第21話
カーリッツの沖合約3㎞ 第6護衛隊・・・。
連合軍司令部から夜間の戦闘を避けるように指示され、第6護衛隊にも休息が与えられた。艦内には最低限の人員と当直のみを残し、残りは居住区で6時間ほど仮眠をとり順次交代する。
艦橋では連合軍司令部との直通回線で翌朝からの行動の打ち合わせを行っていた。
「A軍団は現在、半壊したハーゼ騎士団とアストラン軍に代わり、ワスタンネ軍とマゴニア軍が戦線を引き継いでいる。
また、包囲を敷いているカーリッツは非常に入り組んだつくりであるため、ヘリ部隊及び護衛隊の出番は追撃戦までお預けだそうです。」
「増援部隊は?」
「南方と東方への進出完了の直前に北方に展開せよ、と。」
第6次大陸派遣部隊は96式装輪装甲車を主兵装としいる。過去5回と行われた大陸派遣では最初の2回が敵軍との戦闘を前提とし、74式戦車や99式自走155mmりゅう弾砲といった機甲戦力を、次の2回は車両や人員の駐屯地及びヘリ部隊の駐機場設営に食事や風呂といった後方支援隊を、前回の5回目はヘリ部隊を送り込んでおり、この第6次で第1師団と第12旅団の合計戦力のほぼ全軍が派遣されることになっていたため、予備戦力的な部隊編成でしかない。
とは言えど、96式装輪装甲車に車載された96式40mm自動てき弾銃は対人戦においてM2重機関銃と共に絶大な威力を発揮する。たとえ絶対数が少なく軽砲にやすやすと破壊される程度の装甲しか持ち合わせていなくても、包囲陣の一角を形成するには充分といえた。
「日が昇るまでが山でしょう。上陸部隊を送り込む前に逃げられてはたまったものではありません。
ここは降伏をすすめるという意味で信管を切った砲弾を敵司令部に打ち込むべきと考えます。」
きりしま砲雷長、渡部裕翔2等海尉の進言であった。
この砲撃は司令部となっている建物そのものではなく、その玄関先に着弾させるというもので、夜間という目視が効かない状況下で司令部のわずか数mの位置に着弾させることで、撤退は無意味であるという認識を植え付けることを目的にしている。
「で、何発打ち込む?当然たった1発ではマグレと思われてしまうぞ?」
「もちろん複数発打ち込みます。多くとも4発を想定しており、各艦1発ずつの射撃を行います。」
「目標は、本丸のみか?」
きりしまの航海長、松戸賢2等海尉が意見する。1発ではまぐれ、しかし1箇所でもまぐれと言う認識を与えてしまう可能性が、低くともあった。
「きりしまの射撃管制なら、司令部以外にも、弾薬集積所や、その他の部隊司令部にも着弾させることもできるのではないか?」
第6護衛隊の編成はイージスシステム搭載護衛艦『きりしま』を旗艦に、汎用護衛艦『たかなみ』『おおなみ』『てるづき』が続く。てるづきのみアメリカ製の5インチ砲で、残りの3艦はイタリア製の12.7㎝砲。ボルドアスの艦艇に搭載されている艦砲の直径は、平均的に20㎝を超えている。それと比較して小口径であるが、ボルドアスは数任せの方舷斉射であるが、海自は高性能射撃管制レーダーで一撃必中を可能にしている。
重要拠点の座標は抑えてある。
「よし。では敵軍への心理戦を行う。
全艦砲撃用意!」
砲雷長と航海長の意見がぶつかりがあったが、艦長判断で航海長の提案を採択。
きりしまの12.7㎝砲が稼働し、敵司令部に砲口を向けた。
カーリッツ ボルドアス第6本国軍総司令部・・・。
前衛部隊2万の兵数は半数が死傷したものの、敵軍の前衛を壊滅させその勢いのままテリッシュ高地を奪還しようとまで考える者も出てきていたが、司令部からの撤退命令と敵増援の来襲が重なったことで速やかにカーリッツに引き返し、町の守備隊3万と合わせ、合計4万の部隊でソロンと同じような防衛体制を構築していた。
「敵軍は再編を完了させたか、南方と東方に展開しつつあるとのこと。
我軍を包囲しようとしてます。」
「戦力が拮抗している状態での包囲は危険だろうに。大規模な予備が控えているのか、我々が動かないと思い込んでいるのか。
どちらにせよ軍を救うには即断即決以外に他ならない。」
敵の包囲行動が前者であるなら、夜のうちに撤退すればいいだけ。後者であったなら守備隊全軍をもって南の敵司令部に総攻撃を行うつもりであった。
「町の外郭部隊は攻勢に、中心部隊は撤退が即実行できるように準備をすすめろ。」
「「「はっ!!」」」
「俺は疲れたから少し休む。」
そういい、ルフィエルは自室へと戻った。
自室においてある家具はベッド、机、椅子の3つ、インテリアに申し訳程度のロウソクランプ。そして机の上には彼自慢の超年代物の葡萄酒が置かれていた。もとから寝つきが悪く無理やりでも睡眠をとるため度数の高い酒をグラス3杯以上飲んでから寝る。そんな習慣がすでに身に染みついていた。
その一杯目をグラスに注ぎ、淵を口につけた瞬間・・・。
ダゴォォォオオオン バリィンッ
部屋を揺らす爆音と衝撃。
ルフィエルは勢いよく床に叩きつけられ、後を追う形で机の上の酒瓶が転げ落ち、彼の目の前で木端微塵に砕け散った。
「あぁ・・・。
何事だ!!」
滅多に手に入らない代物であっただけに彼の神経にかかる絶望感は計り知れない。
しかし酒瓶が砕け散った程度で絶望などしていられない。
「敵の砲弾と思わしき物が降ってきました!」
司令部の扉も衝撃波で破壊されており、土埃や煉瓦の破片が内部にまで吹き込んでおり、さっきまで会議を開いていた場所とは到底思えない散らかりようであった。
そして、その衝撃波を起こした原因と思われる砲弾が、司令部を出た目の前の地面に突き刺さっていた。
「これが・・・。」
司令部の目の前にピンポイントで着弾させる。こんな芸当、帝国の砲兵には到底不可能である。仮にまぐれであったとしても敵水上艦の大砲はここまで届くと言うことだ。
ここが司令部だと分かっていたなら、何故信管を抜いていた。爆発させておけば自分含め、その場にいた軍幹部は全員戦死していてもおかしくない。
砲弾を前に呆然と立ち尽くしていると、伝令兵が3人、別々の方向から現れた。
「報告します!敵の砲弾と思われる物が弾薬集積所に落下!軽傷者多数!」
「同じく、サナベル地区(町の東側)防衛指揮所にも同様のものが落下して来ました!」
「タルナホ地区(町の中央)の軍診療所にも着弾しました!」
重要施設への正確な砲撃。死者が出た、破壊されたなどの実害は無かったが、町に立て篭もる兵士たちを動揺させるには充分であった。
「完全に捕らえられたな。」
そして、この瞬間からルフィエルの選択肢から『撤退』が消えた。
「奴らには全てお見通し。この町を捨てて本国に帰ったところで帰る途中で砲弾の雨霰。全滅するやもしれん。
撤退が不可能なら『降伏』か『徹底抗戦』となるが・・・。」
「撤退も降伏も許されないのであれば、徹底抗戦以外の選択肢はありません!一人でも多くの敵兵を道連れにするまでです!」
補佐官ビュゥリーの檄に塞ぎ込んでいた幹部や兵士の顔に光が溜まり、一様にそうだ、やろうと奮い立つ。たとえ退路がなかろうと、町には4万もの守備隊がいる。
「皆の闘志に心から敬意を表する。
全軍に伝え。夜明けと共に全軍を挙げて反撃を開始する!目標は敵軍司令部だ!」
「「「おおぉぉーー!!」」」
その歓声は海を越え、第6護衛隊にも届いたと言う。
この警告砲撃は、撤退は無意味であるとの意思表示という点では成功したと言える。しかしこれが返って敵軍全体の士気を大いに高める事になってしまった。
テリッシュA軍団司令部
発射音、着弾音、歓声。全てA軍団の将兵の聞くところとなり、歓声に圧倒されたかこちらの士気は反対に下がってしまった。
「海自と言ったか?やってくれたな。」
「ただでさえ戦力が拮抗し、こちらは攻勢側。相手の士気も高い。
こりゃ攻めれないな。」
ルフトとヴァルサルの落胆が目に見えて分かった。
「こうなってしまっては、敵の反撃に備えなければなりません。
カーリッツからテリッシュ高地まではおよそ34ヘクタールの平原が広がっておりますのでそこに出てきたところを特科で粉砕しましょう。」
一度上がってしまった士気は、決戦によって完膚なきまでに叩き潰さなければならない。それも『カンナエの戦い』のように一方的に。