悪役令嬢は事実確認を行う
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「理由の1つは、メインキャラが全員思春期大爆発していることだと思います」
「よく出来ました」
メインキャラに強制力が強く働く三つの理由のうちの1つを答えた私をアルベルト教授がお褒め下さった。優等生セリーナは調子に乗った。わーいわーい。
うぷぷ、それにしてもノリがいいな皇太子。最近、初めに比べて気安い関係になってきた皇太子殿下は、今や私とささやかなコントもどきをしてくれるほど心をお許し下さっている。
まあそれは私もなんだけどね。普段は外面は良くして頑張ってるから人前でコントなんて出来ないんだけど、最近アルベルトにはそこの部分の猫をそろりと剥いで接することが出来るようになった。うっふふーん、仲良くなれて嬉しいな〜。
アルベルトがカチャリとカップをソーサーに戻して、やや疲れたように首をゴキリと回した。はーっと長い息を吐くとちらりと目を窓の方に向け、そしてパチリとその赤い瞳が瞬く。
「お、雪だな」
「あら?本当、雪ですわね!」
春に向かっているとはいえ、まだまだ寒い季節だ。アルベルトの言葉につられて窓の外を見たら、チラチラと粉雪が風に乗って舞っているのが目に入る。うわー!雪だー!!どおりで寒いはずだなぁ。
窓の外に、籠を持ったメイドが突然の雪に慌てたように、荷物を抱え直しながら早足になって去っていく姿が見えた。寒そうだなぁ。お疲れ様です。
対して、外に立っている警護の騎士は微動だにしない。だがその代わり、ある程度雪が頭に積もると彼の体が赤い燐光に薄く包まれて、しゅぅううぅ…、と蒸気が上がり、頭上の雪が消えた。
どうやら彼は火の属性の持ち主のようだ。魔法を使って熱を上げて雪を蒸発させているらしい。どんな魔力の使い方してんだ。はしたないぞ!おーっほほ!ゴホン、……彼とは仲良くなれそうだ。
くるくると白い雪が灰色の空を舞い踊る。私たちは室内でしばらくそれを無言で見ていた。途中、メイドが許可を得て部屋に入ってきて、部屋にいくつか置いてある火の魔石に魔力を注いでいく。
魔力を多めに注がれた火の魔石はポッと軽い音を出すと出力を上げて稼働を始めた。石の中でぐるりと赤い魔力が渦巻いて、それが熱となって部屋に発散される。室内の温度が上がるのもすぐだろう。ありがとう、メイドさん。寒いなって思ってたとこなの。
雪を見て、綺麗だなー、と思うのと同時に寒さを一際強く感じた私は、メイドさんがそれまで机の上にあったものと、新たに持ってきた温かいポットとカップを取り替えて退出するのと同時に部屋に置かれた火の魔石(大)を、無属性の魔法で動かしてこっそり自分に近付けた。うーん、お行儀が悪い。
皇太子殿下の前で密かに不作法を働く私。
と、次の瞬間アルベルトの目がちらりと魔石に向けられた。ひっ!
……こそこそやったつもりだったが、どうやら魔力が動く気配でバレたようだ。
だがそんな私を咎めることなく、アルベルトは何も言わずに先程のメイドさんが取り替えてくれた温かいポットとカップを手に取り、2人分のお茶を注いでくれた。あ、ごめんなさい。言ってくれれば私がやったのに。ありがとう!!
私たちは背中を丸めて暖かいお茶をすすり体を温めた。やばい。なにこの老夫婦の雰囲気。若さはどこにいったんだろう。
ほぅっと息をついたアルベルトが少し眠そうに小さく欠伸を噛み殺す。そしてカップを置いて資料を手に取り、ソファーに身を深く沈めながら中断していた話を再開した。
「よし……。まず大前提として、メインキャラにはそのままいけばゲームの性格になるだろう環境が用意されている、というのをおいておくぞ」
「はい」
えー、もう休憩は終わり??私は少し唇を尖らせつつも、大人しく頷いた。うんうん。そうだよね。
たしかにアルベルトも、私という異分子が介入しなければ、状況によってはもしかしたらゲームの性格になっていたかもしれない。環境というのは案外バカにできないものである。
私も前世の人格を死に物狂いで調伏してその記憶を手に入れていなかったら、ゲームのセリーナになっていたかもしれない。
まあ私に本来ならどんなイベントが待ち受けていたのかは分からないが、とりあえずアルベルトにベタ惚れした挙句恋敵には容赦しない苛烈な性格に成長していたのかも。
教師は……、なんだっけな。あ、そうそう。
私は綺麗に整理された紙の束から教師のとこを引っこ抜いた。お、あった。
えーっと、教師は……既に手遅れだそうで。
なぜならここ半年の間でのアルベルトの調査の結果、革新的な理論が云々言ってるダメダメ若手教師が学園で発見されたからだそう。時すでに遅し。
というか今教師25くらいでしょ?この若さで既にその理論を発見してるとは思わなかった。くっ、チートすぎるぜ。いやそれにしてもなんでコイツは教免を取る道を選んだのだろうか……。研究所いけ研究所。
コイツに関しても何らかの対策をおいおい立てなければならないが、正直勤務態度とかに文句つけて研究所への紹介状を渡してクビにすればいいような気がするよね。
まあアルベルトの立場で突然学園の人事に首を突っ込むのもおかしいし、そこんとこの調整が難しいんだよなぁ。首を突っ込むには理由作りが必要だ。
そして、えーっと、そう。例の伯爵令息は今探しているところだけど、事件が発生して彼が伊達メガネに走ったのはそこそこ幼い頃だったはずなので、もしかしたら既に詩人にジョブチェンジした後かもしれないが、年齢が年齢だけにまだ矯正できる余地はあるだろう、というのがアルベルトの見立てだ。
ふぅ。
事実を確認し終わったので、引っこ抜いた紙を元通りの位置に戻して、私は小さく息を吐いた。
「つまり俺たちは非常に思春期をこじらせやすい環境にあるというわけだ」
「そうですね…。拗らせるとヒロインに誑かされやすくなりますし、色んな意味でゲームの状況に近づくと……」
「ああ、そうだな。そして2つ目。メインキャラは主人公補正をより強く受けるのではないかと推測できる」
「メインキャラというだけで、一般人に比べてヒロインの魅了に深くかかるということですね?」
「そうだな。深く魅了されている状態の拗らせた男にヒロインがゲームの中でのセリフを囁くと……」
そこでアルベルトが言葉を切り、顔を見合せた私達はガタガタ震えた。ヒィイイッ!恐ろしいっ!バ〇スだバ〇ス!滅びの呪文ヒロインverだ!
恐ろしい事実に、再び寒さを感じた私は更に火の魔石を魔力で引き寄せ、アルベルトはこめかみをぐりぐりと指で揉みほぐしながら再び欠伸を噛み殺す。どうやら大分お疲れのようである。大丈夫?ちゃんと寝てる?睡眠は大事だよ。
そう案じる私に、大丈夫だ、ありがとう。と言って、アルベルトは姿勢を正した。
「そして最後、3つ目の理由は物語の流れに沿うように行動を強制する力が働く可能性だな」
うん?それはつまりシナリオ強制力ということ?最後の理由に私が首を傾げて問い返すと、アルベルトが私の問いを肯定する。うーん。そうか。それはまた厄介な……。
要するに、意志に反して体が動く可能性ってことでしょ?え、こわ。怖くね?どうすればいいの?女神に祈るしかないのか?前回のことを鑑みるに、あの女神、お布施を弾めば祈りを聞き届けてくれるかもしれん。なんたって守銭奴だからね!
ガツッ!
イダッ、手がぁっ!小指をテーブルの角にぶつけた!痛い!
バチだ!バチが当たった!ごめんなさい女神様!もう言いません!
不敬なことを思った瞬間テーブルの角に右手の小指をぶつけた私は、少し涙目になりながらもなんとか痛みをこらえて平然を装った。けっ、なんて心の狭い女神だ。前言撤回。お布施はやめよう。