悪役令嬢は予想外の一撃を受ける
それから1週間が経ち、皇城へ出発する日がやってきた。
「ちゃんと夜は暖かくして寝るのよ。また変なことして風邪なんてひいちゃ嫌よ」
「はい、お母様。気をつけます」
お母様が心配そうな顔で私の頬を両手で挟んだ。ふふっ、大丈夫ですよ、お母様。今まで私が変なことをしたことがありましたか?え?説得力が皆無?くっ、信用が地に堕ちているっ!どうやら私の日々の生活態度はきっちりきっかりお母様に報告されているようだ。くれぐれも優雅にね?はい、頑張ります。私はいつでも優雅ですよー。おほほほ!と私は母に向けてお上品に笑う。安心してくださいね。あなたの娘は淑女です。さあ、次はお父様とご挨拶をしなくては。
と、その時、父の方へ体を向けて1歩踏み出した私の足が、何かにつまづいた。うわぁっ!ずるっと体がかしぎ、私は無様に中腰になってバランスを取る。くっ…小石めっ!ああ……お母様の目が痛い………
「道中気をつけるんだよ。向こうに着いたら手紙を書いてくれ。それと、殿下によろしく」
「はい、お父様。もちろんですとも!毎日3通はお書きしますわね!」
そんな私を笑って見ていたお父様が私の頭をくしゃっと撫でた。なに?さすがに1日3通はいらない?まあ!そんな御遠慮なさらずに!なんなら食レポまで交えてこと細かく……え?配達人が死ぬからやめろ?あらぁ、配達人は星の数ほどいますのよ!ご安心なさって!
あら?お父様?目から汗が出ていますよ。そんなに暑いのかしら?
出発準備万端の馬車の前で私は両親に一礼した。旅立ちの日にふさわしい好天である。はっはっ、私はどうやら晴れ女のようだね。属性は水だけど。
澄んだ空気を思いっきり吸い込んで深呼吸し、お父様とお母様に軽くハグをしてから馬車に乗り込む。じゃあ行ってまいります!窓から身を乗り出して大きく手を振る。お元気でー!また二ヶ月後に会いましょうねぇ!!
ガタゴトと馬車がゆるやかなカーブを曲がって、次第に見送ってくれるみんなの姿が見えなくなっていく。うわーん、なんだか切ないよう!私はさらに窓から身を乗り出……
「それ以上はみっともないですよ、セリーナ様」
「ひぇっ!」
そ、その声は…!ギギギっと首を動かしてなんとか振り向くと、そこにマナー教師が座っていた。あれ?幻覚かな……。なぜ君がここに?私と一緒に行く人の名簿には載ってなかったはずなのに!混乱の極みにある私を無視して、ピシピシと教鞭を鳴らしながら私のマナーの教師であるお上品な老婦人がニッコリと微笑んだ。
「わたくしは今までの教師人生の中で、これほどまでに、はしたない、を連発したのは初めてです、セリーナ様。そろそろ改名した方がよろしいのでは?」
「か、改名ですか…?」
鬼と化したマナー教師の辞書には容赦という言葉は当然存在しない。彼女は遠慮なく私にグサグサと言葉の矢を刺した。いたっ、いたいっ!やめろー!私は心の中で木の盾を掲げた。この盾は日々の授業で酷使されすぎて穴だらけとなっている。そろそろ新調の時だろうか。
穴だらけの盾と共にふんばる私を見て、ふんと鼻を鳴らした教師はさらに追撃の姿勢をとった。ひえっ!
ええい!覚悟は出来たぞっ!どこからでもこいっ!ふんすっと鼻息荒く待ち構える私。教師が再び矢をつがえて放った!
「ええ。もはや貴女は、枕詞にはしたないがつく勢いで所作がなっておりません。どうでしょう、セリーナ・ハシタナイトと改名なさっては。お似合いですよ」
「……………ハシタナイト?」
ヒュォオォォオオォ。
北風が吹いた。矢がきりもみしながらいずこかへ消えていく。アデュー。
…………………………………うわ。さむ。
あっ、思わず本音がっ!あまりの寒さに私はガタガタ震えた。寒い寒い寒い寒い!寒すぎるよ!うまいことを言った、と言わんばかりに上機嫌で微笑むマナー教師の顔を直視できない。斜め上からの攻撃に心が痛い。矢は私の心を射抜いたようだ。消えたと思ったらそんな所にいたのね。通りでとても苦しいはずだ。
はぁっと吐き出した息が白く染まった。私は今、極寒の村にいる。ん?あれは?目をこらすと、身を寄せ合うペンギンの姿が見えた。ひょっとしてここはペンギン村……
「ま、まあ、お嬢様も頑張っていらっしゃいますし、これでも段々と良くなられていますから、ね?」
「……まあ、そうですわね。亀の如き遅い速度ですが、確かに改善はしていらっしゃいます。改名は勘弁して差し上げましょう」
カチンコチンに凍った私を、サラが必死に解凍する。バシャーンバシャーン。お湯がかけられた。私はなんとか動くようになった口角をギシギシと釣り上げる。すぅっとペンギンの姿が薄れていった。元気でな。皇帝ペンギンがフリッパーをパタパタ振って私を見送ってくれた。
「あ、ありがとうございます」
なんとかそう一言だけひねり出して、私はその場を乗りきった。さすがにサラの顔もひきつっている。私は大人しく席に座り直して、本を広げた。さ、今のことは忘れよう。きっと白昼夢だ。ガタゴトガタゴト。先は長い。
◆❖◇◇❖◆
1秒たりとも気を抜けない馬車の旅が終わった。あーーっ!腰が痛いよー!!
ぴょんっと馬車から外に飛び出た私はギシギシに固まった体を、ぎゅうっと伸びをしてほぐした。ああっ、背骨が鳴るのが心地いい!ポキポキポキ。ん゛ーーー!きもちい!
私はとても大きな開放感を味わった。だが次の瞬間、調子に乗って首の骨もゴキゴキ鳴らしていた私に、背後から鋭い視線が突き刺さって致命傷を与える。
ぐはっ!私は速やかに優雅な姿勢をとってお上品に微笑んだ。すると殺人光線が消える。ふぅっ……。
「フォークナイト公爵令嬢でいらっしゃいますか?長旅お疲れ様でした。こちらで皇太子殿下がお待ちでございます」
そんなこんなでマナー教師と密かに戦っていると、案内の者が来て、私たちを城の中へと導いてくれた。おお、ここに来るのも久しぶりだな。1年ぶりか?相変わらず優美で荘厳な、実に品のある城である。あまりの品の良さに自分との差を感じた。無機物のくせにっ!そのお上品さ、半分くらい私にくれない?私は思わず交渉を持ちかける。おーい。あれ?無視?
当然のことながら私はお城に無視された。
私が間抜けな1人芝居をしている間にどうやら到着したようで、応接室の大きな扉を案内の人が開けてくれる。
おおっ!ついにっ!私は姿勢を正した。顔を上げると、室内で黒髪の男が笑みを浮かべて立ち上がるのが見える。アルベルト!お久しぶり!
にっこり笑った私は弾んだ足取りで部屋の中に入っていった。




