表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢は婚約者に全てを丸投げする  作者: 上杉凛(地中海のマグロ)
20/71

悪役令嬢は猛省する


死に物狂いで宿題を終わらせた私の、青息吐息でへろへろになり、かつ頬にインクをベタッとつけた姿を見て、夕食の時間の2時間程前に、支度を手伝おうと声をかけたサラが 白目を剥いて倒れそうになった。そして、てへっととりあえず笑って誤魔化そうとした私に特大の雷が何本も落ちた。ドガーン!はひぃっ!



「全くお嬢様はっ!これから皇太子殿下との夕食会があるというのに一体何を考えておられるのですか!しかも、殿下とだけではないというのに!お嬢様を歓迎して皇帝陛下と皇后陛下もご出席なさるんですよ!」



「は?皇帝陛下?ええっ!そうなの!?」



「そうです!そしてそれは今朝、既にお嬢様にお伝えしたはずですよ!何回も念押し致しました!さては全く聞いておられませんでしたね!」



「ご、ごめんなさいっ!」



私は度肝を抜かれた。ワッツ?パードン?なんてこった。アルベルトとだけのこじんまりした夕食会かと思ったらまさかそんなことになっていたとは!


私の顔から血の気が引いた。ガタガタと体が震え始め、動かないでください!とメイドに叱られる。しゅみましぇん。あわわ、舌が回らない。そんなに身分がお高い人達にゲストで招かれて食事をするなんて初めての経験だ。まあ身内だけの食事会だからそんなに畏まったものではないらしいけど…。身内って…皇族じゃん。畏まるよ!


どうやらお忙しい皇帝陛下たちのスケジュールが色々な事情により急遽空いたらしい。そこで、ではせっかくだから息子の婚約者と食事でも、となったそうだ……。うわぁん、ありがた迷惑!いや、迷惑とか言っちゃいけない。せっかく来て下さるのだし……いやーでもなぁ……。せめて心の準備の時間を与えておくれ…。顔をしかめて黙り込む私に今日の朝、私の泊まっていた宿に早馬で届けられたらしい手紙をサラが振り回す。はい、ごめんなさい。私が悪かったです。



「私が何度も念押しした時、お嬢様は余裕そうな顔で答えていらしたじゃありませんか!『見くびらないでちょうだい、これでもお父様とお母様の娘なのよ。やる時はやるから安心して』と自信満々な顔で断言してらしたから私も安心していたんですよ!?あのセリフはなんだったんですか!」



「あ…、そ、そんなこと言ったかしら……」



ガミガミ叱られて私はそっと視線を逸らして俯いた。ごめんなさい。たぶんその時は、« メイドのお小言対策マニュアル、その5 » が自動発動していたに違いない…。全く記憶にない。おそらく私はその時、聞き流しながら様々なお菓子のことを考えていた。妄想の中に閉じこもっていたんだ、きっと!ぐぅわぁああっ!緊張がぁっ!私の胃に、半年ぶりに復活したピラニアが嬉々としてかぶりついた。痛いっ、やめろっ!うぐぐぐぐ……っ。


あれ?夕食会のマナーってなんだったっけ?私の頭の中は今真っ白だ。メイドにゴシゴシと頬に付いたインクを落とされながら私は必死に回らない頭を動かした。ギギギ、と錆び付いた脳みそが動く音がする。うわーん、全てが飛んだ!なにも思い出せなくなったよぉ!どうしよう!


焦るあまり更に頭が回らなくなった。あれ?カトラリーってどうやって使うんだっけ?所作は?1品食べ終わったら食器はどこへ?そもそもどうやって食べるんだっけ?あれ?口って動かしてよかったかしら?ぐるぐると思考が飛び回ってもう訳が分からなくなり、私は涙目になった。ダメだ……、もうダメだ…。無様な姿を晒して笑いものになる自分の姿が頭に浮かぶ。自業自得だけれども。ちゃんと話を聞いておけばよかった。うぅっ、ごめんなさい、これからはもう二度と聞き逃したりしません!心から反省したが時既に遅し。もう今更反省しても遅かった。破滅だぁ…。おめでとうヒロイン、君の勝ち……


と、私が全てを諦めかけたその時。


ガチャリとドアが勢いよく、だがしかし優雅に開かれ、完璧な立ち振る舞いの老婦人が私の前に姿を現した。いや、老婦人なんかじゃない……!この方はそんな生易しいものでは無い!!こ、このお方はっ、て、天使!!


カツカツとヒールを鳴らして優雅にドレスの裾を捌きながら、私のマナーの教師が降臨した。ははー!後光が眩しいっ!



「リ、リリア先生ぇええ!後生です!助けてくださいましっ!」



私は鬼から仏へとジョブチェンジしたマナー教師、リリアンヌ・ヴァンダーサミット女史に涙を流してすがりついた。




◆❖◇◇❖◆




いつものようにグサグサ言葉の刃で刺されるかと思ったら予想に反してそんなことはなく、リリア女史は仕方ないな、と言わんばかりのため息を1つ零して私の涙をそっと拭ってくれた。うぅっ…、先生ぇ……。


しばらくして私が落ち着くと、とんとんと軽く背を叩いてそっと様子を見守っていたメイドたちに矢継ぎ早に指示を飛ばす。我が家の優秀なメイドたちは指示に従って私の目を冷やし、顔に軽く化粧をしたり髪の毛をいじったりと、テキパキ働き始めた。


そんな中、リリア女史は私の前の椅子に腰かけると、ゆっくりと穏やかな口調で話しかけてくる。



「セリーナ様。不安になるのはわかりますが、大丈夫ですよ。安心してください。あなたは確かに気を抜くと途端にボロがでますが、気を引き締めている時の所作は完璧でございますから」



「…………本当に?」



え……。いつも叱られてばかりの私には到底信じることは出来ない。それは本当ですか、先生。安心させるために言ってるだけなのでは……?おずおずと問いかけると、ふんっとリリア女史は勝気に笑った。



「まあ完璧は言い過ぎですわね。せいぜい合格ラインぎりぎりといった所でしょうか?ですがわたくしの合格ラインはかなり高いので、皇帝陛下との夕食くらい軽くこなせます。大舟に乗った気持ちでいらっしゃいな!」


「せ、先生ぇ!!」



どん底まで落ち込んでいた気持ちがふわっと浮上した。そんな私に、再び鬼の顔を取り戻したリリア女史がピシピシと教鞭を取り出して鳴らす。その音に条件反射で私の背筋が伸びた。ひぃっ!



「さあ!会が始まるまでまだ時間はあります!おさらいの時間ですよ!1から洗い直して貴女を完璧な淑女として送り出して差し上げましょう!」


「はっ、はいっ!よろしくお願いします!」



そしてご飯の食べ方すら頭から吹っ飛ぶほど緊張していた私はリリア女史に1からレクチャーを受けた。まってまって、そもそも口って動かしてよかったっけ?

「当たり前でしょう!丸呑みするおつもりで?セリーナ様は実は蛇だったのですか?目を覚ましなさい、貴女は人間です!そんなことをしては途中で吐いてしまいますよ!いいですか、……」

はい、そうでした。ごもっとも。ビシバシと容赦ないスパルタレッスンを、私は私史上最高の集中力を持ってして受講した。

そしてアルベルトが迎えに来る頃には準備は完璧に整い、私は見事な淑女として生まれ変わっていた。


ふっ、どこからでもかかっていらっしゃい!今の私に隙はない。顔に薄い化粧を施し、髪を綺麗に結い上げ、淡い紫の優雅なドレスに身を包んだ私は、鏡に映った自分の姿を見つめて大きく息を吸い込んだ。マナーは完璧だ。大丈夫。今までにないほど気を張りつめた私に、やってきたアルベルトが少し驚いた顔をした。そして穏やかに語りかけてくる。



「準備は完璧に整ったようだな」


「ええ。もちろんでございます」


「まあそんなに緊張するな。何かあったら俺がフォローするから、安心して食事を楽しんでくれ」


「……っ、あ、ありがとうございます」



そう言って柔らかく微笑んだアルベルトに、思わず心臓がどきりと跳ねた。うっ…、じわじわと頬が熱くなる。私は不意打ちに弱い。……〜〜っ!ほら、気をしっかり保てセリーナ!

私は動揺しそうになる気持ちを意地で押さえ込んでお礼を言った。ありがとう。その言葉でだいぶ気が楽になりました。


ふぅ、と大きく深呼吸すると、かなり気分が良くなる。私はアルベルトの腕に手をかけて、部屋をあとにした。セリーナ様、と後ろから声がかかる。振り向くと、リリア女史が微笑んで立っていた。そして優しい声がかけられる。



「ご立派ですよ」


「ふふっ、ありがとう」





更新についてです。


続きを楽しみにしてくださっている方には非常に申し訳ないのですが、リアルの方がとても忙しくなってまいりまして、続きを書く時間的余裕が無くなってきてしまいました。

余裕がある時は書こうと思いますが、遅くとも来年の2月辺りまで更新が停滞する可能性があります。申し訳ありません。

今年の冬を乗り切ったら余裕も出てくるの思いますので、必ず再開することをお約束いたします。

私事で申し訳ありませんが、ご了承ください。


いつも拙作をお読み頂きありがとうございます。これからもよろしくお願いします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 「カトラリー(cutlery)」はナイフ・フォーク・スプーンなど食事に使う食器を指します。 カラトリーと勘違いして覚えている人が意外と多いことから、通販サイトなどのインターネットサイトではカ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ