皇太子殿下は考察を述べる
記念すべき第1回の会議では、半年前に私がもたらした情報を再確認し、気になる点や問題点を洗い出すことを行った。主にアルベルトが。
私はほぼ聞き役に徹していた。よかった、協力を求めて。彼の話が進めば進むほど、このまま1人で対処しようとか思い上がっていたらとんでもないことになっていたな、としみじみ思う。あっという間に首が飛んだだろう。
「やはり1番気になるのはヒロインを見た俺がどうなるかだ」
「ええ、そうですね」
「見た瞬間に一目惚れなんてことになったら計画が全て破綻する。そしてお前は破滅し俺は目も当てられない愚かな行動をすることになる。一巻の終わりだ」
アルベルトは、乙女ゲームの中の自分の行動に呆れ果てていた。いや、呆れ果てるどころかもはや言葉も出ないと言った感じで、嫌悪感が伝わってくる。
そしてこんな醜態を晒すくらいなら死んだ方がマシだと断言し、彼の協力にいっそう熱が入った。どうやら私達の関係は被害者と協力者同盟から、被害者同士同盟にランクアップしたようだ。末永くよろしくな。
確かにアルベルトが骨抜きになってしまうのが1番厄介だ。厄介どころか1発アウトである。
「そういえば、アルベルト様はヒロインと幼いころにお会いしたことがあるんですよね?その時はどうでした?なにか特別なものを感じたりとかありましたか?」
「あー、どうだったかな」
それを聞くとアルベルトが目を細めて考え込んだ。
「いや……微妙だな。今はその記憶を思い出しても特に何も感じないし、そもそもその女の顔も名前も覚えていない」
意外だな。アルベルトのことだから何でも覚えてるんじゃないかと思ってた。え?俺は興味のないことと必要のないことに余計な力はさかない?あらそう。それじゃあヒロインに興味はないということか?あれ、問題解決?
だがアルベルトは渋い顔をしている。おや、なんだろう。
「だが、その時の俺の行動はどう考えてもおかしい……。そもそも俺は秘密の道を見つけたからといって考え無しに突き進むような子供じゃなかったはずだ。慎重な方で冒険とかにもあまり心は惹かれないタイプなんだが……なのになぜあの時は誰にも告げずにそのまま道を通って城外まで行ったんだ?何故か行かなければならないという気がしたような気がする。あまりよく覚えていないが」
「……………………」
風向きが怪しくなってきた……。これは…うーん。でもそれだけじゃなあ。いくらアルベルトといってもその時は幼い子供だったわけだし?考え無しに突き進むこともあったのでは……?
「それにその次も妙だ。いいか、俺は知らない女がからかわれていても無視するタイプの人間だ。確実に助けられる状況なら話は別だが。人助けに命をかけてるヒーロー物語の主人公じゃあるまいし、そんな正義感は持ち合わせてない。だがあの時は年上で俺よりガタイもいい奴数人相手に、無策でそいつを庇うためだけに突っ込んで行った。普段の俺の行動原理と著しくズレている」
「うーん、それはたしかにおかしいですねぇ…」
たしかに。それはおかしいかもしれない。やはり主人公を見ると豹変するかんじなのか?
一気に顔が渋くなった私に、それだけじゃないぞ、とアルベルトが付け足す。
「最後のセリフもおかしいだろう。勇気を出せとアドバイスするくらいならまだ分からなくもないが、ダメだったら俺に言え、俺が守ってやる、だと?よくもそんな恥ずかしいセリフを言えたもんだ。そもそもいじめられたからといって俺に報告することなんて不可能だしな。いじめられた報告をしに城まで皇太子に会いに来るのか?俺は昔から叶えられないことを約束するのは嫌いなんだ」
「そうですね。初対面の女の子に、守ってやる、なんてアルベルト様が言うはずがないです」
正直今のアルベルトを知っている私からすると、いくら子供のときだろうとそんなクサいセリフを吐く姿なんて想像もできない。
人は基本的な性格は変わらないものだ。三つ子の魂百までとはよくいったものである。今のアルベルトが甘い言葉を吐きまくるようなチャラ男だったら、おかしい所はないけれど、そうじゃないからその時の行動は、言われてみれば確かに違和感だらけだ。
「これは怪しいな。ゲームが始まる前までに1度確かめてみる必要がある。その女の居場所を探さないと…」
よし、これが最重要案件だ。と、アルベルトが言った。それを私はペンでハンカチに日本語で書きとめる。なぜハンカチかって?仕方ないでしょ、紙なんて今持ってないんだから。苦肉の策だ。ちなみにアルベルトには会議の初めに、前世の世界の言葉は話せるか?と聞かれ、試してみると普通に話せた。そしてアルベルトには伝わらなかった。それに有効価値を見いだしたアルベルトから私に日本語で会議の内容をメモするよう、命が下ったのだ。まあね。悪役令嬢とかゲームの世界とかね。そんなメモ見られたら社会的に死ぬからね。
メモメモメモ……。
ついにハンカチが黒く埋まってしまった。目でどうすればいいのか問うと、裏があるだろ、と返される。はい、ごもっともです。
◆❖◇◇❖◆
「ところで、なにか追加で思い出したことはあるか?」
話が一段落着いたところで、ふと思い出したかのようにアルベルトが私に訊ねてきた。はっはっはっ。私をバカにするな。思い出したことはあるぞ!
「ええ。つい先程、殿下の出生について思い出しました」
「……ああ。いや、それもいいんだが、それ以外でなにかないのか?」
「…………いえ、なにも」
正直に目を逸らして答えると、沈黙がかえってくる。うっ、ごめんって。でもあなたの出生話は結構重要だったでしょ!?ね?ね?
「まあいい。じゃあなにか気になることはあるか?なんでもいいから言ってみろ」
えー、気になること?そんなの全部さっきあんたが言ったじゃん。それが全てだよ。
まあ全て任せっきりという訳にも行かないか。私は必死に頭をひねる。うーん、そうだ。前世の悪役令嬢ものの小説の内容を思い出してみよう。彼女たちはどんな問題にぶち当たっていたっけ?えーっと……。あ。そうだ。
「そうですねぇ……、ヒロインが転生者かどうかが気になります」
ぽつりとこぼした私の言葉にアルベルトが目をみはった。
「そうか。確かにそうだな。ここに一人いるんだから他にいてもおかしくない。よく気づいたな。もしそうだったら厄介だ」
「いえ、前世の小説でそういうのがよくあったので……」
「小説?」
私のつぶやきを聞き逃さずに問い返すアルベルトに悪役令嬢ものの小説のことを話したら、その小説で起こった重要な出来事を全て書き出して次回持ってくること。と宿題を出された。
参考にするらしい。ひぇええっ!やだよぉ、どんだけあると思ってるわけ!!
だが、偉い人には逆らえない小心者の私は従順に頷いた。ちくしょう。まあ、助けてもらってる分際で偉そうなことは言えないけどさぁ。
うぐぐっ。わかったよ。でも文章力に文句はいうなよ!私に国語力はそんなにない。
はぁっと息を吐き出して、私は喉の乾きを潤すためにグラスをかたむけて水分補給を行った。あーおいしい。癒される……!




