悪役令嬢はヒロインの生態について分析する
「ヒロインの名前はリラン・ホーリン。皇都城下町の菓子屋の一人娘で、現在は店の手伝いをしながらプチハーレムを築いているそうだ」
急いで向かった皇城で、部屋に入るとアルベルトが開口一番そう言った。そして最後に何を言ったのか分からなかった。え?なに?プチハーレム?
目を点にする私にアルベルトが、まあ座れ、と椅子を示したので大人しく従って腰を下ろす。
半年ぶりに会うアルベルトは、また背が伸びて顔立ちに精悍さが増し更にかっこよくなっていて、それを見た私の心臓が跳ねた気がしたが、そんなものが全て吹っ飛ぶくらいの発言が聞こえた気がしたのでドキドキするのは後回しにしよう。うん。
「あの、何を築いていると……?」
「プチハーレムだ」
私が恐る恐る問うとアルベルトが重々しく言い切り、その場をなんともいえない沈黙が支配する。え。
「つまり周囲の同年代の男という男を誑かしているということだ。ヒロインが移動するとそれを囲む男の輪も移動する。こんな光景を近隣住民が茶化してプチハーレムと名付けたらしい」
「ええぇ……。一体何がどうなってそんな事態に……?」
アルベルトがそう言いながら紙を持った手をヒラヒラさせて鼻で笑い、私は目をパチパチさせながらそう問いかけた。
その問いにアルベルトが手元にあるやや厚い紙の束をガサガサする。どうやらそれがヒロインの調査書のようだ。沢山あるなぁ。ヒロイン発見から今までのこの短期間でもうそこまで資料があるとは。さすがだ。
「どうやらヒロインは思春期を拗らせた男にモテるらしい。そしてそうじゃない男には蛇蝎の如く嫌われているようだな」
数秒後、目的の紙を見つけだしたアルベルトから答えがあった。ふーん。そうなのか。そこはゲームと同じだね。一部の人からは熱狂的に支持されるけど、嫌いな人はとことん嫌いという。そんなタイプだ。うーん、これだけ聞くとヒロインはゲームと性格がほぼ変わらないな。私やアルベルトはゲームとはやや違うのに。
……これはどうなんだろう。ヒロインは転生者かな?違うかな?転生者がゲームのヒロインぶってるだけ?
精神はどんな状態なんだろう。私みたいにこの世界の人格が勝った?それとも前世が勝った?
まあそれは後々わかるだろう。それにしても思春期か……。
「思春期……。ああ!たしかにゲームの、誰も僕を理解してくれないんだ!って言ってる教師も、俺なんて誰にも愛されてない、孤独だ!って言ってるアルベルト様も、全力で思春期拗らせてますものね!!」
「………………」
ドスッ!ゲームでの彼の醜態を無邪気に口にした私に、アルベルトが苦虫を噛み潰したような顔をした。言葉の矢が刺さってしまったようだ。すまない。悪気はなかったんだ。
本当のアルベルトはそんなんじゃないって私は知ってるって。ね?ね?元気だしてよ~。
私はアルベルトのカップにこぽこぽとお茶を注いだ。許してくりゃれ。
「……ゴホン。まあ例えばだ。ハーレム会員第1号は近所の貧乏な大家族の長男、ウィリアム・マイヤー、15歳。コイツは働き詰めで忙しい両親の代わりに、幼い弟妹の世話や家事に精を出していた近所でも評判の少年だったが、ヒロインと出会ってから豹変した」
「待ってください。当ててみせましょう」
私はそう言って、続きを言おうとしたアルベルトを遮った。うっふふーん、だいたい予想はつくぞ。ゲームのヒロインが言いそうなことでしょ?
「『貴方だけが苦労するなんておかしいよ!家族の世話で自分の時間も満足に取れないなんて……。確かに家族は大事だよ?でもだからといって貴方だけが犠牲になるなんて、そんなことは間違ってるわ!』
みたいな。どうでしょう!?」
「よく分かったな、その通りだ。付け加えると、『皆貴方のありがたみを分かってない。あなたが家のことを、家族の世話をするのを当たり前だと思ってるんだよ!自分では気づけないかもしれないけど、これはれっきとした虐待だと思う』と力説し、それに納得したマイヤーは家庭での全ての自分の役割を放棄。ヒロインの小間使いへと変身した」
「虐待ねぇ。アルベルト様。実際のところはどうなんですか?」
私の予想は見事にあたった。うふふ、予言者セリーナ様の再来だ。それにしても虐待かぁ。まあヒロインの言う通りの家庭環境なんだったらあれだけど、おそらく……
そう聞くと、アルベルトは手に持った資料をはらりとめくって目を走らせた。相変わらず読むスピードが早い。
「別に彼一人で全ての家事や世話をしていた訳では無いな。1つ年下の妹と分担してやっていたようだ。まあ、それでも大変だし、やはり長男ということでなにかと頼られてはいたらしいが。ちなみにマイヤーがヒロイン軍団の一員になったため、今はその妹が四苦八苦しながら全ての仕事を行っている」
「妹さん、お可哀想に……」
私の同情の言葉に頷いたアルベルトが、そこでふと首を傾げた。
「15歳か。反抗期真っ只中だな。虐待とまではいかないにしてもかなり大変だろうから、ヒロインの言葉で忍耐が弾けたんじゃないか?しかしまあ、それにしても一切の仕事を放棄、それに加えて妹に文句を言われても泣かれても、リランの悪口を言うな!と的はずれなことを怒鳴り返す始末。とにかくヒロインを間接的にも直接的にも批判されると怒るそうなんだが……」
「……それはあまりにも豹変しすぎなのでは?強制力……?」
「……その可能性もあるな。いやでもな。強制力というのは俺たちメインキャラにしか効かないんじゃなかったか?」
いやぁ、基本的にはそうだとは思うんだけど、やっぱり主人公だからねぇ。何かあるんじゃないかな?
確か前世にこんな言葉があったはずだし。
「うーん、主人公補正とかがあるんじゃないですかね?主人公、つまりヒロインは一般の子と比べて全てが魅力的に見えるのでは?例えばさっきのヒロインの、マイヤーさんにかけた言葉もですけど、あのセリフを“ ヒロインが ” 言ったからマイヤーさんもここまで影響を受けたとか…」
そう。例えば、ウィリアム・マイヤー某に私が、「それ虐待じゃね!?」と言ったらマイヤーは「僕の両親をバカにするな!」とキレるけど、
同じことをヒロインが言うと主人公補正が働いて、「確かにそうだ!リランちゃん最高マイエンジェル」とかお花畑なことを思う、ということなんじゃないかなー、って思うんだけどな。
「主人公補正?ああ、物語の主人公に働く補正というわけか。他の登場人物より優遇された存在に働く力、主人公にとって都合のいい力と、そういう意味か?まあ確かにありそうだな」
「前世にそのような言葉がありましたので。おそらくこの世界のヒロインにも適用されるのではないかと。特にここは乙女ゲームの世界ですので、……そうですね、例えば他の人よりずば抜けて可愛く見えたりだとか……」
「厄介だな。要するに恋愛ゲームの主人公だから魅了することに特化した力が働いているかもしれないということだろう。しかもその魅了が働くのは見た目だけじゃないということか。ヒロインがやること為すこと全てが魅力的に見えるという訳だな。特に…」
「ええ。特に思春期を拗らせた男性に魅了が効くんじゃないでしょうか。やはりどんな人間にも向き不向きがあると言いますか、ヒロインにも得意な男性の分野があるのでは」
「まあそうだろうな。さすがに全ての男を惹き付けるわけではないだろう」
アルベルトが納得顔で頷き、私は自分の予想が良い線をいっていたことに安堵しながら今言ったことをメモした。ちなみにメモをするのは私の役目で、メモ書きを整理してまとめて清書するのはアルベルトの役目である。あ、清書に関しては、アルベルトにまとめ方とか書く順序とかの指示をもらって私も手伝うけど。
まあそれはともかくとして、おそらく思春期拗らせちゃった系男子に効きそうなセリフ、例えばマイヤーにかけたようなセリフ、ゲームの中のヒロインが言いそうなセリフを、“ ヒロインが ” 言うことで主人公補正が働く、ということなのかな?
じゃあ何か、もともと主人公補正で一般の子よりかなり可愛く見えるヒロインにそういうセリフを言われると、主人公補正が二重に働いてヒロイン教の狂信者に堕ちるということか?
怖っっ!ヒロイン怖っ!!特定の男に近づいてある種の言葉をかけるだけで自分の狂信者を作り出す。……新手のゾンビのようだ。なんて恐ろしい!!
私は新たに判明した事実(まあまだ推測の段階ではあるけど)にガクガク震えた。




