第5話
8月20日・・・。
捜索を始めてからと言うもの、日本の周囲3000kmまでは海でり、幾つも無人島が点在するものの、文明国は一切見つからなかった。
しかしヴァルサルの「東方に4500km行けば大陸が有る」と言う証言のもと東方にしぼって捜索を行った。
そして、館山基地所属のP-1哨戒機が有るものを発見した。
「これが艦隊決戦か・・・。」
それは日本の東方約4000kmの海上で、九十九里を襲った蒸気船と同じ等級と思われる船50隻と装甲艦1隻が、戦列艦20隻が撃ち合っている光景であった。
P-1の搭乗員は「艦隊決戦」と称したが、実態は砲の射程と砲弾の性能で勝るボルドアス軍が一方的有利で、対戦相手となった戦列艦は尽くが撃沈されており、素材となっていた木材の破片が浮遊していた。
「ボルドアス艦隊の相手は・・・、ジュッシュでしょうか?」
「さぁな。どちらにしろボルドアスの圧勝だろうし・・・、燃料もない。第1護衛隊群に知らせた後、帰投するぞ。」
P-1は戦闘海域から離脱したが、その様子はボルドアス艦隊にも、その相手艦隊にも分からなかった。そんなの見ている暇が在ったら、目の前の敵艦を沈めることが先決であった。
ボルドアス帝国艦隊旗艦、装甲艦「ガウガメロン」・・・。
厚さ100㎜の鉄板で舷側を囲まれ、12㎝の後装式砲12門、15㎝の前装式砲4門、7㎝の後装式砲16門で武装したこの『デフロストーレ』級装甲艦はボルドアス帝国内に僅か3隻しかない。
そんな貴重な艦船の戦闘艦橋の内部で、艦隊司令官デュリアン提督が側近と話している。
「ベルテクスめ、港の敵船の動きを全く止めておらんではないか。おかげで尻拭いるなめになったわ!」
元々のベルテクス提督の任務は、陽動としてゼーレフォンの南に展開しジュッシュ軍の目をそちらに向けさせるだけだったのだが・・・。
「この敵の数、ベルテクス艦隊は全滅とみなしてよろしいと思います。ですが我が艦隊は敵主力との海戦も想定しています。現に損害なしで敵艦隊の半数を撃破しています。」
作戦を気取られたのか、敵軍はベルテクス艦隊には目もくれず本隊であるデュリアン艦隊に攻撃を仕掛けてきた。
だが、それも想定の範囲内でまた武装で大きく勝るボルドアス軍側が圧倒的優勢であった。
「なら第2案の作戦を実行する。」
第1案は、敵の陸軍がベルテクス艦隊に対応する為南に展開している隙に、ゼーレフォンの北に少数を上陸させ、同都市を無血占領の後、敵守備隊を包囲撃滅。その後の反撃に備える為主力を上陸させる計画であったが、囮となるベルテクスの艦隊が全滅しているので・・・。
「はっ!進路をゼーレフォンに向けます!!」
第2案である『ゼーレフォンへの強行上陸』に切り替えざるを得なかった。
ジュッシュ公国艦隊旗艦、装甲戦列艦『マルガン』・・・。
全周7㎜の装甲板で囲まれ、18㎝前装式砲64門のみで武装したジュッシュ公国最強の船であったが、炸裂しない射程1kmの丸弾では到底歯が立たず、射程4kmの炸裂弾を用いるボルドアスの艦船を1隻も沈めれぬまま一方的にやられ続け、ついに旗艦1隻を残すのみとなった。
「皆よく戦ってくれた。・・・だが万策尽きた今となっては命運もこれまで。」
相次ぐ被弾で装甲板は砕け散り、舷側砲もマストも全て破壊しつくされ、浮いていることが奇跡的な状態であった。
そして、マルガンの船長は船員を甲板上に集め、退艦を告げた。
しかしここは陸地から500kmの海上。カッターで脱出した所で敵に捕らえられる。ボルドアス帝国は情報を得るためなら如何なる非道な拷問もお構い無しと言われるほど捕虜を人間として見ておらず、そんな奴等に捕まるぐらいなら死んだほうがマシ、と言う考えが根強く、生き残った船員は退艦を拒否。船と運命を共にすることを選んだ。
「・・・よかろう。艦旗は決して降ろすな!」
ボルドアス艦隊旗艦 装甲艦『ガウガメロン』・・・。
「戦う気か?愚かな事よ。『ローフリンデ』、『アウグス』、止めを刺せ。」
蒸気船『ローフリンデ』と『アウグス』がジュッシュ軍最後の戦列艦を距離2kmで挟み込む。
各船の片舷の12㎝後装式砲4門と7㎝後装式砲4門が、発砲炎と共に黒い煙を噴出す。
たった一度の片舷斉射でも、装甲が無くなった船に防ぐ手立ては一切無く、砲弾は貫通の後内部で炸裂。火薬に引火し誘爆を起こし、戦列艦の中心から巨大な火球が噴出し木っ端微塵に吹き飛ばした。
「損害は?」
「ありません。作戦に支障なし。」
「よし。全艦集結、ゼーレフォンを目指せ!」
障害となったジュッシュ艦隊を殲滅し、ボルドアス艦隊50隻は、ジュッシュ公国最大の港町『ゼーレフォン』を目指す。
海戦の翌日 聖皇紀1847年 8月21日
ジュッシュ公国 ゼーレフォン・・・。
最大幅10km、最深度94mの『サベウジュ湾』の最奥に位置し、いろんな国の多種多様な文化が入り混じり、多くの商人と商船で賑わい、燈された灯りは決して消えないとまで言われたジュッシュ公国の貿易港である。
この街には常に8000人体制で守備隊が駐留し、海軍艦艇50隻も警備に就き、銃火器や弾薬の多くを輸入でまかなうジュッシュの生命線とも言えるこの港を守っている。
だが、事前に察知していたとは言え、50隻いた海軍艦艇が全滅した事に焦りを覚えたか、ジュッシュ軍最高部は西部前線から『クレー騎士団』、公都守備隊から『ハーゼ騎士団』各6000人を援軍として派遣。防衛体制を強化した。
そして、町全体を見渡せる、高さ18mはあろうかと言う灯台に、腰まで届かんばかりに長い金髪を、吹き抜ける潮風に靡かせる女性が居た。
「クローディア団長。」
『クレー騎士団』6000人を率いるクローディアである。
彼女は、人間とエルフを両親に持つ『ハーフエルフ』であったが、外見はエルフ最大の特徴ともいえる長い尖がり耳を持っており、日本でモデル稼業でもしていれば一躍雑誌の表紙を飾るほどのルックスも持っていた。だが彼女は、過去に受けた悪質な仕打ちのせいでこの耳にコンプレックスを感じており、いつも長い髪の毛で隠していた。
「何?」
優しげな声であったが、振り返らずともボルドアスに対する強い殺気が込められていることが背中越しに伝わり、報告に来た兵士を恐怖で震わせる。
「警備艦隊が全滅。敵軍は明日の正午ごろに到達する見込みです。」
「そう?ならさっさと体制を整えなさい。」
言葉にも表情にも感情が無い。智将としては最優秀であるが、極限状態の兵士からしてみれば恐怖以外の何物でもない。
「はっ!直ちに!」
兵士は逃げるように灯台を降りて行った。
「アッハッハッ。クローディア、相変わらずだな!」
「リオネン?」
そこに入れ違いになるように、クレー騎士団と双璧を成す『ハーゼ騎士団』を率いるリオネンが高らかに笑いながら現れた。
彼女は純粋な人間であったが、クローディアの親友であり彼女の過去もある程度知っている。一時期クローディアがハーフエルフとは知らなかったことで関係に亀裂が入ったこともあったが、今となってはともに背中合わせで戦うまで回復している。
そしてリオネンはいつも明るい表情で兵士たちを鼓舞していた。クローディアがムチなら、リオネンはアメであり、結果的に兵士たちの士気の維持に繋がっていた。
「あまり兵士をいじめんなよ。それにアンタの部隊、前線からここまでの10日間、まともに休まず強行軍だったんだろ?休息も大事だろ?」
輪郭の淵に腰掛け、支柱に半身を預け、西部戦線からゼーレフォンまでの200kmを僅か10日で行軍したクレー騎士団の事を心配する。
「敵か来るって分かっているのに、休んでいる暇・・・。-ッ!」
だが湾外、夕日が沈む水平線の彼方にあるものがクローディアの目に入った。
「何か見えたか?」
「ものすごい数の船。30は軽く超えている。兵士の数も、4万はいる。」
リオネンの目には何も見えなかったが、クローディアにはおぼろげに見えていた。
実はボルドアス帝国はジュッシュ公国と五年に渡り戦争を繰り広げていたが、送り込んだ部隊のことごとくが壊滅し連敗を喫していた。その原因はクローディアの千里眼とも言うべき才能によるものであった。この能力と伏兵で時には1000人で1万を破ったことさえあった。
しかし、これまでは全て陸からの侵攻であったため、地の利を生かすことで撃退も容易であったが、海からの侵攻は経験したことがなかったため迎撃の要領がよくわからないでいた。
そこから産まれる緊張感で、食事も喉を通らず、水も僅かな量しか飲んでいなかった。
採れる作戦としては、上陸してくる敵船艇を海岸線ギリギリまで引きつけ、大砲の十字砲火を浴びせる『水際作戦』か、旧日本軍が硫黄島で採った『わざと敵軍を内陸に引き入れ、突出した部分に集中砲火を浴びせる』戦法のどちらかであった。
だが、両方にも問題は有った。
水際作戦は、上陸前の敵部隊に砲撃を加えるものだが、それは返って敵に攻略目標を教えることに繋がる。硫黄島戦法であっても、突出した敵部隊を早急に殲滅しなければ、そのまま突破されてしまう恐れもあった。
「・・・?」
「どうした、クローディア?」
今まで見た事の無い重く険しい表情にリオネンは固唾を飲んで見守る。
「船・・・。けどアンナの見たこと無い。」
クローディアの脳裏にはボルドアス帝国の装甲艦や、公国の戦列艦とは似ても似つかない奇妙な形状をし、それでも海の上に浮かんでいることで船と想像できた。
「装甲艦か?」
「よく分からない。けど、大砲を載せてる。」
その船は船首に大砲を一門だけ乗せていただけで、戦闘力と呼べるものがそれ以外に見つからない。
「てことは戦闘艦か。何処のだ?もしかしてボルドアス!?」
「・・・ッ!」
クローディアはかつてない程集中しようやく艦旗を見ることができた。
「・・・たい、よ。-ッ!」
艦旗が見えた直後、クローディアは膝から崩れ落ちた。
「オイッ!大丈夫か!?」
それを間近で見ていたリオネンは直ぐに駆け寄った。
クローディアは息を切らし、左手で胸を押さえていた。
「・・・だから休めって言ったんだ。」
リオネンはクローディアの右手を掴み自分の右肩に回した。そして、ゆっくりと灯台の階段を降りて行った。
「・・・ごめんなさい。」
「謝らんでいいよ。」
リオネンはクローディアを診療所に連れ運び、戦線離脱を言い渡し、後方から指示を出すようにと頼んだ。逆にこっちの方が智将として居心地が良いのかもしれない。
8月23日・・・。
「オイッ皆どうした?元気出せ!」
兵士達の顔が暗い。無理も無い、英雄クローディアが病によって戦線離脱を余儀なくされた挙句、敵の大軍が来るのだから。
「しかしリオネン様。クローディア様を欠いた我が軍では・・・。」
「何を弱気になってる?そんな姿、クローディアに見られてみろ。徹底的に叩かれるぞ。
それにあたし達は勝たないといけない!そして奴等の脳裏に刻み込むんだ、クローディアが居なくとも公国に勝つことはできない、とな。」
リオネンの鼓舞に塞ぎこんでいた兵士達が立ち上がる。残る一手は渾身の一言を言い放つのみ。
「勝つぞー!!!」
「「「おおおおおぉぉぉぉぉ!!!」」」
正午・・・。
「敵艦隊来襲!」
「遂に来たか!?」
ボウドアス帝国の船団約50隻、陸戦隊はおよそ10万に達するもの思われた。
士気が回復したとは言え、5倍のも兵力差を覆すことは容易ではない。
「クローディア、見ていてくれ・・・。」
だがリオネンは親友のため、愛すべき祖国を守る為、覚悟を決めた。
敵を上陸地点ギリギリまで引きつけマスケット銃と大砲の一斉射で打撃を与える水際作戦に加え、上陸後はゼーレフォン市内の建物に立て籠もるゲリラ戦で耐え、首都ゼーベルムートからの援軍をもって敵軍を海上にたたき出す。今のジュッシュ軍にはこれが最善の作戦であった。
しかし・・・。
「・・・?何だアレは?」
リオネンの目にボルドアス艦隊の遥かかなたから飛来する深緑の箱が三つ映った。
『我友軍!これよりボルドアス艦隊を攻撃する!』
それらはゼーレフォンの上空で旋回し、大よそ人間とは思えぬ程の声量で、守備隊に自分たちの素性を明かす。
「友・・・軍?」
第1護衛隊群旗艦「いずも」CIC内・・・。
「何とか攻撃前に追いつきましたが、それでも時間の問題でしょう。」
第1護衛隊群は横須賀基地を出港してから約3日で到達していた。
「艦長、事態は急を要します。ヘリ部隊による先制攻撃を具申いたします。」
「よかろう。コブラ隊、発艦せよ!」
3機の『AH-1S コブラ』が発艦。武装は19発連装のロケットランチャーで、狭い湾内で密集隊形を採らざるをえないボルドアス艦隊には有効である。
コブラはボルドアス艦隊を通り過ぎ、町の上空で旋回し、町を背にすることで被害を出さないようにする。
コブラ隊、三城島機・・・。
「守備隊の連中、戸惑ってますよ。」
射撃管制官に言われ三城島も地上を見る。
目に映った守備隊は、コブラに驚き仰け反ったり、逃げようとしたか石畳で躓き転倒したり、中には銃口を向ける者まで現れる始末。
「後で撃たれるわけにはいかんな。」
三城島は通信機の設定を広域スピーカーに切り替えマイクを握る。
「我友軍!これより、ボルドアス艦隊を攻撃する!」
理解できるかどうかは分からないが、ボルドアス艦隊を殲滅した後で敵とみなされるわけにはいかない。
射撃管制官もヘッドギア越しに艦隊を射程圏内に捕捉する。
「ロケット弾斉射!サルヴォ!!」
1機あたり38発、3機合計114発の『ハイドラ70ロケット弾』がボルドアス艦隊に降り注ぐ。
先頭にいた船を中心に50隻中30隻撃沈、10隻炎上と言う大戦果であった。
ボルドアス装甲艦ガウガメロン・・・。
デュリアン提督は自分の艦隊に何が起こったのかわからなかった。突如現れた空飛ぶ箱に艦隊の80%を無力化させられたなんて誰が信じようか。だが、原因が何であれ、彼の艦隊は壊滅的損害を被ったという現状が眼下に広がっていた。
「撤退せよ・・・。」
これは、後でどんな罰が待っていたとしても彼に取れる最善の命令であった。
第1護衛隊群所属 ミサイル護衛艦「こんごう」・・・。
「敵船、単横陣で向かって来ます。」
「左から順に撃つ。各艦撃ち方よおぉぉい!」
127mmと76mmの両速射砲が一門あたり一隻になるように狙いを定める。
ガウガメロン上甲板・・・。
「何だあの船は?友軍か?」
巨大な灰色の船7隻が、横一線となって迫ってくる。
すると全ての船に付いている細長い棒が動き、煙を噴き出す。
「何をしているのだ?」
率直な疑問を持った瞬間・・・。
バババババババゴォォォォン
ガウガメロンの右隣の蒸気船6隻が爆発した。
「「「うわあぁぁあ」」」
残りの1発はガウガメロンを狙ったものであったようであったが、舷側100㎜の装甲板で防ぎ切ったようで、その際の衝撃でわずかな悲鳴が上がり、倒れる者もいた。しかし、ガウガメロンが航行に支障がないように、彼らも何事も無かったかのように立ち上がった。
「まさか砲撃!?ありえん10km以上離れているんだぞ!?」
ボルドアスが持つ大砲の射程は最長で4㎞。それの2倍以上の射程があり、7隻から1発ずつ放たれた砲弾が全て命中する。
偶然と思いたかったが、あまりのも出来すぎている。信じたくなかったが、隣に居た6隻が沈み、ガウガメロンにも命中した。信じざるを得ない。
今度は4つの煙が上がる。
「大丈夫だ。ガウガメロンの舷側装甲なら・・・。」
一度防いだのだ。今度もきっと防げる。デュリアンは淡い期待を込めるが・・・。
バッゴォォォン
ガウガメロンは撃沈し、残る3隻の蒸気船もガウガメロンの後を追うように沈んだ。
ミサイル護衛艦こんごう・・・。
「敵船全て撃沈しました。」
「うむ・・・。まさか『むらさめ』の76㎜砲に耐えるとはな。」
『こんごう』や『むらさめ』含め、各艦は榴弾を撃った。だがボルドアスの旗艦と思われる船は76㎜榴弾に耐えた。僅かは動揺が走ったが、『こんごう』の127㎜には無力であった。
海戦場後には、撃沈した軍船の船員が漂流していた。
「漂流者は千人程度か。フカ(鮫)に襲われる前に救助せよ。」
「ですが艦長、漂流者は余りにも多過ぎます。全員収容できるか・・・。」
「状況は、駆逐艦『雷』の時より遥かにましだが?」
「・・・分かりました。最低限の人員を残し、残りは全員救助に向かわせます!『海の武士道』に恥じ
ぬ働きを見せましょう!」
駆逐艦『雷』と『海の武士道』とは、スラバヤ沖海戦で漂流した連合軍将兵442人を雷の工藤艦長は独断で救出。無抵抗のものを殺めない武士道の教えを貫いたのだ。
勿論、その時とは明らかに状況は異なり、むしろ好都合なほどであった。こんごう以下7隻の護衛艦はボルドアス将兵千人を余すことなく救出、その中にはデュリアン提督も含まれていた。