悪役令嬢は天を仰ぐ
安堵感と喜びと、様々な感情が過ぎ去ると当然疑問も生まれるわけで。
「助けてくれてありがとうございます、アルベルト様! でもなぜここに? それに強制力は大丈夫なんですか!?」
「ああ……。少し状況が変わってな。後で説明するが今はなんとか大丈夫だ。だがカイルを元に戻した後は、早急にリランを気絶させて前野を出さないと終わりだ。強制力の影響は痛みと耐性によって薄れているがまだ続いてはいる」
「そうなんですか……。ああ、前野は強制力が使えなくて、人格交代にはリランの気絶が必要という説を採用するんですか?」
「一番可能性が高い説だからな」
「じゃあ今リランをやった方がよくありません?」
「ダメだ!! いいか、アイツに手を出してみ……くっ、すまん。悪いが今は俺を刺激しないでくれ」
私の提案に怖い顔で怒鳴りかけたアルベルトは途中ではっとして顔をゆがめた。
「今の俺はリランと心中したい気持ちでいっぱいなんだ。だがカイルがリランを攻撃しようとしているから、今はリランを守らないと、と思っている」
ブルータスお前もか!
早口で簡潔に説明するアルベルトに私は天を仰いだ。
ここにもヤンデレが!
要するにアルベルトもリランと心中したいけど、カイルがいるから今はカイルの排除に気持ちが向いていると。で、カイルを倒したら遠慮なく心中しようとするだろうから、カイルを元に戻した後速やかにリランを叩けと言っている訳か。
リランがさっき言ってたバッドエンドってもしかしてこのこと?
アッシュへの愛の言葉……というか、アッシュを堕とすための決めゼリフを不覚にもカイルとアルベルト、二人の前で言ってしまったものだから、バッドエンド……つまり嫉妬に狂った攻略キャラたちのヤンデレ化に突入してしまったというわけか?
「だから今お前がリランに何かしたら俺はお前を攻撃するから今はダメd……」
「なにごちゃごちゃ話してんだよ。ていうかあなたも俺の邪魔するんですか、殿下。まあそらそうか。あなたもお相手の一人ですもんね。じゃ、排除決定だなあ」
と、その時、真剣な顔で話すアルベルトを遮り、脳天気な声と共にカイルが地を蹴ってこちらに肉薄してきた。
早いっ! 手に持った白刃が月明かりを反射してギラリと光る。
ガキィ!
金属同士がこすれる嫌な音が響いた。唸るような鋭い軌道を描いて突き出されたナイフをアルベルトが儀礼刀で受け止めたのだ。
数秒つばぜり合いをした後にアルベルトはそのまま刃を滑らせて力任せにナイフを弾き飛ばす。
「俺はコイツをなんとかするからお前はリランを見張っててくれ」
そう言い残したアルベルトは、武器を奪われたことで後退するカイルを追って駆け出した。
刃を潰した儀礼刀を手に追いすがるアルベルトに、カイルも儀礼刀を抜いた。
ガキン、と刀身がぶつかる鈍い音が幾度も響く。
「ファイアボール!」
「シャドウエッジ!」
幾度か打ち合い、少しお互いの距離が離れた隙を突いてカイルが火の玉を放てば、炎によって生まれた影を操るアルベルトが反撃する。
レベチな戦いが行われているのを見て、私が入ったところで邪魔になるだけだと判断してアルベルトに言われた通りヒロインの方に向かう。
一瞬どこにいるのかよく分からなかったが訓練場の小屋の影に人影がいるのを見て、月明かりを頼りに向かうとそこでは意外な光景が繰り広げられていた。
「いいこと、殿下。そこから一歩でも動いてご覧なさい! この子の顔に一生消えない傷が出来ますことよ!」
「お前こそ一筋でもリランに傷をつけてみろ! 人を呼びに行くからな!」
「え? ナタリアさん? ハイレイン殿下!?」
ナタリアがヒロインを魔法で拘束した上、その顔に何かを突きつけてハイレインを脅していた。
「何をしているの!?」
私の理解が追いつかないんだが!?
めまぐるしくかわる状況に私は髪をかきむしって地団駄を踏みたい衝動に駆られた。
***
乱入してきた私を見てもナタリアが落ち着き払っていた。
「あらセリーナ様。いいところに。さあ、そこの性悪殿下の身柄を拘束してくださいな」
「なぜ!?」
「その方、いまこの場に人を連れてこようとしているんですのよ! アルベルト殿下とカイル様がこの女相手に争ってる言語道断な光景を貴族たちに見せて、殿下を潰すおつもりですわ」
「なんですって!」
目を見開いた私に訳知り顔で頷いて、危ないところでしたわ、とナタリアが語る。
「先程から私の存在を皆が忘れているようでしたのは気に障りますが……。アルベルト殿下も突然私を置いて駆け出すし! ま、でもそれがよかったですわね、逆に。何故か先程ここに来たハイレイン殿下とこそこそ逃げ出そうとしているこの女を見つけましたの。こっそり話を聞けば人を連れてこようとしているじゃないの! そんなことをされたら一環の終わりだと思いまして、先程のセリーナ様の原始人のような行動を参考にしてみた次第です。奇襲は見事に成功致しました」
オホホホホ!
高笑いするナタリアがハイレインを脅すためにリランの頬に突きつけていた凶器は、よく見ると彼女のつけ爪だった。鋭く尖った長い爪は、それなりに殺傷力がありそうだ。
たしかに絞め技をかけた私と比べてずいぶんお上品な戦いをしている。
「セリーナさん! この分からず屋な高飛車女に今すぐリランを解放するようにいってよ!」
「まさか」
いらだったように言うハイレインを私は切って捨てた。ナタリアにしてはいい仕事をしている。止めるなんて冗談じゃない。
皇族の命令に逆らうわけ!?とか騒ぐハイレインを無視して、私は後ろを振り返った。お黙り第二皇子。何が命令だよ、調子にのるな。
訓練場の中央では未だにアルベルトとカイルがやりあっている。
蛇のようにのたうつ火の縄が何本も襲いかかるのを切り裂き、時に超人的な身のこなしで交わしながら、壁を足場に加速したアルベルトが闇魔法をまとわせた黒い剣を振り下ろすが、間一髪でカイルは飛び退き転がりながら攻撃を逃れた。
ドオン!
魔法で強化し威力を増した剣は訓練場の地面にひび割れを作り、激しく砂埃が舞う。
「ん?」
まさに一進一退の攻防を繰り広げる彼らを見ながら私はふとおかしなことに気がついた。




