第3話
ベルテクス艦隊・・・。
まさか827m/秒で飛翔する砲弾が向かってきているとは誰一人として思わないであろう。仮に砲撃音が聞こえたとしても「誰かが重いものを落とした」程度にしか思わないであろう。
そんな中でも、蒸気船『ロプリエース号』への積み込み作業は大詰めを迎えつつあった。
「夜を徹しての作業の御蔭で、搭載は70%完了。このペースなら昼過ぎの出発も可能です。」
「皆よく頑張った。後で皆にはたらふく酒と肉を振る舞ってやる!」
いくら厳しい訓練を乗り越えて来た精兵とは言え徹夜の作業はやはり堪えたようだ。作業に従事した者達全員に疲労の色が見えていた。
だが、帝国のために尽くすものには相応の報酬を与える。ベルテクスもヴァルサル程に部下からだけでなく軍上層部からの信頼が非常に厚い人物であった。
「おお!流石ベルテクス提督!」
「ハッハッハッハア」
新大陸を手に入れられる可能性、そして海軍の最高司令官への道のりが着実に近付いてくるのを実感し、部下からの煽てもあって、高笑いするほど上機嫌になるベルテクス提督であったが・・・。
バッゴォォォォォン
ロプリエース号が爆発四散した。
「何だ!?!?一体何が起きたのだ!?!?」
動揺するのも無理はない。彼の出世街道は一瞬にして、目の前で爆ぜたのだから。
その様子は浜の陸戦隊からもよく確認できた。
「まさか大砲!?」
蛮族が大砲をもっているはずがないと高を括っていたヴァルサルも激しく動揺する。
「周囲を探せ!3000t級の蒸気船を吹き飛ばすほどの大砲、そう簡単には動かせまい。」
だがすぐに冷静さを取り戻し兵に指示を出すが、どれだけ探しても「大砲」の「た」の字すら見つからない状況に焦りが募る。
「クッソ!一体何処に-」
そんな状況に追い討ちをかけるかのように、ありもしない大砲の探索を命じられた兵士が、一人また一人と姿を晦ました。
「・・・(クリア)。」
その犯人は、独立連隊として参加していた陸上自衛隊の精鋭『特殊作戦群』であった。彼らは、大きな物音を立てて辺り一帯を虱潰しにするボルドアス兵に、音一つとして立てず死角から忍び寄り、一人ずつ確実に仕留めていった。
陸戦隊が血眼で有りもしない物を探す一方、艦隊を第二の悲劇が襲おうとしていた。
ベンジャー号のメインマスト上部に設置した見張り台から、単眼鏡を持った水兵は叫び指差す。
「北から何か来ぞ!」
甲板に居る者達は、水兵が叫び指差した方角、北を一斉に向く。
彼らの目に映ったのは、パタパタと羽音を出しながら恐ろしいスピードで近づいてくる、空飛ぶナニかであった。
第4対戦車ヘリコプター隊 三城島機・・・。
「ハチドリ1、目標捕捉。」
陸上自衛隊の対戦車ヘリコプター『AH-1S コブラ』の前座に座る火気管制官が目標と定めた蒸気船に目線を向ける。火気管制官が装着しているヘルメットは武器システムの一部で、顔の向きを変えればそれに合わせ機首下部、前部座席の真下に取り付けてある20mmガトリング砲が連動して動く。
後は発射ボタンを押すのみ。
「射撃開始!」
3本の銃身が高速回転し始め、毎分730発で20mm砲弾を撃ち出す。装弾数はたった700発で文字通り1分と経たずに弾切れになるが、7mmの垂直装甲を貫通する砲弾の前に、木造の蒸気船が耐えられるはずも無く、甲板を貫通した徹甲焼夷弾(API)と焼夷榴弾(HEI)は船の内部で炸裂。全周2mの人員を殺傷し、燃料や弾薬に命中し誘爆を引き起こす。
爆発の圧力に耐えられなくなったら、甲板を突き破り炎と黒煙が混じった球体が噴出し、衝撃と熱波でメンマストは根元から海面に向かって叩きつけられ、水兵も舞い散る木の葉のように木片と共に海に放り出される。その中に、ベルテクス提督であった死体も混ざっていた。
第4陸戦隊・・・。
空中を高速で飛翔する物体が艦隊の真上を通過し、大砲の攻撃から免れた9隻を粉砕した。
「艦隊全滅しました!ベルテクス提督の安否は不明!」
安否不明・・・。甲板の兵員諸共蒸気船が木っ端微塵に砕け散る様を、始まりから終わりまで見ていたヴァルサルは直感で察した。ベルテクス提督は戦死したと。
「たっ助けてくれ・・・。まだ・・・、まだ死にたくない・・・。」
投げ出された水兵は浜での陸戦隊を頼って必死に泳いでいた。しかし、その多くの者が腕か脚、もしくはその両方を欠損しており、ろくな医薬品も持たない陸戦隊ではどうしようもなかった。
「・・・楽にしてやれ。」
大量に血を流す物を無駄に生き長らえさせ苦しませるのか。ヴァルサルは何も出来ない無力さを嘆きながら陸戦隊に命じた。
「まっ待ってくれぇ。まだ、家族にぃ・・・。」
「すまない・・・。」
「ぐわぁあ。」
陸戦隊もヴァルサルと同様、己の無力さに苛まれながら、打ち上げられた水兵に銃剣を突き刺した。
そして、第4陸戦隊は300人以上の負傷兵と共に退路を失った。しかし、彼らにはまだ家屋から引っ張り出して来た家具で組んだ方陣が残っていた。
「・・・ッ!全員聞け!徹底抗戦だ。この方陣が我等の死に場所!例えこの戦いが帝国に戦歴に記されずとも、帝国軍人の名に恥じない、名誉の戦死を遂げるのだぁっ!!」
「「「おおおおぉぉぉぉ!!」」」
ヴァルサルの一喝に陸戦隊約1万の士気が一気に高まり、歓喜の雄叫びが九十九里市内に木霊する。
九十九里町立豊海小学校 第34連隊本部・・・。
「退路が無いのに、敵さんヤル気ですね。」
「文字通りの『背水の陣』だ。士気は否が応にも高まる。」
「師団司令部よる全軍通信。『進行を開始せよ』。」
「第34連隊、前へ!」
『16式機動戦闘車』を前面に押し立て34連隊約2000人は不動堂を目指して進軍する。
師団司令部からの命令に合わせ、第1・第32連隊も同様に『10式戦車』を前衛として南北から不動堂に向け前進を開始した。
第4陸戦隊上陸地点・・・。
「何だあれ・・・?」
ヴァルサルの目に映ったのは砂を撒き上げてこちらに接近してくる長い鼻をした亀みたいな物体であった。
10式戦車の全高は2.30mであったが、視線を遮る物の何も無い海岸では、その接近は容易に察知できた。
「南からも同様の物が。」
「まさか、自走式の大砲とでも言うのか・・・?」
そして、住宅地のほうからも、南北から接近してくる物とは少し違うが同種と予想できる物も現れ、全周200mで静止。背後から1万近い歩兵も現れ銃に似た武器をこちらに向けて来た。
陸上自衛隊とSATの混成集団は半円状に設置した方陣を中心に敵上陸地点から距離200mで包囲。『10式戦車』4両、『16式機動戦闘車』4台を等間隔に配置し、その間から89式小銃やMP5を突き出し・・・。
「浜を占領している武装集団に告ぐ、直ちに武器を捨て投降せよ。繰り返す-」
降伏を勧告した。
「奴ら、どうして我々と同じ言語を話せるのだ!?」
初めて上陸した土地の住民が、帝国民と同じ言葉、つなり『海洋界超越言語』を使っている、かつて帝国、でなくてもタンタルス大陸の何処かが支配していたのか、だがそんな記録は残されていない。ヴァルサルは混乱の極みに達した。
「隊長、奴ら我々に対し『降伏しろ』と。」
その混乱も降伏の言葉を聞き我に返る。
アストランで戦っていたときもボルドアス帝国から同じことを言われた。
「降伏ぅ!?ふざけんな!降伏するぐらいなら死を選ぶわ!!」
その時口に出せなかったこの台詞。皮肉なことに、まさか祖国に為でなくボルドアス帝国の軍人としてこの台詞を言うことになるとは。
複雑な心境のヴァルサルであったが、1万の兵達はまさにその通りの考えを持った。
そして、ヴァルサルはそんな心境を振り払うように下令する。
「-ッ撃てぇえ!」
パパパパパパパンッ!
第4陸戦隊は最後の抵抗としておよそ6000発の銃弾を放った。
ライフルド・マスケットは本来滑腔砲であるマスケット銃にライフリングを刻みこんだもので、弾丸が銃身内に密着し、ライフリングによる弾丸の回転運動の御蔭で、空気抵抗をモロに受ける通常のマスケット銃の弾丸に比べ比較的まっすぐ飛ぶ。
そして、それから打ち出される弾丸は『ミニエー弾』であった。
ミニエー弾の威力は凄まじく、服、皮膚、筋肉をも貫き骨さえも砕く。その有効射程は、約270m。
「伏せろぉおおっ!」
発砲を受け、陸自隊員たちは車両の影や地面に身を隠したが・・・。
「飛田隊員即死!!」
一人が銃弾を頭部に受け即死、他数十人が重軽傷を負った。
「敵勢発砲!各車、正当防衛射撃を実施せよ!!」
本土への侵略行為、それに伴う民間人の死者、降伏勧告、敵勢の発砲。後手後手に回って回ってして、ようやく反撃となった。
「正当防衛射撃、目標敵陣の最外皮、多目的榴弾っ撃てぇええ!」
10式戦車、16式機動戦闘車から放たれた榴弾は半円状に展開する敵陣の最も外側の陣を多数粉砕すると共に、敵兵数千が戦死した。
「・・・。」
海岸の砂、組み上げた家具の破片、爆発が起きるまで兵士だったもの肉片が空高く舞い上がり、雨の様に降り注ぎ、ヴァルサルの戦意は脆くも打ち砕かれた。背後には海、残る三方は敵に囲まれ文字どうりの「背水の陣」であった。方陣は騎兵突撃に強く砲撃に弱いという特性が有り、ヴァルサルもそれは重々承知している。だがたった4発の砲弾で7000近くの兵を失った。
「これ以上の抵抗は無駄だな・・・。」
ヴァルサルはゆっくりと敵軍の方へ歩き出した。
「隊長、何を?」
「お前等は大人しくしていろ。俺に悪魔の片棒を担がせるなよ。」
ヴァルサルの背を見つめる兵の中には泣き崩れる者も居た。
だがヴァルサルの心中は違った。アストラン人である彼からすれば、ボルドアス帝国はまさに『悪魔の国』であり、今の自分はそんな悪魔の国の手下に成り下がっている。祖国からすれば、自分は既に悪魔の片棒を担いでいる。
ボルドアス帝国に対する紛い物の忠誠心と、祖国アストラン共和国に対する本物の罪悪感に挟まれる彼の足取りは重い。
その様子は自衛隊員たちも確認した。
「敵兵が一人、こちらに来ます。」
「大将か?」
大将と思わしき者は100mほど離れた地点で足を止めた。
「私はボルドアス帝国海軍第4陸戦隊長ヴァルサル!貴軍の大将と話がしたい!」
陸自もSATもこれには戸惑う。様か、攻め込んできた敵が日本語を話しているのだから。
「陸将、どうしましょう?」
「どうするも、行くしかないだろう。」
陸上自衛隊、鎌田第1師団長が全軍を代表して話す事になった。
前線に出ると、そこにはヴァルサルと名乗る男が自軍と敵陣のほぼ中間に立っていた。
「私一人で良い。」
「そんな、危険です!」
「彼はそんな危険地帯に一人で居るが?」
付き添いの准将はそれ以上何も言わなかった。
一人の男が歩いてくる。その服装は緑と茶色を基調とした斑模様で、とても大将とは思えない。男はヴァルサルの目の前で止まった。
「日本国陸上自衛隊第1師団長、鎌田陸将である。」
「こんな奴が大将なわけない、と思っていたが、見事にはずれたわけか。」
「話し合いと言っていたが、まさか抗戦意思を伝えに来たのか?」
「そんな事言う訳ない。私から言えることは唯一つ。」
「・・・。」
「私はどうなってもかまんが、生き残りの三千人はどうか助けてもらいたい!」
「貴方の気持ちは充分尊重したいが、それは、我が国の司法が決める事だ。私には何の権限も与えられていないのだ。」
「そうか・・・。」
「だが貴方ほど優秀な指揮官ならどうすれば良いか分かっているのであろう?」
「まあな。」
ヴァルサルは自陣の方を向き・・・。
「皆っ!武器と陣を捨てこっちに来い!」
鎌田もまた自軍のほうを向き・・・。
「彼らを連行せよ。」
こうして事件は現場から法廷に移った。