皇太子殿下は祝福する
3話目
腹黒かと思いきやただの生意気なお子ちゃまだったハイレインを成敗した私は皇后陛下の元へ向かった。
というのも、あのあと部屋に戻ったら皇后陛下が呼んでいることをメイドが伝えに来たのだ。
朝っぱらからケンカして瞳孔が開き気味だった私は急いで深呼吸して気持ちを落ち着けて、皇后陛下の面会に臨んだ。
「まあ。よくいらしてくださったわね、セリーナさん。お久しぶり」
皇后陛下の部屋に入って挨拶をした私に彼女はそう言って歓迎してくれた。中にはすでにアルベルトがソファーに座っていて、そこでアルベルトにも挨拶をする。おはようございます。
「さあ、どうぞ座ってちょうだい」
「失礼致しますわ」
私はそうことわって座った。
そのまま20分ほど話したが、皇后陛下はとても優しい方だった。
昨日の事件について私をいたわると、いつも息子がお世話になっているのね、と、なんと贈り物までくれたのだ。しかも、セリーナさんは読書が好きと聞いたから、と秘蔵の一冊をくれた。皇国の知られざる歴史という題名の本だった。
結構裏のことまでかいてあるのよ、と皇后陛下が得意げに言っていたので、マイナーな知識なんかもかかれているんじゃないかなと思う訳なのだが、なかなかどうして面白そうだ。
皇后陛下の部屋を辞去した私たちは、お互い諸々やることがあったのでそこで別れ、昼食後に再び対策会議室に集まることにした。
用事を済ませた後、皇后陛下と会うのに備えた堅苦しい衣装を脱ぎ捨て、もっと楽ないつものドレスに着替えてからご飯を食べ、アルベルトとの対策会議部屋に向かってドアをノックする。
「お待たせしました、アルベルト様」
「ああ。いや、そんなに待ってないよ」
声をかけて入室するとアルベルトがくつろいだ様子で答えた。改めて見ると、彼は昨日よりもだいぶ顔色がよくなっていてほっと一安心する。
「そういえば今日、気分はどうだ?」
「絶好調ですわ。アルベルト様は?」
「俺も絶好調だ」
そう言葉を交わして私たちは顔を見合わせて同時に小さく吹き出した。
「先程は皇后陛下に大変素晴らしい贈り物をいただきましたわ」
「ああ、喜んでくれたのならよかった。母上もよろこぶだろう」
そんな会話をしながら私はソファーの定位置に腰掛ける。あっそうだ。ついでにさっきの報告をしておこう。
「そういえば先程ハイレイン殿下とお会いしました」
「ハイレインと? どこで?」
驚いたように顔を上げるアルベルトに私は詳細を話す。彼は苦虫を噛みつぶしたような顔でそれを聞いていたが、話し終わると大きなため息をついた。
「すまない、気苦労をかけたな」
「いえ、どうかお気になさらず」
首をふると、アルベルトは憂鬱そうな顔をしたまま礼をいった。
「では強制力についての考察を始めようか」
「ええ。やっとですね」
ヒロイン襲撃から一夜明けた日の午後、ようやく落ち着いた私たちは腰をすえて本題に入ることが出来た。
「色々検証するべきことが山ほどあるな」
「ええ。今のところ私たちがまとめたのは伝言ゲームの法則だけですからね」
「全然だな。よし。一つずつ潰していこうか」
「分かりました。では私からいきましょう」
そう言うと、私は昨日の記憶を脳裏に呼び起こす。できるだけ詳細に思い出さねば。えーっと。
「たしかあの時、ヒロインが入ってきてから頭にもやがかかって、本当に許せない気持ちになったのを覚えています……」
思い出しながらあの時自分の身に起きたことをゆっくり語り終えると、アルベルトが真剣な顔で頷いた。
「なるほどな。やはり強制力は、ストーリーのキャラクターがする行動をさせてくると思っていいだろうな。お前でいえば、『皇太子にぞっこんの気位の高い悪役令嬢』『自分の婚約者をたぶらかす女には嫉妬に狂って容赦なく排除しようとする』といった役どころを演じさせられるのか」
顔を見合わせた私たちは、同時に深いため息をついた。はぁ~。
私は気を取り直して机の上の紙を勢いよく手に取る。片手でペンをひっつかみ、待機した。メモる準備は完璧だぜ!
「まず強制力が発動する条件についてなんだが、俺とお前で違うように思うんだ。発動のタイミングがどうも違う気がした。俺の場合はヒロインの姿だったり言葉だったりを見聞きしたのがきっかけだったが、お前はどうだった?」
「たしかに……。私は、そうですね。ヒロインに我を忘れたアルベルト様を見てからおかしくなったような気がします」
「ほう。なるほどな」
ああ、そういうことか。
「私はヒロインにドキドキするアルベルト様を見たら嫉妬に狂い、アルベルト様はヒロインを見たり言葉をかけられたりしたら愛に狂うんですね」
「そんなところだろうな。だが俺の発動条件がヒロインを見ただけというのは少し大雑把すぎる気がする。もっと詳細な条件があってもいいはず……というかそうであってほしい…」
アルベルトが憂鬱な顔をした。
たしかに。見ただけで発動とか勝ち目ないよね。
「そうですね。アルベルト様の場合についてもう少し考えてみましょうか」
私の言葉にアルベルトが頷く。そしてうーん、と唸って首を傾げた。
「まあとっかかりとしては、俺が一回我に返ったあとにかけられたあの言葉じゃないか? あの時の方が感覚としては強烈だったな。あの言葉を聞いた瞬間俺の意識が消えた」
「熱湯をかけられる前の感覚は…?」
「そうだな。ぼーっとして感動して熱に浮かされたような感じだったかな」
「火傷した後に、ヒロインにその言葉をかけられた後の意識は?」
「うーん、完全に無いというか……乗っ取られた感じだった。はっと意識が戻ったらお前の股間攻撃を防いでいるところで……」
流れでそう口にしたアルベルトはそこで自分の言葉に気づき、いたたまれない顔をしている私と目があったあと気まずそうに咳払いをした。
「ま、まあ、なんだ。狙いはよかったんじゃないか? 急所だし……」
「アルベルト様。フォローになってないです……」
「そうか。すまん」
私は特大の咳払いをしてその場を仕切り直した。
「まあ最初に関しては主人公補正が強烈にかかっていたんだろうなと思います」
「そうだな。問題はその次だな」
「ええ……あの言葉が何の引き金だったのか……。そこが鍵になるのかも。って、あ!」
「どうした?」
突然声をあげてぽんと手を叩いた私をアルベルトが不思議そうに見る。
「思い出しました! 私、さっきからこの強制力が何かに似ているな、って思っていたんですが、それが何なのか分かったんです! 私の前世の人格に身体を乗っ取られそうになった時の感覚と似ています!」
興奮した私の叫びに、アルベルトは奇妙なほど慈愛に満ちた表情で見てきた。え、なに?
「体験してみて改めて分かったんだが、お前本当に命がけの戦いをしたんだな……」
しみじみとそう言うアルベルトは、負けずに生き残ってくれてよかったよ。と私の存在を祝福してくれた。
ありがとうございます。と私は祝福に応えた。