第7話
8月24日 朝・・・。
予定通り第32普通科連隊長、『神埼勝』2等陸佐率いる陸上自衛隊の先遣部隊がゼーレフォンに到着。
『ゼスター海岸』の沖に『おおす型輸送艦』3隻が係留。『LCAC-1級エア・クッション型揚陸艇』のピストン輸送で74式戦車中隊36両、99式自走155mm榴弾砲小隊18両を、西の『ゼセット岬』には輸送ヘリで歩兵部隊1000人とトラック50台を揚陸した。
機甲部隊は2等街道『ズフェット街道』を、歩兵部隊も3等街道『ザンフェルテ街道』を通り一路『ラブングル戦線』へと向かった。
主戦場となる『ラブングル地方』は、ボルドアス帝国の属国『トロバー国』と『ランスニ川』を挟み接ている。要所となるのは3箇所。東より『ラカヌデン森林』、『カバーナル盆地』、『プルトネッス高地』となっている。最も攻撃を受けているのは大軍が行動し易く防衛線の中央であるカバーナル盆地である。
前線視察中の神埼2佐も、方都『ゼフェット』にてその旨を伝えられた。
「となると我々はこの盆地帯に配置されるのかな?」
神埼は観戦武官のルフトに尋ねる。
「100万の敵を相手に出来る貴軍なら問題ないであろう?」
若干嫌味が込められていた返事が返ってくる。
ルフトはカバーナル盆地を陸上自衛隊に任せ、ジュッシュ軍はそこを取り囲むようにラカヌデンに『クレー騎士団』以下1万8千、プルトネッスに『ハーゼ騎士団』以下3万、南の『ワイガネール高地』8万を配置した。仮に自衛隊が裏切ったとしたら、3方包囲による波状攻撃でランスニ川に叩き落すつもりであった。
疑いの目を向けられつつも、神埼は視察を続ける。
プルトネッス高地・・・。
標高91mのこの高地は、東のカバーナル盆地を見下ろすことができ、頂上には監視所が置かれ幾多のボルドアス軍の侵攻を察知したきた。
神崎等の視察はここを最後に終了する。
「ここは主戦場から川向こうまで見渡せれるのか。」
北には国境のランスニ川があり、対岸は目視で10km近く見渡すことが出来る。
対岸から50kmまで平原が続き、その先には目測で300mほどの高地が二つある。
「対岸は『トロバー国』。ボルドアス帝国の属国だ。運がよければ首都『バンベルク』の城壁が見える。
奴等はバンベルクを公国攻略の足掛かりにしている。大軍で来るのと、攻撃前は必ず野営を行う。こんなに開けているのに、だ。」
「・・・何か谷間に居る。」
眼下に広がる平原に敵の野営地を映し出していた神崎をルフトの隣からクローディアが呟いた。
彼女は『エルフの眼孔』を使いプルトネッス高地から50km離れた対岸の高地の間までを見通した。黒一色の世界に物体の輪郭に暗い青色がかかり、動体は白く映っている。そして動体の数は3000を超えた。
エルフの眼孔の対価は使用する本人の体力である。よって透視しる範囲や時間によって消耗は激しくなる。50km離れていた場合、使用限界は5分程度。
これとは別に『魔眼孔』と呼ばれる寿命を対価にし、対象とした者の命を奪う、と言う奥の手があるが、対象1人につき100日の寿命を削るので、姉から「絶対に使うな」と厳命されている。クローディア自身もそのことに付いては重々理解しており、過去1回1人に対しての使用以来使うことは無かった。
「ボルドアス兵?」
「たぶん。」
クローディアはルフトの問いに静かに答える。
神埼は傍に居た通信科員に32倍率の双眼鏡を借り、クローディアが見た動体の正体を目撃した。
「黒の下地に黄色の斜線模様・・・。」
「陸軍ですね。あれはおそらく前衛、予想される全部隊規模から考えて野営から攻撃まで3日か4日と言ったところです。」
「そのあたりにしておけ。」
5分経っていないが、ルフトはクローディアに眼孔の使用を止めさせた。
クローディアは一息付くかのように喉にたまった空気を吐き出す。
「時間は僅か・・・か。」
トロバー国 バーレナー大草原・・・。
ボルドアス陸軍、第17野戦軍・エーベラサフルの先遣隊3000の野営地に、夜までに続々と本体が集結。あっという間に人数は1万を突破し、なおも増大中である。1個軍団としての最終的な兵数は2日後の攻撃開始までには15万に達する予定である。第17野戦軍の後続として、第29・38・44野戦軍と続き総兵力は100万に届きかねない。
ボルドアス陸軍の軍団は『野戦軍』の他に『本国軍』『砲兵軍』『騎兵軍』『合同軍』と幾つかの種類に分けられている。
野戦軍は歩兵のみの部隊で対外遠征では主力となるが属国からの徴用兵が全体の8割~9割を占めている。当然士気は低く、戦法は前進もしくは後退の二通りしかないとまで言われている。また型番の『17』は、ボルドアス帝国が『1』番目に制圧した国の『7』番目に設立した部隊と言う意味がある。
本国軍もまた歩兵のみの部隊であるが、こちらはボルドアス帝国直轄領の志願兵のみで構成されている。よって、型番には10の位が存在しない。こちらは創設時こそ対外遠征が主任務であるが、今は直轄領の防衛、属国の反乱抑制及び鎮圧にシフトしており、いざとなれば野戦軍の督戦も行う。
砲兵軍と騎兵軍はその名の通り、大砲と騎馬を専門的に扱う軍団で、特に騎兵軍は軍団の中では最も規模が小さいが、本国軍から選抜の後熾烈な訓練を潜り抜けた精鋭である。銃声や砲声が鳴り響き、砲弾が眼前に落ちようが、銃弾が頬を掠めようが、構わず突進する強靭な精神力を持っている。
合同軍は本国、砲兵、騎兵を7:2:1の割合で編成される独立混成団的な側面が強く、ボルドアス帝国の首都『ボルドロイゼン』に1個隊のみ常駐している。
「あまり変わらんか。」
第17野戦軍の司令官、ガウラークはランスニ川、更にはその南、カバーナル盆地やプルトネッス高地を見つめていた。だが既に真夜中になっているため、どのあたりにどういった陣地が構成されているかは見当が付かない。唯一の手掛かりになるのは篝火の量ぐらいである。
だが、その量は前回までとほぼ変化しておらず、ジュッシュ軍の防衛体制はいつも通りと結論付けた。
「では攻撃開始は規定どおり、2日後の早朝とします。」
8月26日・・・。
そして、それから2日間は不気味なほど何も無く、唯一の変化が後続の第38野戦軍の先遣隊が到着したぐらいである。
ガウラークはバーレナー平原に漂う不気味さなど一切感じることなく軍を動かす。が、そんなガウラークでもランスニ川に近付くにつれ違和感を抱くようになった。
いつもなら対岸から大砲による小癪な牽制射が飛んでくるのであるが、今回そんなことはなく、被害無しでランスニ川北岸まで辿り着いた。部隊として被害が無いに越したことはないが、発砲音のひとつとて聞こえてこないのは、これから自軍によからぬことが待っているのではないかと不安を煽る。
「看板?え~~っと。」
最前列の兵達にひとつの看板が目に留まった。川を挟み北は平原、南は盆地、遮る物が何も無いので見つけるなと言うほうが無理である。
徴用兵の多くは農民出身であり、海洋界超越言語で書かれた看板の内容すらも読めないものが殆どであり、文字の読み書きができるのは下士官以上の階級を占めるボルドアス兵を除いて、割合的には6000人に1人であった。
その6000人に1人のある兵士が読み上げた内容は・・・。
『この先、ジュッシュ公国の領内につき、許可無き越境は認可できない。直ちに引き返せ。』
であった。
その内容は直ぐにガウラークに伝えられた。しかし寄せ集めにせよ一軍の将がたった一つの看板に恐れおののき撤退したなど、後世、末代までの笑いものにされてしまう。
「ふんっ。下らん!そのまま渡河しろ!」
攻撃前夜の篝火の数に変化は無かった。そして今度は苦し紛れの警告看板。
これらだけでも、ガウラークは勝利を確信するには充分な要素であった。
海軍によるゼーレフォン占領が成功し、敵は前線から部隊を引き抜いた。それによって前線兵力が不足し止む無く篝火を多く焚き、虚勢を張る為警告看板を設置した。ガウラークはこの考えのもと全軍に攻撃を命じた。
ガウラークは15万の手勢を3つに分けた。
半数の7万5千は戦線中央のカバーナル盆地、5万をプルトネッス高地、2万5千をラカヌデン森林に向けた。
約1時間後・・・。
戦端はプルトネッス高地から切り開かれた。
リオネンが指揮する(という名目で)3万のジュッシュ軍(実際はルフトの側近が指揮)は山頂に布陣し、軽量砲やマスケット銃を、麓から、ただひたすらに登って来るボルドアス軍に撃ち下ろした。ボルドアス軍が使うライフルマスケットの方が性能的に優れているが、実際の戦闘はマスケット銃による銃撃戦ではなく、刀剣や銃剣を用いた白兵戦である。
「突撃ーーッ!!」
リオネンは指揮官(名目上)であるのも関わらず、リロードに時間がかかるライフルマスケットの一斉射撃の後、片手半剣『バスタードソード』と左手用短剣『マインゴーシュ』を鞘から引き抜き、ハーゼ騎士団の団員1000人と共にボルドアス軍の前衛5000に突撃する有様であった。
斜面を駆け下りることで騎兵には到底及ばないが、突破力がつく。
ボルドアス軍も白兵戦用に銃剣を装着していたが、弾込めの真っ最中であったことに加え50m先の岩肌からいきなり飛び出して来たことで対応が遅れた。
リオネンの突撃には数名が反応でき銃剣を構えたが、リオネンは銃剣先が肌に触れる直前でスライディングし、銃剣先を回避すると共に両側のボルドアス兵の無防備な腹部を切り上げ乱戦に持ち込んだ。
第2幕はラカヌデン森林である。
ここは1万8千のジュッシュ軍がクローディア指揮(こちらは本当に彼女が指揮)のもと伏兵戦術で2万5千のボルドアス軍に損害を与えていた。伏兵の主体はジュッシュ軍部隊の3分の1を占めるクレー騎士団で、背の高い木々の上から矢を射かけていた。
クレー騎士団は別名で『ログイヤー・ティラドル(長耳弓隊)』と呼ばれており、その名の通り構成員は全員エルフであり主武装はロングボウである。地の利もあり、森林戦に優れ、静穏性の高い弓矢を用いるクレー騎士団にとってラカヌデン森林は正にホームグランドであった。
「掛かれーーッ!!」
真上からの奇襲に隊列を乱そうものなら地表に伏せていた歩兵の銃剣で各個撃破されていった。
それでも隊列を整えれば、クローディアも誰に似たか、索端に返しの付いたナイフを括り付けたクレー騎士団の常備品であるロープダートで敵兵を吊るし上げると同時に地表に降り立ち、懐に携えていたダガーを取り出し白兵戦を仕掛けていた。
だが彼女の武器はダガーだけではない。
バレリーナ顔負けの柔軟な身のこなしで相手の攻撃を回避しつつ、ダガーで斬殺刺殺。弓の弦や強烈な回転蹴りによる失神で、無傷のまま着実にボルドアス兵の数を減らしていった。
リオネンの猪の様な猪突猛進の戦い方ではなく、クローディアの戦い方は『舞う』と表現するのが正しい。
だがカバーナル盆地に進出したボルドアス軍の主力7万5千は一切の損害を受けることなく渡河を完了した。いつも通りであるなら渡河の真っ只中から完了直前に至るまで砲撃にさらされていたが、今回はそんなことはなく文字通り無傷で全軍の渡河が完了した。
その報告を受けたガウラークは更に部隊を半分に分け、プルトネッス高地とラカヌデン森林に向け挟撃体制を採った。
しかし状況は一変した。
ボゴォォォォォォン
進行していた盆地の地面から火が噴出した。その火はボルドアス兵の多くを巻き込み、空中に吹き飛ばした。この現象はまるで噴火を連想させるものであったが、何も無い空中に黒煙が発生した。これは通常の噴火ではありえない。
この噴火は砲撃によってもたらされた。
砲弾には着弾と同時に爆発する榴弾に加え、僅かではあるが、空中で炸裂し内蔵した弾子をばら撒く『榴散弾』も含まれていた。遮る物も何もない盆地で、密集している軟目標の軍勢はまさしく格好の的である。
ボルドアス軍の目の前に聳えるワイガネール高地には発砲煙は上がっておらず、それどころか東隣のプルトネッス高地にも発砲煙は見受けられらかった。居場所不明の砲撃にさらされ、右往左往する間に15秒で1000人の割合で死傷者が発生する。
連続した着弾音にプルトネッス高地とラカヌデン森林で白兵戦を展開するボルドアス兵もリオネンとクローディアも手を止めた。
この大砲撃にボルドアス軍は20分と掛からず全滅した。
プルトネッス高地・・・。
たった20分。たった20分でカバーナル盆地に展開する7万5千のボルドアス兵が全滅した。その光景が仮に公国に向けられたと考えると、鬼気迫る勢いで白兵戦を仕掛けていたリオネンから血の気が引き、口を半開にし固まっていた。もっともそれはリオネンだけでなく、敵味方関係なくその場にいた兵士全員にも同じことが言えた。
「-ッ!!せいやぁぁ!!」
だが誰よりも早く硬直から抜け出したリオネンは、咆哮と共に攻撃を再開し目の前の敵兵を切り伏せた。
「好機なり!全軍!突撃せよーーッ!!」
リオネンの一喝にジュッシュ軍の硬直が解け、斜面を勢いよく駆け下り、ジュッシュ全軍を挙げてボルドアス兵に銃剣突撃を敢行した。ボルドアス兵は訳も分からないまま総崩れになり我先に逃走。秩序だった退却は不可能であったが攻撃を仕掛けた5万のうち、4万はランスニ川を越えられた。
ラカヌデン森林・・・。
こちらのボルドアス兵は砲撃開始までに伏兵による奇襲で基からそこまで高くなかった士気は極限まで低下しており既に厭戦気分が漂っていた。
そして砲撃終了後、生き残った4000人のボルドアス兵は茶色や黒、濃い緑のフードを被ったジュッシュ兵に完全包囲されていた。
「降伏するなら命は保証しよう。武器を捨てなさい。」
クローディアの発言に戦う気の無いボルドアス兵たちは直ぐに受け入れ銃を足元に投げ捨て地に膝を立て両手を頭の後ろで組んだ。
戦闘開始から2時間ほどで、ボルドアス軍 第17野戦軍は壊滅した。
ラブングルの戦いは、ジュッシュの損害500に対し、ボルドアスの損害10万と言う一方的な戦いとなった。