第15話
ボルドアス帝国 ボルドロイゼン・・・。
3年の休戦協定を結んで半年。この3年間でボルドアス帝国は軍の再編を行うつもりであり、領内にある兵器生産工場の火は消えることなく回り続け、既に2万人分のマスケット銃が陸軍に納品されていた。それを手に戦う人員も支配地域の住民(18~55歳の男性)10万人を強制的に徴兵し本国軍指導の下訓練させられていた。
さらに新型のカノン砲も実用化していた。
ボルドアス帝国は配備するカノン砲は従来の重砲の射程(6000m)を凌駕する射程(8500m)を有している。しかし砲弾破壊力と射程を重要視した結果重量は重砲(1t)より大幅に重くなってしまった(7t)。陸軍の一部にはリーエンフィールがこんなに重く移動が困難な大砲を重要兵器と位置づけた事で、いよいよ攻勢に出る余力がなくなってきたのではとの疑念を抱くものも出てきていた。
皇城ボルドアン城に設けられていた軍政議事場にて軍政略会議が開かれていた。
それに出ていたリーエンフィールは、遂にこの帝国の命運も尽きるかと思いながら、陸海の幹部や本来ならいない兵糧部の高官の意見を半ば流しながら聞いていた。
彼らの口から出てくるものは『軍船の建造』『野戦軍の追加徴兵』『次回の本格的攻勢に必要となる食料』とあくまで『勝つ』ためのものばかりであった。しかし半分近くはリーエンフィールの耳に入る事はなかった。なので彼女は、今年分の収入を使い切らない程度で全て行ってよしとし、一目散に議場から退席しようとした。
「王女殿下。ここにおられましたか。」
「そう言えばもう半年経ってたのね。それにしても随分と機嫌よさそうね、ガムラン?」
席をたったリーエンフィールに、半年の謹慎処分を受けていた元臨時合同軍指揮官のガムランが、不気味さを感じるほどの笑顔で呼び止めた。
ガムランが作っていた笑顔は、単に暗い地価独房から解放された喜びからではない。
「私の顔が気になりますか?ではお答えしましょう。こういうことです。」
あからさまな作り笑顔からゲス顔に変え、ガムランの両脇から彼の直属の兵士達が現れ議場を占拠した。
陸海軍の幹部や兵糧部の高官はうろたえ突発的に立とうとしたが、後ろから銃剣を突きつけられ再び椅子に座らされた。
そんな中、リーエンフィールは両脇から銃剣を突きつけられていてもいたって冷静だった。
「どういうつもりかしら?分かり易く簡潔明瞭に説明して貰おうかしら。」
「一言で申しますと、クーデターでございます。」
「クーデター?」
「我々は貴女に大いに失望しておるのです。反ボルドアス連合などと言う烏合の衆と休戦しこの名誉ある戦いを勝利ではなく敗北で終わらせようとする貴女に。」
「確かに私の名前で休戦条約は締結されている。それで、アンタはその烏合の衆とやらとどうやって戦うの?アンタは一回負けているのよ?」
「それは野戦軍と言う帝国に忠誠を誓わない賊徒どもが中心となったのが原因。今度は本国軍に砲兵軍、合同軍の全軍を上げて総攻撃に出るつもりです。」
「アンタに指揮権を託すつもりなんてコレッポッチも無いんだけど?」
「これをご覧下さい。」
ガムランはリーエンフィールの眼前に二つの書巻を投げつけた。
リーエンフィールは胸糞が悪い感じを抑えながら書巻を手にとった。
そこの書かれていたの、『ガムランへの帝国全軍の指揮権委託』と『休戦条約の破棄』との題名で、無茶苦茶な理由が一面一杯に綴られていた。そして書巻の下端にはリーエンフィールの名前と共に、隣にはボルドアン家の紋章が突かれてあった。
ここまで用意周到であると、謹慎していた間にも軍部で根回しを行っていたと考えて間違いないだろう。
「後はそれに貴女が印章を突いてくれれば良いのです。まぁ、赤い蝋が無い為血を使っていただくことになりますが。」
「馬鹿馬鹿しい。誰が突くものですか。こんな紙切れ・・・。」
リーエンフィールはその場で書巻を破り捨てようとした。
「-ッ!?ウワァッ!!」
しかし両脇の兵士に腕を掴まれ、戸惑いから手が止まり、さらに後頭部もつかまれ円卓に押し付けられた。手にしていた書巻は床に舞い落ちる。
抵抗しようにも、年端も行かない15歳の少女の力ではこの拘束を解くことは不可能であった。
「いけませんなぁ、殿下。」
「クッ・・・。」
それでも右から近付いてくるガムランに睨みを利かす。しかし今の状態では何をしたってガムランには効かない。
ガムランは懐から細い短剣を取り出し床に落ちてた書巻を拾う。そしてリーエンフィールの耳元で囁く。
「子供は大人の言うことを聞いてれば良いんだよ。」
「-ッ!!アグッ!?」
リーエンフィールの右親指に痛みが走る。そして血が流れる感覚も・・・。
ガムランは僅かに抵抗するリーエンフィールをものともせず並べられた二つの書巻に彼女の指を押し付け印章を付ける。独裁国家であるボルドアス帝国では王女の判断で全てが決定する。どれだけデタラメなことが書巻に書かれていたとしても全て可決される。
つまりこの瞬間、休戦協定は破棄され、ガムランはボルドアス帝国軍の総司令官になった。
「あ・・・。あ・・・。」
書巻に印章が付けられた瞬間リーエンフィールには帝国が崩壊する光景が脳裏に浮かび、失意の下涙を流し脱力する。
「・・・。後は王城内のゴミを掃除するだけだ。」
その言葉を聴いた直後、議場の外で誰かが走って逃げる足音が聞こえた。それが誰なのかはわからないが、その者は自分が殺されると悟ったのであろう。
そしてリーエンフィールは頭の中で誰が逃げて行ったのかを、議場にいた中でただ一人理解していた。
「(レッソン。逃げて。)」
ボルドアス帝国 ボルドロイゼンの南方約50km・・・。
『ソプラソット山脈』の中腹を進み、陸上自衛隊の精鋭部隊『特殊作戦群』はボルドアス帝国に150人、南隣のトロバー国に120人、両部隊からの通信をサンジェロワにリレーするため『ソプラソット山脈』に30人と分かれて潜伏。部隊はさらに6人の班に別れ広範囲に分散、各地方の都市情勢や地形データを収集していた。
そしてボルドアス帝国首都、ボルドロイゼンへ赴いた第Ⅰ連隊X中隊第3班の6名は、ギリースーツに身を包み敵の心臓部の潜入と言う事で入念な事前打ち合わせをしていた。
「ボルドロイゼン都市部の敷地面積は約80ha、東京ドーム17個分に相当する。
市内は大きく分けて3つの区画に分かれている。都市構造はクォーターサークル状の段々畑みたいなものになっている。
一番上は貴族層、ドーム2個分の面積が有り頂上に居城がある。中腹は庶民層、海抜的には我々が今いる平野とほぼ変わらない。ドーム7個分の面積に一般市民や商人が多く行き来している。それにドーム2個分に相当する軍事施設もここにある。最後に底辺の貧民層、入り口は庶民層に1箇所のみで罪人が多く治安は最高に悪いらしい。」
「潜伏するにはうってつけかと思いますが、出入り口が限られるのは考えようです。」
「庶民層も同じようなものだろう。兵士達が巡回していると思うから潜伏後の行動もとりずらくなるだろ。」
「灯台下暗し理論であえて貴族層に入るとか?」
「俺たちが貴族に見えるってのか?冗談きついぜ。」
地形、行動範囲、外見。どこに潜伏した所で問題が有るが、班長はそれらを総合的に判断し庶民層が最も潜伏に適しているという結論出した。
次に情報収集の方法を取り決めようとした。
「班長、敵騎兵接近。距離8000、数10。」
見張りの隊員が騎兵の接近を察知した。
まさか見つかったかと思い、班長は双眼鏡の使用を許可した。
「・・・。先頭の単騎と後方の集団の距離が開いているように見えます。」
これだけでは敵騎兵隊の目的が何なのかまだ分からない。
昼間であった為レンズの反射が、班長はさらに詳しい情報がほしく、自身も含めてサプレッサー付きM4A1に弾を込め、騎兵隊の正面に伏せる傍ら見張りに観察続けさせた。
「先頭の単騎、非武装。後方集団、軽装、剣を振っている?先頭の騎兵に襲い掛かっているようにも見えます。」
先頭の兵が非武装で、それを軽装騎兵が追跡している。
班長は脱走兵の粛清命令を受けたから追いかけていると考えた。そうなら無視しても構わないが・・・。
「-ッ!!先頭の単騎は少年!繰り返す先頭の単騎は少年!」
少年が騎兵に追い回されている。
一気にわけが分からなくなった。しかしそうこうしているうちに互いの距離は2000mを切った。
見殺しにするか、助けるか。班長は直ぐにでも決断しなければ無くなった。
「班長指示を・・・!」
「・・・。第3班射撃用意!目標、敵騎兵隊集団。距離500。追加指示、先頭の少年に当てるな!」
班長は救出を選択した。
他の隊員も、待ってましたとばかりにレットドットサイトを覗き込み焦点距離を500mに設定した。
馬の足では2000mの距離は直ぐに詰められる。正確な距離と先頭の少年の動きを伝えなければならないため、観測員となった見張り員の責務は重い。
「(頼むから真っ直ぐこっちに来い・・・。)」
双眼鏡越しに先頭の少年に念を飛ばすほどに。
「距離1000・・・。」
間も無く設定した射撃距離に入る。
観測員の緊張は、班長は勿論、他4人の隊員にも伝染し、顎先から地面に汗が滴り落ちた。
相互の距離が600mを切った時、それまで先頭の少年は馬の向きを特戦群から見て僅かに右に変えた。その後を追跡隊が追いかけ、無防備な体側を距離500mで特戦群に晒した。
「撃てっ!」
サプレッサーの消音効果を得た銃弾は、甲高い銃声を発しつつも真っ直ぐ飛翔。追跡隊の騎手の右半身に次々と命中し、騎手は突如撃たれたことで後ろ向きに仰け反り、強く握っていた手綱は死後硬直で放れなくなっており、馬の頭を大きく後ろに引っ張る。馬も突然のことで悲鳴をあげながら倒れるが、死体から開放されると何事も無かったかのように立ち上がった。
追われていた少年は手順どおりに手綱を引き、馬もそれにあわせてストレス無く止まった。
大声で雄叫びを上げながら迫って来たボルドアス兵がものの数秒で単なる肉塊に変わり、その肉塊に変わる前のボルドアス兵が追跡に使っていた馬たちはまだ馬具が付いたままではあったが、頭を下げ足元の野草を食べていた。
「一体誰が・・・。ん?」
「怪我は無いか?」
おそらく助けてくれたであろう集団が草むらごと現れた。少年は幽霊か怪物が出たものかと思い追われていたとき以上に死を悟った。