悪役令嬢は討論する
本日3話更新の予定だったんですけど、4話目ができてしまったので投稿します。
「ところで前世といえばヒロインの精神状態って特殊じゃありませんでした?」
「そうだな。ヤツ曰く共存。端から見れば隷属というか主従関係だったが、詳しくはわからない」
「そうですね。一見隷属されているようでしたけど、まだ分かりませんしね」
「ああ。慎重にいこう。事細かに行動を思い返してみるんだ。まず部屋に侵入してきたときの人格はリランだったな?」
私たちはそこからリランの精神状態について討論をし、結論を導き出した。
・おそらく前野がリランの生殺与奪権を握っていて主導権は彼女にある。
・リランが気絶すると前野が出てくるのでは?
・前野が出てきてから強制力が消えたのは、この世界の人間、人格にしか強制力が効かない(使えない)から。
うーん、なるほどねぇ。メモメモっと。
次に、私たちはリランの言動について気になる点を洗い出した。
1、『ここにはアルベルトくんしかいないはずなのに何であなたがここにいるのか』『こんなのあの人から聞いてた話と違う』というリランの発言の真意は、前野に聞いていた展開と違う!と言いたいのではないか。つまりあの人とは前野?
2、前野があらかじめ展開を知っていたと予測できるが、ということはつまり、今回はイベントだったんじゃないのか。でも原作開始前なのにイベントなんてあるの?
書き出したものを見て私は眉間にしわを寄せた。いやでもなあ。幼なじみの話からすると入学前にそんなエピソードはなかったはず……なのだが。ん?でも、あれ?
「入学して再会した後に、そんな話があったような……」
「なに?」
「入学して原作が始まったあと、たまたまヒロインが抜け道を見つけて皇太子の部屋までいってそこで皇太子に歓迎される、なんてエピソードがあった気がします。たまたま道を見つけて行ってみたらそこはお城のなかで、近くの部屋にとりあえず入ってみたらそこにはアルベルト様がいた、みたいな」
「それで歓迎されたのか?」
「おそらく」
「狂ってるな」
「ええ本当に」
突然皇宮の私室に学園の同級生(平民)がやあ! と入ってくる恐怖。なんだお前! となるはずだが、乙女ゲームでは歓迎されるのだ。恐ろしいね。
「まあ考えてみれば昨日の俺も普通にヒロインの存在を受け入れて歓迎してたしな……」
「たしかに」
私たちは顔を見合わせて身震いした。寒気がっ!
「だがこれは重要な情報だぞ。つまりヒロインはまだ先のイベントを前倒ししようと昨日忍び込んできたというわけか? そんなことが可能なのか!?」
「分かりませんが……。まだ先でも、そのイベントと同じような状況を作り出せば可能なのではないで……ああっ!」
「どうした?」
突然大声でそう言って椅子から立ち上がった私に、アルベルトが驚いた顔をする。
「たしかそこです! そこで回想シーンに入るんですよ! そうでした、ここで、お前はあの時の……! って言って、過去に会ったこと思いだして、その上、決めゼリフを吐かれてアルベルト様が堕ちるんでした! ああ、まさかここにつながってくるとは……!」
「待て待て、落ち着け。最初から分かるように話してくれ」
興奮のあまり支離滅裂なことを話し始めた私をアルベルトが落ち着かせる。
椅子に座り直すと、そっとお茶を差し出されたのでありがたく頂く。ふう、落ち着けた。ありがとう。
記憶って一つが刺激されると芋づる式にずるずる思い出して、ふわっとしてた点と点が線になることあるよね。今の私はまさにその状態だった。
「前にアルベルト様に証拠としてお話ししたヒロインとアルベルト様が出会った時の物語、ありましたよね。あれはゲームの中では回想パートとして出てくるんです。気づいてなかったけど、もしかして君はあの時の……!? のような感じで、学園で再会した後に出てきます」
「ああ。覚えてる。なるほど。回想だったんだな」
「その回想が出てくるのがこのイベントだったんですよ、おそらく! 詳細は分かりませんが、ヒロインがアルベルト様のお部屋に侵入したときにそれが判明して、そこであの台詞ですよ。覚えていますか? アルベルト様がヒロインに完全に堕ちる決めゼリフ!」
「ああ、たしか笑顔の話だったよな?」
そう! 『私の前では本物の笑顔でいてよ!』の決めゼリフで完全に堕ちるやつ!
「ここでつながるんですよ! あくまで私の想像ですけど、この手の話でありがちなのは、思い出に絡めたことを言うことです! たとえば昔はもっと良い笑顔だったとか。そして『私の前では本物の笑顔でいてよ!』ってトドメを刺したんだと思います!」
いきなり私室に出没するヒロインこわっ!という話から一気に思い出した!
「あ、あくまでこれは私の推論なので、まあ、話半分に聞いていただければと思います」
少し熱が冷めて冷静になった私は一応、そう補足した。
「そうだな。たしかに推論だが筋は通っているし、とりあえず有力な仮説として書いておこう。だがこのイベントが未来にあるのは推論じゃないよな?」
「ええ。私の記憶が正しければ。というかまだ出会ってもない今の時期にイベントが起きるのはおかしいです」
アルベルトは話を整理しつつ進めた。その赤い瞳は鋭い光を宿しながら宙をにらんでいる。集中している証拠だ。
「お前の仮説を基に話を進めるが、そうなると出てくる疑問は……」
「何でこのイベントが今起きたのか、ですね」
私は深く頷いた。さて。討論の時間だよアルベルト。
私たちは再び激烈な議論をして結論を出した。
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さて。でた結論を紹介しよう!
①ヒロインはイベントの条件さえ満たせばいつでもイベントを起こせる。
②アルベルトの強制力が爆上がりになったきっかけの『アルベルトくんありがとう〜』みたいな言葉はゲームの選択肢の言葉だった。
③選択に成功すると好感度が上がるためアルベルトの強制力も強くなった
以上である。
「ということは、あそこで好感度をあげたあとに待っていたのは決めゼリフだったのかもしれないな……」
そう呟いたアルベルトは戦慄した顔をした後に私にお礼をいった。私も鳥肌を立てながらそれにこたえた。え、たしかにそうじゃん……。
じゃああの時の私たちは本当に破滅の瀬戸際だったということなのか!? ヒロインを背負い投げしなかったら終わっていたのかもしれない! うわああ! 怖い! 怖いよう! 間一髪!
とりあえず今度、護身術の教師にお礼を言っておかねば。
「ん? 待てよ。これは、じゃあ、ヒロインは今回のことで俺を堕とすイベントに失敗したんだな? つまり……セリーナ。イベントに失敗するとどうなるんだ?」
「ゲームオーバーかバッドエンドとかに進みますね。ゲームはリセットされてまた最初からやり直しです。それか好感度が下がるとか……」
「なるほどな。じゃあ俺のルートは失敗したとみてもいいんじゃないか? ……ああ、でもヒロインはまだ決めゼリフを言っていなかったな。これはどういう扱いになるんだろうか」
一瞬喜びかけた私だが、つづく言葉に喜色をけして深刻な顔になった。
「うーん……。私の妨害があったとはいえ、一応あの人、正解の選択肢を選んでいるんですよね……。まあでも途中で追い払われたのでイベントは失敗したのは間違いないでしょうから、うーん、なんともいえませんね……」
「まあ好感度は下がったと考えるのが妥当かもしれないな……」
「そうですね」
私たちはしばらく考え込んだが、ため息をついていったんその推論で切り上げることにした。
ヒロインはなにか焦ったのか知らないが、一人で私室にいるアルベルトを訪ねる、という状況を作り出すことによりイベントを前倒ししようとしたが、私という想定外の邪魔者がいたことによって頓挫したと……。しかしなんでアルベルトが私室に1人ってわかったんだろう。偶然?それとも……。
はぁ。
解明できることも多いけど、謎も増えていく一方だな。嫌になるよ、まったく。
「というか私いま思い出したんですけど、前にヒロインとかその他諸々に対抗するために物理的な手段として魔導銃改造したんですけど全然出番ありませんでしたね」
そう、ウォルドに頼んで作ってもらったアレだ。あの頃はまさかヒロインと直接やりあうことはないだろうけどとか思ってたなあ。
「さらっと違反行為の告白が聞こえた気がしたんだが」
「大丈夫ですよ、これくらい……皆やってますウフフ」
私の意味不明な話題転換と答えになんともいえない顔をしたアルベルトは一瞬の沈黙のあと、重々しく問いかけてきた。
「疲れてるな?」
「バレちゃいましたか」
ご名答。私の脳はもう色々考えすぎて悲鳴を上げているんだ。助けてくれ。
「休憩にするか」
「ぜひ!」
アルベルトは満面の笑みで答える私に笑って立ち上がり、ベルを鳴らして侍女を呼んだ。やった! おやつタイムだ!




