悪役令嬢は言葉の刃をかわす
本日2話目
「おはようございます、お嬢様」
「おはよう」
次の日の朝、私は鏡の前で背筋を伸ばして微笑んだ。よし、完璧だ。人間がうつっている。必要以上に姿勢を正してニコニコ笑う私に怪訝な顔をするサラだったが、私が鏡から視線を外して歩き出したのをみてドアを開けてくれた。
さて。朝食を食べたら自分なりに少し昨日の状況を整理でもして過ごそうかな。アルベルトは昨日のことで朝は両親に呼ばれているし、午前中はちょっと暇なのだ。
でもアルベルトと話した後に両陛下に私も呼ばれるかもしれないので、一応準備だけはしておこう。
「ふー、おいしかった」
朝食はオムレツにふわふわのパンというシンプルなメニューだったがとても美味しくて大満足だった。
お腹を満たして幸せなため息をつきながら、いつ両陛下に呼び出されてもいいように身支度を調えた私はそのまま少し、気分転換に庭を散策することにした。
昨日の悪天候が嘘のように晴れた青空が広がるのを目を細めて眺めながら深呼吸する。
まだ昨日の寒さは少し残っているので肌寒い。うーん、でもこれくらいの気温がちょうどいいのかもね。
寒くないですか? と声を掛けてくるメイドに、大丈夫よ、と言って、積もった雪をなんとはなしに眺めていたら、「おはよう、セリーナさん」と後ろから声がかけられた。
振り返るとそこにいたのはハイレインだった。ニコニコ笑って従者を引き連れてこちらに向かってくる。
「ハイレイン殿下。おはようございます」
「廊下を歩いてたら庭にセリーナさんがいるのが見えたからつい声かけちゃった」
カーテシーをして挨拶をするとハイレインはそういった。この庭はアルベルトの居住区とハイレインの居住区の間にあるので、なるほどね。見えるもんなのか。
「それにしても昨日は大変だったみたいだねー! 怪我は大丈夫?」
「ええ。この通り、回復致しましたわ。ご心配をおかけいたしました。お気遣いいただきありがとうございます」
「んーん、気にしないでー。元気ならよかったよ。まあセリーナさんが結構おっちょこちょいだったのにはびっくりしたけど!」
「おっちょこちょい、ですか?」
しかし私を気遣うような素振りから一転、にたぁっと意地の悪い微笑みを浮かべたハイレインは、突然口撃を仕掛けてきた。は?
「うん! 子供に驚かされてポットに手を引っかけちゃうなんて! 僕、セリーナさんってもっとおしとやかで落ち着いた人だと思ってたからびっくりだなあ。まあ兄上もだけどね! そんな些細なことで慌ててドアぶっ壊すなんて、凶暴で怖いね~」
「……」
「ま、セリーナさんとはお似合いかもね! 大げさに騒いでヒステリー起こしちゃうくらいだし!」
『ねえ今どんな気持ち? どんな気持ち?』と今にも歌い出しそうなハイレイン。
前回会った時の愛想の良さはどうした? と言いたいくらい悪意もりもりの笑顔で接してくる彼に、私は怒りよりも先に驚きをおぼえた。そして自分の考え違いを悟った。
ぜんっぜん腹黒じゃなかったな、こいつ。ただの嫌味なクソガキだった。腹黒はもっと自分の性格の悪さを隠すものだ。
「あれ? 怒っちゃった? ごめんねぇ、僕正直すぎるところが玉に瑕って言われるんだよね。直さなきゃって思ってるんだけどなかなか……。ほんとのことってついつい口から出ちゃうし!」
黙り込む私を見て更に煽ってくるハイレイン。しかし自分の言葉に悦にひたっている彼を見れば見るほど冷めた感情しか湧いてこなかった。
というかむしろそのドヤ顔にこっちが恥ずかしくなってくる……。ああっ、共感性羞恥がっ!
正直めんどくさいのでこのまま何事もなかったかのように立ち去りたいが、ここまで言われて引き下がるわけにはいかない。これも権力争いの一部なのだ。
おそらくハイレインが私にここまで攻撃的なのも、私をアルベルト陣営だと完全に見なしたが故のものだろう。この前のは様子見だったか。
ここで私が何も言わずに引き下がったらハイレインの言葉を認めたも同然だし、負けるわけにはいかない。
私は瞬きをしてにこやかな笑みを浮かべた。
「まあ、奇遇ですわね! 私も正直すぎるところが玉に瑕だってよく言われるんですのよ。お互い気をつけていきたいところですわね。ところで昨日のことといえば、ハイレイン殿下の方こそ大丈夫でしたか?」
「は? 僕? 何が?」
涼しい顔で嫌味を華麗にスルーした私にハイレインが面白くなさそうな顔をした。
おそらく私がのってこなかったことが不満なのだろうが、こういう手合いは相手のペースに乗ったら負けなのだ。
「昨日、城内で迷子になってしまわれたんでしょう? 大泣きなさっていたのをアルベルト様の騎士が保護したという話を聞きましたわ。いくら馴染みのある皇城といえど、はぐれてしまってさぞ怖い思いをされたのかと思うと私殿下が心配でたまらなくて……」
口元に冷笑を浮かべつつわざとらしい心配そうな声で話しかける。怖かったでちゅね~。
「はあ!?」
私の反撃をまともにくらったハイレインは顔を真っ赤にして激怒した。やーいやーい。
「なにその言い方! 僕のこと馬鹿にしてるわけ!?」
「ええ? いやですわ、殿下。私はただ、心配だっただけですのよ……。そんなつもりはなかったのですけれど、誤解させてしまったのなら申し訳ありませんでしたわ」
馬鹿にしてるだなんて心外だわ~、いやだわ~。
すっとぼけた私に更にイライラした顔をするハイレイン。
「誤解ってなに? 白々しいなあ、ほんと。わざと言ってるくせしてさ。態度からにじみ出てるんだよ、馬鹿にした感じが! うわあ、性格悪いねえセリーナさん。よく言われない? 性悪だって」
「まあ殿下。いやですわ、そんなに興奮なさらないで。大丈夫ですよ、まだ9歳なのですもの。迷子でべそかくくらい普通です。恥ずかしがらなくてもいいんですのよ、オホホ」
私の容赦ない追撃は見事ハイレインのボディーに炸裂した。あ、絶句してる。さて。さっきの借りは返したぞ。これでもうここにいる理由もなくなったから早々に退散することにしよう。
ハイレインの不愉快そうな顔を見てスッキリした私は、そのまま辞去の挨拶をした。
「何はともあれ、殿下がお元気そうで安心致しました。それでは、私はこれで失礼させて頂きます」
「は、はあ!? このまま逃げるつもり? ちょっと待ちなよ!」
あからさまに勝ち逃げする気満々の私に、当然ハイレインは腹をたてて引き留めてくるが、ふっ、甘いな。その程度で私を引き留められると思わないことだ!
「あら……。あっ、なるほど! そういうことですのね! かしこまりましたわ」
「は? 何言ってんの?」
何かに気づいたような顔で納得し、引き返してハイレインの側に立った私に、彼は胡乱げな顔をする。
そんな第二皇子に私はにっこりと微笑みかけた。
「よろしければハイレイン様の区画までご一緒致しますわ! また迷子になっては大変ですもの。配慮が至らず、指摘されるまで気づきませんでしたわ。申し訳ありません」
「誰が送ってほしいって言ったよ! そんなことのために引き留めるわけないだろ!」
「まあ、そんなご遠慮なさらずに。恥ずかしがらなくてもよろしいんですのよ。将来の家族ですもの。何でも頼って頂きたいですわ」
「恥ずかしがってないよ! ああもう! ほんとにいやだ! もういい帰る!」
あらまあ、そんな照れなくてもよろしいのに~。
私のペースに乗せられて手玉に取られ、憤然と去って行くハイレインの後ろ姿に、私の中の悪魔が高笑いした。ちょろいもんよ。




