第6話
ゼーレフォン・・・。
リオネンは目の前の光景に絶句していた。あれほど強大なボルドアス艦隊は友軍を名乗る空飛ぶ箱、おとぎ話に聞いた『天飛馬』を髣髴とさせる物体が放った矢と、灰色の巨大船7隻の大砲の前に全滅した。歓喜と同時に恐怖も覚えた。もしかの船団の大砲が公国に向けられた場合、打つ手など無いのだから。
少ししたらあの7隻より更に巨大な船が現れた。そしてその船から天飛馬が舞うのが見えた。色はボルドアス艦隊を攻撃した深緑ではなく、真っ白で全体的に太い感じだ。そして天飛馬は港町の広場に降り立ち、その中から人が現れた。
「この町の守備隊指揮官は誰か?」
天飛馬の体色とソックリの純白の服を着た人物がゼーレフォン守備隊に問いかけると、兵士たちが一斉にリオネンを見る。
「(やめてよ!否定できないじゃない!!)」
リオネンの額や背中から嫌な汗が噴出してくる。
「貴女がそうですか?」
しかしここまでくればいくら隠そうとしても後の祭りである。
「(ああもう!)そう。あたしが副官のハーゼ騎士団長のリオネンさ。」
開き直り、凛と自己紹介をする。
「司令部まで案内していただけますか?指揮官とも話したいことがありますので。」
「・・・そいつは今診療所に居る。案内するよ。」
ゼーレフォン 『シュレッツェ診療所』・・・。
「勝ったみたいだね。」
診療所では、クローディアは半身を起こし、訪問を待っていたようだ。
「まぁぁ・・・ね。」
リオネンの歯切れはとてつもなく悪い。
「でしょうね。公国軍は戦ってないし、大方隣に居る人たちの手を借りたとか?」
「始めまして、日本国海上自衛隊 第1護衛隊群司令 梅津隆夫海将です。」
目を合わせると挨拶を交わした。
梅津はクローディアを持病持ちと思ったが、昨日に体調を崩しただけみたいで、訳を聴いてみたら200km離れた前線から10日間強行転進して来た挙句、ろくな休息もとらなかったとのこと。そこから来る疲労と食事もしなかったことによる栄養不足が祟ったらしい。
そこで、『いずも』の衛生科員の星野2曹を専属看護員に任命。彼女は早速、栄養剤を点滴で投与した。
梅津たちはクローディアの容態回復を待つ間、リオネンにジュッシュ公国が置かれている状況を聞くことにした。
「公国は現在、『ソプラソット山脈』を挟み、西の『ラブングル地方』と東の『ライオデン地方』で、ボルドアス帝国との対峙している。
ラブングル地方は、ボルドアス帝国の本国と接地し平原が多いが、公都『ゼーベルムート』との距離はおよそ250km。正規軍15万、予備25万を配置しています。
ライオデン地方は、公都から100km程度しか離れていないが、湿地帯が広がっている御蔭で行軍速度は急激に落ちる。こちらには正規軍5万、予備15万を置いている。
公国軍のほぼ全軍だ。」
「同時に攻められたことは?」
「今のところ無い。と言うのも、ソプラソット山脈は標高5000m級の山々で連なっている為横断は容易では無い。大陸の大外を回らなければならず、陸路で1年。海路5ヶ月って言ったことろか。」
梅津は考えた、自分がボルドアスの将軍であったなら、どのように軍を動かしたか。
ジュッシュ公国は、『ラブングル』と『ライオデン』の二つの戦線を抱え、制海権を取れれば『ゼーレフォン』にも新たな戦線を構築することになる。更にゼーレフォンはジュッシュの補給の要であり、公都『ゼーベルムート』とも40km程度しか離れておらず、喉本に突きつけられたナイフになる。
必然的に公都守備隊はこれに対応せざるを得ず、ボルドアスの国力から考えて戦線には100万人が配備されていてもおかしくなく、無視できない。ジュッシュ軍の動きは封じられる。
「ジュッシュ海軍は壊滅した以上、制海権はボルドアス優位と言わざるを得ませんな。」
「御尤も。貴方方の助けが無ければラブングル地方の軍勢は南北から挟み打ちに遭っていた。」
ゼーベルムートとラブングル地方の距離は約200km。ゼーレフォンはこの間隙を突ける絶好の位置にある。公都を無視してラブングル地方に進撃させればジュッシュ軍40万を挟撃できる。そうなれば大勢は喫する。
もしこのような作戦計画に基いて軍を動かしていたら、そう遠くないうちに戦線で攻勢が開始されるかもしれない。
「この町に上陸しようとした敵兵の数は分かりますか?」
「5万から6万と言った所だな。ゼーレフォン守備隊の3倍近い差がある。」
攻防戦は『攻者3倍の法則』が当てはまり、攻撃側は防衛側の最低でも3倍の兵力で挑まなければならないが、ぜーフォン守備隊が2万であった為この法則を満たしている。
ゼーレフォンが6万のボルドアス兵で占領されてた場合、残されたのは公都守備隊の1万。これでは取り返すことは出来ない。
海上自衛隊が参戦していなければどうなっていたか。
「梅津殿!まだ貴国との国交が無い事は承知しる!だが、どうか貴国の軍の力を借りしたい!」
リオネンの要求は尤もであった。今のジュッシュ軍では防戦一方に加え制海権を喪失している。いつ滅亡してもおかしくない。
日本の防衛省も既に第1師団と第12旅団の派兵準備を進めている。
「ご安心を。陸上自衛隊約8000人が出撃体制を整えつつあり、準備でき次第輸送艦でピストン輸送します。」
輸送部隊はヘリコプター護衛艦『かが』を旗艦に『おおすみ』型を中核とし、民間のフェリーも徴用。おおすみ型3隻には、退役し解体を待つばかりであった『74式戦車』や『99式自走155mm榴弾砲』の無限軌道車両を集中積載し、『ひゅうが』型2隻やカーフェリーには小型トラックと人員を載せ、1回の片道輸送で送り出せる戦力は・・・。
・74式戦車 36両
・99式自走155mm榴弾砲 18両
・トラック 50台
・人員 1000人
と言う、大部隊が見込まれていた。
「数だけ見ると貧弱だな。これで本当に『大部隊』なのか?」
ジュッシュ軍の1個軍団は約4万人。それと比較すれば確かに見劣りしてしまう。
「当然です。我々の用いる兵器、戦術はこの国、いやこの世界にとって未知の物。例え1000人しか居なくても、陸空海の能力を噛み合わせれば、100万であろうが被害無しで撃破できる。」
技術力の差はおよそ400年。地上の移動手段一つをとっても、片や馬でもう片方は自動車。
現場にいち早く到着できるのはどちらかは言うまでもない。
「100万・・・。ボルドアス帝国総兵力の3分の1を相手に、それも被害無しで・・・。」
リオネンは現実離れしすぎていることを、何の躊躇も無く口に出す梅津や三城島に大きな疑念を抱いた。
しかし、仮に彼らの言っている事が真実なら、劣勢に立たされているジュッシュ公国にとって、日本が提供してくれる軍事力は喉から手が出るほど、手に入れたいものであった。
翌朝になると、療病中であったクローディアもすっかり元気なり戦線に復帰。そしてゼーベルムートから更なる援軍が到着した。
「近衛の連中だぜ。」
それはゼーベルムートを守護するジュッシュ公国最強の部隊『近衛兵団』であった。その実力は、近接戦において兵士1人で敵兵7人を一度の相手できるほどであった。
そんな近衛の兵団長、ルフトは2人の供回りを連れて司令部を訪れた。威風堂々とした立ち姿であったが、面影は何処と無くクローディアに似ていた。
それもそのはず。
「姉様・・・。」「姉貴!」
ルフトはクローディアの実姉なのだから。とは言え妹のクローディアとは違い耳は普通の人間の物であった。そのため彼女には外見上のコンプレックスは無いものの、その勝気な性格から異性との付き合いが長続きしない事を気にしていた。
またクローディアの親友、リオネンもルフトを『姉貴』と呼ぶぐらい親しい仲であった。
「占領された、と言う訳ではなさそうだな。」
ルフトは1度部内を見渡した。顔の知らぬ者達が何人か居たが、どうも敵対しているわけではなさそうであった。
「貴方方は?」
「日本国海上自衛隊 第1護衛隊群司令 梅津です。」
『日本』と言う国の名前は、ジュッシュ公国の歴史において1度たりとも出てこないが、梅津の口調から察するに出任せではないことは理解できた。
それから、リオネンから日本が援軍を出すこと、そしてその援軍がたった1000人で100万を相手できることが伝えられた。
クローディアが1000人で1万を撃破したと言う話はジュッシュ国内に知れ渡り、プロパガンダとして大いに活用されていたが、その時の100倍もの敵を相手に、それも無傷で殲滅、撃退ではなく殲滅できるなど、傍から見れば極端な誇張、『大本営発表』も良い所であった。
「そこまで言うのであれば、日本の援軍は『ラブングル』戦線の最前列に配置しよう。」
「まッ待て下さい!」
「そうです!いくらなんでも最前線だなんて!!」
ルフトの権限はジュッシュ軍全体に影響するほど大きなものであった。それを利用して日本の援軍を最前線に配置しようとしたが、それに2人供回りが反対した。
2人の反対は決して日本を庇ったものではなく、たった1000人で60km近い前線が維持できるのか、そもそも日本と言う存在すら怪しい国のことを信頼しておらず、万が一ボルドアスに付くようなことがあった場合、公国は滅亡する。
「我々の事をそこまで信頼していただけないと言うのであれば、証人として観戦武官でも御付けになったらいかがでしょうか?」
「観戦武官だと!?ふざけるな!何故わざわざ将官を殺すようなことをせねばならんのだ!?」
憤慨する供回りであったが、ルフトは彼らを諌め、左斜めの上目使いで、梅津を睨む。
「貴方方は実に面白いことを言う。たった1000人で、しかも観戦武官を抱えた状態でボルドアスと戦うぅ!?そこまで言うのであれば、この私自らその部隊の観戦武官になってやる!だが、一瞬でもボルドアス側に付くような仕草を見せてみろ、部隊長の頭と胴体は離れ離れになるとな!!」
ここまで憤怒したルフトを見たことが無かったか、クローディアとリオネンの顔から血の気が引いた。
「か、観戦武官の件は結論が出ましたが、そのぉ、日本軍は何時頃到着するのですか?」
「明日の朝の見込みです。出来れば平坦な海岸が近くにあれば有り難いのですが。」
ゼーレフォンを最奥に置く『サデウジュ湾』は、北部の大部分は切立つ断崖である。南部は比較的平坦であったが、未開の地であったため薦められなかった。
しかしゼーレフォンから北西に2kmの地点に幅90mほどの『ゼスター海岸』があり、2等街道の『ズフェット街道』に繋がっているため、兵員陸揚げ後の進出も容易に進められる。三城島はここに誘導員を置き、梅津の乗る『いずも』も沖合いから出入りを統括し、翌日の朝を待つ。
タンタルス大陸の東方3000km フォーネラシア大陸 ギル=キピャーチペンデ王国・・・。
この世界には日本国が転移する遥か昔より列強と呼ばれる7つの国が存在する。
その内の1つ、列強序列第5位 工業国『ギル=キピャーチペンデ王国』。ユーラシア大陸に匹敵する面積を誇る『フォーネラシア大陸』に、約30万km2の直轄領と残る約5500km2、およそ200の国々は全て弁務官区、国家保護領となっており、タンタルス大陸を含め、フォーネラシアを囲むように存在する10個の大陸にも絶大な影響力があり、大陸1つずつに衛星国を置いている。
ギル王国から見れば、ボウドアス帝国は10ヶ国の衛星国の内のたった1ヵ国に過ぎず、衛星大陸での戦争を陰で操っていた。
軍需省 統合情報局・・・。
そして、数々の戦闘の経過、詳細を一手に管理する『統合情報局』の通信機は決して鳴り止むことなく暗号の書かれた紙を吐き出し続ける。
ジュッシュ公国のゼーレフォンで繰り広げられた海戦も、1日に30通も上がってくる戦果報告のたった1枚に過ぎないかに思われた。
『開戦初戦は、ボルドアス艦隊がジュッシュ艦隊を殲滅したことより始まる。
ゼーレフォンを守備するジュッシュ軍の兵数は2万。それに対するボルドアス軍の予想上陸総数は6万に達する。戦闘はボルドアス側の勝利に終わるかに思われた。
ところが、誰も予想していない事態が発生した。
ボルドアス艦隊の背後から神話生物の天飛馬を髣髴とさせる謎の飛行機械が出現。ゼーレフォン上空で旋回し、およそ人とは思えぬ声量でジュッシュに味方すると宣言しボルドアス艦隊を攻撃、50隻居た艦船の8割を一挙に殲滅した。その後巨大な灰色の戦闘艦が来襲、残りの艦船を沈めた。天飛馬にも巨大船の旗にも真紅の赤い丸が描かれており、それがこれらを操る国の国旗と予想する。』
「デタラメにも程があるだろう?」
局長のミランダは片手に例の報告書を、もう一方の片手で頭を抱えていた。唯でさえ上がってくる報告書の数が多いのでいつもの様に流し読みしようと思ってた矢先、こんな報告書が上がって来た。こんなのどの様にして上司に伝えるべきか・・・。
「はぁぁ・・・。」
考えただけで頭が痛くなる。
統合情報局が軍需省に置かれている訳は、軍需省の戦略があったからだ。
ギル王国は衛星国に高金利で資金を貸し付け、その利息で儲けている。またその利息の一部を衛星国の敵国に横流しにし、その国々はそれを使って銃や弾薬などをギル王国から買う。この時売りつける商品は製造に掛かった費用の1.7倍の金額のため、衛星大陸での戦争が続く限りギル王国の繁栄は持続する。と言う戦略が。
だが、ゼーレフォンより上がって来た報告書は荒唐無稽、とても現実的とはいえない。しかし規定どおり暗号化した上で報告を上げたということは真実と言うことなのであろう。もしそうであった場合、タンタルス大陸の利権を放棄する事態にもなりかねない。
「タンタルス大陸の諜報レベルを上げるか。」
ミランダの権限ではこれが限界である。
それでも、王国に不利益をもたらす存在は排除しなければならない。そんな思いで人員を動かす。