第24話
ボルドアス帝国 属領イリオス郡
この郡の旧名はイリオス共和国。大昔に人間に迫害された亜人種達によって建国された内陸国である。この国が位置していた場所は、標高4000ⅿクラスの山々が連なるソプラソット山脈のほぼ中心にある広さ約4万㎢の窪地である。ここに海岸部から追放されてきたエルフやドワーフといった亜人達が集落を作り共存し始めたのがこの国の生い立ちである。
目立った産業は狩猟と林業であるが、細々と鉱物の採掘もおこなわれ、各種族が互いの長所を活かしながら共存共栄によって人口を増やし、30万人に達した所で立憲、行政、司法の各機関を構築し、亜人達の間で『強く』という意味で使われていた『イリョース』を国名にした。『イリオス』はこの『イリョース』が長い年月を掛けて訛ったものである。ちなみに、建国当時、大陸の海岸部では人間達が各個人の価値観の対立から内ゲバをしていた。当時の首領は、こんな野蛮な種族とは関係を持てないとして窪地の外に出ることを禁止した。
しかし、このセルフ鎖国体制が災いしてか、外界に知られることなく、数千年の間で人間達は複数の独立国を創り、互いに牽制し合うことで落ち着きを取り戻していた。そのことが分かったのは聖皇紀1804年に現在のボルドアス帝国の前身に当たるバロダイレ共和国の『テッキナー』という貴族出身の登山家によってイリオス共和国が発見されのだ。彼が山中で凍え死にそうになっていた所を猟師が発見し、保護したのだ。保護した彼の所持品は、そのどれもがイリオス人にとって理解できないものであった。ねじ巻き式腕時計、方位磁針、懐中電灯。すべてが未知の代物であった。
何はともあれ、イリオス国民の手厚い介護のおかげでテッキナーは回復。出国を許された。帰国した彼は、この時の出来事をまとめた自伝『ソプラソットに隠された黄金郷』を出典。瞬く間にミリオンセラーとなち、バロダイレだけでなく、隣国のトロバーやティルナノーグ、更にはジュッシュまでもがその黄金郷と例えられたイリオス共和国を夢見た。
結果的に、イリオス共和国はタンタルス諸国との国交を限定的ながら結んだ。
限定的と言ええイリオスの技術水準は飛躍的に向上し、高純度の金の精錬が可能になり、長年培ってきた職人技で作られた装飾品はイリオスの特産品となった。
そうして平穏な時がいつまでも続けばどれほどよかったか。
時に聖皇紀1810年。バロダイレ共和国が帝政ボルドアスを宣言。イリオスの豊富な鉱物資源を求め侵攻を開始した。しかし、迫害されてきた歴史を持つイリオス人の郷土愛は凄まじいぐらい強く、また現在まで続く亜人種の迫害に亜人国家イリオスへの侵攻が重なり、諸国から亜人達が傭兵として参戦し国力以上の防衛力を手に入れていたころも幸いし、侵入してきたボルドアス兵を地の利を生かしたゲリラ戦術で撃退し続けていた。余談ながら、この傭兵の中の一つ、ジュッシュ人エルフの傭兵団の中には若かりし頃のクローディアも参加していた。
そうして35年にも及ぶ長期戦の末、遂にイリオス共和国はボルドアス帝国に併合されイリオス郡に改名。以来、収容所的な役割を押し付けられていた。しかし、首都が陥落する直前、イリオスの要人達は、国庫に残されていた全ての財産を投げ売って、傭兵達の護衛の下、ジュッシュ公国に亡命した。
郡北部 ベリイラ区 サドマホ収容所
北部であとうと何処であろうと、鉱物加工を行っている中央部のイリューデル収容所を除いてやらされることは鉱物資源の採掘である。これらにはボルドアス帝国内で反乱を企てた者達が収監され、朝5時から夜11時まで、一回の食事で毎日坑道で働かされていた。
征服された国の民は大きく分けて農奴か鉱員にさせられる。農奴は比較的初期に降伏すれば、ボルドアス人の新領主の下で農作業に徹せられる。鉱員は頑強に抵抗し続けた国の民が多く、当然毎日死と隣り合わせである。餓死、病死、事故、粉塵爆発、そして拷問。数が減っても、捕らえた反乱分子を送り込めばそれですぐに人員の確保は済む。
「また一人、死んだやしいな。」
デュリーランド解放軍の一員のロルスとベネレの二人も、反乱分子として捕らえられ、事故(表向き)で亡くなった人数の穴埋めのため、ここサドマホ収容所に送られてきた。
「今月に入って50人目か?人を消耗品とした思ってないクズ共が・・・!」
「こう言っちゃなんだが、もう死体、見慣れちまったよ。」
「慣れたくはなかったが、慣れなきゃボル共を殺せない。
けどそのボル共に死体を慣れさせて貰ったなんてなぁ。この礼は後でたっぷりとお返ししてやらぁ。」
と威勢のいいことを垂れ流すロルスであったが、その言葉の裏には、もう祖国解放などというバカげたことは終わりにして、ここで人知れぬまま死のうかとも考えるようになっていた。
しかし、相方のベネレが励ます。
「そのお返しをする日なんだけど、俺はもうすぐ来るんじゃないかと思ってんだよな。」
「どういうことだ?」
ベネレは、ここに収監されてからと言うもの、時折来る輸送隊の一人を、採掘がてらくすねた金鉱石を使い買収し、そこから外界の情報を仕入れていた。
「この前手に入れた情報に面白いことがあってよ。聞くか?」
この時のベネレの表情は、ロルスの視点で見ると真顔であった。随分前に彼女を口説き落とす方法はないかと相談したが、その時言われたことを実践して見事に玉砕した過去を持っている。その時のベネレのニヤケ顔が忘れようがない。だが真顔の時は、本当に大事な話があるときに使うということも知っていた。
ロルスは、降っていたツルハシを止め、周囲にボルドアスの看守がいないのを確認し、静かに頷いた。
ベネレも、まだ確証が得られていない情報だけに、細心の注意を払い、ロルスにのみ聞こえる声量で話す。
「ボルドアスがジュッシュに3回目の総攻撃を仕掛けたんだ。それも前2回のそれを大きく上回る数でな。」
「本気で潰しにかかったってわけか。」
「陸軍は4倍の数、海軍も1個艦隊を陽動につけたんだけど、結果だけ見りゃあ、ボル共の完敗。具体的には陸軍は4分の3、海軍に至っては全滅ときた。」
「全滅!?」
あまりにも現実離れした内容に思わず大声を上げてしまうロルス。
向かえば常勝と言われたボルドアス軍が過去に例を見ない損害を被り敗北したなど、祖国デュリーランドを属国にした憎い敵であったとしても、わずかながら心配してしまった。
その声に周りにいた労働者も思わず手を止め、自分や、ベネレの方にいたし視線を向けるものだと思った。しかし以外にも、自分達の方に振り返ったのは視界全体に見えて居た者の二割にも満たなかった。
誰かの大声が気にならないほどに精神的に追い詰められているということだ。ここで、ロルスはデュリーランド開放という目標に、収容所に収監んされている全労働者の救出も加えた。
「その話、嘘じゃないよな?」
本当なら明日にでも行動を起こしたかったが、何の下準備もなしに決行するなど自殺に等しい。
ここは、新たな情報が入るまで耐えるしかないが、まずはベネレが持ってきた情報の信ぴょう性を確かめる。
「王国報通に載っていたって言ってたから、信頼に値するものだと思っていいぜ。」
王国報通は、タンタルス大陸が属する第5海洋界を支配するギル=キピャーチペンデ王国が発行する唯一の新聞で、ボルドアス帝国の富裕層がタンタルス以外の衛星大陸の情報を得られる無二の情報源であった。
「で、どうするよ?ロルス。」
「今は待とう。それがいつの情報かはわからんが、情報を待ちつつ、反抗の準備を進めよう。」
正しく王国報通が囚われの者達の一筋の希望になりえた瞬間であった。
「わかった。
それはそれで良いんだが・・・。」
とは言え狭い坑道で叫び声なんて上げたのはまずかったか、ボルドアスの看守が二人の視界に入った。
「俺達がくたばらんようにしないとだな。」
「そ、そうだな。」