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悪役令嬢は婚約者に全てを丸投げする  作者: 上杉凛(地中海のマグロ)
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悪役令嬢の涙腺は崩壊する


ガシャンッ!!



床に落ちたポットが割れて中に入っていた熱湯が周りに飛び散り、ポットの落下点のすぐそばにいた私とアルベルトを熱湯が襲った。


「ぎゃあっ!!」


「ぐっ!」


ビチャッと液体が足にかかったと思ったら次の瞬間、激痛が走る。


あっつ!!あっつついいいいいい!!!いぎゃあああ!!熱い!熱い!死ぬ!!


私は左足を押さえてのたうち回りたくなるのを公爵令嬢の矜持と乙女のプライドとその他諸々にかけて我慢した。その代わりにうずくまってお湯がかかった箇所に魔法で作りだした冷たい水の玉を当てる。いぎゃあああ!痛い痛い痛い痛いー!!


「セリーナ、痛みだ……」


そこで、突然襲った痛みで頭がいっぱいだった私の耳に自分の名を呼ぶ声が入ってきた。涙目で顔を上げると、そこには顔をしかめてお湯がかかった左手を押さえながらもしっかりとした目で私を見るアルベルトが。ん?痛み?


その赤い瞳には見慣れた理知的な光が宿っていて……ん?私の名前を呼んだということはつまりアルベルトが……


と、そこまで考えた時、私はハッと今までの記憶を思い出した。痛みの混乱で色々と吹っ飛んでいたが、ついさっきまでの自分の行動や思考が思い出されて目が点になる。


え?何さっきまでの?え!は!?どうなってるんだ!?いつのまにかヤンデレというか重度のメンヘラ女に大変身していたらしい自分の行動が理解できない。こわ!怖すぎるだろ!一体何が起こった…!?


頭が混乱して考えが上手くまとまらないが、今わかっていることはとりあえず、手に熱湯がかかって私と同じく痛みに苦しむアルベルトの瞳が見慣れた光を取り戻しているということだ。



「アルベルト様…?」



アルベルトの名前を呟きながら、私は痛みに顔を歪めた。まてまて、落ち着け自分。まずは状況を整理しなければいけない。


ん??えっと、まて、えーっと、まずさっきこのヒロインとおぼしき少女が現れてイタタタその瞬間私たちの行動とアタタ思考がおかしくなって

アルベルトはヒロインと運命の恋人みたいに再会を果たして、それに異常に嫉妬した私は重度のメンヘラ女にイテテテテ大変身したということで、えーっと、それで……。


くっ、突然頭がクリアになった衝撃がすごいよ。混乱しすぎて痛みも感じている暇もないくらいだ。いや確かに熱々のポットから飛び出た熱湯が思いっきりかかった左足の痛みはヤバいのだけれども、我に返った衝撃にそれどころじゃないというかアタタタタ、うそうそ、嘘です。やっぱ痛いです、結構ガチめに痛いです!!


「えーっと…」


落ち着けセリーナ。いいか、昔のスパイは痛みを当然のものとして自己暗示することで受けいれて拷問に耐えた、みたいな嘘か真か分からない話があったでしょ?


そう、つまり貴女が今やるべきことは1つ、それは痛みを受けいれて無視して思考に集中するということで……いってててて、無理無理!そんな高等技術無理ー!

かーっ!やってらんねぇ!

私は内心痛みにのたうちまわりながらも頑張って思考を続けた。


アルベルトが叩き落としたポットが私たちの間で割れ、そこから飛び出てきたアッツアツのお湯が足にかかり神経を伝って激痛が脳に届いた瞬間、私の意識が元に戻ったという訳で……。


うん?そういえば今アルベルトが痛みとか言ってたな。ということはもしかして痛みを感じると意識が元に戻るってこ……


「アルベルトくん」


と、その時、衣擦れの音がしてヒロインがたおやかな微笑みを浮かべながらこちらに近づいてきた。



「私、あなたと再会出来て本当に嬉しい。あなたとの約束通り、あれから私は強くなったの!ずっと伝えたかったんだ」


「……っ!」


床に膝をついたアルベルトの前で立ち止まったヒロインは花が咲いたように笑う。


その声を耳にしたアルベルトの瞳が揺れる。私の目を見つめるその赤い瞳から急速に理性が薄れていく様子を感じて、私は咄嗟に足を引きずりながらも床を這ってアルベルトに近づき、その火傷をした患部を思いっきり鷲掴みにした。


「いっ…!」


「アルベルト様!」


「セリーナ、これは…」


火傷の部分をぎゅうっと掴まれたアルベルトは痛みに顔を歪め、それから少し我に返ったように私を見て、何かから逃れるように頭を数度振る。


と、その時、そんな彼の黒髪に白い手がそっと添えられ私たちの動きが止まった。


ぎこちない動きでアルベルトがその手の持ち主の方を振り仰ぎ、私も顔を上げて目の前の少女を見る。集まる私たちの視線などものともせずに、微笑みながらヒロインが告げた。



「アルベルトくん。あなたにずっと伝えたかった。ありがとうって。あの時あなたが助けてくれたから、今の私がここにいます」



「は……」



痛みを強くしようとしたのか、火傷したところを自分で強く掴みかけたアルベルトの手から力が抜けた。


聖母のように柔らかな微笑みを浮かべたヒロインが私たちを見下ろしている。


ヒロインを見つめるアルベルトの瞳から光が消え、そのまま彼は嬉しそうに満面の笑みで頷いた。


そしてそんなアルベルトを見た私の意識に再び何者かの強い意志が侵入してくるのを感じ、自我を失うことに恐怖した私は自分の火傷部分を引っぱたくことで我に返ることに成功いったあああああ!!!痛い!痛いよ!なんで私がこんな目に!!この世に神はいないのか!


あーもー!我に返れアルベルトー!


私はそう涙ぐみながらアルベルトの火傷部分を平手打ちした。


「いや、俺は何もしてない。君の人生が変わったのは君の頑張りによるものだ。頑張った自分を褒めてやれ」


え?


おい、待て。え、おい!こら!我に返ってよアルベルト!!


全く効果がなかった。え、何で?この程度の痛みじゃ効かないとかそういうこと?


1人正常な状態で異常な状況に取り残されて半ばパニックになった私は、立ち上がってヒロインの手を握り甘いセリフを吐き始めたアルベルトに痛みを与えることに必死になった。お願いだ、私をこの訳の分からない中で1人にしないでくれ!


唸れヒール攻撃!足の甲を抉られる痛みを味わえばいくらアルベルトだって元に戻るは……


「っ!?」



よ、避けられただと…。



***



この状況下で手に入れられた数少ない情報の中から判断すると、強制力には痛みが効くらしい。



「何もしてないなんてそんな……。アルベルトくんのおかげだよ!でも褒めてくれて嬉しいな、えへへ」


「当然だろう。俺はリランの背中を押しただけで頑張ったのは君だ。すごいのは君さ」


「……………………」


私は無表情でその会話を聞き流した。


ヒールはダメだ。足は敏捷性が高いから攻撃の対象としてはあまりよくない。すぐ避けられるだろう。



「本当…?」


「ああ。それにしても久しぶりだな。お互い随分と変わった」


「……………………」


私は死んだ魚の目でその会話を聞き流した。


あ、ならこの本はどうだろうか。本の角で脇腹を抉れば、さしもの頑丈なアルベルトといえど音を上げて元に戻るだろう。よーし、せーのっ、オルァ!!


バシッ。


死角から脇腹を狙って突き出された本はあっさりとアルベルトの手に受け止められた。あっ。


こちらを見もせずに食い止められた本はあっさりと手から奪われ、ポイッと部屋の隅に捨てられる。



「うん、そうだよね。何年ぶりだろ。お互い背も伸びたね!」


「ああ、それにリランは綺麗になった」


「え…?」


「お世辞じゃない、本当だ。長い髪もよく似合っている」


「……………………」


私の顔は歪んだが話は聞き流すことに成功した。


ところで本は効かなかった。次の武器を探して首をめぐらせた私の目に羽根ペンが入ったが、さすがにそれは攻撃に成功してしまった場合、アルベルトへの被害が甚大なのでやはりここは打撲程度で済ませられる鈍器がいいだろう。


つまり羽根ペンの横にあるインク瓶が良いということであり、よし、すまんアルベルト。次はこいつにする。


横から殴ると見せかけて上から…あっ!


「あ、髪。アルベルトくんがね、昔キレイだって言ってくれたから頑張って伸ばしたんだよ。……似合ってる?」


フェイントをかけた攻撃は失敗に終わった。だがしかし私は諦めない。


二人の世界に入ったアルベルトとヒロインに完全に無視されながら、私は泣きそうになりながらアルベルトに攻撃を仕掛けるという悲しい行為に没頭していた。


1発だ!1発でいいんだ!!悲鳴をあげるくらいの強さの痛みをアルベルトに…!!


「でぇいっ!」


だがしかしことごとく避けられる!攻撃を仕掛ける!避けられる!仕掛ける!避ける!避ける!避ける!避ける!


だーーっ!!運動神経どうなってんだ!


一通り攻撃し終わった私は手に持ったインク瓶を投げ捨てて荒い息を吐いた。こんちくしょう、一体全体どうなってるんだ!


本当にこの状況は異常だ。


そもそも熱々のお茶が私にかかった時に上げた悲鳴だったりポットが割れた音に誰も反応しないこと自体がおかしい。近衛や侍女は一体どこへ行ったのか。


そしてアルベルトだけが強制力にやられて私はやられていない理由はなんなのか。


最後に、これだけ暴れている女が間近にいるのいうのになぜこの2人は完膚無きまでの無視を貫けるのか。


え、だって、え、おかしくない!?ちょっとくらい反応しなさいよ!怖いじゃん!すごい怖いよ!自分が存在しないもののように感じてくるよ!

透明人間セリーナは心の中でそう喚いた。


じんじんと火傷の痛みが涙腺を刺激するのに堪える。さっき患部を引っぱたいてから、強制力の存在は感じない。大丈夫。私は正気を保っている。私は。しかし…………



「ああ、もちろんだとも。髪だけではない。君自身もとても美しいよ。いや、君の髪だからなおさら美しく思えるのかな……」


「え…っ、やだっ、アルベルトくん、そんなこと言って。で、でも…は、恥ずかしいけど……嬉しいな」


「っ!」


「どうしたの?」


「いや、大したことじゃないんだ。ただ…」


「ただ?」


「自分の無知が悔しくてね。美しい人を前にして美しいとしか言えない自分が」


「アウトオオオ!!」



私の羞恥心と涙腺と忍耐が崩壊した。


アルベルトォオォオッ!


お前それでもアルベルトなのかぁああ!


ちょっと!ねぇっ!やめてっ!お願いだからやめて!!誰だお前は!!!私のアルベルトを返せ!!

返してくれぇぇえ!!



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― 新着の感想 ―
[一言] 恐い恐い恐い恐い!!!ホラーですね!?
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