表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢は婚約者に全てを丸投げする  作者: 上杉凛(地中海のマグロ)
26/71

悪役令嬢と皇太子殿下はゆっくりと語り合う


そして数分後。



「………………」



ポクポクポク、チーン。私の頭の中で木魚がぽくぽく鳴った。えぇぇまじかぁ…。


ミューゼル家兄弟のすれ違いっぷりにセリーナお姉さんの意気込みは瞬く間にしゅうんと縮こまった。うおーん。うん。なんというか、これは。




「………………アルベルト様」


「…なんだよ」



私は向かい側に座るアルベルトにじっとりとした目を向け、そのキノコが生えそうなほどじめじめした視線に彼は少したじろいだ様子で身じろぎした。私はそんな彼をじぃっと見つめながら、たった今下した結論を厳かに告げる。




「さてはあなた子供が…年下が苦手ですね?」


「いや、どちらかというと得意な方だと思う」


「嘘おっしゃい!」



嘘をつけ!子供が得意と大真面目に宣ったアルベルトに、私は思わず本音をそのまま口にしてしまった。しまった…!どうやら今の衝撃に、オブラートという名の包み紙はどこかに吹っ飛んでいったようである。ここにいるのが2人だけということで気が緩んでいた。恐る恐る前に座る彼の様子を伺うが、アルベルトはいまさっき謎の自信と共に宣言した言葉を一刀両断されてちょっと不可解そうな顔をしているだけだった。その顔には純粋なはてなが浮かんでいて、気を悪くしてはいないようであるがやばいやばい。すみません、無礼なことをしてしまいました。


「あ…申し訳ありません。失礼な発言を…」


「いや、気にするな。先程も言ったが、そんなに気を遣わなくていいし、思ったことは言ってくれていい。変に遠慮して話を合わせられても面白くないからな」



そこまで言って、アルベルトは少し言葉を切って考え込むような表情で再び口を開いた。その様子に首を傾げる私を前に、アルベルトはくつろいだ様子で背もたれに預けていた背中を離して座り直し、やや改まった様子でこちらを見る。



「少し話がそれるんだが、いいか?」


「はい。構いませんよ」



ん?なんだ?居住まいを正したアルベルトに自然と私の背筋が伸びる。なんだろう。私は手にしていたカップをソーサーに静かにおろしてきちんと向き直り耳を傾けた。


「別に今のことで気づいたとか感じたとか、そういう訳でもないんだが、お前、俺に対して遠慮している部分があるだろう?」


「え?……えーっと…まあ、その」



まあ、その……ねぇ?それはそうだけれども。だってあなた皇太子だし…。だが果たしてそれをそのまま言ってもいいものなのか。というかいきなりどうした?しかも今のことがきっかけでそう思ったんじゃないと。前々から思ってたってことかな?いやでも遠慮してるっていっても、まあ確かにそれはそうなんだけど、そういうのじゃないというかなんというか……。

答えるのが難しい唐突な質問に私が歯切れ悪く言い淀んだのを見てアルベルトは、ああ、別に責める気はないから安心していい。と、ヒラヒラと手を振って言葉を重ねる。


「事実確認だ。別に遠慮しているからといってどうこう言うつもりは無いし、それは当然のこととも思っている。俺たちは話すようになってからまだ日が浅いのに加えて俺は皇族だからな。そこらへんは理解しているから安心しろ」


「なるほど…。では、はい。そうですね。まあやはり多少は遠慮している部分はあると思います。でも、あの、誤解しないで頂きたいのですが、それはネガティブな意味ではなくて……なんといいますか、親しくさせて頂くようになってからまだ日が浅いがゆえのものでもありますし、それ以外にもやはりアルベルト様は皇太子殿下ですので少し気が引ける部分もあるからだと思います」


アルベルトの言葉から、彼がその質問をしたのは、今すぐもっと気安い関係になりたいから遠慮なんて一切するな、とか、そういう感じのことを言うためではないと分かった私は正直に今の自分の気持ちを伝えた。


まあアルベルトに限ってそういう子供のわがままみたいなことを言ってくるとは思ってなかったけど、なんとなくそんな可能性がほんの少しだけ頭に浮かんでしまったので地味に気を張ってしまった。すまん、アルベルトよ…。違うんだ!あなたがそんなことを言うと思っていたんじゃないんだよ!たぶん、こんなことを思ってしまったのは朝、乙女ゲームについて考えていたせいなんだ!


ほら、だいたい乙女ゲームのキャラって初めて話した次の日あたりに『身分とか世間体なんか一切気にするなよ。これから俺のことは呼び捨てにしないと許さないかんな!そうそう、俺貴族でお前平民だけどタメ口でよろしく!え?俺がいいって言ってるんだからいいんだよ!何を遠慮することがあるんだ?あ、あと俺には思ったことなんでも言わないとお仕置きだぞ☆』みたいな、距離感がK点突破した戯言をほざいてくるじゃない?いや距離感だけの問題じゃないけどさ。


「HAHAHA、面白いねぇキミ。ところでパーソナルスペースって言葉知ってる?」なんて嫌味じゃあとてもツッコミきれない程の……ほんと、なんていうか、アンタ他人との距離どう見えてんの?って純粋に聞いてみたいレベルのことを言ってくるのだ。奴らは遠近感がどうかしている。なに?実は目が飛び出てたりするの?だから他人が異常に近く見えるとか?出目金か?実は出目金なのか?朝の支度をしている最中に夢うつつでゲームのことを考えていた私はそんなバカなことを思ったあと人面魚に追いかけられる恐ろしい悪夢を見た。


……ゴホン。まあそれは置いておくとして。ともかく朝そんなことを考えていたから、今のアルベルトの言葉にちょっと戸惑ってしまったという訳なのだが、まあアルベルトがそんなことを言うはずもなく。大変失礼致しました。



「まあそうだろうな。それが普通だろう。俺も別に今すぐやめろなんて言うつもりはないし。……なんというか、俺が言いたいのは遠慮するなとかじゃなくて目標を決めたいというか……」



難しいな。と、アルベルトはくしゃりと前髪をかきまぜて苦笑する。ちゃんと伝わってるかな、と呟くその声に、私はにこっと微笑んだ。安心してくださいな。ちゃんと伝わっていますよ。今すぐ遠慮を消し去ったり、なんでも言いたいことを言い合ったりするのは難しい。それは分かった上で、でもいずれは。という話をしているのだと思う。


「大丈夫ですよ。なんとなくですが、アルベルト様が言いたいことがわかる気がするので」



「そうか、それはよかった。ちょうどいい機会だからこれからの俺たちの関係について、どのような関係を築いていきたいかについて、二人で話し合って決めていきたいと思ったんだが、どうだろう」



「ええ、とてもいい考えだと思います!お互いの基本的な考えを伝え合って話し合うのは大切なことですし、そうすることでゆっくりと信頼関係も強固になっていくのではないでしょうか」




信頼関係というのは一朝一夕で築き上げられるものでは無い。いや別に今の私たちの間に信頼関係が一切ないとかそういう意味ではなくてね?話すようになってからそんなに日が経っていない私たちの関係はまだまだ浅いのである。それにまあ、経緯が経緯なだけに会って話すことといえばゲーム関連の話が多かったし、実は私たちはお互いのことをまだそんなによく知らない。でも、別にそれでいいのだ。それはそんなに問題視するほどのことではない。え?なんでかって?



「そうだな。今はまだ俺たちの関係は浅いが、これからお互いのことを知っていけばいいだけの話だ」



そう。これから知っていけばいいだけの話なのである。なにせ時間はまだたっぷりあるのだから。


考えを伝えて話し合ったりしなくても、時間をかければ自然に相手を理解し合って関係は強固になるものだ、という考えもあるだろう。もちろんそれには賛成だし確かにそうなんだけれども。じゃあ、それに言葉を加えたら?より確実に、安心してやっていけるのではないだろうか。

人の気持ちなんて言葉にしなければ相手には伝わらない。察するのにも限界があるし、誤解が誤解を生んでこじれてしまう場合もあるだろう。この先の関係をより良いものにしていきたいからこそ、私たちは時間に身を委ねるだけではなく、言葉を尽くすのである。手探りで一つ一つお互いのことを理解していければいいなと、私は思うのだ。


私たちは乙女ゲームのキャラクターで破滅エンドを阻止する仲間である前に、婚約者でもあるのだからね!


私は笑って椅子に座り直し、穏やかに微笑むアルベルトとお互いの話を始めた。破滅フラグとか、ゲーム強制力の話とか、たまにはそれ以外の話もゆっくりしてもいいと思う。ゲーム開始まであまり余裕もないけれど、それくらいの時間はあると思うから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 何気なく読んだけど面白いです…!!なんか分からんけど面白い…!!楽しみに待ってまーす
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ