第20話
ギル王国 軍需省 統合情報局
第5海洋界の情報を一手に引き受け、信憑性の高い物を選抜に発表する。商人たちの実際の証言を除けば、疑う余地のない確実な情報を扱っていた。
しかしここ数ヶ月は多忙な日々が続いている。理由は西方の衛生大陸、タンタラスに突如として現れた謎の国『ニホン』にあった。ニホンが記録として現れたのは、ジュッシュ公国で行われた『ゼーレファン沖海戦』が最初である。その後もタンタラス関連の情報には、必ずと言って良いほど、ニホンの名前が出てくる。
当初、派遣した職員の幻覚とろくに調査しなかったが、それでも、ジュッシュ公国の急速な発展とボルドアス帝国の狼狽っぷりを見た限り、ニホンと言う国は確かに存在し尚且つ強大な力を持った国である事が徐々に判明してきた。
同国 王立会議場
「我々が調査した限りでは、ニホンと言う国は、それ単独に於いてタンタラス諸国全てを合わせた国力を遥かに凌駕し、王国の第5海洋界の盟主たる基盤を根底から覆す可能性を嵌めているものと結論付けます。」
定期王前会議の場で、統合情報局局長ミランダが報告する。
この場は軍幹部や民間の大手企業の重役も多数出席しており、皆情報局の報告を真剣な眼差しで聞き入っていた。
「その結論は、些か早計ではないか?
王国が所有する兵は200万を超え、射程1万mに達する重砲も3000門。」
「更に王国に攻め入るには海を渡らなければならない以上、14隻のドルート級戦艦を相手にしなければならない。
もっとも、王国の駆逐艦や巡洋艦が易々と突破されたりはしないがな。」
陸軍大元帥のザザールと海軍総監督のマルコックは、自らが指揮する軍に絶対の自信を持っていた。
王国は建国以来、数多の戦乱を勝ち抜きついには、フォーネラシア大陸全土を直接支配し、周囲10個ある衛生大陸にその影響力を響かせ、第5海洋界の盟主となった。それが120年も前のことであった。
その輝かしい栄光が、たった1カ国に覆されるなど想像もできなかった。
「お言葉ですが、その重砲も地面に固定すれば、の話ではないのですか?」
「何が言いたい?」
「8月30日、ボルドアス帝国がラカヌデン地方より総攻撃に打って出た事は、この場におられる皆様は知っての通り思われます。
この『ラカヌデン攻防戦』にニホン軍も参戦しており、現地で監視を行なっていた者の証言では、ニホンの重砲の射程はおよそ15kmで自走式との事。更に恐るべきは彼の国が所有する軍艦は、12cm程度の砲でありながら目下の命中率は100%であるとの証言も上がっておりー」
「ミランダよ。」
ここまで沈黙していたギル王国国王ギル=シンボラーが口を開き、ミランダを報告を堰き止める。
「ニホンを恐れ過ぎてはしまいか?そこまで恐れるのは何のためか?
15km先まで届く百発百中の大砲を持っているからか?
予の考えではボルドアス帝国の一件が片付いた後でも遅く無いと思うが?」
悠長な考えではあったが、おとぎ話じみた報告を真剣に受け止めろと言う方が無理と言うものである。
「ニホンに対して慎重になれ、と言う軍需省の考えは分かる。だが慎重になり過ぎて後手に回る事は避けたい。」
「そのお考えはごもっともであります。
であるからこそー」
「会議中失礼します!」
若い王城伝令員の来場にミランダの発言はまたしても遮られた。
普通なら無礼な事であったが、ミランダの報告内容に呆れが生まれていたギル=シンボラーや幹部達は、この伝令員を咎めようとはしなかった。
「ジュッシュ公国が、ニホンを盟主とする反ボルドアス連合の結成を宣言。ボルドアス帝国の属国、トロバーに侵攻を開始したと。」
「ニホン国の存在が確定した、か。
戦況はどのようになっておる?」
ザザールの問いかけに伝令員は顔を引きつる。
「どうした?謙遜せんで良い。書いてある事を話せ。」
「はい。
当初の戦力は、ボルドアス帝国軍約30万に対し連合軍はわずか7万弱。しかも連合軍は3つの部隊に分かれて進軍しており、ボルドアス軍に各個撃破されるものと予想しておりました。
しかし、全ての予想はニホンの存在で消え去りました。
ニホンが使用する兵器は、その殆どが魑魅魍魎。
曰く、自走式の大砲でボルドアス軍の重砲隊を山頂ごと消し去った。
曰く、ニホン軍は空から一方的に銃弾、砲弾を浴びせられる。
曰く、ー」
続く報告に伝令員も、ギル=シンボラー国王も、幹部達も、ミランダも、顔から血の気が引きつつあった。この報告通りの力をニホンが有していたら、ボルドアス如きが敵うはずがない。王国でも兵士一人を討ち取れば大戦果とも言える。
報告書は最後に、連合軍がトロバーの重要都市を正午から日没にかけてのわずか数時間の間に包囲している、と書かれていた。
「・・・予は疲れた。
本会議はこれにて閉会。皆もゆっくり休むが良い。」
たった一通の報告書で、国王はじめ多くの者達に多大な疲労感を与える国、ニホン。
正にこの国との付き合い次第で栄えるか滅ぶかが明確に色分けされる。そう実感した会議であった。
その夜、ギル=シンボラーは項垂れ全く寝付けなかった。
かつてこのような事態に陥ったことがあったであろうか。フォーネラシア大陸を統一する過程で敗北することは多々あったが、いずれも局地戦。大局が掛かった決戦は常に勝利し続けた。
統一を果たした偉大な御先祖、ギル=ゼリアー前国王の後を継ぎ、衛星大陸への影響力を強め、真の意味で第5海洋界の盟主となったはずなのに、たった10年余りでその地位が脅かされる。
ニホンに対しどう向き合うべきか。
盟主たる地位を確固たるものにするには、間違いなくニホンは滅ぼさなければならない。しかしあの報告書の通りの強さであったなら、滅ぼされるのは王国だ。
だが傘下に下れば滅ぼされることはまずないであろう。しかし、そんなことをしてしまえば数百年掛けて為し得た大陸統一が全て無駄であったことになってしまう。当然軍の反発を招き内乱は必至であった。
「戦っても戦わなくても国が滅ぶ。
何故だ、何故今まで隠れ潜んでいた!?どうして今なんだ!?
10年だぞ10年!たった10年で海洋界の盟主が入れ替わるなぞあり得んだろ!」
「なら、かの国、滅ぼしますか?」
自問自答で疑心暗鬼に陥るギル=シンボラーに、隠れ潜むにはうってつけの黒ローブを羽織った男が、ゆらりと現れ、ギル=シンボラーの側まで歩み寄り、腰を直角に近い角度に曲げ耳元で囁いた。
一国の国王にこの様な振る舞いをする時点で、この黒ローブの男は、ギル王国の者ではないと予想できる。
「滅ぼそうとすれば王国が無くなる。」
「う〜ん。
まぁ、この国は貴方の物。我々としましては、盟約を順守して頂ければ、もう何も言いません。」
まるで死神の囁き。
一言二言会話を交わしただけで、ギル=シンボラーの不機嫌さは頂点に達した。
「耳障りだ。失せろ・・・!」
殺気を込めて睨みつける。
「では。」
黒ローブの男は怯む様子もなく腰を戻し、後退りしながら闇の中に消えていった。