悪役令嬢は教師とメイドの度肝を抜く
馬車の中で、私とアルベルトの仲について大興奮していたサラは、皇都の別邸に到着して部屋で私の着替えを手伝う段階に至ってようやく真実にたどり着いた。
私はその時のサラの能面のような顔を一生忘れない。
皇太子殿下のスカーフっ!と興奮しながらしゅるりと蝶結びを解いた下からでてきた、弾け飛んだボタンの痕跡に、ニコニコ笑顔が一瞬にして消え去ったのを忘れない……。パンドラの箱を開けてしまい、真っ白な灰となったサラがまだ何も言っていないにもかかわらず、逆ギレした私はそのまま部屋に篭城した。
そして数日後、公爵領の屋敷にたどり着いてから私の教育がさらに激しくなったのは言うまでもない。主にパーティーでのマナー関係への力の入れように、私はサラの心の傷の深さを知った。うん……。なんかごめん。本当に申し訳ない。
だがそんな殊勝な気持ちは、時を同じくして始まった食事制限に、一瞬にして吹っ飛んだ。ふざけるなサラめ!今までは結構緩かったのに一気に厳しくなり、間食はもちろんおかわりすら貰えない。うわああん!!おかげで最近腹の虫がよく鳴いている。
別に、普段の食事の量を減らされたわけじゃないけど、間食やおかわりに慣れた私の怠惰な体には辛いものがあった。だがしかし文句を言っても、シェフがきっちりカロリーや栄養のバランスを考えて作った適度な量、かつ栄養満点なメニューを3度の食事に出されている身としては、それで十分ですと言われると何も言い返せない。ちくしょうっ!全然十分じゃないよっ!
ぐーっと今日も腹の虫がなく。ひもじいよぉ…。
「あら!美味しそうなクッ……」
「お、お嬢様ぁっ!?ダメなんです!サラさんに怒られちゃうんです!か、勘弁してください〜!!お助け〜〜!」
「あ!ちょ、まっ…!」
最近では、メイドがクッキーを持っているのを見かけて近づいただけで悲鳴を上げて逃げられる始末だ。ぴゅ〜としっぽをまいて逃げるクッキーを…もといメイドを、私はガックリと膝をついて見送った。ちっ、今日もダメか……。くそぅ、サラの力が強すぎる…っ!!
属性の儀から1ヶ月がすぎた頃、アルベルトから届いた近況を知らせる手紙に、そのようなことを愚痴を交えて書いて返したら、そうか、ではもう少し我慢してくれ、みたいな返事が来た。え?なに、どういうこと?
更には、腹が減ったら寝ろ、というようなことも書いてあり、実践してみると結構効いた。ありがたい……。だが私よ、本当にこれでいいのか?よく考えてみるんだ。婚約者にダイエットのアドバイスをされるって乙女としてどうよ?
と、自分に語り掛けてみると、婚約者の目の前で腹をはじけさせたくせに偉そうなことを言うな、と返ってきて撃沈した。
……別に腹は弾けてないっ!はじけたのはドレスだっ!
アルベルトからの謎の返事に関しては一旦置いておくとして、最近始まった新たなことがある。前世の私が大興奮することだ。そう!それは、魔法の授業であるっ!!!属性の儀が終わったからね。魔封じも解けたことだし、やっと魔法を教えてもらうことになったのだ。
えーっと、魔法には、まずその人の魔力属性関係なしに誰でも使える無属性っていうのがあって、それから基本属性四つ、火、水、土、風と、上位属性2つ、光、闇、があるらしい。
基本属性と上位属性に別れているのは、前者が珍しくないのに対して後者に関しては使える人間が希少なのと、前者に比べて威力が高いから、なのだそうだ。
無属性っていうのはいわゆる便利魔法。そのなかの代表的なのは、前世でいうところのテレキネシスみたいなものを使ったやつで…って、ええっ!テレキネシスだと!?最強じゃん、もう基本属性とかいらなくない!?と思ったが、そんないいものじゃないそうだ。向き不向きもあるし、向いていない人はペンをちょっと動かすくらいしか出来ないらしい。また、すごく向いている人でも私が想像しているような、前世のマンガのキャラのような使い方はできないそうだ……。けっ。つまんないの。ちなみに私は無属性は結構得意だ。ちょっと嬉しい。無属性は地味に便利な魔法だ。誤解のないように言っておくと、無属性=テレキネシスというわけではない。あくまで、無属性の中の代表的な魔法がテレキネシスみたいな魔法、というだけである。
私は教師が引くほど熱心に学び、次々と魔法を習得していった。ふっふっふっ。これぞファンタジィッ!
ちなみに私は魔力量はそこそこなので、大技などはそんなに使えない。まあ使う必要も無いので構わないけれど。
なので、ちまちまと小技を鍛えた。そして斬新な魔法の使い方もした。教師から、お嬢様は本当に怠d……いえ、インドア派な方なのですね、とのお褒めの言葉も頂いたほどだ。あれ?褒めてない?
「もしかして今、怠惰っていいかけた?」
「い、いいえ?そんなことは一言も言っておりませんとも!ええ、一言もっ!私は、たい…、たい…、平らだと言いかけただけでございます!そう!平らだとっ!!」
「あ、はい、ごめんなさい…」
教師のあまりの勢いに飲まれた私はかくかくと頷いた。
だが後で考えてみると、どう考えてもおかしい。お嬢様は本当に平らってなんだよ。胸がないと言いたいのか?たりめーだろぉ!まだ11なんだよっ!これからじゃこれから!!
もうちょっとましな言い訳をしろ!!私と一緒に政治学の授業でも受けるか!?
話を戻そう。ともかく、私は斬新な魔法の使い方をすると教師に褒められたのだ!まぁ斬新な使い方といっても全然大したことじゃないんだけどね。魔力を出して自分で魔法を制御している間は、発生した魔法は自分に力を及ぼさない、という魔法の特性を利用しただけだ。え?わかりずらいって?ほら、あれだよ。火の魔法を使う人が掌に火の玉を作り出しても、その人の手は焼けないでしょ?それと同じ。私が水を作り出しても、私が制御している間は私は濡れないのだ。はっはっはっ。
ちょっと暑い日に、適度に冷えた水を作り出し、ウォーターベッドのような形にしてその上に寝転んで庭を散歩していた私に出くわした教師は眼鏡を割る勢いで驚いていた。ほら、作り出した水は無属性を使えば魔力で移動できるでしょ?まあできるのよ。それを利用したのよ〜。つめたくてきもちぃいいー!最高。
「な、何をしているのですかあなたはっ!」って。いや、ウォーターベッドだけど。これは魔法の特性を……え?そんなことはどうでもいい?はしたない?はい、ごめんなさい。
得意満面に魔法について語ろうとした私は、教師の一撃になぎ払われた。ぶべらっ!
そこで教えてもらったのだが、教師の言う、斬新な使い方、というのは常識外れ、という意味が込められていたらしい。まあ普通に誰でも1回は思いつくけど実行しようとは思わない使い方、という意味だったらしく、密かに、これが前世チートというやつかもしれない、とか思っていた私は落ち込んだ。全然チートじゃなかった。えー、ウォーターベッド、ダメ?なんで実行しようとしないの?え?そんなバカげたことに魔力を使うなんてありえない?この世界の常識はどうなっているんだ。バカげたことにこそ魔力を使いなさいよ!でもそうした結果はしたないと言われたし…。はしたないって……。まあ、たしかに、寝転ぶのはなぁ。
と、いうわけで、座る形にしてみた。最近少し寒いので、暖かくした水の上に乗って庭をうごめいていた私は、そのうち庭師にいいように使われるようになった。え?水が足りない?ほらよ。庭師が差し出した桶の中にびちゃっと水を放り込む。彼はホクホクした顔でお礼を言って去っていった。頑張ってねぇ〜。
だが、私の “水ソファー、庭巡りの旅” はその後すぐに終わりを迎えることになる。
11月も後半に近づいたある日のことだ。寒かったので防寒着も着込み、水ソファーの温度を上げてお湯ソファーにバージョンアップしてぬくぬくと庭をめぐりながら本を読んでいたら、だんだんと気持ちが良くなってきた。ぽかぽかと暖かく、私の体に合わせてフィットする水ソファーは実に気持ちがいい。あまりの心地良さにうつらうつらし始めた私は、いつの間にか眠ってしまっていた。
覚えてる?ほら、私が濡れないのは、魔力で水を制御している間だけだっていったこと。そうなのだ。魔力で制御していなかったら私だって普通に濡れる。そして、人は基本的に意識を失った状態で魔法は使えない。…………お分かりだろうか。
眠り込んだことにより魔力制御を失った私の温水ソファーはただの温水となり、当然のことながら私はべちゃっと地面にダイブした。だが地面に落ちた衝撃でも私は目を覚まさずに寝ていたため、その事に誰も気づかなかった。これで悲鳴のひとつでも上げれば庭師が来てくれたんだけどね。残念なことに私は地面に落ちたくらいでは悲鳴ひとつ上げない図太い女だったようだ。
夕食の時間が近づいて私を探しに来たサラによって、庭の地面でびちょ濡れになってガーガー寝こけている私が発見され、目を覚ますなり額からツノが生えるほどカンカンに怒ったサラに問答無用で湯船に放り込まれた。ひぇーっ!
「全く、何を考えておられるのですか!!!あんな所でこんな時期に水に濡れて何時間も寝ているなんてっ!!風邪をひいてしまいます!それに水で濡れた姿で地面に転がるなんて!!なんてはしたないっ!!お嬢様はそれでも未来の皇后陛下ですかっ!!」
「で、でもぉ」
「言い訳しないっ!」
ひぃいいっ!!ごめんなさいっ!!
もごもごと言い訳しようとした私に、サラの特大の雷が落っこちた。しゅんとした私を、汗をかくまで湯船に押し込めたサラは、お風呂から上がったあともこまごまと世話を焼いてくれた。ぶつぶつ小言を言いながらも、綺麗に水気をふき取って私を暖かい格好に着替えさせ、髪の毛を乾かし、様々お手入れをしたあと暖かくした部屋のベッドに押し込んでホットココアを持ってきてくれた。サラの心配がビシバシと伝わってきた私は罪悪感でいっぱいになる。うぅ……、ごめんなさい。ありがとう。
「さ、もう今日はお休みになってください。おつかれですから」
「そうね。……サラ、ありがとう…。ごめんなさい」
寝ぼけまなこでそういうと、ふふっと笑う声が聞こえてきた。そして優しい声で、仕方ないですね、今回だけですよ、と言って、ポンポンと布団越しに私の体を軽く叩いてくる。おやすみなさい。という声と共に、ふっと灯りが消された。おやすみなさい。