悪役令嬢はお忍びで訪れる
着替えて昼食会を楽しんでから、会場に向かう。
中には大勢の人がいて、中でも今回新たに叙勲される騎士たちの凜々しい姿がとりわけ目を引いた。
新品の鎧に身を包みどこか緊張した面持ちの彼らは、先輩の騎士たちに囲まれてなにやら諭されていて、真剣な顔でそれに聞き入っていた。
「アルベルト殿下、セリーナ嬢」
会場内を歩いていると聞き慣れた声に呼び止められ、振り返るとカイルとナタリアがいた。目の覚めるような鮮やかな赤毛の二人は共にいるととても華やかである。
「まあ、お二人とも。ごきげんよう!」
「ごきげんよう、セリーナ様」
この二人に会うのもまあまあ久しぶりだ。それにしてもデカくなったな、カイル!
最近騎士見習いになったと聞いているが鍛錬に励んでいるのだろう、身長はもちろんのこと、体の厚みも増してきていて騎士らしい体つきになってきていた。
そんなカイルの腕にしがみつくナタリアは私より少し低いくせに高いヒールで身長を盛っている。
ここ数年でナタリアも色々あったと聞いている。
たしか最後に会ったときはあまりの態度のでかさに社交界で力を持っている夫人を怒らせて窮地に陥っていたが、噂によると地道な活動の結果ついに許しを得たそう。しぶといな。
まあなんだかんだ社交界の洗礼を受けて、彼女なりに辛酸を嘗めてきたらしく、5年前と比べると大分成長していた。
え? 例えば? そうだなあ、公の場でアルベルトアルベルト言うこともなくなったし、カイルをないがしろにすることもしないしむしろデレデレだし、癇癪も起こさなくなったし。さらにはアルベルトは初恋の憧れの人、という位置になったそうだ。結婚するの! と騒いでいた子供の頃を知っている身としては信じられない。
うーん、こう考えるとすごい成長ぶり。自分のキャラどっかに置いてきたんじゃないの、といいたくなるが、高飛車で傲慢な性格は健在のようである。
「カイル、今日はシューライト公も張り切っていることだろう。楽しみだな」
「はい。今年は有力な新人がたくさんいると喜んでおりました」
「御前試合も去年とは別の有望株を出すのだそうですわ!」
ね、カイル様? といって楽しげにするナタリアを微笑ましく見ながら、私たちは軽い世間話に興じた。
「そろそろ始まるけど弟が来ないな……」
と、しばらく経って開始の時が近づいてきたときカイルがふと会場を見渡しながら眉根を寄せてそう呟いた。
「あら、弟さん、まだいらしていませんの? でももう時間だし、既にどこかにいらっしゃるのではなくて?」
「いや、母上の機嫌が悪いからまだ来てないと思う」
言われて横の方を見るとシューライト公爵夫人がイライラした様子で立っていた。
「弟は反抗期でして、特に最近は城下町に出入りして柄の悪い連中とつるんでいるらしく……。態度は悪いわ式典はすっぽかすわ遅刻はするわで母上の機嫌が最近急降下していて困っています」
眉を下げてそういったカイルは失礼、と私たちに断りを入れてからその場を離れて公爵夫人の元へ歩いて行った。シューライト公爵夫人かあ。何回か話したことあるけど、厳格で神経質そうな貴婦人だった。
というかカイルの弟って側室の子じゃなかったか? 公爵夫人と仲が悪いと聞いたような気がするのだが、どうなんだろう。
シューライト公爵夫人に何事か言われているカイルが若干憂鬱そうな顔をしているのを遠目から眺めて、私はそんな下世話な噂話を思い出していた。
そうこうしているうちに開始時間となる。
「デリキンス・レーベル」
「はっ」
朗々と読み上げられる名前に返事をし新たな騎士となる若者が進み出ると皇帝陛下がその両肩を剣の平で叩く。新米騎士は皇帝陛下に忠誠を誓い、これからも励めよ的な激励をもらうのだ。
それが終わると新たな騎士たちの誕生を祝う御前試合が行われ、式は数時間で終わりを告げた。
はー! つっかれたー!
いやあ、ニコニコ笑ってずっと座ってるのも疲れるもんだ。長すぎる終業式が終わったような心持ちの私に、部屋に戻ったアルベルトが軽く肩を回しながら提案した。
「気分転換に城下町に行くか?」
「喜んで」
久しぶりにくる城下町で、私とアルベルトはのんびりカフェでくつろいでいた。もうここには何回も来ていて、平民に溶け込むことなんてお手の物である。
よく小説にありがちな、上質な生地で出来た地味(笑)な服をきて実はバレバレ、なんて世間知らずなこともしない。きちんと侍従に街に買いに行かせた平民の着る服に身をつつみ、くだけた所作で振る舞うのだ。
これも3年前、平民に混ざりたいと訴えた私たちにルイスが施した特訓の賜物である。
『いいですか、殿下、セリーナ様。外側だけ取り繕ったところで違和感は消せません。お二人からにじみ出るその品の良さ、ちょっとした仕草さえも優雅に行う身に染みついた貴族感をどうにかしなければ目立ってしかたありませんので、そこを直させていただきます』
そう宣言したルイスによって私たちは、なんとか平民の金持ちの子供に見える程度の擬態を身につけたのだった。
ところで私たちがこんなことまでして城下町に一体何をしにきているのか。
もちろん、ただ遊ぶためじゃない。
ところで城下町では私はため口をきくことにしている。いつもの調子でアルベルト様、~ですわね、とか言うわけにはいかないからね。
「アル。鼻の下伸ばしてんじゃないわよ」
「いてて、すまん」
私は横から手を伸ばすとアルベルトの手の甲をつねった。
痛みにハッとした彼はため息をついて背もたれに身を預け、天井を見上げながら両手を頭の上にのせた。
先は長いな、と呟くのに、最初の頃より大分耐性ついてきたしよくやってるわよ。と慰め、ぐっと伸びをして、先程までアルベルトの視線の先にあったものをみる。
私たちが座っている窓際のソファー席、そこからちょうど見えるのは大きなお菓子屋で、大繁盛していた。そう、お察しの通りヒロインの店である。
店頭ではヒロインが輝くような笑みを浮かべて道行く人を呼び込んで宣伝しているのがよく見えた。
「まあ今じゃずっと見つめさえしなけりゃ大丈夫だし、見つめ続けられる時間も3分になったし、成果は出てきてるか」
「そうよ。ポジティブにいかなきゃね」
おわかりだろうか。私たちはここでヒロインの魅力に耐える訓練をしているのである。
3年前にヒロインと初対峙した際に詳細に考察を行った結果、アルベルトはヒロインを見ただけでポーっとしてしまう+そういうアルベルトを見ると私が嫉妬に狂うという恐ろしい事実が発覚したため、データ集めと耐性獲得の為に私たちが定期的に行ってきたのがこの訓練である。
3年間で幾度も行った結果、少なくともヒロインの見た目で思考力の低下を招くということはほぼなくなった。ついでに私も嫉妬の感情に慣れてきて、頭に血が上ってポットを投げつけたりなどの過激な行動は取らずにすむようになっている。
本当に強制力って体育会系の対処法が効くよね……。ま、対処できるだけありがたいけども。
そんなわけで私たちはこの、ヒロインのお店からはやや遠く死角でありながらヒロイン観察に適した位置にある、程よく賑わっていて居心地も良いカフェの常連さんとなったのである。
「セレナ! アル! 来てくれたんだね! なんだか久しぶりじゃない?」
今じゃお水のおかわりを注ぎに来てくれたアルバイトの女の子がこうやって挨拶してくれるくらいだ。




