悪役令嬢は社交界デビューする
「エイプリルさん、あなたが婚約していたなんて知らなかったわ、一体いつの間に?」
「ええ、それが本当につい最近婚約したばかりでして。セリーナ様にもお知らせしたかったのですが、デビュタントで皆様お忙しいかと思い遠慮しておりましたの」
「まあそうだったの。遠慮なさらずともよろしかったのに。でも本当によかったわ、こんなに素敵な方と。エイプリルさん、ヴァンダル卿。婚約おめでとう」
私の祝福に、二人が嬉しそうにお礼を言った。
うーむ、でもそうか。たしかに、よく考えてみればそうだな。私がアルベルト以外のルートでも悪役として出てくるのは何故かというと、攻略キャラの婚約者の令嬢たちになんとかしてくれって頼まれるからなんだよね。
私に頼みごとをするということはある程度私と親しい子だろう。つまり、まだ特定されてない攻略キャラたちは、私とある程度交流のある令嬢の婚約者という可能性が高いかもなあ。
それでいうとカイルなんかほんとに第一候補だね。まあでも婚約者を取られたからといってナタリアが私に泣きついてくることは想像できないけど。
どちらかというと彼女は直接ヒロインを呼び出して落とし前をつけそうな性格をしている。というかそれ以前にカイルを取られてもこれ幸いと婚約破棄してアルベルトに猛アタックをしかけそうだな。
しかし先程の様子をみるに、ナタリアもいずれ成長してカイルを好きになるのだろうか。
ぐるぐるとそんなことを考えていると、ついにデビュタントが始まった。
***
粛々と式は行われて、今年のデビュタントも無事に終了となった。謁見や写真撮影といった主要な行事を終えた後、そのまま夜会が行われる。
この日デビューした貴族の子女とその親族、様々な著名人たちが一同に会するこの場は社交界の一大イベントだ。皆、笑顔の下に様々な思惑を隠しながら外交にいそしんでいる。
それは残念ながら今日デビューしたばかりの私も例外では無く、というかむしろただでさえ公爵令嬢であり皇太子の婚約者、社交界の華であるお母様の娘という様々な要素で注目の的なのに、陛下からデビュタントの挨拶の場で1人だけ直接のお言葉を頂いたため、私は一躍時の人となり人が殺到した。
お近づきになりたい人、一応挨拶しとくか程度の人、あわよくばおこぼれに預かりたい人、私がどんなものなのか見極めたい人、純粋に祝福に訪れた人(少数)、私を通してお父様と近づきたい人、私の隣に立つアルベルトが目当ての人、はたまた私を今のうちに蹴落としておきたい人など、それはもう本当に様々なたくさんの人が挨拶に訪れた。
さらに、なんと……いや、立場を考えれば意外でも無いかもしれないが、第二皇妃も声をかけてきた。
まあ型どおり挨拶して祝福の言葉をいただいただけで、特筆すべき駆け引きなどは行われなかったが、私はなんとなく居心地がよくなかった。
嫌な目だったな。彼女は奇妙に嫌な感じのする目で私のことを見ていた。うーん。ま、政敵だしそんなもんだよね。かくいう私も心の中でガンつけといたし、おあいこである。よくも人の悪い噂をばらまきやがったな。
もちろんいかなる時も表面上はにこやかに。笑顔を浮かべ続けて表情筋が悲鳴を上げそうだ。
というわけでめまぐるしい忙しさだった私は、しばらくして一息つくとやっと同年代の子達との交流にいそしむことができた。
「セリーナ様! お会いできてとても嬉しいですわ。お噂はかねがね聞いております。ずっと憧れていたのですけれど、実物は想像以上に素敵な方で私もう……!」
「お久しぶりでございますわ、セリーナ様。以前一度だけお会いしたことがあるのですが、またお話が出来るなんて光栄です」
この半年お母様やリリア先生に徹底的に立ち居振る舞いと集中力を鍛えられた私は、ボロを出すこと無く、完璧な令嬢を演じた。隣にはアルベルトという名の客寄せパンダを装備し、隙は無い。
その結果、同年代との交流はなかなかの成果をあげ、私のシンパも大分増えた。ふー。やったぜ。
まあ、そんな性格の悪い思惑を抜きにしても皆良い子でとても助かった。慕ってくれる子がいるのも嬉しい。
もちろん心が薄汚れている私は、そんな純粋な喜びと同時に、『これで派閥の規模もナタリアに負けないぜ、クケケケ』と思ってもいるけども。
さて。しばらく新たに仲良くなった子たちとお話ししていると、以前から私と仲良しだった子たちがこちらにやってきた。ちなみにアルベルトは途中から女子だらけの空間に居心地が悪くなったらしく離脱している。
「あら、エイプリルさんたち。どう、楽しんでいるかしら?」
「はい、セリーナ様! 大人になった気分ですわ」
私の歓迎の言葉にヘイリーという子が楽しそうに答えた。
そして私を取り巻く新顔たちを見て一瞬で状況を察した彼女らは、今日仲良くなった子たちと早速挨拶を交わしはじめた。見た感じ仲良くやれそうで私は一安心する。
そして交流が一段落した頃、私は早速知りたいことを聞き出すべく話を切り出した。
「ところで皆さん、エイプリルさんが婚約されたのをご存じ?」
そう、エイプリルよ。ズバリ、君の婚約者について詳しく教えてもらおうか。どんな方ですの~? 私はせっせと情報収集にいそしんだ。へええ、なるほどね。
そんなこんなで夜も更けて、私の晴れ舞台はついに幕を閉じたのである。
少々忙しくなるので、次回更新日は5月9日になります。




