悪役令嬢は説明する
「今の私は今世、セリーナ・フォークナイトの人格ですよ。まあ、前世の人格が少し混ざったりはしているのかもしれませんが」
私はズバリ答えた。アルベルトがもっと詳しく知りたそうな顔をしたので聞かれる前に付け加える。
「前世を思い出した時、と便宜上そう言ってはいますが、実際は前世の記憶と共に前世の人格が私の頭に入り込んできたんです。まあなにせ相手は17年間生きた人格ですし、私よりも強かったので一時は体を乗っ取られかけたのですが、死闘の末なんとか私が勝ちました」
そう。あれは激しい…とても激しい戦いだった。前世の記憶を引っさげた侵略者が私の頭に入ってきてから、三日三晩は熾烈な争いを繰り広げ、死力を尽くして侵略者をボコボコにして私の中に大部分を取り込んだあと、取り込みきれなかった部分を最後の力を振り絞って心の奥底に沈めたのだ。
イメージ的には心の最下層に作った厳重な牢屋の中にぶち込んで閉じ込めたという感じである。
そして人格争いで勝ったのは私なので、侵略者が持ってた記憶とか諸々は私の自由にできる。まあ、とはいえその記憶は厳密には、私の記憶では無いので、なんというか……薄いのだが。
例えて言うなら、前世の記憶は映画を見ている感じ。現実感がないというか、一歩引いた視点から見ているというか。それに対して今世の記憶は……うーん、VR?みたいな?自分がその映画の中に入ってる感じというか。説明が難しいな。
「えいが?ぶいあーる?」
「えぇっとですね、もっと分かりやすくいうなら……、動物園があるとしましょう!」
「動物園?」
「はい。そして殿下はその檻の前に立っていて、動物を……そう、例えばカバを見ているとします」
「ああ」
「カバが餌を食べるワンシーンを、思い出したい記憶だと思ってください。すると、前世の記憶は、檻の外からカバが餌を食べているのを観察している感じ、そして今世の記憶は、自分がカバになって餌を食べている感じなんです」
「ああ……まあ…、なんとなく感じは伝わってきたが……」
アルベルトが難しい顔をした。でぇえええい!!説明が難しいよおおお!こんなの感覚の話だし、こんな経験は誰もしたことがないから理解するのは難しいのだろう。私だって全てを説明しきれたわけじゃないし。
映画を見ている感じといったって、映画では主人公の感情とかわかんないけど、前世記憶の映画ではきちんとその時の気持ちも分かったりする。でも現実感はない。ちょっと違うけどモノローグみたいな感じで伝わってくるので。
「前世の家族を思い出しても会いたいとは思わないしその人たちが家族という感覚もない、といったところでしょうか……。ま、まあ、いいんです。なんとなく感覚が伝わっていればそれで十分だと思いますわ」
「そうだな。なんとなく伝わってはきた」
頷くアルベルトに私はさらに追加情報を伝える。
「それと…、あくまで主導権を握っているのは私ですし、私自身は前と変わっていないと思っているのですが、前世の人格が取り込まれたことによってもしかしたら多少変わってはいるのかもしれません。時々、ふと前世の記憶が今世の記憶みたいに鮮明に蘇ることもありますし、自分が11歳なのか17歳なのかよく分からなくなる時もあるので」
要はまだ不安定なのだろう。
普段はそんなことは無いのに、時々、28年生きたような気がしてすごく大人みたいな気持ちになる時もあったりする。何せ自分のものではないけれど、一応17年分の記憶はあるので。きっと、私の中に入った大人な人格…まあ大人といっても17歳だけど、その人格が今徐々に消化されていっているんだろう。
「それは…大丈夫なのか?」
「あ、はい。問題ないと思います。多分、前世の人格がゆっくり溶け込んできているだけなのでしょう。あと何年かすれば完全に溶け込んで私の人格も安定するでしょうし、閉じ込めてある残りの部分も支配できるようになると思いますわ」
「なるほど。大変だったんだな」
しみじみと言われて、ええ。本当に。としみじみ返す。いやほんと、マジで大変だった。前世人格との争いとかもう二度としたくない。相手はラスボス並みに強かったし、1年前の自分がどうやって勝ったのか分からないレベルでキツかった。
あとから考えてみれば、あの時の私はある意味死ぬか生きるかの瀬戸際だったわけだし、火事場の馬鹿力みたいなものだったのかな、と思ったりもするけれど。
はんっ、前世の人格だかなんだか知らないがこの体は私のものだ。絶対に譲らない。譲ってしまったが最後、“ セリーナ・フォークナイト ”は死に、残るのはセリーナの皮を被った何かである。まさにカチカチ山のたぬきどんだ。婆汁になってたまるかこんちくしょう。享年10才なんて冗談じゃない、私は孫に囲まれて大往生してやるんだ!
「というか、それは本当にお前の前世なのか?別人の可能性もある気がするんだが」
「いいえ。確かに彼女は私の前世です。……根拠はありませんが、その…」
「 “ わかる ” んだな?」
「はい」
すっと目を細めるアルベルトに私はしっかりと頷きを返した。そう。“ わかる ” 。あれは確かにもう1人の私だ。って、これ、すごく感覚的な話なんだけど、納得してくれるだろうか……。
そんな私の僅かな不安を吹き飛ばし、アルベルトはあっさりと頷いて納得してくれた。
「そうか。お前がそう言うならそうなんだろう。それにどちらにしろお前が勝ったんだから、その人格が誰かは些細な問題だしな」
「え、ええ。そうですね、重要なのはゲームの記憶ですし」
お前がそう言うならって……。えへへ。信頼してくれてるみたいでとても嬉しい。私は顔が緩みそうになるのを必死にこらえた。上がりすぎた口角をなんとか下げる。
理詰めで考えるアルベルトが私の感覚論に納得してくれるかなーってちょっと思ったけど、大丈夫だったみたいだ。考えてみれば私の前世の記憶発言も信じてくれたわけだし、別に彼は物事の全てに根拠が必要だと考えるタイプではないんだろう。
……それにしても。んふふ、なんだか少しこそばゆい。
「どうした?唇が曲がってるぞ」
「……いえ、なんでもないです」
しまった、どうやら今度は口角を下げすぎてしまったようだ。
コホン。まあそれはいいとして、ちょっと不思議だなって思う事がひとつある。なにかって?いや大したことではなんだけど。ほら、今の私は正真正銘ゲームのセリーナ・フォークナイトじゃない?でもゲームの中のセリーナとは全然性格が違うんだよね。
でも、ということはたぶん、
「やっぱりゲームが始まると強制的に性格が歪められるんじゃないか?」
「ですよね」
うん、まあそうなんだろう。もともとまともな性格な人もゲームが始まると強制的におバカな行動を繰り返すようになるんだろうな。強制力……ヒロインのチートスキルめ。恐ろしい存在だ。
というか、ああ、この話をしていたらそれなりに時間が経ってしまった……。お昼時をすぎているからか、私の腹の虫が鳴くのを今か今かと待ちかまえているよ。強制力の話なんてもはや今はどうでもいい。とりあえずおなかすいた……!!
誤字訂正しました。38年→28年。ご指摘ありがとうございました!