表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢は婚約者に全てを丸投げする  作者: 上杉凛(地中海のマグロ)
66/71

男爵令嬢は胸の内を吐き出す

本日2話目


ああ、カイル! 戻ってきたのね! と喜んだ私がこの勢いで引きずり戻そうとカイルに襲いかかる前に、強制力に引っ張られて混乱している様子の彼にアッシュの言葉が降りかかった。


「正妻の子で、愛情も特権も才能も全てを手にして生まれてきたお前に俺の何が分かるってんだ! 努力したってどうにもならないことだってこの世にはあんだこの甘ちゃんが!」


おそらく普段の理性あるカイルなら大人の対応をしただろう。しかし精神的に不安定な彼は、その言葉にピクリと反応した。光が戻りかけていた橙色の瞳がサァっと怒りに染まっていくのをみて私は息を呑む。


「その軽い口を今すぐ閉じろ。はっ、聞いて呆れるぜ! 俺が全てをもって生まれた? 何も知らないのはお前の方だ!」


普段の穏やかな表情を怒りに染めたカイルはリランを乱暴に突き放すとアッシュに向き直る。リランはその勢いで芝生の上に尻餅をついて倒れた。


「いいか、父上は力が全ての人間だ! あの人は側室だ正妻だ気にしない人だよ。冷徹な目で公平に見てる。俺が今父上の有力な跡継ぎ候補として認められてるのは俺がそう努力したからだ! 愛!? はっ! 母上が愛してるのは父上だ、俺じゃない! 

だからあの人はお前の母親には絶対に負けないと決意してる。昔からずっと、お前に負けたら許さないって少しでも失敗したら酷く折檻されたね! お前に対する嫌がらせなんて比べ物にならないことをされてきた! だけど俺は負けなかった!」


アッシュの胸ぐらをつかんでギリギリと締め上げながら、カイルはそう、皮肉気に語った。


「人なんて皆、どこか足りないもんだよ。皆もってる限られた手札で勝負するしかない。悔しいけど俺の全てを握ってんのは親だし、世界を見渡せば俺の境遇は悪くない。でももっと自由になりたいなら努力して、与えられた環境でのし上がって誰にも文句言われないような立ち位置見つけるしかないだろ」


カイルは熱に浮かされたような顔で長々と語るとぱっとアッシュの胸ぐらをつかむ手を離した。よろめきながら咳き込む彼を見下ろしてせせら笑う。


「何が側室の子だ、冷遇されただ。何だかんだいったってそれを言い訳にして逃げ出したお前が、逃げなかった俺にどうこう言う資格なんてないんだよ! 努力しても報われない? 努力することからも逃げたお前が偉そうに何を語る!」


そう言うと彼は、図星をつかれたのか激高して飛びかかってきたアッシュの拳を払いのけ、腕をつかんでひねるとあっけなく地面に転がした。


ドスンと地面にたたきつけられたアッシュはしかし、すぐに立ち上がると懐からナイフを取り出すとカイルに切りかか……、切りかかる!? 


あいつナイフなんて隠し持ってたのか!? 頭おかしいんじゃないの!? 公爵と来たから身体検査を免除されたのだろうけど、なんて物騒な! 


しかしナイフを向けられたカイルは動揺一つ見せず、奇妙な笑みを浮かべてその一撃を交わしがら空きの胴体に拳を叩き込むと足を払って蹴り転がした。手首を踏んでナイフをもぐと、遠くに蹴り飛ばす。


そんな二人の攻防……というか一方的なボコりに見えなくもないそれに言葉を失って見入っていた私は、この事態に少し混乱していたのかもしれない。


どう動くべきか考えすぎて逆に動けずに状況を見守って突っ立っていたのだが、その時私はふと、リランがこっそりその場から逃げだそうとしていることに気づいた。


そしてその瞬間頭に血が上った。


ふざけるなこの大馬鹿野郎めが! 自分で騒乱の種をまくだけまいておいて都合が悪くなったら即トンズラだと!? 


そんなこすい真似は神が許しても私が許さない。


自分に優しく他人に厳しいセリーナは激怒し、痛めたのか少し足を引きずって動きが鈍いリランに飛びかかった。どこ行こうってんだコラ! 


ドスーン! 


折り重なって倒れ込んだ私たちは地面の上で争った。


しかし日々の護身術の授業のお陰で腕力に自信しかない私の力にか弱いリランが敵うはずもなく、数秒後には私はリランの首に腕を回して締め上げていた。


そもそも背も私の方が高いし純粋な格闘では私に分がある。このまま絞め落としてくれるわ!


容赦なく後ろから締め上げられたリランは私の腕に爪を立てながら口汚く罵ってきた。


いたっ! 痛いって爪立てないで! 


「またあなたなの! この前は背負い投げ! 今回はチョーク! あの人から悪役令嬢って聞いてるけど嘘じゃない!? なんなのよ! 聞いてた世界観と違うのよ、いい加減にしなさいこのゴリラ女!」

「男に尻尾を振るしか能がない他力本願女は黙りなさいよ! 何でも媚びればうまくいくとか思ってんじゃないわよ! アンタみたいな迷惑女は私がここで成敗してくれるわ!」


売り言葉に買い言葉である。兄弟喧嘩と女同士のつかみ合いが同時に勃発したこの訓練場では実に醜い光景が繰り広げられていた。


私は暴れるリランに容赦なく頭突きをかまし、一瞬おとなしくなったところで馬乗りになると後ろから首に腕を回したまま上半身を引き上げた。


海老反りになって拘束されたリランに髪を振り乱して馬乗りになる私。


「な、なんですの、なんて醜い光景ですの……! アルベルト殿下、目をお開けくださいまし。あなたの婚約者の真の姿がすぐそこにありますことよオホホ」


遠くからナタリアのドン引きした声が聞こえてくるが、それに反応する余裕はなかった。あとで覚えてろ、とナタリアに怨念を送りながらも苦しそうなリランを揺さぶって尋問しにかかる。


「答えて!あなたカイルに一体何をしたの!」

「あ、あなたに答える……義理は、ないわよ、うっ」

「義理ですって? はっ! 聞いて呆れる! ねえあんた、前野沙也加に生命線握られてるんでしょ。だっさいわね、あの女の言いなりのくせしていっちょ前にかっこつけてんじゃないわよ」

「なんですって!? あなたに私の何が分かるのよ!」


私の問いに答えるのを拒否するリランにせせら笑って煽ると彼女は私の思惑通り怒ってわめき始めた。この世界の人ってやたら煽り耐性が低い気がする、と私の中の前世の部分がささやいている。その通りかもしれない。


さあ。これで思う存分、今回の策略についてペラペラ話してくれると助かるんだけど……。

そうほくそ笑んだが、しかしこの後の展開は私の予想を外れる結果となった。


下敷きにした体にものすごい力が込められるのを感じる。


「私はね!あの女の言うことを聞かなきゃ殺されるのよ! ほんとはこんなことやりたくないわよ! あの人の目標達成に力を貸さないと殺されるの! 私は!!!私は死にたくないの!!」


リランはこれまで溜まりに溜まった胸の内を吐き出すかのように全身に力を入れて怒鳴った。かわいらしい顔が真っ赤にそまり目は爛々と輝いて歯がむき出しになっている。思った以上に私の口撃は彼女の急所をついたらしい。


「でもね! こうなった以上ウダウダ言ってても仕方ないのよ! どうにもならないの! こうなったら割り切って全力でヒロインとして行動するって決めたの! 乙女ゲームの力をつかって成り上がる! 私にはこれしかないのよ!」


死にたくないの! 


それはまさしく魂の叫びだったと思う。


私は身を震わせながら歯を食いしばってそう叫んだリランの覚悟と悲哀の混じった慟哭に勢いをくじかれ、複雑な思いで下敷きになった少女を見つめた。

今まで物語の存在だったような彼女が突然生々しく感じる。私がずっとにっくきヒロインとして見なしていたリランは生身の人間だった。


ただ、死にたくないとおびえる15歳の、同い年の女の子だったのだ。


当たり前のことだけど、そんな事実がふと私の胸に迫ってくる。


「死にたくない、死にたくないのよ……。私にはまだやりたいことがあるし夢だってあった! ママとパパを悲しませたくない! 大好きだもの。もっと、まだ、私には……」

「…………」

「ねえ、あなたに分かる?この気持ちが! 分からないでしょうね! よくも軽々しく言ってくれたものだわ! 私がどれだけ……!」


リランは泣いていた。私をなじりながら。

ひっとしゃくり上げて、だがその涙を押さえようと必死になって深呼吸で落ち着こうとしながら失敗して喉が変な音を立てていた。


「それになにより怖いの……怖い、死ぬのが怖いのよ……」


うー、と唸りながら鼻をすするリランの涙が頬を伝い、こめかみを流れて私の腕に流れ落ちた。


暖かい体。ぜいぜいと引きつった呼吸をして上下する肩。つくりもののようだったリランの印象がガラガラと音を立てて崩れる。


まざまざと、彼女もまた私と同じ等身大の人間であることを急に実感した私はそれ以上何もいえなかったし、できなかった。


何をしていいのかよく分からない。リランの叫びは私の心に衝撃を与え、爪痕を残した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] おもしろいーー これまでの話の中で主人公たちをめちゃくちゃに好きになっているので、ヒロインの介入うぜぇと思ってきたのですが、それによって攻略対象?やヒロインの裏側が見えてきたので、一概にい…
[一言] 兄弟喧嘩と女同士のつかみ合い> 外野が無視したくなるケンカの最上位ですな リランの叫び> キャラクターが生きてます、良い作品です! 次の更新も期待してます。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ