第19話
2倍以上の兵数を相手にするのはとても荷が重い。
リオネンはともかく一般兵士は片方に気を取られている間にもう片方に接近され、それを繰り返され遂には敵兵二人に胴体を貫かれ戦死する。1対1でも、連合軍兵は満身創痍ボルドアス兵は万全の体制。取っ組み合っても押し倒され銃剣を刺される。
その肝心のリオネンでさえも実力から数的不利を覆すのには限界がある。単純に言って1人を相手にするときの2倍以上もの体力を使うためだ。
「ぐぅっ」
3人の敵兵に囲まれ、最初に向かってきた敵兵のレイピアによる振り下ろしは、両手の剣で防ぎ腹部に蹴りを入れ突き飛ばす。それを背後から向かってきた敵兵のマスケット銃による低い位置への突きは、体を左に反転させると同時にマインゴーシュで受け流すが、体勢を崩して前に倒れる敵兵が覆いかぶさるように3人目の敵兵との間に入ったため反応が遅れ、その突きを右肩に受けた。右手の自由はきかなくなり左手に持ったマインゴーシュは刀剣の中でも短剣に分類されるため、マスケット銃の銃身長の向こう側にいる敵兵には届かない。
「ふえいっ!」
だが、投擲すればそんな問題も関係ない。
マインゴーシュは刃先を敵兵に向け直線状に飛翔。リオネンの狙った通り首に命中。敵兵は即死した。
空いた左手で右肩に刺さったマスケット銃を抜こうとしたが、抜けない。
「はぁ・・・。ここまでか・・・。」
いつものリオネンであればこんなの意図も容易く抜き取るが、今の状態はそれすら叶わない。さらに間の悪いことに背後から敵兵が迫ってくるのが、その兵士の叫び声で分かった。
肩に刺さった刃物さえ抜くどころか体を動かすことさえ叶わないリオネンは、27年の人生の終わりを悟った。
ダゴッ
だが鈍い音と共にボルドアス兵の気配が消えた。
「なんだ?こんなところでお手上げか?」
「ヴァルサルか・・・。」
「さんを付けろ。顔を見んでもわかるのか?」
「まぁな。
・・・最初の質問だが、お断りだ。」
ヴァルサルは横目でリオネンを見ていた。すると彼女は最後の力を振り絞り肩に刺さった刃を引き抜いた。だが糸が切れた人形のように膝から崩れ落ちた。
「その意気やよし。だが撤退してもらう。剣を貸せ。」
ヴァルサルはリオネンの前にしゃがみ込み、バスタードソードの借用を要求した。
リオネンは口でこそ威勢のいいこと言っていたが、実際はそのようなことはない。ヴァルサルに剣を渡す時も、渡すというよりその場に落としただけであった。
ヴァルサルはその剣を拾い、部下にリオネンを担がせ戦場を離脱させた。
「死ぬのはオッサンだけで十分なんだよ。」
B軍団・・・。
双子山峡谷を抜け、北に9㎞向かったところに『ソロン』という町がある。
ライバー街道のほぼ中間に位置しており、多くの行商人が行き交う宿場町である。当然ボルドアス軍も自衛隊もこの町を重要視しているので、ボルドアス軍は町の南にいくつか堡塁を築き、その中に軽砲やドズダン砲と歩兵20人を置き防御を固めていた。
ソロンに配置されていたのはボルドアス第6本国軍の第4師団約1万で、堡塁陣の防衛に3200人を当て残りは町の防備を固めていた。
通りという通りには屋内の家財道具を引っ張り出しては積み重ねて兵士の背丈ほどの防壁を作っていた。防壁の一部は軽砲やドズダン砲が発射できる程度に凹まされている。貫通力のないマスケット銃なら有効な防衛手段であるが、5㎝程度の厚さしかない木の板など自衛隊の戦車砲はおろか自動小銃の前では意味をなさない。
情報を第44野戦軍の捕虜から得たB軍団は峡谷を出たところで74式戦車に横隊を組ませた。
放射線すら通さない74式戦車の装甲の前ではボルドアス軍のカノン砲ですら貫通は不可能である。背面から至近距離で撃てば撃破可能ではあるが、固定砲でそんなことできない。そもそもカノン砲はおろか重砲も開幕すべて破壊されていた。
機甲連隊が現れる前に築き上げた堡塁も、実態は砂や石を雑に詰め込んだ土嚢を積み上げ、雑多な木材で補強しただけの代物であり、マスケット銃の射撃が防げればいいとの考えであったが、砂ら土で作られた土嚢であれば5.56㎜はおろか7.62㎜の小銃弾でも防げる。とはいえど12.7㎜機関銃や戦車砲の前ではさすがに無力である。
「全車、配置につきました。」
「よし。これより敵堡塁陣を突破する。全車前進!」
戦車を先頭に、その真後ろを歩兵隊が追従する。
戦車は歩兵が歩く速度で前進しその側背面を歩兵が固める、第1次世界大戦の戦術をそのまま流用している。防衛線が構築された時点で奇襲効果は薄れる。なんなら一層のこと戦車を堂々と見せつけ威圧し敵兵の戦意を削ぐことにした。戦車の姿も名前すら聞いたことないボルドアス兵には効果的かに思われたが・・・。
「もう5㎞切ってんじゃねぇか?」
「敵陣に発砲煙!」
ボルドアス兵は怖気づくどころか軽砲を撃ってきた。
最大射程一杯で発射してきたため命中弾こそなかったが、B軍団は敵兵の戦意と士気の高さを思い知らされた。
「砲撃開始!!」
ならばとばかりに本永1尉は行進中ではあったが反撃を開始。振動で安定した砲撃はできないうえ、いくら雑に築かれた堡塁であっても付近に着弾した榴弾の爆風で損壊してしまうほど脆くはない。
「チッ!全車、徹甲弾装填!」
直撃させれば破壊は容易であるが、開戦時から撃ち続けている榴弾は残弾数が少なくなっていた。なので、お守り程度の数しかなかったが徹甲弾を使用し堡塁を破壊することにした。
当然数が限られるので発射時は行軍を停止し直接照準での発砲が厳命された。
「距離4000、仰角3、弾種徹甲弾!」
16両の74式戦車は目標の重複を避けるため停車後も念密な連絡を取っていた。
停止した目標に弾を当てることは容易ではあるが、それはボルドアス側にも言える。停止した途端、生き残った軽砲の一斉射撃を受けた。
「うわっ!!」
ガゴッガガガガガガッガン
一部の戦車は車長がキューポラ上半身を晒していた。74式戦車に太刀打ちできないとはいえ生身の人間が砲弾を受けて無事なわけない。急いでキューポラのハッチを閉め車内に身を隠す。
その直後、社内に爆音が響く。
「・・・っ!?(照準合わせられるか!?)」
「・・・!?(何!?)」
隣同士の会話ですらまともに聞き取れない。
さながら飛んでくる砲弾が撥、戦車の装甲が太鼓の堤と革である。隊員はその太鼓の中に閉じ込められている。だが装甲の内側にいる限りその隊員の安全は保障されている。
一方真後ろに張り付いていた歩兵隊はというと。
「さっさとあの砲兵ども黙らせろよ!!」
自衛隊の普通科隊員たちはパニックを起こす寸前であった。真横に砲弾だけでなく戦車の上部に据え付けてあったM2がバラバラになって降ってくるのだから。
車内では車長と砲手がジェスチャーでやり取りし、照準はすでに定まっており、あとは発射の合図を待つだけということがわかり、車長はためらうことなく発射を命じた。
そんなやり取りはこの戦車だけでなく、ほかの15両でもやり取りされていた。
発射された装弾筒付翼安定徹甲弾(APESDS)は的確に目標に命中。塁壁もろとも軽砲を吹き飛ばした。軽砲は砲身と架台とで分離。木製の架台は木端微塵になり、600㎏もある砲身は10m以上も後方に落下した。
B軍団と正対する塁壁が破壊されたことで堡塁陣の意味はなくなった。
「行ッくぞーー!!」
「「「おおおおぉぉぉぉーー!!」」」
チャンスとばかりにイリオス軍が戦車の陰から飛び出し堡塁陣に突進した。さらに、後れを取るなとばかりにデュリーランド軍、タモアン軍がこれに続いた。
その様子は戦車の車内からも見えていた。歩兵に前に出られては迂闊に戦車砲を撃てない。砲塔上部のM2も破壊され、そもそも多数の砲弾を受けキューポラの蓋は変形し外には出られなくなってしまった。
「車載機銃で援護します。」
「頼む。」
7.62㎜弾の曳光弾がイリオス兵たちの頭上を飛び越え堡塁陣で弾ける。
堡塁に残留するボルドアス兵は毎分700発の分厚い弾幕に圧倒され、頭を上げることができない。だがこの援護射撃も、突撃隊と堡塁陣の間が狭まれば誤射を避けるため射撃を止めざるを得ない。その時がボルドアス兵唯一の反撃チャンスであった。
双方の距離は100mまで縮まり、伏せていた兵士が堡塁から半身を晒す。ライフルマスケットの撃鉄を倒し肘を堡塁の上面に置き銃身を固定し狙いを定める。そうこうしていれば、あっと言う間に50m先まで迫ってくる。
そして、我慢ならんとばかりに堡塁陣守備隊の指揮を任されたデラトリウス中爵(中佐)の号令が飛ぶ。
「撃てー!!」
我慢というツボにため込んでいたものをミニエー弾に込め、銃声と共に噴出する。
未だ1000人規模で部隊は生存していたが、応射できたのは数100人程度。だが全員で斉射しても止められないことはわかっている。両軍の兵士たちはすぐさま白兵戦に移行。堡塁で高所を取っているボルドアス軍が優位だが、数で勝る連合軍が一つ一つ確実に潰してソロンに迫る。
デラトリウスは陣頭指揮を執り、堡塁に立ちサーベルを揮って乗り越えてくる連合軍兵を次々に切り伏せていく。前から上がってこようものなら顔面を蹴り飛ばし、背後から上がってくれば振り向きざまにサーベルを突き刺し、完全に上がられても相手の銃剣を逸らし手の甲で殴って落とす。
だがいかにデラトリウスが奮戦しようと周りの兵だ負けていては意味がない。部隊は既に壊走を始めておりデラトリウスが前線で指揮を執る意味が薄れてきた。
そして連合軍はここぞとばかりに虎の子である擲弾兵を前線に投入。起爆剤である導火線に火をつけ適度に短くなったら堡塁の中に投げ込む。その爆発で付近に居た者は敵味方問わず、爆風で散らばった陶器の破片の餌食になる。
これになりボルドアス軍の堡塁陣は完全に崩壊。デラトリウスも撤退を余儀なくされた。
堡塁陣を突破されても、ボルドアス兵は民家の塀や2階の窓、さらには屋上から迫ってくる連合軍に射撃を浴びせ、都市内への侵攻を阻止しようとしていた。戦列射撃など関係ない、各自が自由に撃っていた。撃てば後ろの兵士に銃を渡し、受け取った兵士は焦りながらも装填をこなしては、手空きの射手に渡していた。
「この町さえ抑えれば、A軍団にもC軍団にも援護に向かうことができるが・・・。」
「堡塁ではなく建物ですからね。敵に利用されているとはいえトロバーの財産。砲撃の許可を取りましょう。」
C軍団・・・。
敵守備兵を排除し、トロバー首都バンベルクを包囲した。
敵の総司令部が設置されていることが判明しているため降伏勧告を行っていたが、いまだ返事はなく正門前で立ち呆けているのが現状であった。
「リットゥ将軍。ソロン攻略中のB軍団司令より通信です。」
リットゥはトロバー国の元西方方面軍司令官であり、ボルドアス帝国のトロバー戦役時、ジュッシュ公国のトロバー救援軍と共に抵抗しその後公国に亡命していた。政治的な宣伝のためC軍団に参加し首都開放を目指していた。
「屋内からの射撃に前進が阻まれていると。」
「全く律儀なものよ。障害となるのなら排除すればよいものを、わざわざワシに確認を取るのだからな。」
リットゥは家屋を破壊する程度のことと簡単に了承。自衛隊の本格参戦により勝利を確信している。建物への砲撃を許可したのは、カーリッツとバンベルクの中間地点にあるソロンは早めに落としてほしいのと、物流の要所であることから、賠償金を使った戦後復興に際し雇用の促進につながると考えた。
「ではそのように。」
B軍団のほうでは動きがあるのに、バンベルクでは包囲して以降全く動きがない。
このまま続けても意味がないことはリットゥが一番よく知っていた。バンベルクには3万の兵士が2年間戦えれるほどの食料が常備されている。
ボルドアス帝国も攻囲戦ではそのことを事前に知っていたか、兵糧攻めではなく城壁越えや正門破壊で陥落させている。そして彼は、攻撃側が防衛側の5倍以上の兵力がないと陥落させることは不可能であると考えていた。自衛隊がいるとはいえC軍団の総兵力は約1万。対する敵守備兵も約1万。彼の考えが正しいならいかに包囲を続けたところで陥落は不可能であった。
「もうじき日が暮れる・・・。」
3月28日 17:40・・・。
正午前に開戦したこの戦いも、ついに日が西に傾き黄昏時となった。
タンタルス大陸諸国の習わしでは夜間に戦闘を仕掛けるのはご法度という暗黙のルールのようなものがあった為、各軍団攻勢を止めつつあった。夜間に行うことは敵情視察や負傷兵の治療に軍団の再編が主だったことであった。
ご法度といっても戦闘を行ってはならないと決めつけられているわけではないため、至る所で歩哨と斥候の間で遭遇戦が頻発する。だがそんなこと知る由もない自衛隊は夜間にも行動を起こす。
「レンジャー部隊は?」
「所定の位置に。」
「よし。夜襲をかけよ。」
C軍団の決定はB軍団にも伝えられ、B軍団もその決定に従い夜になるまでには砲撃を中断し、機甲部隊には休息を与えレンジャー部隊による夜襲に切り替えた。
日が暮れるまで、連合軍はバーレナー草原、テリッシュ・ラチッシュ両高地の確保とカーリッツ、ソロン、バンベルクの3都市の包囲に成功。代償はA軍団のアストラン軍とジュッシュ軍ハーゼ騎士団の半壊となった。一方のボルドアス軍は新兵器カノン砲と共に砲兵軍を失っただけでなく、第44野戦軍、バンベルク守備兵6個の内5個師団、ソロン守備兵と第6本国軍の半数と合同軍騎兵隊の喪失という大損害を被る結果となった。
後に『トロバーの決戦』と呼ばれたこの戦いは、半日と経たずその趨勢がきまったと言っても過言ではなかった。