皇太子殿下は検証する
話を聞き終えたアルベルトは、さすがに懐疑的な表情をしていた。まあそうなるだろう。
私だって、「僕、前世の記憶があるんです!この世界ってゲームの世界なんだよ!」と意気揚々と告げられても反応に困る。むしろ精神を疑う。「君の病は中二病だ!」とエセ診断を告げることしか出来ない。
黙って彼の反応を伺っていると、何事か考え込んでいたアルベルトが、5分ほどたってようやく口を開いた。
「お前には前世の記憶がある」
「はい」
話を整理するように呟く彼に、素直に頷いた。話を聞いてくれただけでもありがたい。即座に精神病院に突っ込まれてもおかしくなかったわけだし。
「そしてここは乙女ゲームとやらの世界で俺達はその登場人物だと」
「ええ、そうです」
うーん、と唸って彼はくしゃりと髪をかきまぜた。眉間に深いシワが寄る。跡つくからやめなさい!眉間にシワ固定の婚約者とか私は嫌だよ!
「到底信じがたい話だが……嘘にしてはやけに話が詳細だな。まるっきり嘘とも思えないが、頭から信じるわけにもいかない」
「はい」
どうやら理性的にこの話を検討してくれているらしい皇太子殿下は思考の海に沈んでいる。
アルベルトはそれから私に乙女ゲームについて質問してきて、それに私はなるべく詳細に答えた。
私の答えを聞いている彼はうっすらと笑みを浮かべて頬杖をつき、更に考え込む。
「矛盾点はないな。設定が詳しい上に理にかなっていて、同じものを2度聞いても、同じ内容をさらに詳しく説明することが出来ている。たいがい、子供の妄想話は突っ込んだ話を聞くとしどろもどろになって矛盾だらけになるものだが、それもない」
1人で囁くようにつぶやくアルベルトに、私に返事を求めている様子はなかったので黙って聞いていた。いや、子供の妄想話って。お前も子供だろ!しかも私たち同い年だし!
どうやら彼の精神年齢はかなり上のようだ。と、同時にかなり真剣だ。ありがとう。まともに取り合ってくれて。
私が緊張しながら彼を見守っていると、おおかた結論が出たのか、アルベルトが少し声を大きくした。
「仮に嘘だとしよう。だがこんな話をして信じさせるメリットはない。逆にデメリットしかないな。俺に精神病院に突っ込まれるかもしれないし」
「ええ、そうです」
今度は私に話しかけている雰囲気があったので、きちんとそれに答える。そう、その通りだ。
アルベルトの瞳に面白そうな光が浮かんでいる。
よし。食いついたな。公式のキャラ紹介のところに、アルベルトは天才で、なんでも出来てしまうからこそ常に自分を楽しませるものを好む。と書いてあったような気がしたのは間違いなさそうだ。私の記憶が確かでよかった。
「今のところ考えられる可能性としては大きくわけて2つ。1つはお前の頭がおかしくなっているか何かで、この話はただの妄想という可能性。もう1つは、」
そこまで言って、彼は一旦言葉をとめて私を見た。
「お前の言っていることが本当であり、ここがゲームの中の世界という可能性だ」
そこでだ。
と、アルベルトが足を組み直して私に鋭い視線をむける。なにもかもを見透かすかのような赤い瞳に、私は無意識に息をとめた。
「俺は今、数ある可能性の中からありえそうで面白そうなふたつを選んだ。」
「はい」
ありえそうで面白そう?私の頭がおかしい可能性って面白いの?面白くないよバカ!心の中で文句を言う間にも話はどんどん進んでいく。
「この2つからどちらか1つを選ぶにはまだ判断材料が足りない。お前、さっき証拠があると言っていたな?見せてみろ」
「はい。いえ、その、見せるものでは無いので、お聞きください」
大丈夫だ。頑張れ私。光が見えてきたぞ。ここでアルベルトを私の味方に引き込んでしまえる可能性がでてきたからには全力で頑張らねば。よし、おちつけ。
大きく息を吸って、吐いて、私は顔を上げてアルベルトを見つめ返した。
「これから話すことは、乙女ゲームの中にでてきた、あなたの過去です。殿下。あなたしか知らないはずの出来事。私が知っている、ということは、私の話が本当だということです」
「話してみろ」
ニヤリと笑う彼に、まあ、大した話でもないんですけど、と前置きをしておく。
「5年前の春、殿下は中庭の生垣の間に小さな抜け道を発見しました」
その言葉を聞いた瞬間、アルベルトが目を見張る。その反応に気を良くして私は話を続けた。聞くがいい。自分の小さな青春話をな!
「その道は城の外まで続いていて、そこを通った殿下は城下町に出ました。ちなみにその道は過去に存在した、現在はほぼ塞がれている王族用の抜け道で、手違いでまだ塞がれていなかった道です。
当然整備もなにもされていない小道ですから、殿下は顔や腕に沢山すり傷を負いました。
城下町に出た殿下は近所の子にからかわれていた桃色の髪の女の子と出会い、かばいます。そしてその子によって怪我を治してもらい、1日遊ぶのです。
捜索隊に発見されて城へと連れ戻されるとき、殿下はその女の子にこう言ったはずです。
いじめられたら反撃しろ。お前は賢くて強いから、あと少しだけ勇気を出せばあんな奴らは撃退できる。それでもダメだったら俺に言え。必ず守ってやるから。
……と、まあ、そんな感じの内容のことを言ったはずです。申し訳ありません、一言一句覚えている訳ではありませんので」
「…………………………」
話し終わって顔色を伺うと、アルベルトは驚きを顔に浮かべていた。これは、乙女ゲームの過去話。ヒロインとアルベルトが、実は昔にあったことがあったー、みたいな話である。
幼馴染みが大興奮で話していたため覚えていた。ありがとう幼馴染み。君がいなかったら精神病院行きだったかも。
「……確かに、そんな感じのことは言った覚えがあるし、今のお前の話は全て事実だ。ふーん、そうか。たしかにな。その話は俺しか知らないはずだしな」
手応えあり。よっしゃ!密かに拳をにぎりしめる私にアルベルトは容赦なく話を進める。
「それで、もうひとつの証拠は?」
「殿下の魔力属性は闇でしょう」
ずばり!闇!である!
私達はまだ魔力属性を測っていない。属性を測る儀式は今年の10月にあるから、まだだ。未来予知っ!預言者セリーナ様の誕生である。
「ほぉ?闇、か。面白い」
だが、王族としてはあまりいただけない属性を予言されてもアルベルトはにんまり笑っただけだった。
闇は魔族に多い属性といわれ、あまりいい顔をされないんだけど……、反応薄っ!やっぱ信じてないだろ!
「半年後、本当に俺が闇属性だったら完璧に信じてやる。だが、俺としては今仮の結論を出しておきたい。そこでだ、フォークナイト嬢。俺にお前に協力するメリットを言ってみろ」
メリットときたか!また難問を!!なんだお前は!面接官か!?いや、真剣に対処してくれてありがたいけどさぁ、今の私は受験生か就活生の心持ちである。
そしてさっきからこの男、非常に論理的だ。あんたほんとに10歳なの?中身におっさん入ってんじゃない?と、毒づいたが、中身に大人が入っているのは私の方だった。と、ブーメランをくらったところで真剣に考える。メリット?メリットねぇ。
うーん、一つだけ思いついたものはあるけど……。ほんとにこれでいいのか?
ええい、ままよ!とヤケクソで私は口を開いた。