表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢は婚約者に全てを丸投げする  作者: 上杉凛(地中海のマグロ)
61/71

悪役令嬢は息を呑む

そんなこんなで式は粛々と進んで、私はその間中ずっとそわそわして落ち着かなかった。


それもそう。3年前、トラウマレベルの襲撃をしてきたヤツと正式に対面するのだから。


まあ、さんざんカフェから訓練のためにこっそり見ていたから今更顔を見ただけで取り乱すことはないけど、でもやはり緊張する。そしてついにその時は訪れた。


「リラン・ランガード男爵令嬢」


ホーリンからランガードに名字が変わった、ピンクの髪の妖精のように可憐な少女が儚げな笑みと共に進み出る。


チラッと目が合って私は身をこわばらせるが、相手は瞬きしただけで特に何も起こらなかった。それは隣に立つアルベルトも同様で、少し体のこわばりが解けるのを感じる。ふぅ……。


しかし、ホッと安堵のため息を付きかけたとき――


「エスコートはハイレイン・ヴァン・ミューゼル殿下」


――っ! 


小悪魔のような、少し毒を含んだ笑顔を浮かべてリランの横に立った第二皇子の姿を見て、私はひゅっと驚愕に息を呑んだのだった。


なぜ、この2人が一緒にいるんだ……? 


動揺に呼吸が荒くなった私を落ち着かせるように、アルベルトが肘の辺りに手を添えてきた。そっと優しく支えられて、その手の温かさに落ち着きを取り戻す。


一つ深呼吸をして頭を冷やすと、驚いているのが私とアルベルトだけではないことに気がついた。よく見ると会場中がざわついている。


私はアルベルトの婚約者なので彼と共に両陛下の後ろに立っているのだが、チラリと見たかんじだと両陛下も驚いた雰囲気だった。


いやたしかにそれはそう。基本的にデビュタントで謁見する令嬢は、婚約者がいればその人にエスコートしてもらうが、フリーであれば親族の女性に付き添いをしてもらうのがしきたりとなっている。


でもハイレインはまだ誰とも婚約していないのに、エスコートを……しかも無名の男爵令嬢のエスコートとして現れたなんて、スキャンダルのようなものだ。


ほら見ろ、ゴシップに敏感なナタリアなんて目の玉が飛び出そうな顔してるじゃないか! 


「……っ!」


やばい、変なツボに入った。

緊張状態の中、とんでもなく驚いて目を剥くナタリアの姿はなぜだか私の笑いのツボを直撃した。爆笑したい気持ちを抑えきれず、私は隙を見て密かに会場を抜け出しトイレの個室で一息ついたのである。


「……」


トイレから出ると緊張で吐きそうになっていた今年デビューしたばかりの令嬢がいたので、その子を元気づけてから会場に戻ると、真っ先に私に気づいて側に駆け寄ってきたのは意外なことに、私の退室の元凶のナタリアだった。後ろには困ったような顔のカイルがいる。おおカイル。無事だったか! 


「セリーナ様! 一体どこへ行っていらしたの!? 一大事ですわ! なんなのですかあの小娘は!」

「ナタリアさん? どうなさったの? 何をそんなに慌てているの?」


困惑する私をひきずって、憤然とした様子のナタリアが会場のやけに盛り上がっている一画を指し示す。そこにはヒロインがいた。


「まあ、あの子……」

「そうですわ! ハイレイン殿下がエスコートなさっていたのはセリーナ様もごらんになったでしょう? あの子、つい最近平民からランガード男爵の養女になったばかりなのですって。それでは社交界になじめなくて最初は大変な思いをするだろうから、ハイレイン殿下が後ろ盾となられるそうで、先程のエスコートはそれを示すためのものだそうですわよ!」


さすが派閥の長。耳が早い。私が知りたかったことをほぼ全て教えてくれたナタリアは実に不愉快そうな面持ちで文句をたれた。


「あんなぽっと出の女が今年のデビュタントの中心になるなんて許せませんわ。というか何なんですの、あの周りにわらわら湧いて出た鼻の下を伸ばした殿方たちは! それに聞きました? あの口調! 公の場で敬語の一つも使っていませんのよ! 信じられない!」


そう言われてよく見てみると、ヒロインは早速貴族の男共に囲まれていてちやほやされていた。デレデレした顔で早速口説き始める輩やヒロインの近くにいこうと小競り合いをする馬鹿共が出現している始末だ。

顔を見合わせた私とアルベルトの横で、カイルがどこかぽーっとした顔で声を上げる。


「おいナタリア、さすがにそれは言い過ぎじゃないか? あの子も貴族になったばかりで色々勝手が分からないんじゃ……いたっ!」

「黙らっしゃい! またですかあなたは!」


のぼせたような顔でヒロインをかばう発言をしたカイルは、鬼の形相になったナタリアに扇でピシリと腕をはたかれて小さく声を上げた。完全に尻に敷かれている様子である。


「…………」

私はなんともいえない気持ちになった。


カイルは攻略キャラの第一候補であり、ヒロインの姿を見ればその魅力にやられてフラフラと吸い寄せられていっていてもおかしくなさそうなものだけど、この様子だとおそらく……。


「あなたはさっきから何なんですの、カイル様? いい加減になさいませ! 

セリーナ様、聞いてちょうだい。この方、先程初めてあの子を見た瞬間デレデレして、あそこに今群がってる男共と同類になるところだったんですのよ!」


ナタリアが扇を振り回してリランの周りに群がる男たちを指し示した。


『リラン嬢、何か飲み物を取ってこようか?』

『いや、それは私が取ってくるよ。リラン嬢、なにがいいかい?』

『お前! 下がっとけよ! 俺が先に声をかけたんだから!』

『なんだと!』


聞こえてきた会話に私は頭がクラクラした。

あれ? いま私がいるのって格式あるデビュタントの夜会の会場だよね? 場末の居酒屋とかじゃないよね? 


今にも乱闘が起きそうな剣呑な雰囲気の彼らに、リランが諭す声が聞こえる。


『やめてっ! 二人とも、私のために争わないで!』


…………世も末だ。


「まったく、私が止めなければ今頃恥を晒していたところですわ! 感謝なさい……ってまたですの!?」


むきゃー! 

憤懣やるかたない、という顔をしたナタリアは、その尖ったヒールでカイルの足を思いっきり踏みつけた。

冷や汗を浮かべて痛みに耐えるカイルは、再び理性を取り戻してどことなく混乱している様子である。


…………なるほどな。

カイルは先程からヒロインにくらっとする度にナタリアにどつかれて正気を保っているというわけだ。


しかしこの様子だとやはり変なイベントは起きなかったらしい。よかった……! こっちの読みが当たって!

 

「ああ、やっぱりアルベルト殿下しかおりませんわ。見てちょうだい、この落ち着きぶりを! なんて頼もしいの! よその女に鼻の下をのばす誰かさんとは大違いでしてよ!」


最近めっきり収まっていたナタリアのアルベルト熱がここにきて再燃した。

天を仰いで嘆く彼女に苦笑したアルベルトがカイルを肘で小突いて視線をヒロインからそらさせる。


「アルベルト様……」

「無事だ。特訓の成果は出ているようだ」


私の呼びかけの意図を正しく受け取ってそう答えたアルベルトは、まだかっかしている様子のナタリアに声をかけて落ち着かせ、カイルになにやら話しはじめた。


おそらく『見つめるな』とか『痛みで気を紛らわせろ』とかアドバイスをしているに違いない。

しかし酷いな。

私はリランたちのいる方を見やって顔をしかめた。


と、そこにヘイリーたち、私の友人がやってくる。彼女らもリランの方をチラチラ見ながら大いに不愉快そうな面持ちで合流すると、私とナタリアが共にいることに状況をある程度察したらしくナタリア派の子たちと争うことはなかった。


「あら、エイプリルさんは?」

「婚約者のヴァンダル卿がこられないので出席を見送ったそうですわ」

「まあ、そうでしたの」


その答えに私は胸をなで下ろした。事前の予定でわかってはいたけど、ポエマー伯爵令息はやはりこないようだ。よかった。これ以上攻略キャラがこの場にそろったらもう私の手に負えない。


「あの方、最近はやりのお菓子屋の娘だったそうよ。なんでも天才的な発想の持ち主だとか」

「来年の属性の儀に参加するらしいわ」

「あら、まだ魔封じを解いていないの? 私たちと同い年よね?」

「ほら、平民は魔封じを解く時期が遅いから……」


ひそひそ噂話が始まる。皆が集めてきた情報の大半が正確なもので、私はその情報収集力に舌を巻く。

と、その時、どっと会場の一画が沸いた。リランたちだ。ナタリアが心の底から嫌そうにそっちをにらんでいる。


しかし、そんな状況をみて不愉快そうにしているのはナタリアたちだけではなかった。多くの令嬢方、そしてヒロインの魅力にやられていない良識ある男性方も眉をひそめている。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ