悪役令嬢は秘密を暴かれる
はははははっ。まてまて。鴨肉が脅えた目でフォークからすり抜けるのを私は逃がさず追いかける。グサッ!捕まえたっ!ふっふっふっ、いっただっきまーす!ジュワァっと鴨の断末魔が私の胃に消えていった。ああっ、肉汁が美味っ……!
アルベルトにエスコートされて会場に入り、皇帝陛下の簡潔な挨拶を聞いたあと、挨拶人形と化したアルベルトの横を隙を見て逃げ出した私は早速料理の置かれたテーブルの方へと向かった。ちなみにとても短い開会の挨拶に、私の中で皇帝陛下の株がだいぶ上がった。わかってらっしゃる。
美味しそうなごはんの山にテンションが振り切れた私は会場中の食物に密かに襲撃をかけて回る。んふふ。幸せ。ニコニコ笑って挨拶しながらさりげなく頬張ってもぐもぐもぐ。
食べてばかりいるのをバレないようにするため、ひとところにはとどまらない。これ、鉄則。
うへへ。私は皿の上に乗った食べ物たちをひたすら攻撃し、あらかた生存者が居なくなったところで次の獲物を狩りに行く、というルーティーンを会場を練り歩いて繰り返した。よし。この牛を食べればあらかた制覇したことになるぞ!胃袋が歓喜の声を上げている。そうかいそうかい。私も嬉しいよ胃袋。
密かに周りを窺うが、特に冷たい視線はないし注目されている様子もない。よし、誰にもバレていないな!さすが私だ!
「おい、さっきから食べすぎだぞ、お前。ここをレストランかなにかと勘違いしてないか?」
「ひっ!」
グボッ!牛がっ!牛が喉にっ!いきなりかけられた声に動揺した私は、ステーキを飲み込むのに失敗した。
ひーっ、ひーっ、涙目になって必死に飲み下す。こんな所で醜態を晒す訳にはいかない。うぐっ!苦しいっ!私の苦しみように呆れた顔をしながらアルベルトがさりげなく体で隠してくれた。ありがとう。だが元凶はお前だ!
「…………大丈夫か?」
「ごホッ、…はい。お陰様で」
なんとか牛を胃に押し込めた私に水の入ったグラスを差し出しながらアルベルトが聞く。ありがたく受けとって喉に流し込んだ。
ふぅ。牛は無事に胃に着地。胃酸と戦っている。ほっと一息ついたところで私は要件を訊ねた。
「ところで、なにかご用でしょうか」
「ああ。例の話をしようと思ってさっきからお前に声をかけようとしていたんだが…。お前ときたらそこかしこを移動して食べてばかりいるから声をかけるタイミングを失ってな。仕方ないからお前が会場を制覇するまで待っていたんだ」
「………………………………」
す、全てバレている……っ!アルベルトのそばを離れてからの私の行動が全てバレている……っ!!!私はダラダラと冷や汗をかいた。こんなに食べまくるなんて公爵令嬢的にあるまじきことだし、1人の乙女としてもアウトだ。消すんだ!今すぐ記憶を消すんだアルベルト!涙目の私は、見なかったことにしてくれ、と念を送る。
「お前よく食べるんだな」
「うぐっ……!」
アルベルトの一撃は私を1発KOした。心が痛いっ……!念は通じなかった。
よろよろとよろめく私をよそに、私の胃袋の底なし加減を暴いたアルベルトは面白そうにくつくつと笑っている。悪かったな大食いで!!私は食べることが好きなんだ!!あと今日は死ぬほどお腹すいてたから特別っていうのもあるんだから!普段からこの量を食べてるって勘違いしないで!!
うっうっ……心の中でさめざめと涙を流す。軽蔑しないでね、お願いね、協力取りやめとかやめてね、まあそれはないだろうけど。この世界では大食いの女というのは結構バカにされる。女らしくないとかいって。別にいいじゃん食べたって!
「まあいいんじゃないか。せっかくの料理も無駄にならないし。料理長も喜ぶだろう」
「はあ……」
さぞ呆れられただろうと思って落ち込んでいた私は、思わぬ言葉にハッと顔を上げた。だよねだよね、そうだよね!?別に食べても悪くないよね!?よく分かってらっしゃる!アルベルトに後光が差して見えた。
あっという間に気分が浮上した現金な私の肩にアルベルトがぽん、と手を置く。
「と、いうわけで、なにが1番美味しかった?俺もさっきから腹が減って死にそうなんだ」
どうやら君も現金な人のようだね。
「ところでアルベルト様は、私が…その、たくさん食べていたことについて、なにか、思ったりしないのですか?」
気になったので、なにが美味しかったか食レポしながらアルベルトと会場を回っている時に訊ねてみた。
私のアドバイスに従って料理を取り分けたアルベルトは優雅に食事をしながら軽く首を傾ける。
「ああ、そのことか。俺は別に誰が何をどれだけ食べようがどうでもいいと思っているから、特に何も思わない」
「そ、そうなんですか」
アルベルトらしいっちゃらしい返事が返ってきて、私はほっと胸をなでおろした。よかった。アルベルトがこういう人で。
「まあ、食べすぎて見苦しいほど太っているなら話は別だが、そうでないならたくさん食べるのはむしろいい事なんじゃないか?個人的に、鳥の餌のような量しか食べない女性はあまり好きじゃないんだ。なんというか、身も蓋もない言い方をすると、すぐに死にそうで嫌だ」
「え、死にそう?」
身も蓋もないにも程があった。え?すぐ死にそう?なにそれ。
まぁたしかに、この世界の貴族社会では、風が吹けば飛びそうなほど、折れそうに細い女性が好まれるため、美意識が高い人は本当に華奢で儚く、見ていて心配になるほどだけれども。
「だいたいあんな細い体できちんと子供が産めるのか?そもそも触っただけで折れそうだし、強い風が吹いただけで倒れかねないし非常にいらない気を使う。めんどくさい。骨ばって触り心地も悪そうだし、何がいいのか俺にはわからん。良いところがあまりない」
「まあ確かにそうですけれど」
皇太子殿下は極めて現実的だった――――
◆❖◇◇❖◆
お前、食の趣味がいいな、と食事を終えた皇太子殿下にお褒めの言葉を頂いたところで、私達は中庭に出ることにした。食の趣味ってなんだよ……。
移動する理由の一つは、例の話を人気のないところでするため。もう一つは、アルベルト殿下はどこですのっ!?というナタリアの声が聞こえてきたためである。
2人分の飲み物を手に私を誘導するアルベルトについて中庭に向かった。綺麗に整えられた実に見事な庭園は、見るものの目を楽しませてくれる。程よく晴れてそよ風が吹き、すこぶる天気がいい日だった。
パーティーも中盤に差し掛かり、ポツポツと庭に出て談笑している人の姿も目立つ。
その中をアルベルトは堂々と歩いて端の方へと足を進めていく。しばらく歩き、木の葉で入口を覆い隠された小道に入るとそこにはベンチがひとつ、ポツンと置いてあった。
アルベルトが大きめのハンカチを敷いて私に座るように促した。その気遣いをありがたく受けとって、ドレスが汚れないようにハンカチの上に腰を下ろす。
隣に座ったアルベルトからグラスを受け取ってほっと一息ついた。
私たちがいる場所は上手く木々に隠されているので誰も気が付かないだろう。秘密基地みたいでいい場所だ。さすがは皇族。よくこんな場所を知っていたな。
しばらくお互いに無言でのんびりと過ごす。さぁっと吹き抜ける風が爽やかで気持ちいい。実に晴れやかな気分だ。
ちらりと横目で隣の様子を窺うと、アルベルトも気持ちよさそうに目を細めて風を顔に受けていた。彼の黒髪がサラリと揺れる。
ぼんやりと穏やかな時が流れたあと、ふとアルベルトが姿勢を正した。
「さて。本題に入ろうか」
「はい」
そして、私達はついに未来に関する出来事についての対策会議第1回を開催したのである。