悪役令嬢はお布施をする
ここ数年で行動力やチャレンジ精神、そしてめげない心を身につけたアルベルトの行動は迅速だった。
次の日には周りの重臣たちや官僚やアルベルト派の貴族などに相談して、その話に興味をもった人たちと何度も議論を重ね数ヶ月で概要を詰めると、それを皇帝陛下に奏上しプロジェクト開始の許可を得たのだ。
この件に関して実務的なことには私は関わってはいないが、根回しや後援者集めなどには駆り出され奔走することとなる。
そんなこんなで普段の忙しさに加えて降って湧いたアルベルトの事業の手伝いに忙殺されていたら、気づいたら今年も毎年恒例のデビュタントの時期になっていた。
「そんなわけでウチの吟遊詩人部隊を出動させたので、一般市民への宣伝も十分だと思いますわ」
「そうか。助かるよ。本当に感謝する」
「まあ、何をおっしゃいますの、水くさいですわ。私もこの取り組みを是非とも成功させたいので、このくらいは当然です」
アルベルト発、この国初めての学費支援制度が皇都限定で開始しようとしているなか、私は任されていたことの最終報告を行った。
制度の開始まで秒読みの段階での私の仕事は一般市民への周知だ。しかしただの宣伝では無い。宣伝だけだったら新聞で事足りる。
私が行っているのはこの制度の宣伝だけではなく、アルベルトの民からの人気を上げる目的のものである。
まあそれについては後で詳しく話すとして、次に私たちの話題に上がったのはヒロインの動向についてだ。
「ヒロインについてだが」
「まさかその口調から察するに、養子縁組はつつがなく行われたと……?」
「ああ。そして男爵は今年のデビュタントで自慢の養女をお披露目するつもりらしい」
「ええっ! お披露目!? なんてこと!」
ついに皇城にアイツが正式に足を踏み入れるのか!?
気づけば思いのほか進んでいたヒロインの貴族入り話に私は目を剥いた。
というかアルベルト、ここ最近ずっと殺人的な忙しさだったはずなのにキッチリヒロインの動向を把握しているあたり抜け目ないとおもう。すごい。
「というわけで、また一波乱あるかもしれないから覚悟しておいてくれ」
アルベルトがさすがにげっそりした顔でそういった。そしてその懸念は現実のものとなった。
運命のその日、私たちは可能な限りの準備をして式に臨んでいた。万が一の時に備えて魔導銃まで装備しているのだ。何かあったら私がこれで至近距離でバスンとやって正気に戻す。
至近距離でやるなんてかなり痛そうだけど、式典の中心で男爵令嬢に愛を叫ぶよりマシだ。まあ一歩間違えば私が逮捕されかねないのでこれは最終手段だけど。
ていうか覚えてる? この魔導銃。私がウォルドに頼んで改造させたやつ。
魔導銃とは、その人の魔力を吸収しその属性に合わせた魔法に変換したものを高速で打ち出す魔道具である。
私は前にそれを勝手に改造させて飛距離を伸ばしたり、射出される水弾の温度が高くなるようにしたりして攻撃力アップを図っていたので、ちょうどいいので今回はそれを持ってきた。太ももにベルトを巻いて、そこにホルスターを下げて収納してある。
しかしこれ、隠し持てるのはいいけど取り出すとき大変そうだな……。
ゴホン。まあそれはともかく、もちろん用意したのは物理的な対抗手段だけではない。
ヒロインは条件さえ揃えればいつでも好きなときにイベントを起こせるのだから、またこの間みたいな怖いことが起こらないように一応別の対抗手段も考えた。
まあ大したものじゃないけどね。
というのも、この三年で培った権力を使って色々手を回して、今回だけ警備の騎士を基本三人一組で運用したり人数を増やしてもらったのだ。そして命令や伝達事項は復唱するようにさせた。3人で一回ずつ言えば結局3回聞いたことに……ならないか? なるといいな……。
ね? ほんとにたいしたことないでしょ?
ヒロインの強制力の及ぶ範囲も効果時間もハッキリしない以上、正直今の段階だと有効な対抗手段はないのだ。
それこそ少しでもおかしいなと感じたら自分たちに痛みを与えて強制力から逃れたりと対処療法しかできない。
しかしだからといって何もしないよりかは些細なことでもしたほうがいい。
というわけで3年前みたいに悪魔のピタゴラスイッチで誰も私たちの側にいない、という状況になることがないように悪あがきをしてみたのである。
まあでも、今回のデビュタントでヒロインが何かイベントを起こす可能性は低いと思うので大丈夫だと思うんだけどね……。
なぜなら、イベントの条件がどんなものなのかは分からないが、少なくともイベントを起こす対象となる本人がいなければ無理だろうから。
ということで忙しいアルベルトに変わって私がこの日の出席者名簿を調べた。
その結果、現在確定している攻略キャラ候補のうち、参加するのはアルベルトとカイルの二人だけだと分かった。
ヴァンダル辺境伯の息子レイモンドことポエマー男子は領地が皇都から遠いため出席はしない、教師は当然ながらデビュタントに来ない。
つまりこのデビュタントに参加する攻略キャラは、皇族で、身分的にも参加しなければいけない立場のアルベルトと、公爵家で領地も近いしこの社交界のビッグイベントに参加しない理由がないカイルの二人だけだ。
あと一人は未だに判明していないから分からない。一体どこの誰なんだ。
まあそれはともかくイベントについてだが、この間のアルベルトのものは特殊なケースだと私たちは考えている。
そもそも原作が始まるのは学園に入学してからでヒロインはそこで初めて攻略キャラと出会うのだ。そこでもないと平民のヒロインが貴族の令息たちに会う機会なんてないだろう。
つまり今の段階ではまだヒロインは彼らに出会えてないわけで、イベントなど起こそうにも起こせまい。なぜならイベントは、一度会ったことがある攻略キャラ相手じゃないと発動しないだろうから。
出会いというイベントも、『学園で』で出会うみたいな条件があるだろうし、今日のこの場所で変なイベントは起こせまい。
アルベルトの場合は昔一度会っていた訳だからそこからむりやりイベントを起こせたのかもしれないが、やはりというべきかなんというか、正常な状態で行われなかったため私という異分子込みで行われることになったそれは失敗に終わった。
以上が私とアルベルトの希望的観測である。まあもちろん最悪を考えて行動しなければいけないのだが、現状そんなにこちらが出来ることはないわけで。
何かあったら物理的に距離を取るのが一番の対抗策なのかもしれない。
というわけで、今自分たちに出来る備えは一応しているが、不安は多分に残る状況で私たちはデビュタントに臨む。
強いて言うなら今回初めてヒロインと会うことになるであろうカイルが心配だが、何事もないことを祈るしかない。一応だがお布施もしておいた。
頼むぜ女神様! チャリーン!
とりあえず少しでも強制力による異変を感じたらアルベルトは途中で退席する予定である。




