悪役令嬢は現場に突撃する
私が腹を括ってその場にとどまりリランと言葉を交わした直後、大きく目を見開いてこちらを見ていた二人のうち、アッシュの方が先に我に返った。
「おい、リラン! なんだよ、そいつ! 皇太子じゃねーか!」
「あ、アッシュくん、怖いよ……? 何でそんなに怒ってるの、アルベルトくんが何でここにいるのかなんて私にも分からないよ……」
「でも今愛の言葉って」
「わ、私が男の人に好かれやすいのはアッシュくんも知っているでしょ? 勘違いだよ勘違い!」
早速アルベルトの言葉が物議を醸し出し、もめ始める二人を見ながら少しずつ後ろに下がってアルベルトの様子を確認する。
今はリランの注意が私たちからそれてるけど、この調子だとアッシュはリランに丸め込まれて終わりそうだし、あまり時間がない。
アルベルトはいまやその場にしゃがみ込んで顔をゆがめながら耳と目を塞いでいた。しかしこの様子だとまあ大丈夫そうだ。まだ耐えれている。
私が強制力と戦うアルベルトを応援する意味を込めて彼の足をヒールで踏みつけて痛みを与えたところで、ふとそこでそばで棒立ちしてこの騒ぎを見守っているナタリアの姿が目に入った。
この一連の騒ぎを、気持ち悪いものを見る目で見ている彼女の表情からまだまともだと判断した私はナタリアを呼ぶ。
「ナタリアさん。ナタリアさん……!」
しかし白熱する痴話げんかを傍聴するのに夢中なナタリアはこちらに気づかない。あー! もう!
「ちょっと! 聞きなさいよナタリアさん! このアンポンタン!」
「誰がアンポンタンですって!?」
お、反応した! やはりナタリアを目覚めさせるには罵るのが一番だ。
ギロッとこちらを睨み付けたナタリアはそこでうずくまるアルベルトに気づくと驚いた顔で慌てた様子で側にやってくる。
「セリーナ様、アルベルト殿下は一体どうなされたの!? 大丈夫ですか!?」
「ナタリアさん、あなたにお願いがあるの。アルベルト様のことを見ていてほしいのよ。できるならこの場から連れ出してほしいけどこの様子では……」
そう言いながら、私は険しい表情のアルベルトを見た。先程から少しうなり声を上げ始めている彼は強制力との戦いにとても集中している様子だ。動かすことによって集中が途切れたら大変だし……。
「わかったわね? 頼んだわよ!」
そう言うと、「誰か呼んだ方がよろしいのではなくて!? ちょっと! それにあなたはどうするのよ!」とわめくナタリアをうち捨てて現場の中心に突撃してカイルを救い出しにかかった。なんだか様子がおかしいから。
それにしても今回も結構騒いでいるのに誰も来ないな……。やはり強制力が働いてるとみていいか。
そんなことを思いながら近づいてカイルの腕をつかもうとした瞬間、さっきから呆然とリランとアッシュを見つめたまま呆けていたカイルが我に返った。
バシッ!
「カイル様……、っ!」
わっ! 思い切り手を振り払われた私はよろめいた。だがそんな私を見向きもせずにカイルは数歩距離を詰めると、ヒロインの腕をつかむ。
「ありがとうアッシュくん、分かってく……きゃっ! なに!? カイルくん!?」
アッシュと和解した様子のヒロインは急に腕をつかんで引き寄せられて、悲鳴を上げた。
様子のおかしなカイルに私は焦って横に回り顔をのぞき込んだ。
「カイル様!?どうしたんですか!?」
「俺にもよく分からないが、いや、本当に分からない。頭が混乱する。一体俺は何がしたいのか……ああ、いまにも爆発しそうだ……」
やばい。なんだか分からないがやばい気がする。だって目の焦点があってない。
ガンギマリのような目をしたカイルは虚空を見つめてぶつぶつ何かを呟きながら、リランの腕を握りしめていた。その力の強さにリランが小さく悲鳴を上げる。
「……」
強制力にやられた攻略キャラにしてはおかしな反応だ。というか先程から思っていたけど、カイルって攻略キャラなのか……?
ヒロインのこれまでの言動を見るに、アッシュのがそれっぽい。じゃあカイルは何? まさかモブ? いやでもこの様子は明らかに強制力にやられている反応で……
「俺はこの女を手に入れる……いれたい。でもコイツは弟に夢中だからアッシュから消そうとも思うけど……」
カイルは何やら考え込んでいる様子だった。リランを力任せに引き寄せると同時に首を傾げてアッシュの方を見る。そして物騒なことを呟きながら腰の剣に手をかけた。
差しているのは儀礼用の剣とはいえ使う人が使えば立派な凶器になる。
次期騎士団長を目指す者として毎日徹底的に鍛えているカイルに殺気立った目でにらまれたアッシュは、リランを取り返そうと動き出していたが、ひるんだように体を小さく震わせて足を止めた。
しかしそこでカイルが手を止めてぐるりと首を巡らせる。その視線の先にあるのは――アルベルト。
ナタリアに無理矢理引きずられたのか、さっきよりは離れた位置にいる彼は、片耳だけ塞いでいた手を外していた。アルベルト、強制力は大丈夫なのか……!?
カイルとアルベルトの二人を交互に見る私をよそに、当のカイルはというと相変わらず焦点のブレた光のない目でアルベルトの方を見ながら何事か悩んでいた。
「色んな衝動が満ちあふれてわからないけどあの皇太子が……。そうか、そうだな、うん」
そういうと何かに納得したように一人頷くカイル。その異様な雰囲気に当てられて誰もが動きを止めていた。
「結局色んな奴がいて俺のものにするのは至難の業だし、だったらやることは一つだよなあ」
「っっ!! そっそれは……! やめて! 離して! 離してよこのケダモノ!」
葛藤の後でた結論を聴いた瞬間、何かを悟ったらしいリランがカイルの腕から抜け出そうと全力で暴れだす。
その尋常じゃないおびえようと必死さが私の注意をひいた。
ケダモノ呼ばわりされたカイルといえばそんなリランの抵抗を意にかさずに引きずってどこかに行こうとしていて、その様子を見ていたアッシュが硬直していた体を動かしてカイルに飛びかかった。
「おい! リランをはなせこのクソ野郎!」
「ひっこめクソガキが。口だけは達者だよなお前、本当に。お前のダメなところはそこなんだよ。何でも言葉だけ。口だけは威勢がよくて行動が伴わない。全てを人のせいにして自分の欠点を見ようとしない、自分で状況を打破しようと努力しない!」
怒りの気配を漂わせたカイルが相変わらず目は虚ろながら、殴りかかったアッシュの拳を軽々と受け止めた。カイルの言葉にいきり立ったアッシュは更に何発も小刻みに拳を振るうがあしらわれる。
「黙れよ! お前に何が分かるっていうんだよ! 最初から全てを持って生まれたお前に俺の気持ちが分かる訳ねえだろ!」
アッシュが叫びながら大きく拳を振り抜くと同時にリランが暴れ、予期せぬ抵抗にバランスを崩したカイルの腹にその拳が突き刺さる。グッとわずかに顔をゆがめてその衝撃に耐えたカイルは、何度か目を瞬いて一瞬我に返ったようだった。




