悪役令嬢は疲労する
「俺の予想が正しければ今がチャンスだ。うまくいけば追い払うことができるだろう」
アルベルトはそう言って冷静な表情で片手を上げる。そして
「お前のことはだいたいわかった。何が目的で今日この場に現れたのかは知らないが、まだ何かあるか?」
「は?なに、何かって」
「ないようだな。ならいい。それでは、そろそろご退場願おうか」
「はぁ? なに一人で納得してるわけ? アタシにはまだ聞きたいことがたくさん……っ!?」
ドゴォッ!!
ヒロインの言葉を遮って、アルベルトがかざした片手から槍状になった闇のようなものが飛び出して、部屋の扉をぶち抜いた。闇魔法だ!
パラパラと粉塵や木の端切れなどが飛んでくるのを、私は水の盾を出して防いだ。おっと危ない。
「誰かある!」
そして大声を張り上げたアルベルトになんとなくその意図を察した私は、きゃー! と悲鳴を上げる。誰かこーい! 強制力がない(たぶん)今なら誰か来るはず!
突然の破壊音と女性の悲鳴と皇太子の大声に、思ったとおり、騒然とする声や音が遠くから聞こえてきた。
鎧の音、騎士たちの声、メイドの悲鳴。空に魔法で赤い火花が打ち上げられるのが見える。風魔法を使う騎士たちが空を飛んでやってくるのも確認でき、窓に駆け寄って空を見上げ、また周りの音に耳を澄ませたヒロインはこの状況が極めて自分に不利であることを悟って顔をくしゃくしゃに歪めた。
「よくもやってくれたわね!」
「それはこっちの台詞よ」
私は周囲の喧騒を心地よく聞きながら、火傷によってじんじん痛む足に眉をひそめた。どちらかというとヒロイン、君より私達のほうが痛めつけられているんだ。精神的にも肉体的にもね。
「さて。どうする? このままだとお前はまず間違いなく捕まるわけだが」
「アルベルト様の言うとおりですわ。ほらほら、あまり時間はありませんわよ〜」
「この……っ!!」
ほらほら〜。えへへ、今どんな気持ち?
私は意地の悪い笑顔でニタニタ笑った。とても楽しい。あれ、私今悪役令嬢になってる? いやそんなことないよね。ここまでされれば悪役令嬢どころか心清らかな聖女だって仕返しに煽りたくなるはずだ。
私達に罵声を浴びせかけたヒロインは、だがしかし、そんな場合ではないと思い直したようだ。たしかに状況は刻一刻を争う。
アルベルトは騎士が来るまでヒロインに手出しをする気はなさそう。まあね、下手に私達が関わらないほうがいいよね。メインキャラである私達はヒロインにどんな影響を受けるのかまだ分かんないし。せっかくあの鬼のような強制力から逃れたんだもの。藪をつついて蛇を出す気はない。
そうこうしているうちにヒロインは心を決めたようだった。
「覚えてなよ! ちょっと、リラン! リラン、出番だっつーの、起きろ!」
血走った目で宙を睨みながら足をガツッと踏み鳴らしたヒロインはそう叫ぶと、次の瞬間その表情や所作がガラリと変わった。
ややボロッとした姿で厳しい視線を送る私達、周囲の喧騒、破壊された部屋。勝ち気な表情から混乱、怯えの表情へと変化したヒロイン……リランは青ざめて震えていた。
「あ、あなた一体何をしたの!? 私は……ひっ!」
そう口走りかけて、しかし途中で何かにひっぱたかれたかのようにビクッと体を震わせたリランはパニックになったように涙目になりながら、唐突に走り出しドアを通り抜けて脱兎のごとく逃走していった。
その直後、騎士たちが部屋に駆け込んでくる。そして私達のボロっとした姿を見て青ざめて息を呑んだあと、さっと私達を囲むように円を作り警戒態勢をとった。
「もう逃げた。ここは心配ない」
「殿下!フォークナイト公爵令嬢!ご無事で……。こ、このような事態をお招きしてしまったこと、ま、誠にもって申し開きのしようもなく……」
アルベルトの言葉に頷きはしたものの警戒は少しの間続け、周りに不審人物の気配もなかったことから警戒態勢をといた近衛騎士の部隊長が、今にも死にそうな顔で勢いよく頭を下げる。
それを遮り、アルベルトが告げた。
「いや、いい、事情は後で詳しく教えてくれ。その前に聞きたいことがある。ピンクの髪の少女は追っているか?」
ヒロインの行方を聞くと、その近衛騎士は戸惑った顔をする。
「は、ピンクの髪の少女……でございますか?」
「ああ。お前たちが来る直前にこの部屋から逃げていった。会わなかったのか?」
「いえ、そのような人物の姿は見かけておりません。また、現在別の部隊に周囲を捜索させておりますが、いまのところ赤髪の少女はおろか不審な人物は影も形もない次第でして……」
「赤髪?」
問い返したアルベルトに近衛騎士が、はい、と頷く。
「髪の色はピンクだ」
「大変失礼致しました。ピンクの髪の少女も同様に不審な人物は現在発見しておりませんが――」
近衛騎士の報告に私は目をパチクリさせる。アルベルトがこちらを見た。私も無言で彼を見上げた。ヒロイン恐るべし。一体どんな手を使ったのだろうか。
「――ただいまより大至急茶髪の少女の捜索に入らせていただきます!」
「ハワード。茶髪じゃない。ピンクだ」
「はっ……も、申し訳ございません! 大変失礼致しました」
エリート揃いの近衛騎士の部隊長がここまでミスを連発するとは……。
二回も重要な情報を聞き間違えた本人が一番戸惑った顔をしていたが、私の脳裏にはヒロインの姿がちらついた。なにかが起こっているのは間違いない。
それから夜まで、怒濤のごとく時は過ぎていった。目まぐるしい一日が過ぎて私は疲労でぐでっとしながらソファーに沈み込む。
流石に疲れた様子のアルベルトが前に座った。
遅くまで事後処理をしていた彼は大きく伸びをして骨をゴキッと鳴らす。お疲れ様。
「さて……状況をまとめようか。いや、それとも今夜はもう休むか?」
「いえ……」
気遣わしげな視線をよこすアルベルトに私は首を横に振る。気になりすぎて眠れるわけがない。何がどうなっていたのか教えてくれ、アルベルトよ。




