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ミトスター・ユベリーン (リメイク)  作者: カズナダ
日本国の章 タンタルス編
22/24

第22話

 時系列を日没直後に戻す。


 ソロン北の近郊・・・。

 静かな夜。そよ風が地面の草や木々の葉を揺らすせせらぎが心地よく、夜空にはそれにふさわしいほどの月が輝いていた。

 そんな月光に隠れるように木の根元に身をかがめる集団がいた。


 陸上自衛隊の精鋭『空挺レンジャー』であった。

 300人の部隊ソプラソット山脈を迂回しソロンとバンベルクの後方約30㎞に150人ずつの中隊に分かれて進出。連合軍の攻撃開始と共に敵の後方連絡線や補強路の寸断を目的としていたが、トロバーに進駐するボルドアス軍は本国に援軍要請の連絡を出すことはなく、また本国からも援軍が向かってくることはなかった為完全に暇を持て余していた。

 その連合軍の進軍速度も余りにも速攻であった日没までに重要拠点のバンベルク、ソロン、カーリッツを包囲するにまで至っている。だがそのせいでこちらの補給線が伸び切ってしまっていた。充分な補給を得られるまでは戦闘を中断している。

 再度攻勢開始までの間、そしてこの世界の暗黙のルールで夜間の大規模戦闘を行わないこととなっている。


「軍司令部は夜明けと共に総攻撃を再開する。

 我々は開始に合わせ敵司令部と防御施設をC-4によって爆破する。」


 中隊長、浅野慎介3等陸佐が作戦を説明している間にも、後方では10個のC-4が配られていた。

 中隊はさらに3つの小隊に分割した。


・第1小隊(元村総士2等陸尉)50人・・・司令部への襲撃。 C-4 3個

・第2小隊(天野昌也2等陸尉)50人・・・防御施設への襲撃。 C-4 4個

・第3小隊(柳淳3等陸尉)50人・・・その他敵施設への襲撃。 C-4 3個


「俺たちならやれる。」


 街の地理も敵の配置もわからないが、空挺レンジャー教育課程でもそのようなことは織り込み済み。問題にはならない。

 唯一問題があるとするなら。


「ですが、この明るさでは・・・。」


 それは周囲が明るいこと。レンジャー部隊が潜伏している森から町までは遮蔽物がなく、また草も非常に低いため匍匐での接近も不可能であり、尚且つ200ⅿ先まで見渡せるほどの光量の下で活動することは困難であった。

 風はあるが、月が隠れるほどの雲量はない。


「敵の注意を逸らそう。」


 ソロン北監視所

 監視所と一口に言っても、物見やぐらではなく階層の高い民家の一室に見張り員を置いただけというものであった。おまけに室内でロウソクランプを煌々を焚いているため外からでもそこがどうゆう場所であるかは、監視所であるか単に寝つきが悪い人の部屋なのかの二択になる。だが戦場で民間人がそんな目立つようなことをするか以前に住人は避難している。答えは自然と前者になる。


「はぁ~あ。野戦軍の連中、何の役にもたたなかったな。おかげで、こんなチンケな街に閉じ込められちまったしよ!」


 監視を任された兵士は二名。そのうちの一人が、野戦軍の惨敗、連日の監視所内での缶詰め状態によるストレスのあまり部屋に置いてあった椅子を思いっきり蹴り飛ばした。勢いよく壁にたたきつけられた椅子はパーツごとに大きく破損し、その椅子としての機能を失った。


「気持ちはわからんでもないが落ち着け。椅子や机ぶっ壊したところで事態は解決せんぞ。

 それから酒も止せ!」


 もう一人がなだめるが、彼はそんなことお構いなく下の階から持ってきたボトルの栓を抜いた。


「知るかよ!どうせ町からは逃げられねぇんだ。酒に逃げでもしなけりゃぁやってられねぇっつぅの!!」


 ベッドに腰かけボトルの中身を一気に飲み干す。つもりであったが、さすがに口内の許容量を超えたため口からボトルを離す。

 そして、くはぁ~と一時で終わる至福が永遠に続いてほしいとの思いを込め、胃袋から押し出された空気を一気に吐き出す。


「・・・ったく。」


 あきれ果てもうそれ以上は何も言わず、見張りを続ける。

 とは言え、見張りを任されているのは主戦場である南とは真反対の北側。見えるものと言えば、背の低い草原と森林。それから変な明かり。


「ん?なんだあの明かり?」


「なんかあったかぁ~。」


 森林を形成する木々の根元に灯る怪しげな光。その数は3~5個。白く灯っては消えるを繰り返しているため決して燃えているわけではない。あれが一体何なのか、敵がいるのかはたまた正体不明の自然現象なのか。前者であったなら最悪であるが、どちらにしろ・・・。


「(気になる)少し開ける。持ち場を離れるなよ。」


「へいへぇ~い。」


 一人は光の正体の確認に、もう一人は見てない間に酒が回ってベロンベロンに酔っぱらっていた。


 外に出て街から少し離れれば、そこは風邪を一切遮る物のない草原。吹き抜ける風はヒンヤリとしていて、昼間の激戦が嘘であったかのように心が安らぎ緊張がほぐれる。周りを見渡せば同じ考えを持ったであろう兵士たちが合計で20人ほどいた。彼らはその中で最も階級の高いある師団付属の警軍隊員の指示で動くことになった。

 なぜその警軍隊員が最も階級が高いと分かったかというと、それはサーベルとリボルバー式の拳銃を所持していたからであった。サーベルは本国軍の全将兵に帯刀が許されているが、ボルドアス帝国内ではリボルバーの所持が許されているのは、軍将校を除いては警軍総監という、軍部内のみに権限を行使できる警察のような組織に属する者だけであり、それを構成する隊員は全員ボルドアス軍士官学校卒業時の上位者である。ちなみにリボルバー拳銃は実銃弾薬全てギル王国からの輸入品である。管轄こそ違えども士官であることに変わりないので、兵卒である残りの19人は何の文句も言わずに警軍隊員を隊長とする即席の偵察分隊が構成され指揮を受け入れることになった。


 警軍隊員を先頭に複縦隊で森林に入った偵察分隊は正面と左右に銃剣とサーベルを向け隈なく注意を払い、ゆっくりゆっくりと進んでいった。しかし進めど進めど周りに見えるのは腰の丈程度の高さの植物ばかりで謎の光の正体につながるような手掛かりは見つけ出すことができなかった。


「ここまで来たら、何もないな。」


 街の明かりがギリギリ視認できる所で分隊は進むのをやめた。なんの目印もなしにこれ以上森の奥深くに入り込むことは非常に危険であるので、引き返すことにした。だが分隊に異変が生じ始める。


「ん?人数、減ってないか?」


 その言葉に全員が振り返る。数えると分隊長含め18人、明らかに人数が減っていた。となると、さっきまで光の正体について調べていたことと関連付け、あの光は敵が起こしたものではないかとの憶測が飛び交い始める。


「落ち着け!仮にあの光が敵によるものであったとして、取り乱しては敵の思うつぼ。いなくなった奴は戦死として扱う。我々はすぐに戻るぞ。いいな?」


 分隊長の指示は的確であった。

 ここは真っ暗な森の中。分隊から離れたなら「たすけて」の一言ぐらいあってもいいのだが、そんな声は一切聞こえてくることはなかった。普通に考えて往路で誰かにやられたとすれば、慌てふためいている兵士たちを少しは落ち着きを取り戻すというもの。何より「戻る」の一言で全員が一気に平常心を取り戻したように見えた。なにより分隊長も、入っただけで人が消えるなどという不気味な森からはサッサと抜け出したいと考えていたのであった。


 だが、それら全ての動きを木の陰から息を潜めて監視している空挺レンジャーの第3小隊、それに自衛官候補生から実力で尉官にまでのし上がった柳淳にはお見通しだった。


「あの隊長は優秀だな。引き際を弁えている。」


 自分たちでなく現地軍の人物だったら見逃すであろうが、これから破壊工作を仕掛けようというのにここで見過ごせば町の警戒度は上がる。そうなればB軍団は万全に近い状態で防備を固める敵軍と戦わなければならなくなる。


「だがここでおめおめと街に返すわけにはいかない。小隊、攻撃開始。」


 誰一人として生きて返さぬ。

 非情は決断ではあるが、敵を生かして仲間を殺すのであればその逆が良いのは当たり前だ。柳は自らの決断に心を痛めていたが、敵への情を捨てて鬼になる。そうでもしなければ自分自身が悲壮感に苛まれてどうにかなりそうであった。


 柳から命令を受けたレンジャー達も人情を押し殺して遂行する。

 道の脇の草木から腕だけを伸ばし、ターゲットと定めたボルドアス兵の口を押さえ首の締め上げ声を発せなくさせ自分たち居た草木に引きずり込んで刺殺する。

 ボルドアス兵達からすればただ事ではない。後ろの兵が一人、また一人と消えていくのだから。それが続けば森に入る前の好奇心などすぐさま恐怖に置き換えることなど容易い。我先に逃げようとする兵士の末路も同様であり、ついに分隊を率いていた警軍隊員も空挺レンジャーにつかまり、兵卒たちの後を追った。


 第3小隊が敵分隊を蹂躙しているころ、第1小隊と第2小隊は町の東口と西口から内部に侵入。障害となり得る敵兵を排除しながら進み、町の防衛施設にC-4を設置していく。物見やぐら、大通りの防壁、そして司令部。物見やぐらへの設置は第3小隊の担当であるため敵兵を排除しただけにとどめたが、やはり防壁や司令部は手強いものである。見張りの兵士が多いことに加え不規則に動き回り、排除しようにも無力化した敵兵を隠そうにも、無力化する前後で発見される可能性が非常に高く、第1小隊も第2小隊も身動きができないでいた。


「厄介だなぁ~。」


 第1小隊の陸士長の零す愚痴がすべてを物語っていた。第3小隊が敵の見張りの一部を引き付けたことで難無く司令部と思わしき建物の外壁まで来ることができたが、それでもさすが司令部と言った所か、見張りの数が予想より多く到着したはいいもののそれ以降全く動けなくなっていた。


「敵司令部の破壊ではなく、司令部爆破による敵軍への混乱の誘発に変更してはいかがでしょう?」


 司令部の爆破という手法と敵軍の混乱誘発という目的は変わっていたない。変わったのは司令部の完全破壊か甚大な被害を与えるかの違いであった。

 破壊ができなくても、司令部が攻撃を受けたという事態はその指揮下にある全軍に混乱を引き起こす。混乱が起これば規律の取れた部隊行動ができなくなり、収束させるには一度指揮系統を再編し立て直す必要がある。その時が自軍にとって最大のチャンスなのだ。


「やむを得んな。外壁にC-4を設置しろ。」


 元村2尉は個の進言を承諾。窓の明かりのみを頼りに鏡やガラスの破片、銃剣の反射を利用して室内を探る。

 判断材料は書類や人物の数と卓の長さ。

 人や書類、とくに地図の類が多いということは、情報の更新や伝達を常時行っている可能性が高いということだ。卓の長さも、会議を行う際、多くの士官を収容し重要度の高い会議を行うことも考えられるからだ。

 会話の内容も重要な判断材料ではあるが、窓越しでは中の兵士たちの会話は聞こえてこない。


「視覚情報だけでは限界があります。」


「それでもやらねばならん。根気強く、それでも手短にやれ。」


「あれは・・・地図か?」


 設置したC-4に発火信号受信器を差し込み、電波を妨害しない艇でにカムフラージュを施す。ぱっと見では廃材が無造作に置かれているように見えるであろう。


『〇1、〇1。こちら〇2、C-4の設置を完了。〇3と合流し撤収する。』


「〇1了解。」


 第3小隊と合流するということは、遅れてきたはずの第3小隊が目標物である物見やぐらにC-4を設置するまで手間取ったということだ。しかし第2小隊の目標が大通りの防壁であることを考えると、仕方ないといえばそれまでだ。何せ両端の建物からは大通りが丸見えなうえ篝火や敵兵の数も一番多いのがだから。

 とは言え、中隊全体で殉職者を出すことなくC-4の設置を完了させたことには違いない。中隊は再び近郊の森に姿を隠し、夜明け、B軍団の攻撃再開を待つ。

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