第2話
防衛省作戦司令室・・・。
スクリーンの灯りだけが燈る司令室に九十九里浜に上陸してきた武装勢力に対処すべく、陸上自衛隊第1師団・陸上総隊・警視庁特殊急襲部隊、通称SATの幹部が集められ、陸自第1師団長、鎌田から作戦地域と敵勢の状況に関する説明を受けていた。
「上陸した敵数は約1個師団1万人。全員が『パーカッションロック式マスケット銃』を携えており、周囲の民家から強奪した家具で方陣を敷いて『不動堂海水浴場』に橋頭堡を確保している。更に10隻の蒸気船の内1隻が物資を搭載し出港準備を行っている。
その為この1個師団を先遣隊と仮定し、援軍が到着する前に、艦隊ごと殲滅する。」
スクリーンが切り替わり、南北に停泊する船舶の略図が表示された。
「作戦の第1段階は、まず特科の榴弾砲で出航前の帆船を砲撃。その後ヘリ部隊で残りの船舶を急襲し敵の退路を断つ。」
スクリーンが切り替わり、住宅地と上陸地点に赤いバツ印が書かれた地図が映し出された。
「第2段階は住宅地に散開した敵兵を殲滅しつつ、海岸で防衛体制を採る敵主力を『10式戦車』と『16式機動戦闘車』を前面に押し立て包囲する。その後は敵勢の対応次第であるが。」
至極単純な作戦であるが、現状最も効果的な作戦である。
ここでSTA隊長、三枝が一つの疑問を投げかける。
「投降した者に対する処遇を聞きたい。」
SATは各都道府県に配置された通常の機動隊や警ら隊とは違い、凶悪事件発生時、犯人との交渉より制圧を優先しているが、それでも万が一のことを考えこのようなことを聞いた。
「それは全て司法に委ねことになるが、射殺することは許さん。」
鎌田は毅然と答える。この世界に地球のような国際機関が在るかどうかは分からないが、捕虜の虐殺など論外であると答えた。
「他に質問は?」
一時の静寂が司令室に流れた。
「・・・なしっ!」
「各隊出撃準備を整えよ。以上!解散!!」
会議終了後、防衛大臣から正式に防衛出動が言い渡され、SATにも警視総監からも出動命令が下された。
夜、作戦開始を翌朝の午前6時に定め、普通科、第1ヘリコプター団、SATの各部隊が準備を整えつつあった。第1特科隊も例に漏れず、北富士駐屯地から155mm榴弾砲FH70を牽引して持ち込んでおり、敵勢上陸地点から10㎞離れた『大綱駅』の駐車場に設置した。
同じ頃の九十九里浜沖合い。
ボルドアス帝国第3戦隊は1隻の蒸気帆船に荷物の積載を行っていた。
「バクト、ロプリエース号はどうだ?」
その船の名前はロプリエース号。ベルテクスはこの船にデュリアン艦隊の先導と言う新たな任務をあたえた。もともとベルテクス・デュリアン両艦隊はジュッシュ攻略の為の艦隊であったが新大陸を占領し、その利権の独占と戦況優勢を確定させる、というベルテクス提督の意志を伝えることがでれば彼は10万の援軍を得られるのだ。
「荷の積み込みは30%完了、明日の夕刻には出発できます。」
「なるべく急がせろ。明日の昼過ぎには動けるようにしておけ。」
距離は蒸気帆船の速度で2日分離れているが、遅れれば遅れるほど援軍の見込みは無くなる。元々ベルテクス艦隊の主任務は陽動と言う側面が強く、ジュッシュ海軍がゼーレフォン沖で自由に活動していれば、デュリアンに艦隊全滅と誤解を与え、「ベルテクス艦隊消失による対応案」を採られてしまう可能性がある。
そんなことになっては本国に帰っても石を投げられる。それだけは避けたいとばかりに、荷積み員の数を増やし、徹夜作業の体制を強いた。
ロプリエース号の出航準備が粛々と行われている間、浜辺の第4陸戦隊は周囲の民家から引っ張り出してきた家具を使い方陣を組み、その中で火を焚いて団欒していた。
方陣には騎兵に強く砲撃に弱いという特徴が在る。ヴァルサルがこれを指示した訳は「蛮族の土地に馬は有っても大砲は無い」というのが理由だ。
そして、ヴァルサルはやけに座り心地良い椅子に座り、夜空を見上げ物思いに耽る。
「(この地も我が祖国のように)はぁ・・・。」
ヴァルサルは今でこそ『第4陸戦隊の隊長』と言う名誉な役職に就いていたが、彼の祖国、『アストラン共和国』はボルドアス帝国の属国である。
ヴァルサルはボルドアス侵攻の際、全軍を率いて抵抗したが、軍壊滅の前に政府が降伏した為そのまま捕虜となった。そこでヴァルサルは廃墟となった首都『アトラン』の真ん中を通らされ、同国最大の港町ズナホから船に乗せられ、ボルドアス本国に移送された。
そして、ボルドアスの女王から「功績を立てればアストラン島の自治権を与える」と言われた。彼はその言葉を信じ、その次のトロバー国侵攻の際、ヴァルサルが率いた部隊は一番槍をとり、やずか一週間で制圧した。
そしてジュッシュ戦役に勝利した暁にはアストラン島の自治権授与を確約され、現在に至る。
「(あと少しだ・・・。あと少しで・・・。)」
海軍が主体となって行われるジュッシュ公国への奇襲作戦。その成功のみが、彼が帝国に、何より祖国に帰国できる唯一の道であった。
8月16日 早朝・・・。
陸上自衛隊は前線指揮所を『大網白里市役所』に設置し各部隊の状況を総合し作戦決行の有無を確認していた。
「大網駅の第1特科隊、木更津の第4対戦車ヘリコプター隊による先制攻撃を皮切りに、真亀方面から第1連隊、ときがね片貝幼稚園から第32連隊、九十九里町立豊海小学校から第34連隊と陸上総隊、SATの混成部隊が不動堂海水浴場に突進します。」
「習志野より通信。第4対戦車ヘリコプター隊、離陸。コードネームはハチドリ。」
通信科員の報告を受けた鎌田第1師団長は、手元においてあった通信機の受話器を取る。
通信の相手は第4対戦車ヘリコプター隊だ。
「了解。CP(指令所)よりハチドリ、送れ。」
鷲之台カントリークラブ上空・・・。
「ラジャーCP、感度良好。送れ。」
ハチドリのコードネームを与えられた第4対戦車ヘリコプター隊のAH-1Sコブラ4機は習志野駐屯地を離陸後東に直行。海岸線を目指していた。
第4対戦車ヘリコプター隊の隊長、三城島は鎌田から作戦の詳細を知らされた。
『作戦開始は0600だ。初激は特科が行う。貴隊には残りの9隻を破壊して貰う。使用火気は住宅地への被害を考慮しミサイル、ロケットの使用は禁止、20mmバルカンのみとする。送れ。』
「ハチドリ1、了解。アウト。」
前線指揮所・・・。
第4対戦車ヘリコプター隊との通信を終え、受話器を元に戻す。
「いよいよ・・・か。」
陸上自衛隊の前身である警察予備隊から数えて75年。
それだけの年月を経て突如として舞い込んで来た防衛出動。
「こんな形で歴史に名を刻むことになるとはな・・・。」
鎌田以下、全員が思っていることだ。
自衛隊に在籍中であっても一切戦闘は無く、そのまま定年除隊の後静かに余生を過ごす。
そんな考えを持つものが大勢いたが、その考えを全否定された。
「師団長。まもなく作戦開始時刻です。」
時計の針は午前5時58分を刺していた。
第4陸戦隊上陸地点より西に500mの民家・・・。
第1師団に先行して、独立連隊として編成されていた『特殊作戦群』が進出。特科とヘリ部隊の誘導を担当していた。
特化への座標指示にはレーザー測距器を使用していた。
「S01より特科隊。レーザー測距による目標座標を送信する。」
大綱駅・・・。
「受信した。」
特戦群から送られた座標を基に、155mm榴弾砲FH70の砲角を調整する。
「方位0-9-4、砲仰角+29°、弾種通常弾。」
砲弾を砲尾から装填し、ハンドルを回して指示された目標に命中する角度で静止させる。
「0600まで10秒。」
作戦開始までのカウントダウンが始まり、FH70の周囲で待機する特科隊員を極度の緊張が包み込む。
そして・・・。
「ッ撃エエエェェェッ!!」
特科の第一弾を皮切りに、自衛隊の反撃が始まった。