第2回会議はゲームの酷評から始まる
夕食会は無事に終わった。粗相をすることもなく、和やかな雰囲気で終えることができて、私は今心の底からホッとしている。皇帝陛下の雰囲気がアルベルトにそっくりだったのが印象的だった。うーん、顔立ちが似てなくても、目の色が違っても、やはりこういう点で親子のつながりは感じると思うんだけどなあ。たしか目の色が違っているきちんとした理由もあったような気がするし。よく覚えてないけど、魔力がどうのこうのと幼なじみが言っていたような……?あ、これ、アルベルトに言わないと。私は心の中のメモ帳にガリガリとそのことを刻み込んだ。いいか、忘れるなよ、しっかり彫り込んだからな!
そう、自分にキツく念押しした私は、一旦自室に戻って着替えてから、アルベルトに提出するノートとペンを持って彼の元に向かった。
春になったといってもまだ朝晩は冷え込む。談話室というか、くつろぎルームのような、その部屋には中くらいの火の魔石がいくつか置かれ、ぽう、と赤く光って部屋を温めてくれていた。ほっ、暖かい。
ソファーに沈みこんで目を閉じていたアルベルトが私の気配を悟ってパチリと目を開く。
「この前の宿題です。出来は良くないかもしれませんが」
彼にノートを手渡すとふっと微笑んで座るよう促してくれたので近くのソファーに腰掛ける。
部屋の中は人払いがされていて、私たち2人きりだ。テーブルの上にはポットとカップが置いてあった。私の前には既に暖かいお茶が入ったカップが置かれていたのでありがたくいただく。ふぅ、おいしい。
静かな室内にアルベルトがパラパラと私のノートをめくる音が響いた。
私はアルベルトが読み終わるまでの間、別のノートに書き留めておいた聞くことや気になることリストの再確認に勤しみ、他に思い出したことはないかと頭をひねる作業をした。ついでに先程思い出した目の色情報も書き込んでおく。よーし。忘れなかった。よくやったな。これからは心にメモする時は、メモ帳に彫り込むことにしよう。書くだけじゃダメだ。私は前回スコーンと頭から抜けていた重要事項を書いたページを見てため息をつく。これを忘れるなんて我ながら間抜けすぎて笑えるぞ。
しばらく穏やかな沈黙が続いたあと、読み終わったらしいアルベルトが顔を上げた。え?もう読み終わったの?結構量あるよ。はやいな、読むの。速読レベルが高すぎてびっくり。
学生セリーナは緊張しながら教師アルベルトが課題に評価をつけるのを待った。ドコドコと私の心臓がなる。落ち着け心臓!
「よくできてるんじゃないか」
「ほ、本当ですか!?」
おおっ!まさかのお褒めの言葉!私は狂喜乱舞した。ひゃっほう!死に物狂いで頑張ったかいがあったよぉ!喜ぶ私にアルベルトはゆっくりと頷いて続ける。
「事柄に合わせて分類されている上に時系列もわかりやすい。どのタイミングでどのような小説でどのような出来事が起こったのか、がすぐに分かる。よく整理されているし細く書いてあってわかりやすい。綺麗にまとめられている。まあ……そうだな。ケチをつけるとしたら最後のまとめの辺りの字がかなり乱れているところか」
「ま、まあそこはご愛嬌です。広い心で流してくださいませ」
その高評価に、頭の中で踊り狂いながら最後の言葉にギクッとする。そ、それは数時間前に必死で書いたやつだから…っ!
心なしか感心したような面持ちのアルベルトはパラパラとノートをめくりながら聞いてくる。ふふっ。
「結構覚えてるじゃないか、これだけ小説の内容を覚えてるならゲームの内容ももっと思い出せるんじゃないか?」
不思議そうに尋ねてくるアルベルトに、私はうーん、とうなった。たしかに私がどれだけ前世でゲームとかに接していたのかとかはあまり詳しく話さなかったかも。私がここまでうろ覚えなのには理由があるのよ。
「いえ。それとこれとは話が別なんです。
前にも言ったかもしれませんが、前世の私は読書は好きでしたが、乙女ゲームとかには全く興味がなかったんですよ。ですのでこのゲームは、幼なじみにゴリ押しされてしぶしぶ1度だけ適当に流しながらプレイしただけですし、しかも全ルートクリアとかしなかったんですね、というか実はひとつもクリアしてないんです。ちょこっと、確か、学園教師のルートを途中まで流し見した程度でして。あとは幼なじみが延々と語るのを話半分に聞いていただけ。
なぜ小説は覚えているかというと、小説は私が自主的に面白い!と興味を持ってきちんと最後まで読んだからなんですよ。
考えてみてください。殿下は、何年も前にちらっと途中まで流し読みした、全く興味のない小説の内容を思い出せますか?」
「……無理だな。すまない。前に、そんなにプレイしていないからシナリオはあまり覚えていない、と言っていたのは覚えているが、そこまでゲームに触れていなかったとは思わなかった。
……というか逆にそんな状況でよく自分のENDを覚えていたな」
「ああ、いえ……その、元々あまりそのゲームのヒロインが好きじゃなくてですね。ヒロインに共感とかがなかなかできなくて。まあ、悪役令嬢も好きではなかったんですけど、その終わり方が悲惨だったので記憶に残っているんです。幼なじみの話を聞いてそこがすごく印象的だったもので。だって、学校で友達いじめただけで死刑になっちゃうし、国から追い出されるし、借金地獄に落とされるし、奴隷にさせられちゃうんですよ!酷くないですか!?いえ、イジメはダメだとは分かってるんですけどね、ダメです、絶対。でも罪に対して罰が大きすぎなのでは、と。ヒロインにも非はあるわけですし……」
「なるほど。たしかにな。裁判すらないしヒロインに都合が良すぎる世界だ。そうだからこそ乙女ゲームなんだろうが…。
まあ俺としては1番罰を受けるべきはヒロインでも悪役令嬢でもなく攻略対象だと思うがな。結婚前から既に堂々と浮気しているようなものだし、そのハマりようが狂気の域に達している。全員精神病院に放り込んだ方がいいだろう。そして教師に至っては論外だ。まず大前提として、生徒に手を出すな。教師の自覚をもて」
はい、ごもっともです。仰る通りで。
スッパーンとアルベルトは自分も含めた全てを切って捨てた。私には切り捨てられた攻略対象たちが景気良く吹っ飛んでいく幻が見えた。もちろんその中にはゲームのアルベルトの姿もある。だが特に教師の飛びようが凄かった。
まあそりゃあなぁ。ていうか教師のルートは他のより覚えてるぞ。たしか……
「たしか、教師は自分の考えを理解してくれる人がどこにもいなくて退屈で、それでいて悲しくて、だから他の人を全員バカと見下すことで心を保って、でも孤独に苦しんでいたんでしたっけ。天才魔導科学者ですから自分が考え出した革新的な理論も誰も理解してくれない。と鬱々としていたところにヒロインが現れて、最初は嫌って見下してるんですが、あなたの言うことは正しいよ!もっと自信を持って!私も理解できるように頑張るからあなたももっと分かりやすく教えて!とかいって段々教師の理論を理解できるようになっていき、それに教師は次第にドキドキして恋に落ちる、みたいな話だったような」
ちなみに私は耐えきれなくなって、教師が恋に落ちたあたりでプチッと画面を切った。幼なじみが喚くところによると恋に落ちてからがむしろ本番で色々とあるらしいが、私はそこまで耐えきれなかったのだ。
「まず、そんな革新的な理論を学生が理解できると思うのがおかしい。そもそも、そいつに求められているのは学生に基礎から学生レベルの学問を教えることであって、専門的な上級魔導科学を教えることではない。自分の高尚な理論を理解して欲しかったら論文を発表するか、魔導科学研究所にでも行くんだな。なぜ学園にいるんだ?なぜ学生に理解を求める?そういう話はプロの学者とするべきだろう。そしてここが重要だが、大前提としてだ。生徒を恋愛対象としてみるな。自分の難しい話を理解できる生徒が現れたとき、その生徒に可能性を見いだしてもっと色々なことを教えたくなったり他の生徒よりも面倒を見たくなったりするのは普通に理解できるが、なぜドキドキする?自分の理論に集中しろ。そんな気が散ってばかりいるから解決策すら思いつかないんだ」
私の話を聞いていたアルベルトが、はっ、と鼻で嗤った。ものすごい嘲りの嗤いだった。面と向かって自分をこの笑い方で笑われたらトラウマになるレベルだ。
そしてそんな笑いを向けられた可哀想な教師は、ギンギンに研ぎ澄まされたアルベルトの言葉の刃で八つ裂きにされた。南無南無。骨は拾ってやるよ。私は哀れな教師を火葬してあげた。
「あとはなんでしたっけ?ああ、そうです、たしかこんな人もいましたね、」
私たちの第二回目の会議はゲームシナリオと攻略対象をこき下ろすことから始まった。こうして改めて考えてみると、ツッコミどころ満載だな、この乙女ゲーム。«光の乙女»はなぜ前世であんなに人気だったのだろうか。
私はアルベルトと共にこき下ろしながら気分がスッキリするのを感じた。ストレス発散っ!!




