第16話
特殊作戦群が保護した少年は、ボルドアン家に仕える召使いのレッソンであった。
彼はサンジェロワ野営地に収容さることになり、その道中でボルドアス皇族を影から操っていたガムランなるものの存在を明かした。だがそのような事は全く無く、レッソンが即席で作り上げた虚偽の事実であった。なぜレッソンはこのようなことをしたのか。それは単純で、主君を守るためであった。
しかし聞く耳を持たない者たちがいる。
「そんなの誰が信じる!?」
「そうだ!国のトップが誰であれ、我が祖国がボルドアス帝国に蹂躙されてたのは紛れもない事実!」
連合軍の将校達であった。彼らの頭の中は復讐心で包まれている。
ガムランであろうと王女であろうと誰であろうと、ボルドアス帝国の高級官僚は全て極刑に処すつもりであった。そしてそのチャンスは目の前に転がって来た。ボルドアス帝国を足元に及ばせない力を持つ自衛隊の協力に加え、指揮系統の混乱。連合軍の将校等にとって願っても無いものであった。
「レッソンと言ったか?その者に聞いてほしい。次にガムランはどの様に動く?」
連絡班が通信を中継する為、送返信に僅かに時間が掛かるが、返ってこない事は無く敵軍の概要が送られて来た。
『ガムランは・・・、本国軍と砲兵軍、それに合同軍の総力を挙げて攻勢に出る。といっております。』
今度の相手はボルドアス帝国の精兵。合計される総兵力は約18万。兵数で連合軍を上回っており、兵の錬度と武器の性能も違ってくる。連合軍は自衛隊のみが全てにおいてボルドアス軍を圧倒しているが、他の兵士は劣っているというのが現状である。
その差を埋めることが出来るのは、『戦術』と『機動』である。このことから機動力のある部隊で敵部隊の後方に回り込み退路、補給路、後方連絡線を寸断し、浮き足立つ敵軍を前方と背後から挟撃し殲滅する浸透戦術が最も効果的であると結論付けられた。
「ボルドアス全軍が配置し終えるまでどれほど掛かる?」
『平均的な時間で言えば10日。早くても1週間ほど、と。』
「充分だ。」
必要な情報はある程度揃った。
鎌田はすぐさま行動を起こす。
駐留部隊には事前計画に則り、ABCの3軍団に分かれて進撃し、各目標に対する攻撃は実行日時を決める。同時に横須賀から呼び寄せる海自の作戦艦艇、『第6護衛隊』の4隻に加え、おおすみ型輸送艦3隻分の援軍を追加要請した。この援軍は各普通科連隊から抽出した山岳レンジャー部隊と合わせ敵軍の後方に浸透させる。
そしてその更に後方では別の部隊にも行動を開始させる。
「特戦群は直ちに行動を開始。」
ボルドアス帝国 某所・・・。
「行動を開始せよ、と。」
帝国領内に展開する300人の精鋭、特殊作戦群。
6人1班で広く分散し帝国の実情をつぶさに報告していた。特戦群は今回の戦いに関して、防衛省から直々の命令、『基本的に第1師団長の命で行動し、不測の事態への備えと陸上部隊が戦闘に移行した場合、独自の命令系統により行動。ボ帝の国体長ならびに高級閣僚の全てを捕縛すべし。その際に生じた偶発的な戦闘による殺傷は考慮せず。』を佩びていた。
報告の中には無論、敵軍の行動も含まれていた。
「敵歩兵およそ1万、南下を開始。予想目標地点はトロバー首都。」
「騎兵600騎の行動を観測。海岸線を南進中。」
「街道において砲兵を捕捉。大型砲2門、中型砲8門、小型砲12門。トロバーを目指すものと思われる。」
各地より寄せられる敵軍の動き。それらを集計すると、およそ10日後にはカーリッツに5万とバンベルクに6万、そして4万は両都市を繋ぐ幹線道路を中心に散会するとし配置を完了するという、ほぼレッソンの言ったとおりであった。
ラブングル地方 方都ゼフェット・・・。
鎌田はここに連合軍総司令部を設置。特戦群から送られてくる情報を集計し、海自の作戦艦艇が到着する4日後を待って武器弾薬食料を備蓄。サンジェロワのヘリ部隊もコブラのバルカン砲に20mmとアパッチのチェーンガンには30mmの各機関砲弾、ハイドラ70ロケット弾をランチャーポットに装填し、普通科や機甲科、航空科の陸上自衛隊の各部隊ならびに連合軍の全将兵は、出撃のときを今か今かと待ち構えていた。
日本国 東京・・・。
予期せぬ九十九里の一件で戦後初の本格的な武力衝突に介入せざるを得ない状況になりはしたが、水面下で行われて来た休戦交渉も3年はおろかたった半年で、それも一方的に覆された。
ボルドアス帝国に対する武力制裁の大義名分は充分に得られた。
一部の野党や市民団体から「戦争反対!再度交渉!」が叫ばれたが、最新の世論調査では武力制裁53%、再交渉18%となった。国民の多くは、休戦とは戦いと戦いの間のハーフタイムという感覚で居る。つまり戦争は終わってないということである。実際、この休戦条約の締結の際政権支持率は43%から29%に急落する結果を招いた。
よって、与党はいかに野党等から批判されようが、休戦協定破棄による大儀と再交渉しようものなら政権を奪われるという警戒感から、タンタルス大陸の全自衛隊に火器無制限使用を許可し、総選挙を控える5月半ばまでに敵の首領を交渉の椅子につかせよと厳命。
後の歴史に、タンタルス統一戦争の趨勢を決める『トロバー会戦』が始まる。