悪役令嬢は特技を披露する
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「へえ。お前こんなに絵が上手だったんだな」
そこら辺にあった白い紙に私がたった今、力を入れて描き上げた肉汁滴るビーフステーキの絵に、アルベルトが感心した顔をした。
え?いきなり何の話かって?簡単に言うと私の特技についての話だ。
軽く経緯を説明すると、お互いのことについて話しているうちに得意なものの話になったので、実は絵という特技を持っていた私はここぞとばかりにイラストを描いて披露した、という訳である。いまここ。
うーん、ていうか考えてみれば、なにげにアルベルトにいい所を見せるのはこれが初めてかもしれない!なんか嬉しい!うへへ。だってさぁ、ねえ?よく考えてみてよ、これまで私がしたことといったら、肉を喉に詰まらせたりボタンを顔面に飛ばしたり…。ろくなことしてないな。ダメダメさしか披露してない。あっ、涙が…。私はそっと幻の涙を拭った。うわーん!
嫌なことを思い出してしまった…、忘れよう。記憶から消すんだ私。過去を振り返るな。明るいものを見ろ。ほら、やっといいとこ見せれたじゃない!ね?ね?この調子よ!
私は自分を励まして落ち込みそうになった気持ちを何とか上向けた。うん。そうそう。ポジティブにいこう!これからはこんな感じでどんどん良いとこを見せていけばいいのよ!
そして最終的にアルベルトの中の私を、ダメな私からできる私に塗り替えてやるのだ。怒涛の勢いで素晴らしい姿を見せつけて洗脳を……っ!!
「……………………」
ゴッホン。私は頭を軽く振って暴走しかけた思考を元に戻した。落ち着くんだセリーナ。現実に戻れ。目を高速で瞬かせて気持ちを落ち着け、妄想の国から現実世界に焦点を合わせる。
「すごいな……いや本当に、お世辞じゃなくて本気で上手だ」
「まあ!本当ですか?ありがとうございます!」
うふふ、もっと言って!感心した面持ちのアルベルトに褒められた私は得意満面だ。えへへ。そりゃー今世は幼い頃から高名な先生に教わってたんですもの!ま、それだけじゃないんだけどね。
と、そこで、にこにこ笑う私に断り、アルベルトが鈴を鳴らして侍従を呼んだ。あら。なにかあったのかしら?まあいいけど。
そしてやってきた侍従とアルベルトがなにやら話している間、手持ち無沙汰になった私は手を伸ばして自分の絵が描かれた紙を取った。
うーん、それにしても我ながら上手く描けたなぁー、なんて。私はむふんと頬を緩めながら自分が描いたステーキの絵を眺めた。そこに描かれるはテレビのCMに出てきそうなワンシーン。
鉄板の上で表面はこんがり焦げ目がつき、だが内側には赤みが残る分厚い牛肉が湯気を出して焼かれていて、また、その肉を今にも切り分けんとする銀色のナイフの先端が柔らかく沈み込み、切られた箇所からは旨味を存分に含んでいそうな肉汁があふれて滴り落ちてジュワジュワと鉄板の上で泡立っている。
うぅっ!思わずよだれが出そう!
私はゴクリと唾を飲み込んだ。色鉛筆で速攻描きあげたにしてはなかなか上手くできたのではないだろうか。お昼時でかなり……ううん、ちょっぴり空腹の私には刺激が強い。ちょっぴりね、ちょっぴりだからね。ほら、私って深窓の令嬢だし?食料庫に襲撃をかける妄想とか全然してないし?
……食材に埋もれて泳ぐアホみたいな思考を、私は何とか軌道修正した。ちなみに理想は前世で小さい頃に読んだ絵本である。たしか、主人公たちが小さくなってお子様ランチのプレートに入り、オムライスの山、とか、巨大なウィンナーの橋、とかを食べつくす話だった。あの時ほど絵本の世界に入りたいと思ったことはなかったなぁ。特に巨大なハンバーグの丘が美味しそうで美味しそうで……っ、あ、やばい!!
と、そこで、幸せいっぱいな妄想に反応した腹の虫が鳴りかけたのを、私は全力でお腹に力を入れて阻止した。空気を読め腹の虫。婚約者がすぐ目の前にいるこの状況は貴様が鳴くべき時じゃない。大人しくしてろ。
ちなみにこの腹の虫撃退術は40%の確率で失敗するので要注意だ。ふぅ。成功してよかったぁ……。
呼び寄せた侍従に何やら指示しているアルベルトを見ながら私は密かに胸をなでおろした。そして、頷いた侍従が退室すると同時にアルベルトに話しかける。
「実は絵を描くのは前世から好きだったんですよ。1年ほど前に前世を思い出した時、前世で習ったことを色々と思い出しまして、それ以来今までのやり方を少し変えて練習をしていたんです。前世の記憶というものは馬鹿に出来ませんわね。思い出してからというものの、上達のスピードがかなり上がったので驚きました」
「ほぉ。好きなことというのは転生しても変わらないものなんだな。前世の記憶があるというのがどんな感じなのか俺には分からないが、経験を積む速度を上げてくれるとは。便利でいいな」
そう、そうなのよ! 私も気づいた時はかなりテンションが上がったんだよ! 経験値2倍制度的な!? って。もう人生イージーモードじゃね? みたいな。
うん。でもね、
「ええ、たしかにすごく便利ですわ!…まあ、残念ながら恩恵は絵に関してだけみたいなんですけどね……、おそらく前世の私が1番力を入れていたことだからだと思うんですが」
おまけに絵のレベルが前世と等しくなった瞬間、その恩恵は消滅した。はははっ。世の中はそんなに甘くなかった……。いやそれでもありがたいけどさ。でも、どうやら転生したというだけで謎の特典をわんさか貰えるのなんて物語の中だけの話だったようだ。残念無念。
……ん?いや待て。そんなことない。だってもし私がヒロインに転生していたとしたら、強制力という名のチートスキルが手に入っていたのかもしれないのだから。まあ残念ながら私はヒロインどころか悪役令嬢になった訳だけれども……。あれ?でも逆に考えてみれば私は転生しただけで、将来かなりの確率で破滅することが出来るという負のスキルを与えられたといっても過言ではないのかもしれない……。いや、過言かもしれないけどそんなことはどうでもいい。とりあえず理不尽だ!ちくしょうなんだか腹が立つ。
「そういえば前から聞こうと思っていたんだが」
「はい、何でしょう」
頭の中で神様に見立てたものをボコボコにしていたら、アルベルトがふと真面目な顔をした。
「今のお前の人格は前世と今世、どっちなんだ?」
「ああ、そのことですか」
まあ、確かに気になるよね。




