表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢は婚約者に全てを丸投げする  作者: 上杉凛(地中海のマグロ)
29/71

悪役令嬢は腹の虫を満足させる



「ちなみに」


「はい」



無闇に鳴くな馬鹿野郎と腹の虫に教育的指導をしていた私に、アルベルトがそう言いながら手を伸ばして私の側に置いてあった紙を取り上げる。



「この心は?」


「え」



一言、何気なくそう言ったアルベルトがステーキの描かれた紙をひらりと振り、カップをソーサーに戻そうとしていた私の手がピタリと止まった。……え。


ドキリとした心を落ち着かせながら、私はそっと目をそらす。なにそれ、どういう意味?…まさかバレたのか?私が内心思ってたことがバレたのか?………いや、まさかな……。

固まった手をぎこちなく動かしてコトリとカップを下ろした私は、空いた手で肩にかかった髪を意味もなく払い、チラッと目を上げてアルベルトの顔を窺った。


「…………」


「…………」



バチッとあった赤い瞳が面白そうな光を浮かべている。うぐ…っ!私は私の内なる欲望が完全に見破られていることを悟った。えー、そんなに分かりやすかったかなあ。ちっ……アルベルトの洞察力が鋭すぎる!…だがバレてるのなら仕方ない。潔く白状しよう。



「死ぬほどお腹がすきました。ステーキが食べたいです」



「やっぱりな、そんなとこだろうと思ったんだ」



私は観念して白旗をバサバサ振り、正直に胸の内を晒した。

ええ、ええ、そうですとも。どうせ私は食欲旺盛ですよーだ!婚約者との食事に肉厚ステーキを希望する令嬢はなかなかいないのではないだろうか……。

いや別にいいけどさ。ふんっ、いいんだけどね。だってそれが私だし!でもなんかこう、恥ずかしいっていうかなんていうか!


一応私にも、少食でか弱くてほわんとした雰囲気の…そう、砂糖とスパイスと素敵な何かで出来てるような女の子に対する憧れのようなものはあるのだよ。まあ残念ながら私は砂糖なんて甘いものでは出来ちゃいないけど。




羞恥からいたたまれない顔をする私に、アルベルトが笑った。





◆❖◇◇❖◆



どうやら描いた絵は私の願望を表していたことに、はなから気づいていたらしいアルベルトは、羞恥に内心身悶えする私をよそに、そろそろ昼にしようか、と、涼しい顔で食事をする部屋へと私をいざなった。クールですね…。


さっきまで私たちがいた部屋より少し大きめの部屋に入ると、ほっそりとした優雅なマホガニーのテーブルの上にはもう既にカトラリーやグラスが用意されていて、更には部屋の隅の方に給仕係が静かな笑みを浮かべて立っていた。あ、どうも。お疲れ様です。


それにしても、この部屋はなんだか全体的にアンティークな印象だなぁ。それに、他と比べて置物とか装飾とかが多い気がしなくもない。私はさっと部屋全体に目を走らせた。


カチコチと静かな音を立てる柱時計なんかも洒落た作りだし、…って、あ、これもマホガニーだ。うん、いいよねマホガニー。赤みを帯びた木肌が美しいし、光の加減で輝くように見える縞模様がとても綺麗だし。やっぱり、いいなぁ。私の部屋にもひとつマホガニーの家具が欲しくなってきた。今度お父様におねだりしてみよう。それか家のどっかからパクってこようかな……。仮にも公爵家、使ってないマホガニーの家具なんか探せばどこかにあるはずだ。うけけ。


私は密かに強奪計画を立てながら、席についた。ちなみに椅子もマホガニーだった。透かし彫りが入っていて、上品だけど可愛くていい。



「素敵なお部屋ですね。自然の温もりが感じられてなんだか落ち着きますわ」



目の前のグラスに優雅な手つきで注がれる飲み物から目を離して、部屋の向こうの棚の上に置かれたボトルシップを眺めながら私はそう感想を漏らした。それにしてもボトルシップかぁ。これ、いつ見てもすごい。ほんと、どうやってるんだろう。



「そうか?その言葉を聞いたら母上が喜びそうだな」


「あら、このお部屋は皇后様がコーディネートを?」


「ああ、去年な。一部屋任せたら張り切って模様替えをしていた。母上曰く、俺の区画は少々殺風景らしい」



穏やかに苦笑して言うアルベルトに私もふふっと笑った。まあ確かに城の他の部分と比べると飾り気は無いかもしれないけど。



あ、これ美味しい。うーん、葡萄の香りがすごくて味が濃厚だ。私はグラスに手を伸ばして1口、飲み物を口にした。心配ご無用、これはただのブドウジュースである。いや、ただのではないな。おそらく品評会とかで賞をとったような葡萄のジュースだ。うーん、おいしいっ!



食前酒ならぬジュースが注がれて、私の待ちに待った昼食がスタートした。






「そういえばアルベルト様。ボトルシップの作り方をご存知ですか?」



「ああ、知っているが。どうした?」




前菜を食べながらふとそう思い、聞いてみるとアルベルトが少し不思議そうな顔をした。


あ、ボトルシップとは何かって?名前の通りだ。帆船……帆を広げた船の見事な模型が、それよりも小さな口を持つ瓶の中に入っている工芸品である。


なんか、いいよねぇ。ロマンがある。瓶の中に水を入れて少し浮かべて太陽の光に透かしてみたいなー、なんて。まあそんなことしたら中の木が腐ってしまうかな。



「あそこの棚に飾ってあるのを見て思いました。本当、いつ見ても凄いですよね。どうやって船を中に入れているんだか……」



「不可能ボトルの1種だな。パズル的な要素があって、完成したものを見るのも自分で作るのも面白い。カードが入ったのもいいが、やはり俺は船の方が好きだな。ロマンがあっていい」



「分かりますわ!船はいいですよね!見ているだけで想像が広がりますし。…ところで不可能ボトルってなんですか?カード?」



「明らかにそのボトルの口から入らない物体が中に入っているボトルのことだ。カードは……口で言うより実物を見せた方が早いな。後で持ってこよう。楽しみにしていてくれ」



「まあ、ありがとうございます」



……ところでボトルシップの話になった途端アルベルトの目が輝いた気がするんだけど、気のせいかな?心なしか楽しそうである。不可能ボトル好きなのかな。後で聞いてみよう。




「まあ、今はそれより先に、」



考え込む私にアルベルトがにやっと笑った。え?


アルベルトに促された給仕係が洗練された動きで空いた皿を下げる。そして次にコトリと私の前に置かれたお皿には宝物が乗っていた。



「〜〜っ!!」



「存分に楽しんでくれ」



楽しそうに笑うアルベルトをよそに私は目の前にドデンと鎮座する、こんがりと焼かれた美しい肉の塊に息を飲んだ。


うわぁああっ!ステーキ!ステーキだ!やったあ!!



そっと息を吸うと、香ばしい匂いが鼻をくすぐる。ああ…っ!いただきまぁっすっ!!




**




「ふぅ…………」




牛肉をマナーが許す範囲で目一杯頬張り、出来うる限り(マナー的に)のスピードで肉を全て胃に収めた私は、大いに満足して小さく息を吐く。


ステーキは最高の出来であった。分厚いのに柔らかく、噛むと口の中で肉汁があふれ出すその柔らかさと舌触りはもうまさに感動そのもの!思わず食レポみたいなことを心の中で呟いてしまうくらい非の打ち所がなかった。あー、幸せっ!


それにしても。涼しい顔でグラスを傾けるアルベルトを私はチラ見した。


カッコいいな、おい。私の願望をいち早く察知して実現してくれたという事実に心がざわざわする。なんだか照れくさい…が、それと同じくらい嬉しい。

私は丁重にお礼を言った。アルベルトは気にするなとさらりと流した。クールですね……。あれ、この台詞、なんかデジャヴ。


しかし考えてみればこれはアレじゃない?その、ほら。よく恋愛小説とかにあるやつ。女子が欲しそうにしてたものをスマートに用意してくれるかっこいい男子。つまり、世間で言うところのキュンキュンシーン。

そして実際に私は今きゅんときているわけだが、なぜこんないい場面なのに甘い雰囲気の欠けらも無いのだろうか。


軽く首を捻りながらそっと視線をやると、アルベルトはちょうど付け合せの野菜を優雅に口に入れたところだった。うーむ。違うな。原因は、野菜を食べているだけなのに無駄にイケメンなアルベルトではない。



「………ああ、そっか」



「ん?」



「あ、いえ。お気になさらず」




グラスをテーブルに戻した私の目に、食べ終わったステーキのお皿が飛び込んできた。そうか、なるほど。



……まあ。うん。原因は肉だな……。



どうやら原因は肉という女子力の欠けらも無いものを欲しがった私だったようだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ