎から目を逸らす。もうとりあえずの決着がつくまで放置するしかないんじゃなかろうか。そう言うことにしておこう、うん。
「まあアレだ、お互い自重しとかなきゃああなると言うことだな」
『うっ』
アタシの言葉に何か心当たりのある二人が呻いて視線を逸らす。うんうん己の所行を顧みるということは大事だ。とりあえず自分のことは棚上げにしておくけれど。
さて、冗談抜きでマジにみんなで勉強会でも考えるとしようか。偉そうなことを言ってはいるが、アタシも一人で効率よく試験勉強できる自信はない。それにすっかり勉強のことを忘れている小梅と檸檬だが、この子らは元々頭がいいので今から試験対策しても十分間に合うだろう。便乗させてもらえば劇的に……とまではいかなくとも成績の向上は図れる。
てなことを言って誘ってみたら、なんかみんな目を丸くしてた。
「うわガチだこの人」
カヅの言葉がみんなの心情を示している。いやアタシがまじめに成績のことを考えたら悪いのか。
まあいい、いちいち反応するのもばからしいしね。これからの実績で目に物見せてやるさ。
「これが俺様の愛のあかしよ! ほうれすりすりすりすり」
「なんの負けるか! ほうれじょりじょりじょりじょり」
「にょへいやああああああ!!」
どっかで可愛がられすぎた子猫が悲鳴を上げるような声が響くが振り返りはしない。頑張って愛を堪能してくれ。
そして後ろ髪引かれることなく学校へ向かおうとするアタシら……だったのだが、どうにもまだ一波乱あるらしい。
アタシらの前に立ちふさがるように次々と現れる影。何者かと言えばどうにも近隣の不良やチーマーどもらしい。なんだいつもの襲撃か、と思ったら何人かが前に出てくる。包帯を巻いたり絆創膏を貼ったりした怪我人がほとんどだ。
……いやその、けがを押して名を上げにこなくてもいいんじゃないか?
『おめえらがやったんだろうがこのバケモンどもがああああああ!!!』
「……あれ、そうだっけ?」
「いや全然覚えてないよ?」
猛るヤンキーどもに指されてきょとんと顔を見合わせるアタシと夕樹。しかしまあこいつらの目的は分かった、要するにお礼参りか。
ふむ、あんだけ一方的にボコられておいて懲りもせずやってくるとは、しつこいと言うべきか見上げた根性だと言うべきか。
「まあどっちみち、またたたきのめすから一緒なんだよね」
不敵な笑みを浮かべぱきりと指の関節を動かし鳴らす夕樹の言葉に、引きつりながらもどうにか言葉を返すヤンキー。
「へ、へへ、いくらてめえらでもなあ、今回はこの間の三倍はいるんだぞ三倍! 負けるわっきゃねえだろが! ……たぶん!」
言ってる本人も分かっているらしい。たかだか三倍程度ではアタシら相手には心許ないと。ま、無理もないね。実際十倍いたところで別段驚異にもならない十把一絡げだ。勝てて加えて今この場には、”アタシらに匹敵する戦力”が集っていたりする。
「やれやれ静謐なる朝の空気を汚してくださるとは……覚悟はできてますか?」
「あんまり時間かけると遅刻しちゃうかもだからね。さくっと片づけようか」
「…………」
こきりと首を鳴らす小梅とぐるりと肩を回す檸檬。そんな二人の後ろで威風堂々と構えている……ように見えて実は困っているだけのノブ。
「おねーちゃん、たすけてー」
「いよっしゃ任されたあおねえちゃんがすべてを粉砕し爆砕し砕き尽くしてくれよう!」
「あらあらうちの弟にいぢわるするのはどこのお馬鹿さんかしらうふふふふ」
最狂姉ーズを召還するカヅ。アイツもこなれてきたね。
……あれで召還される方もされる方だけど。あとそこらの塀の端から顔をのぞかせてぎぎぎとか悔しがるな妹ども。
ヤンキーどもはそろってびびくうと後ずさる。うん、この布陣をどうにかできると思うのはそれこそ幼児以下だろう。
まあ完全に手遅れだけど。
アタシは夕樹と顔を見合わせ肩をすくめて再び前を向く。
互いの表情は見えない。しかし二人とも同じ表情をしているのだろう。
獰猛な、獣のような笑みを。
アタシは無造作にポケットに手を突っ込み、中身を取り出して手にはめる。
プロテクター付きのグローブ。女性に対する贈り物にしちゃあ無骨な代物だが……アタシにとっちゃあダイヤの指輪より価値のある物だ。
グローブをはめた両手をばしんと打ち鳴らし、アタシは獰猛だけど満面の笑みで駆けだした。
「アタシの恋路をじゃまするヤツは、アタシに蹴られて地獄に落ちろ!!」
そして今日もまた、絶好調に蹴りが飛ぶ。
アタシたちの戦いはまだ始まったばかりだ!
……主に成績的な意味で。
~おしまいだゴルァ!~
まずは謝罪を。こんな駄文に長々と時間をかけてしまい申し訳ありません。
何人かお待ちくださった方もいらっしゃるようで、本当にご迷惑をおかけしました。
理由はその、色々あるのですが……
乙女心って難しいんですね。orz
人生初の女性視点一人称にチャレンジしてみたんですが、これがまた笑っちゃうくらい七転八倒。途中で気力が尽きて他に逃げ、更新がストップしてしまうというありさま。ちゃんと乙女心を表現できたのでしょうかダメか。
まあ長い時間をかけて何とか気力を取り戻しここまでたどり着くことができました。この物語はひとまずここで終了しますが、まだまだオリジナルの物語を書きたいという欲は残っておりますので、そのうち何かお見せできるかと思います。
でわでわここまでおつきあいくださり、まことにありがとうございました。