皇太子殿下は周囲を威圧する
「闇属性、だと……」
「アルベルト殿下が闇属性……?」
「やはりあの噂は本当だったのか?」
「本当だったに違いない……、見ろ、あの赤い瞳を!」
貴賓席のざわめきが大きくなり、貴族たちが口々に好き勝手なことを言い始めた。え、ちょっと…、良くない流れなのでは……。
これは、誰もが知る昔話。大昔のお話だ。
この世界では昔、人間と魔族が争っていた。
長い間争いが続いたが、ついに決着せず、いたずらに死人が増えていくだけだったので、ふたつの種族は停戦協定を結んだ。停戦したあと、魔族の長である魔王はその膨大な魔力でもって大山脈エンドサナを生み出し、大陸を二つに分けて魔族と人間の間の交流を絶ったとか。
このことは幼い子でも知っている話である。
魔族は魔法に長けた種族で、総じて高い闇属性の魔力と赤い瞳を持つことで知られている。
今現在、魔族と人族の交流はほぼないと言っていいが、たまに魔族領に居場所をなくした魔族が大山脈をなんとか乗り越えてこちら側にやってくることがある。争っていたのは何百年も前の話なので、魔族を見つけたら問答無用で殺すとか逮捕するとか言うことは無いが、忌避の目で見られることは間違いない。
今でも人間にとって魔族は忌避の対象であった。
もちろん、人間にも赤い瞳を持つ者や、闇属性の魔力の持ち主は少数だが存在している。だがアルベルトの場合、両親のどちらも瞳の色は青なのにも関わらず、赤い瞳を持って生まれた。
また、その顔立ちもあまり皇帝に似ていない。
そのため、上流階級では、彼は皇妃が魔族の男と姦通して出来た子供なのではないか、という噂が密かに流れていたのである。皇妃が身ごもった年、彼女が1ヶ月ほど避暑地に出かけていて、皇帝と離れていたこともこの噂を助長させる原因の一つだ。
アルベルトが常ににこやかに礼儀正しい態度を公の場で取っているのは、そういう噂が流れていることを知っているからだと私は勝手に推測している。付け入る隙を与えないためだと思う。特に第二皇妃の陣営に。
まあそれはともかく、そういう疑いが密かにあったところに判明したこの闇属性の高い魔力だ。これはその噂が真実味を帯びて駆け巡るに違いない。
あ、ちなみになぜ魔力が高いかわかるかというと、それは彼が手を触れている魔石の状態でわかるのだ。
魔力が高ければ高いほど、属性検査の魔石はその者の属性の色に完全に塗り変わる。魔力が低いものが触っても、魔石の中央あたりが地味に色を変えるだけだ。その点、アルベルトが触れている魔石は全てが真っ黒に染まり、とろとろと渦巻く魔力が目に見えるよう。虹色の魔石がまるで黒曜石のように光り輝いている。
どよどよとざわめきが収まらず、とてもじゃないが儀式が続けられるような状態ではなくなってきた。え、ちょっと。どうするのよ。私はさっきまでご高説を垂れていた神父に目をやった。おい、進行係。何とかしろ!
ところが神父はオロオロとうろたえるばかりである。腹ペコの熊のようにそのへんをウロウロしていたかと思ったら、しまいには天井の女神に祈りを捧げ始めた。
はぁああっ!?何やっとんじゃボケェ!!今は祈りの時間じゃないんだよ!そんなんいいからとっととこの空気をどうにかしろ!
心の中で神父をこれでもかと罵倒する。なんて役に立たないやつだ。いい加減にしろ。それでも神父か貴様っ!
神父の顔面に役立たずの烙印をベチコーンと押した私は、当事者であるアルベルトに目を向けた。
…………はぁ?
なにか状況を打破するために動いているかと思いきや、彼は周りの雰囲気なんざ何処吹く風、自分の色に染まった魔石をじっと見つめていた。いやなにしてんねん。ちょっとは周りを気にしろ!空気を読め!いや、もうわかったでしょ属性。早くなんとかしないと!
ざわざわと悪意のこもった言葉が貴賓席を駆け巡り、会場内を席巻して、次第に空気が変わりつつあるのが感じられる。良くない、非常に良くない雰囲気だ。
私が焦りを込めてアルベルトを見つめていると、その視線に気づいたのか、ふと彼が私の方を振り返る。必死に顔で訴えると、にやっと小さく笑った。ちょっと、どうするつもり!?
私から視線を外して魔石に向き直ったアルベルトは、すっと片手をあげると人差し指で魔石の表面を強く弾いた。
「……〜〜〜っ!!」
ビィイイィイイイィイィイイイィン
ぐわんぐわん、と空気が揺らいだ。振動が体を突きぬけていく。濃く、重い魔力の波動に気分が悪くなった。世界が揺れている、と思ったが、どうやら揺れていたのは私の体のよう。
うえっ、なにこれ……気持ち悪い。何をしたんだアルベルト。
その場にいたほとんどの人が一瞬私と同じ状態になったらしく、ピタッとあたりが静まり返った。
ささやき声ひとつ聞こえなくなった会場を満足気に見渡したアルベルトは、整った顔に酷薄な笑みを浮かべて傲然と顎をあげる。
「見ての通り、闇属性だが」
常の仮面を脱ぎ捨てた彼の声が会場に響いた。貴族たちがぴくりと反応を示す。
「なにか、俺に言いたいことでも?」
ゆらりと立ち上るアルベルトの覇気が場内を席巻した。
その皮肉っぽい声音に少々鼻白むが、威圧感に負けた貴族たちは次々と顔をうつむける。
それを見て満足そうに口角を上げると、彼は静かに魔石から手を離した。しゅるしゅると黒い光が立ち上り、アルベルトの体に戻っていく。それと同時に魔石はまた元の澄んだ虹色に戻ってきらりと煌めいた。
「では、儀式を続けようか。サーテン殿」
「…………あ、あ、はい!ゴホン。そ、それでは殿下は終わりましたのでこちらの控え室でお待ち頂きとうございます」
サーテンだかカーテンだか知らないが、役立たず神父がアルベルトの声にはっと我に返って祈りをやめ、なんとか進行を始める。
それに軽く頷いた彼はすっと流れるような身のこなしで踵を返すとそのまま優雅に歩いて控え室へと消えていった。
「で、では。ゴホン。セリーナ・フォークナイト様!」
私はダメ神父に名前を呼ばれて立ち上がった。会場中の視線が突き刺さるのを感じる。でも大丈夫!なんたって私は賭けに勝ったんだから!!
私はつかつかと歩いていって、神父が頭に金の輪をかぶせるのを待った。