悪役令嬢は事態を沈静化する
よく考えてみよう。
カイルとアルベルトは二人ともリランと心中したくてその為にお互いの邪魔をしあっている状況。よく考えると酷すぎる展開だがそれは置いといて……、先程アルベルトはなんといった?
『強制力の影響は痛みと耐性によって薄れてはいるがまだ続いてはいる』
といっていなかったか?
つまり、正常そうに見えた先程からのアルベルトは半分くらい正常じゃなかった可能性がある。
だってさ、アルベルトがカイルを倒すまでリランを守っても、その後はアルベルトが第二のカイルとなるだけだよね。リランとの心中邪魔する奴ぶっ殺すマンにジョブチェンするだけだよね。
……うん。
じゃあカイルを倒す前だろうが後だろうが、アルベルトがリランの敵はぶっ殺す状態なのは変わりなくない?
「あとは……」
『今の俺はリランを傷つけようとするものは許さない。守る』みたいなこと言ってたな。私が今リランの意識を落とそうとするとアルベルトが私を攻撃するから、今はリランに手を出すな的な。
「…………」
私はリランの頬のすぐ側でカチカチ爪を鳴らして遊んでいるナタリアを見た。
じゃあこれはどう説明するんだ?
アルベルト、絶対カイルの相手に必死でリランの危機に気づいてないよね?
「なんというミスリード……! 危ない危ない。危うくアルベルト様にだまされるところだった」
なんてヤツだ。自分がカイルの相手をしている間のリランの身柄と安全を私に確保させておいて、カイルを排除した後に私を排除しようとするとは!
ありがとうナタリア! あんたがいなかったらこれに気づけなくて私ここで終わってたよ!
次に日の朝には『皇太子が乱心して婚約者と公爵令息を惨殺した後、男爵令嬢と無理心中!』なんて記事が新聞の一面を飾るところだったに違いない。
寒気に身震いした私は、まずは不穏分子の確保から始めることにした。
ナタリアは土属性の魔力の持ち主である。この土が大量にある訓練場は、彼女の独壇場だ。その証拠にナタリアはヒロインを土でぐるぐる巻きに拘束している。もはや生き埋めの状態だ。
「ハイレイン殿下。今すぐ両手を挙げてこちらに来てください。さもなくばこのヒールをリランさんの頭にたたきつけます」
私は靴を脱ぐと、ヒールを振りかぶって冷静な声音でハイレインにそう告げた。突然猟奇的な発言をした私にその場にいた3人が宇宙人を見る目で見てくるが気にしない。
どうやらハイレインはリランの魅力にやられてるっぽいからね。遠慮なくそこを突かせてもらおう。
コイツがどんな立ち位置で、リランとどんな関係なのかとか、なんでここにいるのかは今はどうでもいい。
「さあ、お早く。私は本気ですよ」
「はっ。はったりでしょ。嘘だよ嘘! セリーナさんにそんなことする度胸があるわけないじゃん。そんなんで騙せると思った? ばーーか!」
そんなことを言って本気度を測ってくるハイレインに、私は無言でヒールを振りかぶってリランの顔すれすれに振り下ろした。ザク。ヒールはリランを拘束している土にささる。
「次は本気でいきますよ」
「……正気なの?」
もちろんですとも。まあ、これははったりだけどね。
しかし時間がない焦りで私からは威圧感が出ていたのだろう。鬼気迫る感じが端から見た私の本気度をあげたようだ。
私はお手上げポーズをしたハイレインと、ついでにそこら辺に転がっていたアッシュをナタリアに土で拘束させた後、リランの顎を下から拳で何度か突き上げて意識を奪った。
意識を奪うには顎を殴って脳を揺らすといいと聞いたことがある。
正直人を気絶させるやり方なんて知らなかったからうまくいってよかった……!
リランが意識を失った瞬間から夢から覚めたような顔で争いを止めたアルベルトとカイル、そして明らかに雰囲気が変わったヒロインを見て私は安堵のため息をついた。
ホッとした様子のアルベルトと混乱した様子のカイル。遠目から、カイルが吐いているのが見えた。訓練場の真ん中で嘔吐している様子の彼に駆け寄ろうとするナタリアを私は取り押さえる。
「何をなさるの!? 放してちょうだい!」
「魔法で拘束してるのを忘れたの? あなた、向こうに行ったら興奮して魔法を解きそうだからダメよ。アルベルト様に任せて」
ナタリアは不満そうだったが、柄の悪いヒロイン(前野)が悪態をつく様子を目にして渋々私の言うことに従った。
しばらくすると青白い顔でふらふらのカイルがアルベルトに支えられてこちらに向かってくる。
「カイル様!」
叫んだナタリアが駆け寄るのを横目に私もアルベルトの隣に行った。近くで見ると、二人の服は所々破けていて汚れており、激闘のあとが見える。
「アルベルト様。ご無事ですか」
「ああ。俺はいいが、カイルがな……。頭の中をミキサーでかき回された気分だと」
アルベルトは服の下は分からないが、少なくとも目に見える範囲は擦り傷など軽傷のようだったのでひとまず安心だ。
でもやっぱり心配なのはカイルだ。彼は地面に座り込んで頭を抱えていた。
声をかけるとしばらくして顔が上がるが、彼は私の肩越しにヒロインを見ると再び咳き込んで気持ち悪さと戦いはじめる。後遺症が酷い。
そんな様子を見て、アルベルトが思案気に提案した。
「先にカイルを返した方が良いな。説明は後日として、とりあえず体調が心配だ。カーマイン嬢、悪いが……」
そう言いかけたアルベルトがふと言葉を切り、次の瞬間一気に苦々しい顔になる。何だと不思議に思った私の耳にもその喧噪は飛び込んできた。
「何やら物音がしたぞ! 誰かいるのか? 人を向かわせろ!」
さっきまでの戦闘音にやっと気がついたのか、騎士たちがこちらに向かってくる気配がして、私たちは顔を見合わせた。
「残念! いつかと逆だね?」
拘束されたままの前野がにやりと笑う。
「……このままというわけにもいかないな」
アルベルトが深いため息をついた。
皇太子が第二皇子と男爵令嬢を土魔法でぐるぐる巻きに拘束しているなんて見られたら大変だ。
合図されたナタリアが不満そうに拘束を解くと、彼らはうめきながら立ち上がる。こちらを睨み据えてくる三人に、アルベルトが静かに告げた。
「分かってるな? これはどちらにも不利だ」
「……分かってるよ。いいよ、僕が行くから」
ハイレインがふてくされたようにそれに答えるとどんどん近づいてくる喧噪に向かって歩き出した。
その後をヒロインとアッシュが追う。
何もなしにもお互いの顔が視認できるほど、満月が明るい夜だった。無言で立ち尽くすアルベルトの顔に陰影が出来ている。
夜風が吹いて私たちの髪をさらった。騎士の鎧が鳴り、たくさんの人の気配がする。
「一応。俺も行ってこよう……。セリーナ。その二人を頼む。今日のところは家に帰してくれ」
「はい」
ふーっと大きな息を吐いたアルベルトが気を取り直したようにそういうと、ハイレインたちを追って歩き出した。




