悪役令嬢は状況を整理する
「それがだな……」
私が何よりも先ずそのことを指摘すると、アルベルトがギュッと眉根を寄せた。
「まず、この出来事についての周囲の認識を話そう。捜索してもめぼしい人物が見つからないこと。一般人の子供が警備を全てくぐり抜けて俺たちがいる部屋に来るのは極めて難しいこと。この吹雪のなか子供が捜索の網をかいくぐって城の外に脱出したというのは考えにくいこと。この三つから、不審人物は今日皇城に来ていた下級貴族の誰かの子弟だろう、というのが近衛の考えだ」
「え?あの、攻撃してきたと言ったんですよね?」
「うん、そうなんだがな。突然入ってきた子供にびっくりして攻撃されたと勘違いしたと近衛は思っているようだ」
「なんてこと」
「咄嗟にお前を守ろうとした俺が魔力の制御を誤ってドアを吹き飛ばして、そのどさくさに紛れて子供は親の元に戻ったとのことだ」
それが周囲の公式見解になったらしい。ええ……。そんなばかな……。
「その子供が誰かを特定したりは?」
「どうも今日来ていた子供のうち3人が、俺たちと同じ年頃のピンクの髪の少女だったらしくてな。さらに諸々の事情から特定が難しく、そのため、しかたないから本日の出席者に対しては全員に厳重注意の厳しい通達があったそうだ」
そういってアルベルトは深い息を吐いた。だいぶお疲れのようである。私もため息を吐いた。
「ではアルベルト様のお怪我はどう説明するんでしょうか?」
「これは俺の魔力が暴発して扉を吹き飛ばした余波でできた傷だと」
「そんな……」
「おかげで第二皇妃が張り切っているよ。皇太子は魔力制御も出来ないやつだとな」
苦々しい顔で言われた言葉を受けて、私の頭の中で、張り切ってネガキャンに勤しむ第二皇妃の姿が再生された。うわー、確かに今頃めちゃくちゃやってそうだよ。あとハイレイン。テディベア振り回して異母兄の失態を嘲笑う腹黒王子の姿が目に浮かぶ。
しかしまだまだおかしいことだらけだ。
「まあでも公式見解、一応筋が通っているところがムカつきますね」
たしかにそういう理屈で納得出来なくもない。いや、納得できてしまうな。それにヒロインは私たちに物理的な攻撃は仕掛けてきていないわけだし。
……うん。そうなんだよね。精神的な攻撃なんて端から見ているだけではわからない。ということはつまり攻撃の証拠も残らないってことで……。
それによくよく考えてみれば、今回の不審者侵入の証拠(私たちの怪我とか割れたポットとか壊れたドアとか)はすべて私たち(9割私)の手によるものである。それを思うとなぁ。
「むしろ自作自演と言われなかっただけ上出来なのかしら?」
「いや、それはさすがにないとは思うが……」
私の呟きをアルベルトは否定しかけたが、途中で考え直したのか言葉を切った。
たしかに、さすがにそこまでのいちゃもんをつけれるほどアルベルトの権威は堕ちてないしねぇ。
「犯人候補の3人についてだが、現場では連絡ミスによって俺たちが怪我をしたとの情報が伝わっていなかったみたいでな」
「えー……」
その結果、厳重注意で済ませよう、ということになったのだと。
このタイミングで連絡ミスなんて、偶然にしてはできすぎなような気もするが……。
すると私の不可解そうな表情に気がついたのか、アルベルトが渋い顔をした。
「やはり何かあるんですね?」
「ああ。あり得ないくらい情報がまともにまわらなかった」
「といいますと?」
「まあ分かりやすいところでいうと俺たちの怪我の情報だろうな。まるで下手な伝言ゲームを見ている気分だったよ」
あんなに抜けている近衛は初めて見たぞ、とアルベルトが背もたれに身体をあずけて、はあーっと天を仰ぐ。お疲れの様子に私はコポコポとカップにお茶を注いでアルベルトに差し出した。今日は色々あったので気持ちを落ち着ける効果があるカモミールティーだ。
アルベルトはお礼を言ってカップを手にすると、お茶を口に含んでじんとした顔をした。沁みたのかな……。
そう思いながら私も自分の分のお茶をいれて口に含む。くーっ、冷え切った心に沁みるぜ!
「伝達ミスがミスを呼んでこのありさまだ」
アルベルトが肩をすくめた。なるほどなあ。ヒロインに都合の悪い箇所が抜け落ちた情報が伝わった結果、今回のことがなんとなくうやむやにされたのか。なんという闇のピタゴラスイッチ……。あまりにもヒロインに都合のよすぎる展開に度肝を抜かれた。
「理想としては今回のことで、皇太子と公爵令嬢暗殺未遂の犯人として牢屋に放り込んでやりたかったんだがな。まあそこまでとは言わなくても、不法侵入の前科をつけてやれば学園に入学出来なくできたんだが」
「そうですねぇ……」
まあでもな。ヒロインまだ子供だし、たまたま入り込めちゃったんですう、ごめんなさい、とかやれば、例え捕まっていたとしても釈放されそうな気も……。え? それはない?
まあたしかに。私たち怪我してるし、襲ってきたって証言もしてるし、そもそもたまたま警備をかいくぐれる子供なんて怪しすぎるし、型通りにいけば子供だからといって済まされるはずがないな。
私が頷くとアルベルトがふんと鼻を鳴らした。
「今時子供のスパイもいるしな。強制力がなければ今頃とっつかまえて前科をつける以上の事態にできたものを……」
「まあ強制力さえなければ相手は何の後ろ盾もない一般人ですからね。こちらでどうにでもできますしね」
けっ! 権力を乱用する気満々の私たちは、やさぐれた顔でため息をついた。
あれ? この会話、すごく悪役っぽくない? やだ。おぬしも悪よのう、なんて声が今にも聞こえてきそうだ。なんてこったい。
しかし敵に容赦はしない、やられる前にやる。これが基本だ。
甘っちょろいことを言っていたんではこの世界では生き残れない。ああ無情……。
私は心の中でそっとハンカチで目元を拭った。待っててね、ヒロイン。必ずあなたに勝って高笑いを聞かせてあげるから……。
「…………」
最近思考が悪役令嬢化している気がしなくもない公爵令嬢セリーナは、一瞬危機感を覚えたが気を取り直して婚約者と話の続きをすることにした。




