公爵閣下は正解を選ぶ
「先にセリーナのことについてお話ししますが、セリーナは殿下の婚約者とはいえまだ当家の人間ですので、フォークナイト家として動くことができます。ですのでこちらは問題なく対処できた……、と言いたいところなのですが、なぜかそうもいかず。殿下の問題よりはうまくことが運んだ、という感じです」
しかし眉間にしわを寄せた父がそう言い、私の高笑いがピタリと止んだ。なんですと?
「それはどういうことだろうか」
「お父様……」
アルベルトも困惑気味の顔をしてらっしゃる。どうなってるんだ?
「それがですね、この程度のぼやであれば普段なら軽く吹き消せるのですが、今回はどうしたわけか、なかなか消えませんでした。更に、広まるスピードが異常に早い上に信じる人が出てくる始末。
そう、貴族の世界で噂なんてつきものです。この程度の軽いものなら誰も本気で信じたりはしないのが普通ですが、なぜか今回は……。
正直なところ、最初はセリーナの噂に関しては放置しようと考えていたんです。下手に動く方が不自然なので、どっしり構えてうわさなど歯牙にもかけない様子を見せたほうがいいと思いまして。ですが以上のことから事態の収拾が必要だと判断しました。
しかしいざ動いてみたところ、私が睨みを効かせているのに口をつぐまない人が多くて……。困ったものです」
「そんなことが……」
これも強制力の仕業か……。それで、父はいったいどうしたのか。
そう聞くと父は目をパチクリさせた。
「ああ、一回遠回しに匂わせても、聞き分けがない人が多かったからね。仕方ないからそういう人は個別に何回も『お話し』して分かってもらったよ」
「まあ」
ほう、無意識に一番の正解を選んだと。
どうやら私たちが四苦八苦して見つけ出した強制力への対抗策を、本能で嗅ぎつけ実践したらしい父になんともいえない気持ちになった。
だって絶対この人深く考えずにやったんだよ。どうせ『一回言って分からないなら何度も言い聞かせればいいんだ!』なんていう単純な理由故の行動に決まっている。
穏やかに笑う父は、そのまま話を続けた。
「なぜか皆3回目はすごく聞き分けがよくてね。逆にびっくりしたよ」
「ちなみにお父様は、3回目は何といって『お話』したのでしょうか?」
「うーん、まあ、『可愛い娘を堂々と侮辱されては僕たちも黙っている訳にはいかないなあ。今のはそれを覚悟の上での言葉だと受け取らせてもらうけど、いいかな?』って軽く脅したかんじかな」
「だいぶガッツリ脅してるな……」
にこにこ笑う父にアルベルトが苦笑した。
その通り。父に『お話』された貴族が哀れでならない。強制力から我にかえったら大貴族に笑顔で脅されていました、なーんてシャレにならないだろう。
貴族というものはあまり直接的な言葉を使わず遠回しに話をする傾向があるのだ。それなのに、『侮辱されては黙っている訳にはいかない』だの『覚悟の上での言葉』だのかなり直接的な言葉を使ったということは、相手は父がだいぶブチギレていると受け取ったことだろう。
なむなむ。私は哀れな貴族たちに心の中で手を合わせた。しかし正直なところ、彼らに対してざまーみろという気持ちがないとはいえない。
ヒロインが諸悪の根源とはいえ、私たちに関する口さがないことを言って回っている人間に心から同情できるほど私の心は清くないのよ!
「ま、こんな感じでセリーナに関する噂は黙らせることはできたのですがね。当初想定していたよりだいぶ大っぴらに動く羽目になったので、そのせいで逆に注目を集めてしまいまして。公爵家が慌てて噂を打ち消していたということは、噂は本当なのでは? という疑念が生まれてしまったというところですね」
「なんですって!?」
私は憤然と怒りの声をあげた。誰だそんなこと抜かしてるヤツ!
お転婆なのは全く否定できないが、それはあくまでプライベートでは、という話だ!
私は外ではおしとやかに完璧な令嬢として振る舞って、まだ本格的に社交界に参加はしていないけど、フォークナイト公爵家のセリーナ嬢は素晴らしいご令嬢である、って評判なんだぞ!
人の努力になにケチつけてくれとんじゃ! 許さん!
「まあまあ。落ち着いて。まだ続きがあるから」
気色ばんだ私を父がどうどうと落ち着かせた。なに? 続き?
「うん。だからね、疑念といってもちょっと工夫してそれを和らげたから、傷つけられた評判を元に戻すには、あとはセリーナ次第なんだ」
「どういうことですの?」
「僕が親馬鹿という噂を流してね」
「は? 親馬鹿?」
「そう。もともと僕たち家族は仲が良いことで評判だろう? だからそれを逆手にとって、可愛い可愛い愛娘を侮辱されて怒った父が大々的に動いた、みたいな噂を流したんだ。この噂はいつも通りすんなり流れてくれたから、生まれた疑念も少しは和らげることができたんだよ」
なるほどな……。父は原作とは何の関係もない人間だから、父の噂には強制力は働かなかったのか。それにしてもさすがはお父様。強運である。
ゲームのことなんて何も知らないのに、ことごとく強制力の裏をかくような手を打っているところは尊敬に値するよ。
本当に助かるなあ、ありがとう!
「だからね、この噂や疑念を完全に打ち消すにはセリーナが自分の立派な姿を皆に見せつけるのが一番なんだ。これに絶好の機会がもうすぐあるだろう?」
「あ! デビュタントですね!」
「そう。約半年後のデビュタント。絶対に失敗できないから、頑張りなさい」
「はい!」
うぐ……。頑張らなくては。準備にもっと力を入れないとな。
「そして殿下に関してですが。
今回はセリーナと一緒になったうわさでしたので、セリーナの噂を否定するのと同時に、『セリーナを助けようとしたことはとても頼もしい。逆に日和って何も行動しないより全然良い。安心してセリーナを任せられる』などというものを私の感想として繰り返しばらまいておきました。
効果の程は微妙ですが、一応少しは抑えることはできたと思います。つまり結論を申し上げますと、殿下の評価はプラスマイナス0……いえ、若干マイナスといったところで今のところ落ち着いています」
「なるほどな。フォークナイト公、感謝する。この一週間事態の収拾に骨を折ってくれて。とても助かった」
「過分のお言葉、光栄でございます。殿下におかれましても様々な手助けを頂きましたことお礼申し上げます」
まあこのアルベルトに厳しい世界でプラスマイナス若干マイナスで納められたのは上出来じゃないだろうか。なんなら今のところ一番ゲームの被害にあっているのはアルベルトだ。私と同じかそれ以上に厳しい立場だね。
崖っぷちコンビの我々は顔を見合わせて肩をすくめた。
そのあといくつか打ち合わせをした後、父は慌ただしく皇城を後にした。抜け道調査の件については父が責任を持ってすすめてくれるらしい。任せたぞ父よ、頼んだ!
そして私たちはというとヒロインをルイスを筆頭としたアルベルトの手の者に監視させつつ次の目標を定めることにした。
もちろん、デビュタントを成功させるのが当面のなすべきことだが、もう一つ急務でやっておかねばならないことが存在する。
それは――
「そろそろ俺の評判や権威を本格的になんとかしなければと思っている」
アルベルトがある日、難しそうな顔をしていたのでどうしたのかと聞いてみると、そんな答えが返ってきた。
どうやら今までギリギリなところだったのが、先日の事件で若干マイナスになり、ついに見過ごせなくなったらしい。
彼曰く、強制力の三回目の法則も分かったことだし、評判をどうにかできるかもしれない、とのこと。確かに評判やうわさに働く強制力にも三回目の法則が適用されるのは私の父が既に証明しているな。
詳細を聞いて私も協力したかったのだが、残念ながら私はそろそろデビュタントの準備のため自分の領地に帰らなければならなかったので、出来ることがあれば何でもおっしゃってくださいね、と伝えておいた。
アルベルトは笑顔で私の乗る馬車を見送ってくれた。




