第9話
8月30日・・・。
この日は日本・ジュッシュ連合軍とボルドアス帝国3個野戦軍との決戦となっていた。
しかし・・・。
「はぁ・・・。ずぶ濡れだ。」
幸か不幸かタンタルス大陸に最大風速約30m/sの台風が上陸した。
ジュッシュ軍はこの季節はずれの暴風雨の来襲に、慌てて武器弾薬をほぼ吹きさらしの野営地からゼフェットの頑丈なレンガ造りの建物に移していた。だが、対応が少し遅かった。
「弾薬箱が濡れて中の紙薬抱は全滅。我々は銃火器を失いました。」
マスケット銃に使われている黒色火薬は一度濡れたらもう使い物にならなくなる。無論いくらかは建物内に保管されているが、それだけでは矢を用いるクレー騎士団ならいざ知らず、10万人規模の弾薬は公都ゼーベルムートから輸送でもしてもらわない限り到底まかないきれない。
「だが敵だって攻勢を仕掛けるだけの弾薬を蓄えるまで大人しているのではないのですか?」
「いや。おそらく敵は台風が通り過ぎるのと同時に総攻撃に出るだろう。」
ボルドアス軍もジュッシュ軍同様、ライフルマスケット銃の発射薬に黒色火薬を使用しており、野営の関係上弾薬の多くは野晒しに近い状態になってる。その為かの軍の弾薬事情はジュッシュ軍より深刻であり、トロバー国の首都『バンベルク』から100万人規模の弾薬を輸送しなければなくなる。
普通なら攻撃に充分な弾薬の集積を待って攻勢に出るものである。神埼もそう考えていたが、あえて逆のことを言った。
「何故です?この雨でボルドアス軍も弾薬不足になっているのでは?」
「そうでしょうね。こんな天候ですから、両軍共に弾薬不足に陥り攻勢もままならないでしょう。」
「なら尚更です。この嵐が過ぎ去った直後に使える武器は刀剣程度・・・。ッ!」
ルフトは神埼とのやり取りの中で何かに気がついた。それを隣で聞いていたリオネンもだ。
「両軍共に使える戦術は刀剣を用いる白兵戦。白兵戦で重要になるのは軍団単位での戦術や個人単位の力量もそうですが、兵士の数も重要です。高地であろうと盆地であろうと森林であろうと、戦う土俵が同じであるなら尚更です。」
兵士の数ではジュッシュ軍10万に対しボルドアス軍は約50万。如何にルフトやリオネン、古参のジュッシュ兵が白兵戦に長けているとは言え5人の囲まれれば苦戦は免れないし最悪の場合討ち取られる。そうなればジュッシュ軍全体の質や公国民の戦意に関わる。ジュッシュ軍としては局地的な戦闘を除き、白兵戦は出来る限り避けたいものである。
ルフト達からすれば、自衛隊もそのように考えているものと思っている。実際、神埼の口調からも白兵戦を望んでいる雰囲気は感じられなかった。
「自衛隊は白兵戦は行わないとはっきり言ってはどうですか?仮にそうであるなら、どの様にボルドアス軍を殲滅する?貴方方も弾薬は-」
「作戦に変更はありません。」
ルフトは弾薬を日本本土から輸送に頼る自衛隊の弾薬不足を心配し、作戦の変更を進言しようとしたが神崎は顔色を一切変えず、変更なしと言い切った。
ジュッシュ軍は黒色火薬を紙製の袋で包んだだけの状態で弾薬箱に保存しているのに対し、自衛隊は無煙火薬を薬莢に入れている。薬莢には弾薬を湿気や熱から守る目的がある。更に自衛隊はそれを30発入れた弾倉をアルミ製の箱に詰めして保存している。ジュッシュ軍とは違い濡れただけでは使えなくならず自衛隊の弾薬は無傷であった。
「我々が使用する弾薬は無煙火薬。雨に濡れても使えます。作戦第2段階の防衛線は問題なく行えます。それより・・・。」
神埼はまだ雨が降りしきる窓の外に目線を向けた。
そして、司令部を移動させた建物の扉が開き、斥候に出ていた隊員が帰還した。神埼はまるでそれを予知していたようであった。
「2佐。良い報せと悪い報せ、それと更に悪い報せがあります。」
「順番に話せ。」
「では『良い報せ』から。カバーナル盆地に水が溜り地面がぬかるんでいます。」
地面がぬかるんでいると言う事は、泥に足を取られ進撃の速度は落ちる。騎馬の突破力も著しく低下するが、無限軌道を有する74式戦車の前には関係ない。第3段階の包囲殲滅に支障はないものと思われた。
「『悪い報せ』は輸送部隊です。この台風の影響で海は大時化で、明日以降にならなければ援軍の揚陸は望めないとのこと。」
しかしプルトネッス高地の後方に進出する本土派遣隊の第2陣が海上での立ち往生を余儀なくされた。
日本本土とタンタルス大陸が海で隔てられている以上、援軍は海路で輸送するしかないので、時化の影響で上陸できないのは仕方ないことであるが、援軍が遅れるのは確かに悪い報せだ。
だが、事態は神埼らの予想の斜め上を行く展開を見せる。
「最後に『更に悪い報せ』と言うのは、敵軍がカバーナル盆地に集結中と言うことです。」
それを聞いた司令部の人間は、神埼を除き全員絶句した。
まさか台風の影響で何時氾濫してもおかしくないランスニ川を渡河しカバーナル盆地に陣取る。弾薬不足による撤退でも、天候回復後の進撃でもなく、台風の最中に川を渡る。暴挙以外の何事でもないが、故に相手の心理の裏をかく奇襲としては最高であった。
「総員戦闘配置!散発的な夜襲に備えよ!」
しかし神崎は冷静に命令を飛ばす。それを聞いた司令部直轄の通信科員はワイガネール高地の隊員宿舎に緊急電を入れる。
ワイガネール高地・・・。
ここはゼフェットとカバーナル盆地の間にある海抜261mの高地で、自衛隊の手により要塞化が進められていた。ゼフェットに繋がる南側の斜面は遮蔽物が多いがこう配が急であり登りにくい。対する反対の北側の斜面はこう配が緩やかなのに対し遮蔽物は一切ない。と言うか、そうなるように自衛隊が突貫であるが工事を行っていた。
その北側斜面の防御陣地は頂上から前線指揮所、迫撃砲陣地、三重塹壕陣地、非武装地帯、三重螺旋鉄条網となっておる。
非武装地帯には『L16 81mm迫撃砲』、『M2重機関銃』、『89式歩兵銃』など、自衛隊の銃火器の有効射程圏内が最も厚く重なっている。そのため、たとえ平時であっても一切の立ち入りを禁止している。
塹壕は丸太を組み上げた、突貫工丸出しの機関銃トーチカを縦3本、腰ほどの深さの塹壕で連絡し、掘削の際に掘り出された土砂は土嚢に詰められ淵に固められている。トーチカの塹壕も一見すれば粗悪なつくりであるが、それは現代から見た感覚。日本で言うところの幕末から明治初頭の技術力しか持たないタンタルスの国々に、更には砲兵を伴わず銃剣突撃しか出来ないボルドアスの野戦軍にとって塹壕を突破するなど至難の業であった。
「配置に付けー!急げー!」
司令部から緊急電を受けた隊員達は慌てて兵舎から飛び出しカバーナル方面に700人、プルトネッス方面に300人が配置された。
「装填ッ!!」
トーチカに据え付けたM2に12.7mmの弾薬ベルトを通しコッキングレバーを引く。雨が降りしきる塹壕に身を伏せる隊員達も89式歩兵銃やMINIMI軽機関銃に弾薬を装填し、銃口を正面に突き出しボルドアス兵の攻撃を待った。
ラカヌデン森林・・・。
ワイガネール高地から疾走する騎馬が一騎。雨に打たれながらも一切速度を緩めることなくラカヌデン森林に向かっていた。
「間に合え・・・。間に合え・・・!」
クレー騎士団団長、クローディアであった。
数時間前、自衛隊の隊員と斥候としてワイガネール高地に出ていたが、自衛隊員がサーマルスコープ、自身はエルフの眼孔で盆地に陣取るボルドアス兵を発見した。
そして司令部への報告を自衛隊員に任せた彼女は騎馬に飛び乗り自身の持ち場であるラカヌデン森林に馬を飛ばし、僅か数十分で到着した。
「戦況は!?」
着くなり次官に戦況を尋ねる。
「いたるところで斬り合っています。戦況は若干優勢ですが何時突破されるか・・・。」
局地的な白兵戦になっていた。地の利があり、飛び道具が使える防御側のクレー騎士団が戦闘を優勢に進めてはいるものの、10倍近い敵兵にじわじわと押されつつあった。
「ゼフェットに伝令、ハーゼ騎士団に援軍を要請して。敵兵との斬り合いは可能な限り回避。何としても夜明けまで持ちこたえなさい。」
「ハッ!」
プルトネッス高地から引き抜いたハーゼ騎士団以下3万は、ラカヌデン森林の防衛を引き続き任されたクレー騎士団以下1万8千の後詰と、万が一街道を通ってゼフェットに進撃してくる敵の遊撃を担当していた。
また、クローディアが夜明けまで持たせるように指示したのは、ハーゼ騎士団が準備を整え後詰として戦場に到着するは遅くとも夜明けと予想したからだ。
対するボルドアス軍、第44野戦軍は奇襲には成功したものの、手製のトラバサミや落とし穴に嵌り出鼻を挫かれた。
雨天の夜中であるため視界は極端に悪いうえ森林では大群の行動は大きく制限される。加えてトラップの存在に雨が降っていても使える弓矢で攻撃され第44野戦軍は攻めあぐねていた。
それでも数に任せる平押しで徐々に、本当に徐々にではあるが確実に前に進んでいた。
しかし、それでも夜明けまでにラカヌデン森林を突破することは出来なかった。
8月31日・・・。
ラカヌデン森林で一進一退の攻防が繰り広げられている間にも第29・38野戦軍は夜明けまでにカバーナル盆地とプルトネッス高地を無血占領。そのままの足で一気にワイガネール高地を奪取にしにかかる。
「渡河から夜明けまで何も起こらなかった・・・。第17軍のように・・・。」
第29野戦軍の副官、マウラウス中爵(中佐)の言い知れぬ不安をよそに。
第17野戦軍の壊滅を見てからと言うもの、彼はカバーナル盆地に何らかの罠があると踏んでいたが、実際何事もなかったがそれが返って彼の不安を加速させていた。それは彼だけでなく第29軍の幹部、兵卒までの大部分もマウラウスと同じ感情を抱いていた。
こうなってしまえば本官のゼセールエ少督に直談判すべきなのだろうが、彼は生粋の親ボルドアス家。ガムラン大督の言葉も真に受け撤退を決して行わず、行わせない考えでいた。
「(ガムラン大督の言った「目の前の敵を粉砕しろ」という言葉。大督はジュッシュ軍のつもりで言ったであろうが、今の俺からすればその『目の前の敵』っていうのは間違いなくゼセールエとガムランだ。)」
マウラウスはワイガネール高地を見つめつつも自身の左後ろに居座るゼセールエと、川を挟みこちらを監視するガムランに殺意を放ったが、彼らには決してわからないだろう。なぜなら、彼らの思考は既に高地に陣取るジュッシュ軍を粉砕し、ラブングル方面攻略、ひいては戦争終結の立役者になるという安易な考えで一杯だったからだ。
そして、第29軍15万はゼセールエ、ガムランの考えを具現化させるため動かされていた。
「(賽は投げられた・・・か。)少督、全軍攻撃を開始。ワイガネール高地を突破しゼフェットに一番乗りとさせます。」
「足らん。」
「は?」
「ゼフェット程度では足らん!ゼーベルムートだ!ジュッシュの公都!他の都市なんぞそこらの雑兵にくれてやればよい。だが、公都への一番乗りは我が第29軍だ!そこだけは絶対に譲らん!」
ゼフェットにしろゼーベルムートにしろ後で野戦軍の手柄は有耶無耶にされ、どうせガムランの手柄とされるが、今のゼセールエには何を言っても無駄であろう。
「・・・かしこまりました。全軍前進!ゼーベルムートまでの道を切り開け!!」
マウラウスの檄に第29軍の前衛から割れんばかりの鬨の声が上がった。ゼセールエのような親ボルドアスの兵士を集中的に配置した前衛からだけ。
だが第29軍(特に前衛)に触発された第38軍(の前衛)も攻撃を開始。合計10万がワイガネール高地に殺到した。
ボルドアス全軍の考えとしては、昨晩の雨で黒色火薬は使い物にならなくなっているため、どんな兵力を置いていようと白兵戦を回避することは出来ない。そうなれば数で勝る自軍が圧倒的有利である。
第29・38両軍の前衛は麓に置かれていた鉄条網を破壊し、何もない緩やかな斜面を華麗な足取りで登ろうとした。
そんな時である。
バゴォォォン バゴボゴォォォォォン
第17軍を葬った爆発に近い攻撃にさらされたのは。
「隊列を解け!各自頂上を目指せ!!」
前衛指揮官は山頂付近から駆け下りて突撃してくるジュッシュ軍に対処する為密集陣形を組んで登山してたが、爆発攻撃で隊列の意味はなくなり全軍に散兵として山頂を目指すように指示を出して対応した。
百人単位で爆殺されたが散兵戦術を採ってからは被害は僅かなれど減り再び山頂を目指すが、今度は弾丸の雨に襲われた。
山頂から降り注ぐ弾丸は、最前列の兵士を1秒と数える間も無く討ち取り、端から風呂敷をかけるように次々に射殺。中には四肢を吹き飛ばされ傷口から噴水のように鮮血をぶちまける者もいた。
「馬鹿な!?雨で使えなく-」
前衛指揮官も一兵卒も関係なくワイガネール高地から放たれた弾丸に倒れ、残った兵は統率を失い退却した。鉄条網があった所を最後の兵士が通過するそのときまで弾幕が途切れることはなかった。
ワイガネール高地 自衛隊陣地『乙』・・・。
自衛隊は決戦に備えカバーナル方面に甲陣地、プルトネッス方面に乙陣地を構築していた。カバーナル盆地より進撃してきた敵軍は速やかに撃退したが、甲陣地の半分規模の乙陣地では前線を圧迫されつつあった。
「撃て撃てー!敵を近づけるなー!!」
いくら銃弾を浴びせようが敵軍は構わず攻めてくる。
中国の坑美援朝軍が如き人海戦術をなんとかして食い止めようと迫撃砲は砲身が真っ赤に焼けるまで撃ち続け、MINIMI軽機関銃の銃身交換も行えないほど撃ちまくっていたが、陣地指揮官の焦りっぷりを見ても分かるように、そこまでしても止められないぐらいに迫っている。
そして彼我の距離70mを切り、塹壕に切り込まれるのも時間の問題となった。乙陣地を突破されれば甲陣地の背後に回られ、反斜面に展開する特科隊やゼフェットも甚大な被害が出る。銃撃の効果が薄れたとき出来るのは銃剣突撃だけ。そのときはたった300人で1万を裕に超える敵軍と白兵戦を交えなければならない。
勝敗は火を見るより明らかだが、やらなければならない。
「着け剣!!」
89式歩兵銃の銃口直下に『89式多目的銃剣』が装着され、小銃を持たないものはそのまま逆手に持った。
陣地指揮官以下全員が腹を括ったとき、西方からワイガネール高地とプルトネッス高地の谷間を貫く地響きが木霊する。
そして地響きは徐々に音量を増し、その正体を自衛隊とボルドアス軍の前に現す。
「騎兵隊だーー!!」
誰の声とわからない『騎兵隊』と言う言葉。自衛隊らからしたら頼もしい援軍、ボルドアス軍からすれば最悪の敵であった。
「せいやぁぁぁぁ!!」
ジュッシュ公国近衛兵団の騎兵隊は、陣地に群がるボルドアス軍の無防備な側面に突入。
団長のルフトは突入を同時に左手に持ったサーベルでボルドアス兵の首を刎ね、刎ねられた首は勢い良く宙に飛んだ後、全騎突入し終えるのとほぼ同時に地面に落下した。
他のボルドアス兵も馬の強靭な脚力をもってする突撃の前には銃剣先を並べることも出来ず、道端に転がる石ころを跳ね除けるように次々に吹き飛ばされた。
ボルドアス第38軍の前衛部隊は、隊列を中央から突破され崩壊、撤退を余儀なくされた。
ゼフェット 連合軍司令部・・・。
「カバーナル及びプルトネッス方面の敵軍集団、撃退。敵軍は円陣を構成し反撃に備えている模様。」
「乙陣地より弾薬の補給要請です。」
自衛隊とジュッシュ軍はワイガネール高地を、乙陣地突破の危機の陥るも辛うじて守りきった。
「ラカヌデンから援軍要請です。」
しかしまだラカヌデン森林での戦闘は続いており、こちらも前線の圧迫によって突破されかけている。だが予備部隊は、自衛隊の装甲部隊とジュッシュ軍のハーゼ騎士団が残っている。
「ハーゼ騎士団を森林に投入せよ。」
ことここに至っても、自衛隊はラカヌデン森林の地形を完全に把握しておらず、ましてや戦車などの装甲戦闘車両は本来森林での運用を想定していない。
なので素人目で見ても、ハーゼ騎士団のラカヌデン森林への投入を考えるのは自然なことである。
「海自と連絡は取れたか?」
「海岸の沖合い、約4kmに待機しています。」
台風で大時化であったのも関わらず、LCAC-1級エア・クッション型揚陸艇で3分の位置にまで着けるあたり、流石海自かと神埼は感心した。
「そうか。ではハーゼ騎士団に先駆け機甲部隊を戦線に投入。カバーナル盆地の背後に回りこませろ!」
感心すると共に、一気に決着をつけるため切り札の装甲部隊を戦線に投入することにした。
そのこともすぐさま輸送艦隊の旗艦『かが』に伝えられ、かがもまた決着を望む神埼の意思を読み取り、隷下の輸送艦3隻よりLCACに74式戦車を乗せ発艦、輸送ヘリにも歩兵部隊を搭乗させプルトネッス高地北側へのヘリボーンを命令した。
「さぁぁお前ら!気合入れて- うわっ!!」
装甲部隊出動の命を受け、74式戦車を援護する装輪装甲車30台が、ゼフェットから1等街道『ラブングル街道』に出てカバーナル盆地に向かった。
速度を74式戦車に合わせるため40km/hと装輪装甲車にしては非常に低速であったが、それでも馬が駆けるのとほぼ同じ速度である為、ジュッシュ公国の人々が自動車に慣れていないこともあるが、5m先を通過されただけでも恐怖を感じるほどであった。
「自衛隊の、機甲馬?」
目の前を通過した自衛隊の装輪装甲車を呆けた顔で見送るリオネンであった。
「突然のことで驚かれたでしょう?」
「えぇ。まぁ。まさか自衛隊がラカヌデンに?」
「いえ。彼らの目的地はカバーナル盆地に展開する敵軍の背後です。援軍が直ぐそこまで来たのでこの戦いに決着を着けます。貴女は先ほど言ったとおり、ラカヌデンに後詰として向かっていただきます。」
3個野戦軍の総兵力うち、約2個野戦軍を無力化する自衛隊の作戦も遂に最終段階に移行した。
ハーゼ騎士団の中にはラカヌデンに向かわず、僅かながら手柄を立てるためカバーナルに向かおうとリオネンに進言するものもいたが、リオネンは聞き入れなかった。
彼女には今もラカヌデンで戦っている親友を助けたいと言う個人的な感情も無い事もなかったが、それよりも自分たちがカバーナルに向かったとして、そこからラカヌデンを突破されたときどうなるかを考えた。横の連携を採ろうということを考えない各野戦軍の指揮官らは、挙ってゼフェットへの一番乗り競争に明け暮れるであろう。たとえカバーナル盆地、プルトネッス高地の軍勢が全滅しようとラカヌデンを突破した軍はそのままゼフェットへ向かってくる。
更に8万の予備兵は東部戦線の動向を気にして5万にまで減らしている為、少なくとも10万の敵軍を迎え撃つには心もとないうえ、ゼフェットを中心に各地に点在させている為、戦うことになると戦力逐次投入になる。
予備兵の集結、はては自衛隊の装甲部隊との挟撃を実現させるためにも、リオネンはラカヌデン森林に向かわなければならなかった。
「ならそうさせてもらいます。」
カバーナル盆地・・・。
無防備に等しいワイガネール高地の攻略に失敗し、後にも先にも進めぬまま無常にも時間のもが過ぎていった。
ゼセールエやマウラウス以下全将兵が、昨晩の嵐で黒色火薬が全滅しマスケット銃の『銃』としての機能が使えなえない状態のはずなのに、前衛は山頂からの猛烈な弾幕射撃に晒され大打撃を受けた。
とはいえど兵の大半はいまだ健在。正面攻撃を継続すべきか、はたまた別の方へ進撃しようか、緊急軍議が開かれた。
「ワイガネール高地が突破できないいじょう、プルトネッス方面かラカヌデン方面から攻めなければならないでしょう。」
「その二つには他の野戦軍が居るではないか。
それに我々は正面攻撃の役目を勝ち取っている。なのに別方面から攻めてしまっては役目を放棄したも同じ!たとえ敵軍が銃を使えようが我々には正面突破以外選択肢はない!」
マウラウスは役目を放棄したとみなされようと正面突破が不可能であることを悟り、柔軟に第38・44軍に手を貸し防御の薄いと思われる箇所からの突破を図ったが、ゼセールエはその進言を一蹴。本来の役目である正面突破に固執し一切聞き入れなかった。マウラウスも取り入って貰おうと必死に懇願し両者の押し問答の間、全将兵は動くことが出来ない状態となる。
そんな中、カバーナル盆地とラカヌデン森林の境を通る1等街道『ラブングル街道』に砂煙が舞っているのが見えた。良く目を凝らして見てみれば、茶色だけでなく若干ながら白や黒も混じるその煙の中に、大砲を背負った亀のような異形の物体が映った。それも1つや2つではなく20を越えてもまだまだ増え続けた。
第29軍の兵士達は恐怖心とも好奇心とも取れる感情に脳内を汚染され誰もその場から逃げ出すどころか動くこうとも思わず、いがみ合っていたゼセールエもマウラウスも亀のような物体が通り過ぎるのをただ眺めていた。
「退路が・・・断たれた?」
その亀が危険だと思ったのは、それらが盆地とランスニ川の間、つまり第29軍の後方に展開したときだった。
カバーナル盆地に現れた亀はプルトネッス高地の後方にも現れた。それも陸路ではなく海岸線から。おまけに天飛馬を思わせる空飛ぶ機械から兵士が降っても来た。
プルトネッス高地を占拠する第38軍の指揮官は、兵士が降りて来たのを見て包囲されていることに気付いた。そして、包囲を打ち破ろうと攻撃を開始した。
銃剣突撃しか出来なくても3万近い兵士の人海戦術をもってすれば、100人にも満たない敵軍など簡単に殲滅できる。その考えを持って斜面を勢い良く降り敵軍へ突撃した。
しかしその勢いは亀から放たれた砲弾に打ち砕かれた。
大砲にしてはやけに長い砲身であったが、大砲に変わりなく、赤い火花と白い煙地を噴出し、その数だけ兵士の足元の地面が爆発し、小さなクレータを形成すると共に人体をバラバラにし宙へと舞い上がらせた。爆発を掻い潜っても敵兵の銃弾の雨にバタバタと倒され、更には天飛馬からも銃弾を浴びせられ、突撃を止められ、第38軍はプルトネッス高地に拘束された。
第38軍の包囲突破の失敗は各軍に大きな衝撃を与え、その様子を対岸から見ていた戦時合同軍司令官のガムラン大督は恐れおののき撤退を命令。その姿を消した。
戦時合同軍の撤退など知る由もない第29・38・44野戦軍は、ラカヌデン森林を攻撃していた第44軍を除き挟撃体制に陥っていた。
「マウラウス!貴様何の真似だ!?」
そのため第29軍は指揮官のゼセールエと副官のマウラウスとの間で、今度はいがみ合いではなく内輪揉めの発展。マウラウスは携えていたサーベルの刃先をゼセールエの喉元に向けていた。
「ガムラン大督はこう応せられた。「生き残りたくば目の前の敵を討て」っと。」
乱心したかと思われても仕方ないマウラウスの行動。しかし供回りの兵士達から見ればマウラウスは冷静に行動しているように見えていた。
「私、いや我々は生き残る!ゼセールエ、貴様と言う『敵』を殺してな!」
それもそうだ。供回りも含め第29軍の大半はマウラウスに共感していた。親ボルドアス派のゼセールエに靡いたのは15万のうち2万にも満たない。そんな兵士達は先の戦闘で前衛を買って出ては戦死し、元々少ない数を更に減らす結果となった。そしてワイガネール高地とランスニ川で挟撃体制に陥っている以上、ゼセールエに任せて抗戦した暁には絶対といってよいほど完膚無きにまで叩き潰される。
「同じイリオス人でありながら、悪魔に等しいボルドアスに手を貸し我々を見殺しにする!貴様のような奴は未来のイリオスには不要だ!」
だからこそマウラウスは、人身と自分に付き従ってくれる将兵の命を守る為、そう遠くない独立の為、ゼセールエに刃向かったのだ。
「未来のイリオス」の周りの兵士達も意を決し、銃剣をゼセールエに向ける。
「コイツを拘束しろ。隊旗を。」
ゼセールエの身柄を兵士に任せ、マウラウスは隊旗を持ち部下一人を連れてランスニ川南岸に布陣する敵軍に向かっていった。