第4話
事件終息から2日後 8月18日 首相官邸・・・。
「では各省庁、報告をお願いします。」
一夜にして各国との通信回線も、人工衛星との送受信も無くなり、情報は足で仕入れなければなくなった。
「農林水産省です。
ご存知でしょうが、食料の多くを輸入で賄っています。すぐにでも諸外国と関係を持ち、食料を輸入しなければなりません。どれだけ自粛したとしても1ヵ月と持たないでしょう。」
「経済産業省です。
我々の考えも農水省と同じです。石油が、いや石油に限らず鉄やアルミ、ゴムも無ければ国内の産業は死滅します。早急に入手しなければなりません。」
議題は主に国内に関することばかりであるが、食料や資源の入手先に付いては全くアテが無い。にもかかわらず自ら行動を起こすわけでもなく全てを外務省に押し付けていた。
「外務省です。
各省庁の要求は重々承知しています。ですが、どの方角にどの様な文明国が有るか分からない以上、より一層慎重にならざるをえません。何て言ったって、九十九里市をいきなり襲撃してくる国が有るほどなんですからな。」
「防衛省です。
外務省から話があった通り、文明国の捜索に関しては各方面に『P-3C』『P-1』及び『US-2』を飛ばしています。発見次第外交官を伴い1個護衛隊群を向かわせます。
重ねて今回の九十九里事件の詳細もお伝えします。民間人は犠牲者約1000人、負傷者約800人。自衛隊及び警察は殉職者が陸上自衛隊に1人、負傷者は50人前後。ですが、この50人に関しては人体破損に伴い退職を余儀なくされている。家屋被害総額は2000万程度です。」
戦後初の『外国からの攻撃』、『最多の犠牲者』、『自衛隊員の戦闘による殉職』・・・。
出席者全員が、忘れていた戦争の悲惨さを思い知り、机に肘をつき指先を額に当て・・・。
「はぁぁ・・・。」
溜息を漏らす。
東京留置所・・・。
ここに、九十九里浜を襲撃したボルドアス帝国第3戦隊第4陸戦隊の残党、約3000人が投獄された。
「私は『カマタ』としか話をしない。」
陸戦隊隊長のヴァルサルもその一人であった。
投獄された3000人の中で最も位が高いので、警視庁は彼に積極的にアプローチをし、情報を聞き出そうとしていたが、ヴァルサルは「カマタとしか話さない。」と言って聞かなかった。
カマタとは、陸上自衛隊第1師団長の鎌田陸将であり、降伏した後、縄で手と足と首を繋ぎ、棍棒で叩かれながら連れて行かれるかと思っていた陸戦隊に対し、そういった扱いをせず檻に最後の1人入れられるまで見守っていてくれた。
それからと言うもの、ヴァルサルは鎌田を「この国で唯一信頼できる男」として認識していた。
困り果てた警視庁は防衛省に相談。情報がほしい防衛省としては「なんでもっと早く言わなかった」と言いたいばかりに、鎌田を留置所に急行させた。
数時間後・・・。
「やっと来たか。」
「あまりここの職員を困らせないで頂きたい。」
鎌田が到着した。
それまで硬い表情だったヴァルサルも、心成しか表情が和らいだ。
「で、何処から話そうかな?」
「まずは君の国籍、出身地を知りたい。」
「生まれはボルドアス帝国の属国になっているアストラン共和国だ。」
ヴァルサル個人はアストラン人であるが、部下の大半はボルドアス人である。
「ボルドアス帝国は今何処と戦争している?」
「この国から東に4500kmぐらい行った場所にある『タンタルス大陸』南部の国、『ジュッシュ公国』だ。帝国は大陸統一を目的に戦争を繰り返している。残りはジュッシュと南端の未開の地だけだがな。」
「ジュッシュ公国について何所まで知っている?」
「味方する気か?・・・まぁ、問題ないか。」
ヴァルサルが言葉を詰まらせたのは、ジュッシュ公国に味方することは、ボルドアス帝国に完全敵対することである。ボルドアス帝国はタンタルス大陸最強の国であり、軍事力はそれを裏付けるほど高い。しかし九十九里で見た『天飛馬』や『鉄亀』を思い出した。あれを用いれば、いくら強大なボルドアス軍であっても勝ち目は無い。
「ジュッシュ公国の国土の半分以上は穀倉地でね。その年間生産量はタンタルス大陸の人口の半数をまかなう事が出来ると言われている。帝国はそれを求めて5年以上も戦争を続けている。」
「国力差は圧倒的だと思うが、何でそんなに苦戦している?」
「公国には『魔女』って言われる将軍が居てね。ソイツの率いる部隊に尽くやられていてね。
それに、元々俺たちはジュッシュ軍の戦力分散を狙っていた物でね。その過程でこの国を見つけたって訳。ここなら偏西風に乗って7日ほどで到着できるし、穀物地帯でもあれば戦争を有利に戦える。」
「残念ながら我が国は全国民を養えるほどの穀物地帯を持っていなくてね。だがジュッシュ公国の存在は日本にとって有り難い物になりそうだ。」
タンタルス大陸の総人口はおよそ8000万人。その半数である4000万人を養えるほどの生産量を誇るジュッシュ公国はボルドアス帝国と同じように、喉から手が出るほど欲しいものであり、何としても接触し、たとえ日本に不利な条件で国交を樹立しても、そうしなければ大量の餓死者が出る。それだけは避けたい。
ヴァルサルの証言を基に、防衛省は捜索範囲を東に集中しタンタルス大陸を見つけ出そうと躍起になる。