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悪役令嬢は婚約者に全てを丸投げする  作者: 上杉凛(地中海のマグロ)
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悪役令嬢は分かりづらいボケに戸惑う

本日3話更新。1話目。


ああ……、それにしても酷く疲れた……。


パタンとドアが閉まり廊下で一人になると突然どっと疲れが襲ってきて、私は深いため息をつく。

いや正確には一人ではないのだけれど、先導してくれる侍女はひっそりと気配をけして案内役に徹しているので気が抜ける。


思いっきり伸びがしたい! ああ、早く部屋に戻ってお風呂に入ってベッドにダイブしたいよう! 

そんなことをつらつら考えながらダラダラと侍女の後について歩いていると、廊下の角を曲がった瞬間、人が歩いてくるのが見えた。


「ひっ!」

「……」


息を呑む音とひきつった短い悲鳴が聞こえ、眠すぎて驚く気力もなかった私はぼーっとした表情で悲鳴を上げた主を見た。あら。なんだ。リリア先生じゃないのよ。


目を見開いてわなわなと唇を震わせていたのはマナーの教師のリリア先生だった。

カーディガンをはおって片手に本を抱えている姿から察するにおそらく寝る前に図書室へいって本を借りてきた帰りなのだろう。

それにしても何をそんなに驚いているのだろうか。


「あ、あなた。セリーナ様はわたくしがここからお部屋までお送り致しますわ。よろしいかしら」


私が首を傾げて胡乱げに見ていると、先生は驚きを抑え込んで侍女に声をかけた。

侍女がうかがうように私を見たので、「そうね。もう下がっていいわ、ありがとう」というと一礼して去って行く。


そして彼女の姿が廊下の角を曲がって見えなくなった瞬間、リリア先生は不気味な笑みを浮かべて私に向き直った。

ひっ! なんだその不穏な笑みは! 寒気を感じるぞ! 

眠気が一気に醒めるのを感じる。


おそらくお説教をしたいのであろうリリア先生だったが、そこは超一流のマナー講師。彼女は本題の前に挨拶から始めた。さすがだ。


「こんばんは、セリーナ様。本日は色々と騒がしいこともございましたがお元気そうでなによりです」

「こんばんは、リリア先生。心配してくださってありがとう。この通り、もうすっかり元気よ」


医務室にお見舞いに来てくれたときの心配そうな顔はどこかに放り捨ててきたらしい。威圧感のある挨拶に、私は笑顔で返した。


「それは本当によかったですわ。安心致しました。ところでセリーナ様。かの有名な貴婦人、ロザンヌ伯爵夫人は大戦時、ドレス姿で剣を持ち出陣したことをご存じですか? 踊るように優雅な動きでドレスの裾をひらめかせながら戦場を駆けた彼女は『戦地に咲く一輪の花』という二つ名で呼ばれたそうでございます」

「え、ええ。もちろん知っているわよ。有名な方ですもの」


優雅なドレスを身にまとって戦場で暴れ回り、オホホと高笑いしながら敵の将校を次々と血祭りにあげた女傑の話題をいきなり出された私は心の底から動揺した。

そんな物騒な歴史偉人を引き合いに出して私に一体何を語ろうと言うんだ!? 


カンカンカンカン! 私は心の中で鐘を鳴らして警戒態勢をとる。これは特大の言葉の矢が飛んでくるに違いない。盾だ! 盾を用意しろ! 


すでに想定外の話の切り出しに私の精神は少し削られている。何という強敵! 前置きだけでダメージを与えてくるとは! 


「彼女は戦争で夫と息子を殺された怒りと悲しみから、手に武器をとって戦場に身を投じたのでございますが、そんなとても辛い状況にもかかわらず、常に所作は優雅、背筋をぴんと伸ばして口元には笑みを絶やさない、そんな女性だったそうですわ。戦いの最中さえもまるで舞踏を踊っているかのような優美さであったとか」

「そ、そうなのね。その話は聞いたことがなかったのだけれどすごい方ね、伯爵夫人は。でもそれがどうかしたのかしら……?」


私は警戒レベルを引き上げた。何という不穏な話の切り出し方……! 


「このロザンヌ伯爵夫人はマナーを完璧に身につけた貴婦人だと言われておりまして、わたくしたち、マナーを教える者にとって理想の方なのです。命がけの状況でも完璧な所作で振る舞える者こそ本物の貴婦人ですわ!」

「…………」

「わたくしの目標はセリーナ様をそのような完璧なレディーにすることです。理想はロザンヌ伯爵夫人! よろしいですか? 第二のロザンヌ伯爵夫人になることがセリーナ様の目指すところなのです!」

「ええっ! 私が第二のロザンヌ伯爵夫人に!?」


ロザンヌ伯爵夫人は確かにこの国では有名だ。とても有名な貴婦人だ。しかし彼女は貴婦人としてではなく、どちらかというと大戦時の猛将として知られている。


『戦場に咲く一輪の花』というのはこの国での公式の二つ名だが、彼女は、敵国からは『血塗られた貴婦人』『殺戮の魔女』などと異名をつけられた物騒な貴婦人なのである。


そんな戦闘民族みたいな夫人を目指してたの私!? 

知らないうちに血塗られた貴婦人を目標とした教育を施されていたらしい。なんてこったい。


「よろしいですか、セリーナ様。今のままでは貴女はロザンヌ伯爵夫人の足下にも及びません。今日セリーナ様がお怪我もなさって大変な目に合われ、お疲れであることはわたくしも重々承知しております。承知しておりますが……」

「いや私は別にロザンヌ伯爵夫人になろうとは思っていないのだけれど」


彼女の逸話なんて戦場での武勲くらいしか知らなかったが、マナーの世界では別の意味で有名だったなんて……。


乾いた笑いをこぼしながらそう言いかけたが、リリア先生は私の遠回しな抗議なんざ聞いちゃいなかった。


「しかし何ですかその姿勢は!」


カッと目を見開いた彼女はこの世の終わりみたいな顔をして私の丸まった背筋を叱りつける。


え? 姿勢? 


私は猫背になっていたことに気がつき慌てて背筋を伸ばした。い、いやこれは……。たしかに姿勢が悪かったな。

疲れていたし、廊下で誰も見ていなかったから気を抜きすぎていたかもしれない。


そんな言葉が頭に浮かんだが、言い訳を許す隙を与えるリリア先生ではなかった。


「丸まった背中! うつむいた顔! セリーナ様が角を曲がって現れたとき、わたくしはバイソンが化けて出たのかと思いました。そのくらいの姿勢の悪さです!」

「…………え?」


斜め上から飛んできた特大の言葉の矢は、私の掲げた盾をすり抜けて心にささった。しかし言葉選びが独特過ぎて理解に時間がかかる。


「お分かりになられたのならよろしい。今日はお疲れのようですのでお説教はここまでとします。ささ、お早くこちらに」

「…………」

「それでは、セリーナ様。おやすみなさいませ。よい夢を」

「…………」


ぽかーんとした私を促して部屋の前まで連れてきたリリア先生は、私が部屋に入るのを見届けるとすっきりとした顔で立ち去った。


パタン。ドアが閉まる。その音で私は我に返った。


「いやバイソンってなんだ!」


さすがにそこまで姿勢悪くないわ! 

私が部屋に戻ってきた気配を察して顔を出したメイドが叫び声にビクッとした。


たしかにバイソンを縦に見ると姿勢が悪く見えるけども! 分かりづらいボケをかますんじゃない。


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