第17話
3月23日・・・。
日本政府の承認を得たことで後顧の憂いが取り払われた事で、自衛隊は思う存分その実力を発揮できる。だが主戦場がトロバー国であることを考え、民間人への被害は、建物含め最小限に留める必要はある。
そして、基本的には大規模であるが包囲殲滅を行う為、自軍は配置を完了させている状態で敵軍の移動が完了し戦闘配置は途上にある非常に曖昧で微妙な状態に全力をぶつける奇襲性が肝心となる。だが部隊間の連絡の不備と退路が断たれていなければその効果は激減する。逆にそこさえしっかりしていれば戦力さを大きく覆す事ができる。
自衛隊は、第2次大戦でドイツがフランスに対して行った電撃戦を再現するのだ。
投入兵力は海岸線から
・A軍団
・ジュッシュ軍 30,000
・アストラン軍 5,700
・ワスタンネ軍 4,500
・マゴニア軍 4,100
陸上自衛隊のヘリ部隊と海上自衛隊の艦艇が支援し、港町カーリッツの占領を目指す。
・B軍団
・陸上自衛隊戦時機甲連隊 500
・イリオス軍 4,000
・デュリーランド軍 2,800
・タモアン軍 2,300
歩兵の数は最も少ないが、74式戦車や99式自走155mmりゅう弾砲を有し、その火力と機動力を持ってカーリッツ・バンベルク間の幹線道路の占領を目指す。
・C軍団
・陸上自衛隊普通科連隊 2,200
・トロバー軍 7,500
・ティルナノーグ軍 3,800
16式機動戦闘車が2両いるのでボルドアス軍を打ち破るには十分過ぎる上、203mm自走りゅう弾砲の支援も受けられる。この部隊は、トロバー国首都のバンベルクの占領を目的としている為、市街地戦が想定されるが政治上の配慮によりトロバー軍を含めている。
また上記の3個軍団を支援する為の別働隊も3個用意している。
・D支隊
・陸上自衛隊空挺レンジャー 300
・同上第6次大陸派遣部隊 330
・多連装ロケットシステム 自走発射機 M270 MLRS
レンジャー部隊と派遣部隊は主戦場の後方に展開し敵軍の退路を寸断する事を目的にしている。またこれらの部隊の配置完了次第、3個軍団が攻撃を開始することにもなっている。
MLRSは404個の子爆弾を内蔵するM30ロケットを使用し60kmから100kmまでのソフトターゲットを破壊しつくすことができる。その効果範囲の広さから、同じ特科でも他の自走りゅう弾砲とは別の指揮系統に組み込まれている。
・E支隊
・海上自衛隊第6護衛隊 4隻
陸上自衛隊の地上部隊がつかないA軍団の援護を担当する。旗艦のイージス艦きりしまと着弾観測を行うOH-1とは直通回線が設けられている。
・X集団
・陸上自衛隊特殊作戦群 300
防衛省から直々の特命を佩びている為、鎌田や佐官クラスを除き(書類上では)参加していることすら知らない。 はずなのに・・・。
「Sの連中もいるみたいだな。」
輸送トラックの荷台で待機する隊員達の暇つぶしの種になっていた。
「陸将たちは隠す気が無いのかなぁ?真っ黒な覆面被ってらぁ誰だってわかるっつぅの。」
特戦群は機密にすることが多く、勿論素顔もさらしてはならないため覆面をつけているが、野営地でも構わずつけていたことで、他の陸自の隊員とは明らかに浮いた存在であった。
「3個連隊全軍が来ているみたいだぜ。」
服装だけでなく、所持している武器でも用意に判別が付く。
「ハチキュウが3000丁あるなか、M4A1だのG36だの持ち歩いてんだもんなぁ。はじめは米軍か独軍が来たんかって思ったぜ。」
特戦群が持ち込んでいたのは自衛隊の主力小銃『89式自動小銃』ではなく、アメリカ製の『コルトM4A1』とドイツ製の『H&K G36』と、見た目では殆どその違いが分からないがH&KのM4再設計銃器の『HK416』も携えている。
そのアメリカ軍だのドイツ軍だのと冗談で間違えられた特戦群は存在こそ易々と知られたが、すでに行動を開始していることは、陸将や佐官クラスを除き、本当にに誰も知らない。
そして雑談の最中にも、施設科隊がサンジェロワ野営地の門を潜り北を目指した。
「おしゃべりもそこまでだ。出発するぞ。」
施設科隊の後追って普通科部隊、戦車部隊がサンジェロワ野営地を出発。
ジュッシュからトロバーに入るには、国境となっている『ランスニ川』を渡る必要がある。
ランスニ川の川幅は約20m。ジュッシュのトロバー救援軍が撤退する際、公国への逆襲を遅らせるため端の殆どを破壊していた為、連合軍全将兵の渡河完了は3日後の26日になると思われていたが、施設科部隊が保有する『07式機動支援橋』『92式浮橋』『軽徒橋』がその能力を遺憾なく発揮し、わずか半日で戦車を含む全将兵および車両が渡河を完了した。
同時にC軍団に同行していた山岳レンジャー隊は東の『ソプラソット山脈』に向かった。
ボルドアス軍 司令部・・・。
ガムランはいち早く司令部に入り、部隊の配置を支持していた。
「本国軍は1個ずつバンベルクとバーリッツに置く。『ラチッシュ』『テリッシュ』の両高地には山頂に砲兵を置き、合同軍の歩兵と第44野戦軍は『ライバー街道』と高地帯に満遍なく配置。騎兵はバーリッツに付ける。
そのように伝えろ。」
「はっ。」
ラチッシュ・テリッシュの二つの高地はトロバー領土のほぼ真ん中にあり、標高はともに300mクラス。山頂には新型のカノン砲を中心に砲兵軍を置き、中腹から麓から後方のライバー街道にかけて歩兵を配置し防御陣を築く。ライバー街道とは自衛隊が幹線道路と呼んでいた道である。
また主要都市には本国軍を置きバーリッツに至っては騎兵隊まで置いていた。
何故主戦派のガムランがこのような防御重視の部隊配置を行ったかと言うと、ガムラン曰く「非常に信頼できる情報筋から、敵が反攻に出てくると教えられた。」とのこと。だからこそ本来持ってくるはずではなかったカノン砲を持ち出し、テリッシュ高地の山頂に置く事にした。
ガムランの予想では、ランスニ川の渡河に2~3日掛かると予想した。そこから直ぐに攻勢するにしても野戦軍が高地帯前方で相手している間に砲兵軍や本国軍が配置を完了して、仮に野戦軍が突破されたとしても要塞化された高地や都市を占領する事は出来ない。だが数日の休息を挟んでくれた方が自軍にとって最高の状態で迎え撃てるの確実に敵に大打撃を与える事ができる。
「勝機は御有りなのですか?ガムラン大督。」
「俺は大督ではない。大軍卿(大元帥)であるぞ。」
「失礼しました。」
「田舎者が!貴様のような役立たずを再登用してやっているのだ。貴様はただ俺に従っておけば良いんだ。わかった!?田舎者の役立たず!」
第44野戦軍の指揮官、ティルナノーグ人のレイオンは腹の底から湧き上がる不快感を喉元で押さえ、顔に出さないように最大限我慢しながら、かすれ声で返答する。
「かしこまりました。失礼します。」
レイオンはこのとき誓った。「アイツ、ガムランを八つ裂きにし腸まで野原にぶちまけハゲワシの餌にしてやる。」。
司令所を出たレイオンを、第44野戦軍副官ガルリッシュが出迎える。だが、レイオンの顔は怒りで満ちており、ガルリッシュの顔から血の気が引いた。
「兵共はどうしている?」
レイオンのドスの利いた質問にガルリッシュは数秒遅れて反応する。
「・・・っ!はっ。1万人規模の集団に別れ、ラチッシュ・テリッシュ両高地の正面に配置して有ります。」
「よろしい。」
「敵軍が来たらどうするおつもりで?」
レイオンは自分にとっての『敵』とはガムランを指すのか、ジュッシュ軍を指すのか分からなかった。だが司令所の外にいたガルリッシュの立場で見た敵はジュッシュ軍ではないかとも思った。
「投降しろ。投降しボルドアス軍の情報と引き換えに保身を図れ。」
ガルリッシュはレイオンの心情を一瞬で理解した。
先の攻勢で3個野戦軍が壊滅し、自軍もまたジュッシュ軍とは違う謎の軍勢に襲われ、兵数の3分の1を消されてしまったのだから。
今度の防衛線もまた、あの軍勢が出てくる。そのときになれば全滅は必至。死ぬぐらいなら情報を渡して捕虜としての価値を僅かでも付け、石を投げられ唾を吐かれようが生きる事を選んだのだと。
第44野戦軍を含めた述べ28万の将兵が配置し終えるまでにはまだ5日は掛かる。だがその5日間がボルドアス帝国を崩壊へと誘う運命の5日間となる。