悪役令嬢はヒロインの近況を聞く
「ふう、長かったわね」
ここ3年の回想をしていたらいつの間にか目的地に着いていたらしい。私は皇城の前で止まった馬車から軽やかに降り立った。リリア先生やサラがそんな私を目を細めて見ている。
「セリーナ様。ずいぶん成長なされましたわね」
昔のことを思い出しているらしいリリア先生が感慨深そうにそういった。確かにあの頃は一つ一つの所作に殺人光線くらってたからなあ。オホホホホ! 私も成長するんですよ!
得意げに微笑んでお礼を言って、私は衛兵に会釈して皇城の中に入った。私くらいになるともう顔パスですよ。常連さんだからね、はっはっ。
もはや見慣れた対策会議室に入ると、数ヶ月ぶりのアルベルトが歓迎してくれた。
「よく来たな、セリーナ」
「アルベルト様もお元気そうでなによりですわ。まあ、また背が高くなりました?」
アルベルトの声は大分低くなりやや掠れていた。声変わりの終わりかけらしく、少し話にくそうにしている。
久しぶりに会うアルベルトはだいぶ背が伸びてがっしりしていた。既に180cm近くあるのではなかろうか。それに少し焼けたかな?
毎日鍛錬を欠かしていないのであろう彼はしなやかで筋肉質な体つきの青年に成長していた。
顔つきからも幼さがほぼ抜けかかっていて精悍さが増しており、月日の存在を感じる。ほんとに男の子の成長期ってすごいよね〜。
そんなことを思いながら側まで来た私を立ち上がって出迎えた彼は前回会った時からだいぶ縮まっていた身長差に驚いた顔をする。うふふ。
「お前もしばらく見ないうちに大分背が伸びたな!」
「ええ、最近一気に伸びまして。15㎝ほど伸びたのではないでしょうか」
この半年で成長期が訪れ、一気に背が伸びて165cmを越えたのだ。よかった。
あのまま私に成長期が来なかったらアルベルトとの身長差がすごいことになるところだった。
自慢気に胸を張る私の頭をぽんぽんとなでながらアルベルトが優しく微笑んだ。そのままソファーに隣り合って腰掛ける。
そして近況報告を経て、我々は対策会議に突入し本題に入った。
「さて、最近のヒロインだが」
そう切り出したアルベルトは咳払いしながら資料をめくった。声が出にくいらしい。男の子は大変だなぁ。
私も身を乗り出して紙をのぞき込む。
あ、そういえばヒロインはというと相変わらず城下町でプチハーレムを築きながらも実家のお菓子屋さんを手伝っているが、3年前に私たちと対峙してから何か意識が変わったのか、ここ最近はだいぶ精力的に活動をしていた。
具体的には実家のお菓子屋さんを怒濤の勢いでリニューアルし、新作菓子を出し、それを大ヒットさせている。
「ドーナツ、マカロン、クレープ、キャラメル……今度は何でしょうね?」
私は新商品リストをめくりながら呆れた顔をした。何が天才少女だよ。ただのパクリ野郎じゃないか!
最近は貴族の間でも話題のお菓子屋さん、そこの看板娘兼レシピ開発担当のリランは今やちょっとした有名人である。
天才少女なんて持ち上げられているが、私には全くそうは思えない。前世の日本にあったスイーツをここで再現しているだけのモノマネ上手だ。
遠慮無く前世チートムーブをかましてくるのにいらつくだけである。
「次の目玉商品はリンゴ飴だそうだ」
「え、リンゴ飴? ここへきて急に和風に!?」
クレープ、ドーナツときて突然屋台の食べ物が出てきたことに私は驚きを隠せなかった。なんだよ、路線変更か? なんとなくこっちもチョコバナナとか出して対抗したくなってきたぜ!
驚く私に少し怪訝そうな顔をしながらもアルベルトが話を続ける。
「まあヒロインのお菓子は置いといて、だ。気になることが一つある」
「まあ。何でしょう」
「ヒロインののし上がり方を覚えているな?」
「ええ。その魅力で腕の良いパティシエを引き抜いてきて、自分の構想をふわっと伝えて、あとは彼らがそれを実現していくのに任せる、といった方法でお菓子屋さんを大きくしたんですよね」
正直そんな手法なら私だってウチのシェフと協力すればできそうだと、はじめて聞いたとき思ったのを覚えている。まあやらないけどさ。私はお菓子屋さんじゃないし。
「そうだな、正確にはプチハーレムを築きながら増やしていった人脈を利用してパティシエをたくさん紹介してもらい、そいつらのうちヒロインに堕ちた何人かを使ったというわけだ。つまりヤツの成功の秘訣は人脈にあるわけなんだが、最近新たな人物を紹介されたらしい」
「まあ。誰でしょう」
やはりパティシエにもヒロインに堕ちなかった人はいたらしい。よかった、まともな人がいて。
それにしても、アルベルトがこうして憂鬱そうな顔をするって、一体今度は誰と知り合ったんだか……。
「ランガード男爵」
「え? 貴族?」
「何やら何回も密会を重ねているらしくてな」
「あらまあ。その方もヒロインの虜になってしまわれたのね」
なんてこったい……。
ついに貴族社会にまで及んできたヒロインの力にぞっとしていると、アルベルトが思案顔で首を横に振った。
「悪い、俺の言い方が悪かったな。ランガード男爵が虜になったのはヒロイン自身じゃないと思う」
「ヒロインじゃない? どういうことですか? ……あ、そういえばその方ご年齢は?」
「50代だ。……そう、そういうことだ。男爵が惹かれたのはヒロインの持つ力だな。すなわち有名店の経営による財力や止まらないアイディア、さらには人を惹き付ける力。どれも没落寸前の彼にとっては魅力的なはずだ」
「なにやら嫌な予感がするのですが……」
私が顔をゆがめるとアルベルトが苦々しく頷いた。
「男爵からヒロインに、養子縁組の申し出があったそうだ」
いやあああ!
着々と足下を固めて上に登ってくるヒロインに私は心の中で悲鳴を上げた。
貴族の一員になんてなられたら色々厄介すぎる! 今まで接点が無かったのが、こちらの世界にやってくるということなので覚悟しなくちゃいけないし!
「本当に厄介だぞ。ヤツはなまじ平民からの人気が高いし知名度もある分、男爵令嬢になんてなって権力と新たな人脈まで手に入れたらなにをしでかすか……。それに俺たちと直接関わることも増えるだろうし、そうなってくると強制力についてもまた問題が起きそうだ」
「これは覚悟がいりそうですね……」
また一波乱の予感……。しかし男爵が誰を養子にするかなんて本人の自由だし、そもそも私たちの立場からじゃそんなことに首は突っ込めない。
我々は大きなため息をついた。こめかみをぐりぐりしていたアルベルトは席を立つと隣の私にも立つように促す。
「そろそろ時間だ。行こうか」
「ええ」
今日は皇城で騎士の叙勲式(春)が行われるのだ。




